Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
魔界(四柱神戦)

見開き   最大化      

 オリアーと四柱神のクレイモアが睨み合っていた。互いに目で火花を散らす。まさに一触即発である。
 クレイモアの武器は大剣だった。それはまさに文字通り巨大な剣で、クレイモアの背丈、二メートルを倍にした四メートルはあろうかという得物である。それをクレイモアは軽々と振り回す。片手・両手のどちらでも扱う事ができ、その強烈なパワーで何でも粉砕・両断できた。
 クレイモア自身、全身が筋肉の塊であるため、とにかくパワーに優れた。ただし、呪文は使えない。この点は、オリアーと共通していた。だが、筋力の違いは明らかである。クレイモアは上半身が裸で、六つの腹筋が見事に割れていた。腕も丸太の如く太い。さらに褐色の肌で威圧感を増していた。
「来いよ、クズ。俺様が怖いのか? あ?」
 クレイモアが大剣を肩に担いだまま、不敵に口元を緩めた。眼光は鋭い。
 このクレイモアの挑発に、オリアーは乗らなかった。このまま踏み込めば、大剣の餌食になる事は明白だからだ。オリアーの武器は神器である。神剣・フェニックスソード。だが、武器の射程は大剣の足元にも及ばない。剣術で負ける気はしないが、それすらもねじ伏せるパワーをクレイモアは持っているだろう。オリアーはそう思った。
 オリアーが集中する。闘気を溜める。無心。神器に全てを委ねた。
「腰抜けが。俺様からぶっ潰しに行ってやるよッ」
 クレイモアが飛び上がった。凄まじい跳躍力だ。オリアーはまだ動かない。目で動きを追う。
「砕け散れッ」
 大剣。振り下ろされる。地が、城が揺れる。石のタイルが四方八方に飛散する。土煙。オリアーが身体を開いてかわしていた。
「僕はここで負けるわけにはいかない!」
 神剣。構える。
「フンッ」
 クレイモアが大剣を持ち上げる。そのままグルリと身体をひねった。遠心力。力任せに振り回す。オリアーが身を屈める。頭上を旋風が、竜巻が過ぎ去った。そのまま飛び込む。懐。斬れる。その瞬間だった。
「兜ごと潰れろッ」
 左拳。鉄拳。頬を貫いた。頭が揺れる。吹き飛ばされた。
「うぅっ……!?」
 目まいだ。地面と天井が回転している。脳しんとうを起こしたのだ。素手。素手であの力なのか。オリアーはそう思った。まずい。態勢を。
「整えなければ!」
 だが目が回る。立ち上がれない。
「ぶっ潰れろ、ゴミ虫ッ」
 大剣。振り上げている。オリアーの心臓の鼓動が速くなる。目を瞑った。頭の中が回転している。平衡感覚が取り戻せない。だが。
「まだ終わらない!」
 瞬間、神剣・フェニックスソードが輝く。同時に横に飛んだ。神器がオリアーを導いたのだ。轟音。土煙。大剣が地を粉砕する。
 オリアーが頭を振った。平衡感覚を取り戻す。間髪入れずに闘気を乗せた。
「空烈斬ッ」
 旋風。クレイモアが大剣で受けた。オリアーが闘気をねじ込む。クレイモアが一呼吸おいた。次の瞬間、力任せに旋風を弾き飛ばす。
「力が足りてねぇよ。ヌルいぜ。とっとと本気を出せ」
 クレイモアがダルそうに首をひねった。
「それとも何かぁ? それで本気って事はねぇよなぁ」
 クレイモア。大剣を振り回す。
「このままでは……!」
 攻撃力が足りない。オリアーはそれを痛感していた。

     

