Neetel Inside 文芸新都
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 心が壊れていく。仲間を失うという事は、心が壊れていく事と同じ事だ。ヒウロの精神はすでにズタボロとなっていた。
 魔王ディスカル。もう自分に闘志はない。ヒウロはそれを自覚していた。ただひたすらに、やめて欲しい。仲間を殺さないでくれ。この想いだけが全身を支配している。
 哀願。魔王に、哀願している。精神が完全に魔王に屈したのだ。
 何故、自分は闘っているのだ。こんな苦しい思いをしてまで、何故。
 メイジは幼い頃からの仲だった。共に育ち、共に学び、共に強くなった。この旅の中で、メイジから様々な事を教わった。助けても貰った。これはメイジだけではない。オリアーもそうだ。剣の腕は、オリアーと共に磨き上げてきたのだ。二人が居たからこそ、自分は強くなれた。
 二人が死んだ。ディスカルに殺された。
 何故、強くなる必要があった? 何故、二人の死を目の前で見なくてはならなかったのだ。オリアーは好きな人を目の前で殺された。精神を完全に破壊し尽くされた後に、殺された。何故だ。
 もう、考えるのも嫌だ。闘いたくない。もう、何もかもが嫌だ。
「この王女を殺せば、残るはお前ただ独りだ。勇者」
 ディスカルが、エミリアの首を掴んで持ち上げている。
 今まで何度も運命を変えて、仲間を救おうと思った。しかし、無駄だった。思うように能力が扱えないのだ。反面、ディスカルは必ず要所で運命を変えてくる。これはつまり、自分とディスカルとで、能力の使い方の成熟度に圧倒的な差があるという事だ。その圧倒的な差のせいで、仲間は殺された。
 自分の力が足りないばかりに、仲間は殺された。そう思うと、動悸がした。汗も噴き出してくる。
 嫌だ。もう嫌だ。それなのに、何故。何故、こうも身体が、血が熱いのだ。
 もう闘いたくないんだ。もう嫌なんだ。血に語りかけるように、自分は心の中でそう言っていた。しかし、血は燃えた。勇者アレクの血が、まだ諦めるなと言っている。
「もう嫌なんだ」
 声に出していた。だが、心の奥底で何かが光を放っていた。そして、これは決して消えない光だ。この光に、何度、自分は救われたのか。
 勇気。
 勇者とは、勇気ある者の事。まだ、自分には勇気が残っているのか。もう闘いたくない。魔王に哀願してしまうほど、精神は屈している。それでも、勇気だけは光を放ち続けるのか。
 勇気があるからこそ、自分は闘っているのか。世界に平和をもたらすためだとか、勇者アレクの子孫だからとか、そういった動機で闘っているのではない。勇気が、自分を突き動かしているのか。
「終わりだ」
 ディスカルが言った。勇気だ。勇気を振り絞れ。困難に立ち向かう時、困難を打開する時、必ず勇気がその道を照らし出してくれた。
 エミリアの身体が引き裂かれる寸前。
「やめろ!」
 声をあげていた。同時に、勇気を放っていた。視界が白く染まる。
 エミリアをディスカルの手から離し、地に下ろす。心の中で言った。運命を変える。これでエミリアは引き裂かれない。しかし、その瞬間、ディスカルが運命変化に介入してきた。エミリアを引き裂く。運命をそう変えようとしているのだ。
 勇気で、困難を打開する。力に目覚めろ。
 瞬間、何かが頭を過った。それは閃きに近い何かで、新たな力だと感じた。固定。運命を変えるだけではない。自分が変えた運命を、そのまま固定する。変化と固定。この二つを組み合わせる。
 そう思うと同時に、実行していた。エミリアは引き裂かれない。そう運命を固定していた。
 視界が、戻った。
「貴様、何をした」
 ディスカルが目を見開いていた。エミリアは無事だった。無傷で地に横たわっている。
 ブレイブハートが、勇気によって目覚めた。それと同時に闘志が蘇った。仲間の仇を討つ。魔族を、魔王を討ち滅ぼす。
「ディスカル、覚悟しろッ」
 剣を構えた。

       

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