Neetel Inside 文芸新都
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 雷雲。光。周囲を覆っていたファネルの殺気が、ヒウロの闘気によってかき消されていく。
「バカな、何故。何故だ。何故、貴様がその呪文を!?」
 ファネルの表情が歪んだ。その瞬間、稲妻が降り注いだ。轟音と共に無数の稲妻がファネルに襲いかかる。
「バカなぁぁっ」
 稲妻がファネルを貫いた。ピンボールのように身体が地面を跳ねまわり、次々と全身が焼け焦げる。
「いかん、これは……っ」
 ファネルが左手を天に突き上げる。瞬間、空間に穴が空いた。穴の先は暗闇だ。魔界とこの世界を繋ぐゲートを開いたのだ。
「ファネルッ」
「ぜぇーぜぇー……ッ」
 黒焦げになったファネルがゲートに手を掛けた。
「ゲハッ……! 覚えていろ、このファネルこのままでは……ゼハァゼハァッ」
 ファネルがゲートに飛び込んだ。
「待てっ」
 ヒウロがそう叫んだ瞬間、空間に空いた穴は塞がっていた。
「逃が……」
 言い終わらぬ内に、目の前が真っ暗になった。気を失ったのだ。瀕死の状態から蘇生し、使った事のない強力な呪文をフルパワーで使用した。力の加減が分からないのはもちろん、呪文の発動に要する魔力がヒウロの身体の限界を超えていた。そのため、強制睡眠に陥ったのだった。

 次にヒウロが目覚めたのは、ベッドの上だった。ハッとして上半身を起こす。身体がズッシリと重く感じた。いくつも重りを付けられているかのようだ。ただ、ファネルとの戦闘で受けた傷は癒えていた。
 辺りを見回す。自分の家ではない。ヒウロはそう思った。すると、部屋の入り口のドアが開いた。
「おや、目が覚めましたか」
 オリアーだった。ヒウロと同じように傷はすでに癒えている。
「身体が凄く重く感じる。オリアー、ここは?」
「獣の森を抜けた先にある町、ラゴラです。そして、ここはラゴラの宿屋ですよ」
「あの後、メイジさんと二人で?」
「えぇ。さすがに苦労しました。いくら呼び掛けても、ヒウロは目を覚ましませんし」
「ファネルを逃がした」
 ヒウロは覚えていた。ライデインで追い込んだは良いが、トドメを刺せずに逃げられた。その後、気を失った。
「……あの呪文、ライデインと言いましたか。メイジさんの話では、勇者にしか使えない呪文との事です。ヒウロ、あなたは一体?」
 オリアーが部屋の隅にある椅子に腰かけた。さすがに腰の剣は外してあるが、鉄の鎧は着たままだ。机の上には鉄兜と鋼の剣が無造作に並べられている。鎧にはファネルとの戦闘の激しさを物語る傷が、いくつも刻み込まれていた。
 勇者アレク。ヒウロにはその血が流れている。暖かく、優しい声はそう言った。あの声は誰の声なのか。女性の声で、遠い昔に聞いた事のある声だった。自分は勇者アレクの子孫なのか。ヒウロはそう思った。勇者アレクの事は知っている。いや、この世界に住む者ならば、誰でも知っていると言って良いだろう。遠い遠い昔、この世界は魔族によって滅ぼされようとしていた。その危機を救ったのが、勇者アレクとその仲間達だ。仲間達については諸説あるが、剣聖と謳われたシリウス、歴代最強の魔法使い、魔人レオンの二人が有名だった。
「俺も、正直わからないんだ。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
 自分が勇者アレクの子孫ならば、その力を受け継いでいるなら、世界を救いたい。魔族が現れたのだ。ならば、きっと魔王も居る。このまま黙って見過ごすわけにはいかない。だが、ヒウロは言葉にはしなかった。確信が持てない。何より、自身が状況を把握し切れていなかった。
「そうだ、メイジさんは?」
 ヒウロがハッとしたように言う。
「修行ですよ。この町に凄い人が居ますから」
 オリアーが二コリと笑った。 

       

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