 オリアーがクレイモアの大剣を避ける。その度に地が、城が揺れた。
 オリアーは反撃の糸口が見出せずにいた。火力が段違いなのである。オリアーの力は決して弱くない。むしろ、パーティ内では一番の力の持ち主だ。だが、そのオリアーの力も、このクレイモアの前では赤子同然だった。
「そらぁッ」
 大剣。クレイモアが横に流す。オリアーが身を屈めた。その瞬間、クレイモアが手首を返した。クレイモアが目を見開き、歯を食い縛る。殺気。
「隼潰しッ」
 下段。オリアーが飛んで避ける。次の瞬間、鋼鉄の塊がオリアーの全身を砕いた。同時に大きく吹き飛ぶ。大剣。刃の腹だった。それがオリアーの全身を粉砕した。声が出なかった。目から火花が飛ぶような、そんな刹那的な衝撃が全身を貫いただけだ。
「が、がはっ……」
 血。口の端から漏れる。一撃。一撃でこれほどのダメージを。オリアーは顔を起こすのが精一杯だった。
「僕の剣が、全く通じないなんて」
 剣術。クレイモアの前では、この言葉が嫌に虚(むな)しかった。力でねじ伏せられるのだ。圧倒的な力。
「つまんねぇ。つまんねぇぞ、オイ。そんなに脆いのかよ」
 クレイモアが、地に伏しているオリアーと地面の間に大剣を滑り込ませた。
「これじゃ、もうタダのサンドバッグだな。ゴミ虫」
 大剣の腹にオリアーを乗せ、それを片手で持ち上げる。オリアーが歯を食い縛る。負けるものか。目でそう言った。
「大した闘志だ。命乞いでもすんのかと思ったぜ」
 クレイモアが大剣を軽く上に跳ね上げた。オリアーの身体が宙に浮く。
「もっと俺を楽しませろッ」
 大剣。振りかぶった。横に薙ぐ。オリアーに向かって、大剣を勢いよく叩きつける。鈍いグシャッという音と共に、オリアーが吹き飛んだ。壁に叩きつけられる。グニャリと骨無しのようにオリアーが地に伏した。
 オリアーの意識が薄れていく。全身の感覚が消えていく。死ぬ。死ぬのか。こんな所で。その時、オリアーの神器が光り出した。声。神器の声だ。それがオリアーの頭の中で響く。
「選ばれし者よ。我の力を、真の力を解放するのだ」
「真の、力」
 オリアーが頭の中で返事をする。
「そうだ。王剣・エクスカリバーと神剣・フェニックスソード。二つのシリウスの剣。これらは元々、一つの剣だった。そして、今こそ再び一つに戻る時」
 瞬間、エクスカリバーも光を放ち始めた。
「剣聖シリウスの力を受け継ぎし者よ。時は来た。今こそ、シリウスの全ての力を継承せよ」
 声が消える。オリアーが目を開いた。指が動く。神器を握り締める。身体は地に伏したままだ。
「……ほう」
 クレイモアがニヤリと笑った。
「まだ戦う気か。ゴミ虫」
「……僕は」
 上半身を起こす。全身が震えていた。右脚にグッと力を入れる。立ち上がった。肩で息をしている。だが。
「目が死んでいない。目障りな」
 クレイモアが大剣を構えた。ゆっくりとオリアーに近づいていく。
「僕は、まだ戦える」
 エクスカリバーを鞘から抜く。右手に神剣。左手に王剣。二つの剣が、激しく光を放ち始めた。
「何だ?」
 クレイモアが警戒する。
「シリウスさん、僕に力を貸して下さい。魔族を倒す力を」
 その瞬間、二つの剣がオリアーの手から離れた。宙に浮く。光。眩い光だ。二つの剣が、ゆっくりと交わって行く。二つの剣が、一つになって行く。
「そ、その剣は……!」
 クレイモアがたじろいだ。オリアーの眼前に輝く一本の剣。黄金の柄。蒼白の刀身。
「神王剣・シリウス」
 オリアーが、その剣の束に手を掛けた。

     

