Neetel Inside 文芸新都
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 メイジの掌が汗で濡れていた。
 ビエルのイオナズン。その威力は自分のイオグランデ並だ。メイジはそう思った。目をセシルに向ける。ピクリとも動いていない。全身から黒煙が巻き上がっている。一撃。一撃で、セシルは戦闘不能状態に追い込まれていた。だが、微かに命を感じる。死んではいないはずだ。
「エミリア、俺がビエルを引き付ける。その間にセシルの回復を頼む」
 言っていた。しかし、独力でどこまで戦えるのか。
「で、でも」
「急げ。放っておくと、セシルが死んでしまうぞ」
 メイジが一歩、前に進み出た。エミリアが困惑している。
「急げッ」
 語気を強めた。すると、弾かれたようにエミリアが駆け出した。
「ヒヒ。回復なんてさせると思ってんのかよ。このまま、お前らは全滅コースだ」
 ビエルが右手を突き出した。矛先はエミリアだ。
「……ビエル、俺を恐れているのか?」
 メイジが静かに言った。挑発するしかない。メイジはそう考えたのだ。これまでの言動から見て、ビエルはダールよりも感情的な所がある。さらには自分の強さに相当な自信を持っているはずだ。そこを刺激してやる。
「あん?」
「魔人レオンの後継者である俺を、恐れているんだろう」
「間抜けか? てめぇ」
「間抜けはお前だ。お前は神器の使い手であり、魔人レオンの後継者である俺を恐れている」
「死にたいのか」
「……お前にピッタリの言葉があるぞ。人間界の言葉だ」
「あ?」
「弱い犬ほどよく吠える」
 ビエルが口元を緩めた。目は笑っていない。メイジは息を呑んだ。ここからだ。僅かに身体が震えている。それをかき消すかのように、メイジが吼えた。次の瞬間。
「ゴミ屑がぁッ」
 光。刹那、大爆発。イオナズンだ。爆風が吹き荒れる。メイジが横に飛んで避ける。
 ビエルに生半可な呪文は通用しない。メイジはそう思った。それは最上等級呪文でも同じ事が言えるだろう。メラガイアーを見たビエルには、まだ余裕が見えたのだ。だが、上等級呪文では勝負にはならない。ビエルとやり合うには、最上等級呪文が絶対に必要だった。エミリアがセシルの傍に駆け寄り、回復呪文を掛け始めたのを、メイジは視界の端で捉えた。
「ビエル、この程度か?」
 さらに挑発する。杖に魔力を送り込んだ。次の呪文は相殺が出来る。
「てめぇッ」
 ビエルの右手。マヒャドだ。
「マヒャデドスッ」
 冷気系最上等級呪文。氷柱乱舞。ビエルのマヒャドを相殺する。
 メイジは戦いつつ、突破口を探っていた。最上等級呪文では、相殺が限界だ。仮にビエルにその直撃を食らわせたとしても、倒すには至らないだろう。つまり、決め手に欠ける。セシルが戦闘に復帰したとして、これは解消されない。ならば、どうするのか。答えは、もう出ていた。自分が持ち得る最強の呪文。極大消滅呪文。
「メドローア。これに全てを賭ける」
 セシルが上半身を起こしていた。回復を終えた。それを目で捉えつつ、メイジはメラゾーマとマヒャドの魔力を杖に送り込んだ。次の瞬間、ビエルの呪文。皮一枚で避ける。その時、メイジはセシルの闘気を感じ取った。セシルの魔法剣。ビエルの背後で輝いている。光と風。メイジはそれを感じた。
「なんだ?」
 ビエルが振り向く。殺気を感じ取ったのだ。瞬間、ビエルが目を見開いた。
「なっ!?」
「浄化しなさい!」
 セシルが魔法剣を振りかぶった。聖なる光。
「グランドクロスッ」
 十字に斬り裂く。光が溢れた。だが、ビエルは受け切っていた。苦痛に顔を歪ませている。右手。セシルを弾き飛ばした。メイジが目を見開いた。魔力を解放する。終わりだ。消滅しろ。
「メドローアッ」
 極大消滅呪文。紅と蒼が混じり合った巨大な球体がほとばしる。
「う、うおぉぉっ」
「終わりだ、ビエルッ」
 メイジが叫んだ。だが、ビエルの顔は笑っていた。
「全部、演技だ。バァカ」
 その瞬間だった。ビエルの前に、光の壁が張られた。呪文反射。マホカンタ。メドローアが、極大消滅呪文が、跳ね返る。
「何かあると思ってたよ。さすが俺様だぜぇ。勘が冴えてる。……てめぇが消滅しとけ、ヒャハハハッ!!」
 メイジの頭の中は真っ白になっていた。

       

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