Neetel Inside 文芸新都
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 人間め。勇者め。
 まだ抵抗するのか。魔法使い、戦士、魔法剣士の三人を殺した。魔法剣士に至っては、死体すら残っていない。それなのに、まだ抵抗してくるのか。腹が立った。しつこい。早く諦めろ。早く殺されろ。
 すでに勇者には、闘う気力など無いはずだった。戦士を殺した瞬間、勇者の眼から闘志が瞬間的に消え去ったのだ。もうこの時点で勝ったようなものだった。そしてさらに追い打ちをかけるが如く、王女を殺す事にした。これはあくまで念押し、ダメ押しだ。つまり、王女を殺して、チェックメイトだった。それで勇者は生きる気力を失う。生きる気力を失った勇者など、もう勇者ではない。ただの抜け殻だ。そうなれば、簡単にくびり殺せる。そう。殺せるはずだった。
 蘇った。一言で表すならば、これだ。勇者は蘇ったのだ。
 まだ抵抗するというのか。もうお前には何も残ってはいまい。何がお前を突き動かすのだ。心の中がザワついている。不快だ。だから、腹が立った。
 冷静さを失うな。自分に言い聞かせた。不可解な事が、一つだけ起きたのである。
 運命を変える事が出来なかったのだ。王女の身体を引き裂く寸前、勇者が運命を変えた。これは間違い無い。その後、さらに自分が運命を変えようとした。だが、変える事が出来なかった。
 今まで、能力の発動に失敗した事は無かった。百発百中。それもそのはずだ。自分の意志で、自分の好きなように出来るのだ。それが、出来なかった。未だ、自分の知らない何かの制約があるのか、とも思ったが、直感が違うと言っていた。
 勇者が何かをしたのだ。
「何をした」
 問うていた。だが、勇者は何も言わない。眼には強い光がある。睨み合いをしようと思ったが、自分の眼が勝手に下を向いていた。何故だ。心が、ザワついている。これも何故だ。
「お前は何故、諦めない。仲間は死んだ。もうお前には何も残っていないはずだ。それなのに、何故、抵抗を続ける」
 気力を振り絞り、勇者の眼を睨みつけた。光。射抜いてきた。心がザワつく。なんだ、これは。
「……たった一つだけ、残っているものがある。それはお前達、魔族にはないものだ」
「ほう」
 眼をそらした。あの光は、耐え難い。自分の意志で、どうにかできるものではない。そう思った。何か、本能で避けているという気がするのだ。あの光の正体は、一体なんなのだ。
「お前はメイジさんを、オリアーを、セシルを殺した。俺は絶対にお前を許さない」
 気迫。光の正体は気迫なのか。違う。おそらくだが、違う。一歩、無意識に下がっていた。心のザワつきが、大きくなっている。
「人はこの想いからする行動を、復讐と言うのかもしれない。復讐は意味のないものだ、と言う人も居るだろう。それでも俺は、お前を討つ。お前は俺から大切なものを奪った。だから、討つ!」
 勇者が剣を天に突き上げた。ギガデイン。それを、剣に纏わせた。
 呼吸が荒い。息苦しい。なんだこれは。
「ギガソード……! 行くぞ、ディスカルッ」
 勇者の眼が、光が、全身を貫いてきた。それと同時に、心のザワつきが、飛び散った。



 ――怯えている。魔王であるこの自分が、目の前の人間に。


       

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