「貴様のその剣!」
 クレイモアが呻く。汗が頬を伝っていた。
「……シリウスさんの剣です。神王剣・シリウス。この剣で、僕はお前に勝つ!」
 構えた。蒼白の刀身が揺らめく。オリアーの闘気が吹き荒れる。
「シリウス、シリウスだと! てめぇ……!」
 クレイモアが大剣を構えた。目が血走っている。
「そうかよ、その剣かよ! 忌々しい!! すぐに潰してやらぁ!」
 クレイモアが駆けた。大剣を振り上げる。オリアーが神王剣を構えた。身体が熱い。心が熱い。
「隼潰しッ」
 下段。オリアーが飛んで避ける。さらに上段。オリアーの闘志が燃え盛った。神王剣。大剣の腹に添えた。それだけだ。それだけで大剣をいなす。
「なぁっ!?」
 クレイモアが声をあげた。まるで紙切れの如く、大剣がいなされたのだ。
「てめぇ……!」
 すぐに大剣を横に薙ぐ。オリアーが後方に飛んで避ける。間髪いれずに大剣を振り下ろす。オリアーが身体を開いて避ける。当たらない。クレイモアの攻撃が当たらない。神王剣の力によって、オリアーの身体能力は劇的に引き上げられていた。
 オリアーが闘気を神王剣に乗せる。蒼白の刀身が輝く。拳をグッと内側に巻き込んだ。
「空烈斬ッ」
 闘気の旋風。
「ちぃっ!」
 クレイモアが大剣で受けた。ズザザザ、と足が地を磨る。旋風で身体が押し込まれた。オリアーが駆ける。すでに闘気を刀身に乗せている。
「海破斬!」
 剣が横に流れた。オリアーの闘気が、津波の如くクレイモアを打ち付ける。クレイモアの身体が縛り付けられた。
「……ナメるな、ナメるなよ、ゴミ虫!」
 オリアーの神王剣。大上段に構える。かつて、キラーマシンを真っ二つに両断した闘気を宿した剣技。
「大地斬ッ!」
 振り下ろす。
「ナメるなぁッ」
 クレイモアが海破斬の闘気を打ち払った。大剣。地から天へ向けて振り上げる。刹那、金属音。火花。大地斬と衝突した。
「……さすがは四柱神、という事ですか」
「ゴミ虫が。この俺様をナメるなよ。本気を出してやらぁ……!」
 クレイモアがオリアーを剣ごと弾く。大剣の柄尻をオリアーに叩きつけた。それをオリアーが神王剣で受け止める。その時、クレイモアが足を大きく開いた。グッと力を溜める。
「どあぁぁっ」
 クレイモアが雄叫びをあげた。その瞬間、全身が紅潮した。筋肉が膨れ上がっている。
「こっからだ。こっからが本気の勝負だぜ、シリウスの後継者ぁっ」
 大剣を構え、走り出す。速い。

     

