Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「初めまして、音速の剣士さん」
 赤い長髪を風に揺らしながら、男が二コリと笑った。漆黒のローブ。魔族だ。
 光。セシルにはそれしか見えなかった。その直後、轟音が鳴り響いた。そして、振り返ると一直線上の全てが消し飛んでいた。兵も町も城壁も。意味が分からなかった。何が起きた。セシルは単純にそう思っただけだった。
「私の名はダール。魔王ディスカル様の側近の一人です」
 側近。魔王ディスカル。この言葉がセシルの頭の中で反芻されていく。
「ッ」
 ハッとした。セシルがすぐに魔法剣を作り出す。心臓の鼓動が今更になって高鳴って行く。全身から冷や汗が吹き出てきた。
「おやおや、そんなに怖がらなくてもよろしいんですよ」
 ダールがセシルの足を見て笑った。ガクガクと痙攣しているのだ。
「大丈夫です。あなたを殺しはしません。どうです、まずはお話でも?」
 殺しはしない。セシルはこの言葉に安堵を感じた。バカな。セシルはすぐに自分を叱咤した。目の前に居る男は魔族なのだ。倒すべき敵なのだ。自分にそう言い聞かせる。
「私はあなたとお話がしたくて来たんですよ。音速の剣士さん」
「な、何を言っているの!」
「魔王ディスカル様が、あなたをご所望なのです」
 ダールが二ヤリと笑った。それを見たセシルが、無意識に一歩、足を引く。
「な、何を言って」
「単刀直入に言いましょう。我々、魔族の仲間になりませんか?」
 この目の前の男は何を言っている。セシルはそう思った。意味が全く分からない。何を意図している。心臓の鼓動が激しくなっていく。プレッシャーに押し潰される。セシルはそう感じていた。
「バカな事を言わないでッ」
「……まぁ、こうなる事は分かっていました」
 ダールがローブを開いた。右手を出す。
「では、力ずくで行きましょうか」
「……ッ!」
 セシルが魔法剣を構える。心臓の鼓動が激しい。動悸。怯えている。自分でもそれがハッキリと分かった。
「しかし、全力でやっても勝負にはならないでしょう。だから、右腕だけで戦ってあげますよ」
 ダールが二ヤリと笑った。
「ふざけないでッ」
 セシルが駆ける。歯がガチガチと鳴り、噛み合わない。震えているのだ。
「フム。利き腕なのが気に入りませんか? では、左腕に変えてあげますよ」
 ダールが左腕を前に出す。セシルの魔法剣。ダールと交わる。だが、動かない。刃が全く進まない。
「音速の剣士さん、手加減は不要ですよ?」
 小指。小指で刃を止められていた。
「そんなッ!?」
「これでは、左腕でも楽しめそうにないですね。指三本で相手してあげますよ。人差し指、中指、小指の三本でね」
 セシルは死を覚悟した。

       

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