 衝撃波が吹き荒れる。オリアーとクレイモアのぶつかり合いだ。互いの剣が馳せ、力が衝撃波を巻き起こす。
 クレイモアが本気を出した。力強さ・速さが共存した一撃は、全てを刈り取るかのようだった。だが、オリアーはそれを恐れない。むしろ、自ら立ち向かった。剣を振る。神王剣。シリウスの遺志と共に、オリアーが反撃する。
「この野郎……っ」
 クレイモアが肩で息をしていた。手の甲で額の汗をぬぐう。一方のオリアーも息が荒い。剣を握り締めるその手は、汗で濡れていた。両者の決着の時は近い。
「人間の分際で、この俺様に……この俺様にッ」
 クレイモアが唇を噛んだ。悔しさ、怒り、焦り。そういった物が表情に浮き出ている。オリアーが気を引き締めた。次のぶつかり合いで、勝敗が決まる。直感がそう言っていた。
「ゴミ虫がぁッ」
 クレイモア。大剣を携え、駆けた。振り上げる。オリアーが横に回り込んだ。クレイモアがそれを眼で追う。大剣を振り下ろした。オリアーが神王剣でいなす。次の瞬間、裏拳。クレイモアの拳。空を切った。オリアーが身を屈めていた。その刹那。
「最強の技を見せてやる! その態勢で、受け切れるかッ」
 闘気。クレイモアの大剣が揺らめいた。大上段に構える。
「蒼天魔斬ッ!」
 悪魔の雄叫び。大剣が風を切る音。一気に振り下ろされる。オリアーが神王剣で受け止めた。潰れる。地に足がめり込む。
「ぐっ……!」
 オリアーが呻いた。クレイモアがさらに押し込む。耐え切れない。オリアーが横に流した。だが。
「俺様の蒼天魔斬をみくびるんじゃねぇッ」
 大剣がオリアーの左腕を抉った。激痛が走る。オリアーが片目を瞑った。歯を食いしばる。まだだ。オリアーが心の中で叫んだ。
「僕は勝つッ」
 神王剣を逆手に持ち直した。右手だ。闘気を乗せ、構える。左足をグッと前に出した。
「そ、その構え」
 オリアーが前身に重心を乗せる。眼に光が宿った。それに呼応するかの如く、神王剣の刃が黄金に光り輝いていく。究極の必殺剣。
「バカなッ!」
 クレイモアが防御態勢に入ろうとした。その刹那。
「ギガスラッシュ!」
 光。光の刃が走った。真っ直ぐに。一直線に駆け抜けた。
「お、俺様が」
 クレイモアが地に両膝を付く。オリアーがクレイモアを背に、剣を一度だけ振った。光が軌跡を形作る。
「負け……」
 オリアーが神王剣を腰の鞘に収めた。
「ゲハァッ!?」
 クレイモアが大量の血を吐く。そして、地に突っ伏した。それからはクレイモアはピクリとも動かなかった。終わった。四柱神の一人であるクレイモアは、オリアーに敗れたのだ。
「……僕の勝ちです」
 オリアーはそう呟いた。呟くだけで、振り返らなかった。勝負は決したのだ。究極の必殺剣、ギガスラッシュ。それは剣聖シリウスの最強の必殺技だった。
「みんな、無事だと良いんですが」
 そう言いつつ、オリアーは一人、先へと進んでいった。

     

「フフ。あなたが音速の剣士?」
 四柱神の一人、唯一の女魔族であるディーレが言った。ディーレの容姿は、人間の目から見ても美しいと言えた。透き通るかのような白い肌。整った顔。その顔の半分を、赤い髪が覆い隠している。
「そうよ」
「フフフ。そう」
 ディーレがクスクスと笑った。いや、あざ笑っている。セシルがキッと睨みつけた。
「あら、ごめんなさい。女とは聞いていたけど、思ったより、ずっとガキっぽかったから」
 ディーレは妖艶な美貌を持っていた。張りのある身体つきと言っていい。露出度の高いボンテージが、その色香をさらに際立たせる。
「ま、あなたの後ろの子よりはマシね。後ろの子なんて、色気って言葉が虚しく聞こえそうなぐらいだもの」
 エミリアが顔を俯かせた。
「……何が言いたいの? 言っておくけど、私達はあなたと美しさで勝負しようなんて思ってないわ」
「そんな事わかってるわ。ただ……そう。世界で誰が一番美しい女なのか。それを分からせてあげたかったのよ」
 ディーレが口の端を釣り上げた。不敵な笑みだ。
「くだらないわ。それに、あなたの美しさはすぐに無駄になる。私達があなたを倒す」
「バカねぇ。そんな事ができると思ってるの?」
 ディーレが腰の鞭に手を回した。取り出す。三本の鞭が一つにまとめられている。矢じり状の金属が、それぞれの鞭の先端に付いていた。
「グリンガムの鞭よ。聞いた事あるでしょう?」
 言って、ディーレが鞭を地面に叩き付ける。異様な風鳴り音と共に、鞭は強烈なしなりを見せた。地が破裂する。
 グリンガムの鞭。かつて、地獄の女王が使っていたとされる武器だ。鞭は魔界の龍の皮で作られており、羽のような軽さと鋼鉄をはるかに超える硬度を持っていた。特筆すべきはその攻撃力で、ただの一振りで生身の人間など肉塊に出来る威力を持つという。さらに、熟練した腕を持つ者が振るえば、三本の鞭でそれぞれ別の敵を攻撃できると言われていた。
「あなたの魔法剣で、私のグリンガムの鞭に対抗できる? ねぇ、死の音速の剣士さん」
 ディーレがクスクスと笑う。いや、目は笑っていない。セシルが歯を食いしばる。
「私は、生きて償うと決めた。そのために、魔界に来た」
 セシルが魔法剣を構える。目に闘志を灯らせた。
「フフフ。私、人間の女の子が大好きなの」
 瞬間、ディーレが鞭を振り上げた。
「女の子の悲鳴がねッ」
 鞭が飛ぶ。セシルが魔法剣で斬り払った。
「そう、あなたは魔法剣でどうにかできる。でも、もう一人はどうかしら?」
 セシルがハッと振り返った。エミリア。
「私なら、私なら大丈夫です」
 エミリアは鞭をかわしていた。地が破裂している。食らえば、ひとたまりもない。だが、エミリアの眼差しは強かった。
「後方支援、お願いするわ。エミリア」
 セシルが駆ける。

     

 セシルの魔法剣とディーレの鞭が飛び交っていた。両者が火花を散らす。
「思ったよりやるわね。私の鞭捌きに、ここまで付いてこれるなんて」
 三本の鞭が乱舞する。セシルはその鞭の動きを目で追いつつ、攻撃に転じていた。
「でも、こういうのはどうかしらッ」
 ディーレが右手を引いた。セシルが警戒する。
「螺旋打ちッ」
 三本の鞭がしなった。螺旋。セシルの身体を貫く。声が出なかった。吹き飛ぶ。だが、身体は地につかない。
「まだよ? そう簡単に終わらせるもんですか」
 ディーレのグリンガムの鞭の一本が、セシルの右足に絡みついていたのだ。そのまま、グイッと鞭を引っ張る。セシルが宙吊りとなった。螺旋打ちのダメージが身体を貫いている。
「良いザマね。このまま、玩具のようにくびり殺してあげる。せいぜい、良い声で鳴きなさいッ」
 残りの二本の鞭をセシルに叩きつける。その度に、悲鳴が上がった。痛みが激烈なのだ。
「んん~~~~良い声ね。たまんないわ」
 さらに鞭を叩きつける。皮膚が破け、血が飛散した。
「ほらほら、反撃したらどうなの?」
 ディーレが声をあげて笑う。セシルが歯を食い縛った。魔法剣で鞭の切断を試みる。だが、刃が通らなかった。逆に魔法剣が弾き返されてしまう。
「バカね、無駄に決まってんでしょ。ねぇ、生きて償うんでしょ? 早く償ってみなさいよ」
 鞭を叩きつける。すでにセシルの全身はボロボロだった。しかし、闘志は萎えていない。セシルがディーレを強く睨みつける。
「なぁに、その反抗的な目は。気に食わないわね」
 ディーレがセシルの身体を地に叩きつける。吐血。ダメージが大きすぎる。これでは満足に動けない。
「フフフ。もう一人のガキは戦闘なんて出来ないみたいね。震えて見てるだけだわ」
 エミリアは身体を震わせながら、両手を握り合わせていた。祈るようにセシルを見つめる。
「まだよ、音速の剣士ちゃん。声が出なくなるまで、いたぶってあげる」
 鞭を叩きつける。
 エミリアは目の前の光景に恐怖していた。壮絶すぎる。四柱神の力。容赦が無い。しかし、これは当たり前の事だった。戦う者からしてみれば、ごく普通の事なのだ。強い者が勝ち、弱い者は負ける。ましてや、魔族と人間の戦いだ。生きるか死ぬか。二つに一つの世界なのだ。
 しかし、エミリアは王族だった。戦いの経験が圧倒的に少ないのだ。これまでに魔族を倒したり、退けたりというのは見てきていた。だが、ここまで完膚無きまでに叩きのめされるのを、直接見るのは初めての事だ。
「そこのお嬢ちゃん? 音速の剣士が終わったら、次はあなただから」
 セシルに鞭を叩きつけながら、ディーレが言った。その表情はまさに快楽そのものだ。
 エミリアが唇を噛み締める。覚悟してきたはず。覚悟して、魔界に来たはず。エミリアは自分の心を叱咤した。ここで震えるために、魔界に来た訳ではない。戦う。魔族と。でなければ、何のために魔界に来たのだ。エミリアはそう思った。
 エミリアの目に決意が宿る。
「セシルさんを、セシルさんを離して!」
 エミリアが両手を突き出した。その両手から、眩い光が放たれる。

     

 エミリアの両手から放たれた光。それは聖なる光だった。暖かい。セシルはそう思った。だが、ディーレは違う。光がディーレを焼いていく。
「あ、熱い!」
 ディーレが叫びをあげた。同時に光によって吹き飛ばされる。宙吊り状態のセシルの足から鞭が解かれ、セシルは背から地面に落ちた。あの暖かい光は。セシルはそう思った。エミリアの力。暖かくて、心が安らぐ。
「セシルさん!」
 エミリアがセシルに駆け寄った。両手を身体に添える。
「……エ、エミリア、ありがとう」
「喋らないで! ベホマ!」
 癒しの呪文。身体の傷を瞬時に治癒する完全回復呪文である。セシルの傷が見る見る内にふさがって行く。
 エミリアは恐怖を克服した。震えている場合ではない。自分も戦う。そう決意したのだ。エミリアの目。セシルを見つめる。セシルが目を瞑った。暖かい。ベホマの光だ。昔、母に感じた暖かさだ。セシルはそう思った。
「や、やってくれたわね……ッ」
 ディーレが身体を起こした。全身から煙があがっている。聖なる光によって焼かれたのだ。綺麗な白い肌は火傷でただれていた。
「私の美貌を、私の美しさを……!」
 ディーレが金切声をあげた。鞭を振り上げる。
「来る。エミリア、下がって」
 回復を終えたセシルが魔法剣を構えた。
「いいえ。私も戦います。ピオリム!」
 セシルの素早さが上がった。続いてバイキルト。攻撃力倍加呪文だ。
「……ありがとう。期待してるわ」
 セシルが駆ける。ディーレとぶつかった。
「虫けらがッ!」
 ディーレの鞭。三本の鞭がセシルの肌を掠める。斬り裂く。だが、セシルは怯まない。
 瞬間、ディーレが右手を引いた。この構え。セシルが身構えた。三本の鞭がしなる。グルグルと小さく回転、まとまった。
「螺旋打ち!」
 振り下ろす。セシルが身体をひねる。螺旋が空(くう)を突き抜けた。この技は一度見ている。ピオリムがかかっている今、一度見た技は貰わない。セシルの闘志が燃え盛る。
「隼斬りッ」
 魔法剣。閃光が二度きらめく。ディーレの血が宙を舞った。
「!? おのれぇっ」」
 金切声。ディーレがグリンガムの鞭を振り回す。地が破裂する。思わずセシルが距離を取った。ディーレが震えている。様子がおかしい。
「も、もう体裁なんて構わないわ。もう許さないんだから……!」
 そう言いつつ、ディーレが急に前のめりになった。赤い髪の毛が、白くなっていく。張りのあった白く柔らかい肌が、緑の鱗へと変わって行く。
「……来る!」
 セシルが言った。ディーレがゆっくりと顔をあげる。白い髪の毛を振り乱した。
「これであんたらはもう終わりよ」
 ディーレの顔は、般若そのものだった。

     

 セシルが魔法剣を構える。ディーレ。これが真の姿なのか。明らかに雰囲気が変わっている。
「……なんて姿なの」
 セシルが思わず声を漏らした。醜い。一言で表すならこうだ。だが、確実に力をあげている。殺気も先程とは比べ物にならない。
 ディーレが白い髪を揺らす。般若の顔。裂けた口から、息が漏れていた。セシルが息を呑む。ディーレの殺気がセシルの全身を刺激する。
「殺してやる」
 言って、ディーレが腕を振り上げた。顔が笑っている。鞭。飛んできた。速い。セシルが身をかわす。反撃を。次の瞬間、グリンガムの鞭がセシルのわき腹を貫いた。激痛が走る。近付けない。下手に近寄れば、鞭で叩きのめされる。だが、どうにかして近付かなければ。
 セシルが鞭を魔法剣で捌く。だが、近付けない。セシルには近付かずに攻撃出来る方法もある。魔法剣技がそれだ。だが、実際に撃つ事は難しかった。隙が大きすぎるのだ。鞭の射程距離、ディーレの攻撃速度。この二つの問題を前にして撃てるのか。そして何より、魔法剣技がディーレに通用するのか。
「セシルさん、私が敵に聖なる光を浴びせます。その隙に」
 エミリアの声。聖なる光。ディーレを焼き、吹き飛ばしたあの力だ。期待できる。セシルはそう思った。魔法剣技が通用する、しないは後回しだ。やってみる。
「あなたのその醜さ、正視に耐えないわよ!」
 セシルが挑発した。ディーレの目が血走る。これで。セシルが鞭を避ける。その瞬間、背後から光。エミリアの聖なる光だ。光がディーレの身体を焼いて行く。ディーレが怯んだ。セシルはそれを見逃さない。
「これで!」
 セシルが魔法剣を頭上に掲げ、円を描いた。
「エアロブレイドッ」
 エメラルド色の衝撃波。ほとばしる。
「バカがァッ」
 ディーレの金切声。次の瞬間、衝撃波の軌道がねじ曲がった。グリンガムの鞭で弾いたのだ。衝撃波がディーレの脇を駆け抜けていく。ディーレがニタリと笑った。勝った。目でそう言っていた。
「終わりよ、虫けらがァッ!」
 鞭を振り上げる。だが、セシルはまだ諦めていなかった。
「エミリア! 私の魔法剣に聖なる光を!」
 魔法剣技は通用しなかった。魔法剣だけでは力不足。ならば、魔法剣に聖なる光を加えたらどうなる? 魔法剣と聖なる光。この二つの力を合わせれば。
 エミリアの聖なる光。セシルがその光を魔法剣に纏わせた。エメラルド色の魔法剣の周囲を、白い光が覆っている。風と光の魔法剣。
「一撃で決めるッ」
 鞭。避けた。懐に飛び込む。セシルが目を見開いた。魔法剣が大きくなる。風の音が鳴り響く。光が増していく。斬ってみせる。セシルが魔法剣を握り締めた。
「グランドクロスッ!」
 魔法剣。閃光。風と光がディーレの胸を十字に斬り裂いた。
 ディーレがニタリと笑う。次の瞬間。
「ゲッ!?」
 十字に斬り裂かれた傷口から、光が溢れた。聖なる光。
「グバッ」
 爆発。ディーレの身体が光の粒子へと変わって行く。その様は、まさに魔の者が浄化されていくかのようだった。
「……終わったわ」
 セシルが魔法剣を消した。手の甲で額の汗をぬぐう。強敵だった。一人では勝てなかった。エミリアが居たからこそ、勝てた。
「セ、セシルさん、ごめんなさい、私」
「……エミリア、ありがとう。あなたが居てくれて、良かった」
 セシルのこの言葉に、エミリアがぎこちない笑顔を見せた。
「さぁ、先に進みましょう。ヒウロ達も、もう進んでるかもしれない」
「……はい」
 息を切らしつつも、二人は先へと進んで行った。

     

 メイジが杖を構えていた。戦闘の構えである。敵は四柱神の一人であるグラファだ。
 グラファの容姿はお世辞にも威圧感のあるものとは言えなかった。老人なのである。それも、身長はメイジの腰辺りまでしか無い。だが、威圧感が無いのはあくまで容姿の話だった。その小さな身体の内には、凄まじい魔力を秘めている。メイジはそう思った。
「若き人間よ。名を申せ」
 緑のローブを整えながら、グラファが言った。声がいくらか高い。グラファには頭髪が無く、顔はシミとシワで覆われていた。
「人に名を聞くのなら、お前から名乗ったらどうだ」
「……本当に生意気なガキじゃの。魔人レオンにも、そういう所があった。懐かしいわい。懐かしすぎて、腹が煮えたぎるわ」
 グラファが眉間にシワを寄せた。
「その口ぶりだと、魔人レオンと会った事があるようだな」
 メイジのこの言葉に、グラファがシミだらけの口元を緩めた。メイジの言う通りなのである。グラファは、魔人レオンと会った事があるのだ。いや、それ所ではない。
「ワシは奴と戦った事がある。もう昔の話じゃがな。しかし、あの若僧の顔は今でもよく覚えとるわ」
「そしてお前は負けた」
「若僧、あまり調子に乗るなよ」
「……今日、お前はまた負ける」
「若僧がぁッ」
 グラファが右手を突き出した。次の瞬間。
「イオナズンッ」
 閃光。メイジがかわす。
「無駄に歳を取ったな!」
 沸点が低い。メイジが心の中で言った。メイジはわざとグラファを挑発したのだ。相手は自分よりも数百年、いや、数千年は生きているかもしれないという魔族なのだ。冷静状態のまま戦闘を開始するより、怒りを誘った方がこちらに分が回ってくる。メイジはそう考えた。
 神器、神の杖・スペルエンペラーを握り締める。全身の魔力が熱い。行ける。メイジが両手を突き出した。
「マヒャドッ」
 冷気系上等級呪文。無数の氷柱が吹き荒れる。グラファが右手を突き出した。
「ベギラゴン! 若僧、貴様は魔人レオンを超えられるか?」
 氷柱が火炎によって焼き払われる。
「超えられなければ、ワシには勝てん」
 グラファが右手を突き出した。
「何故なら、あの時よりもワシは強くなっておるからの!」
 メラゾーマ。火球系呪文。グラファの右手から放たれる。メイジが目を見開いた。火球系呪文なら。メイジはそう思った。自分が最も得意とする系統の呪文なのだ。両手を突き出す。
「メラゾーマッ」
 相殺を狙う。二つの熱球がぶつかり合った。衝撃波が円状に広がる。
「ほう! この魔力、かつての魔人レオンに匹敵するわい!」
 グラファがグッと右手を押し込んだ。僅かにメイジのメラゾーマが押し込まれる。
「ちぃっ」
「じゃが、魔人レオンに匹敵するだけではダメじゃ。ワシには勝てんッ」
 さらに押し込む。
「俺は魔人レオンとは違う!」
 メイジの神器が光り輝く。全身が熱い。魔力が上がる。次の瞬間。
「うぬっ!?」
 互いのメラゾーマが消し飛んだ。相殺。
「ホホ。右手だけではダメなようじゃの。ならば、ちと本気を見せてやるわ」

     

 グラファが両手を開いた。魔力が沸き上がる。陽炎の如く、グラファの身体が揺らめていく。
「若僧、双魔法というものを知っておるか?」
 グラファの問い。だが、メイジは答えなかった。グラファの目を睨みつけたままだ。
「……上等級呪文は基本的に一度に一回しか使えん。それは人間も魔族も同じじゃ。じゃがの」
 グラファが両手を突き出す。
「それはクズの人間や下級魔族の話じゃ。ワシは違う。ワシは、上等級呪文を一度に二回使える。それが……」
 右手にイオナズン。左手にマヒャド。二つの上等級呪文。メイジが目を見開く。そんなバカな。
「双魔法じゃぁッ」
 イオナズンとマヒャド。同時に放たれた。どうする。どちらを相殺する。メイジが考えた。いや、違う。相殺は狙わない。
「マジックバリアッ」
 呪文防壁。咄嗟に使った。大爆発と氷柱乱舞。マジックバリアを突き破る。
「ちぃ……っ」
 深いダメージ。だが、メイジの判断は間違っていなかった。片方の呪文は相殺出来ても、もう片方の呪文はモロに受けてしまうのだ。それならば、最初からマジックバリアで防御に徹した方が被害は少ない。だが、上等級呪文二発分のダメージは強烈だった。
「ホッホッホ。どうした、若僧。反撃してこんかい」
 右手にベギラゴン。左手にメラゾーマ。また来る。どうすれば良い。メイジが考える。マジックバリアではいずれ限界が来る。すでにダメージも深い。だが、上等級呪文が一度に二回飛んでくるのだ。これに対する有効手段など存在するのか。
「ほれっ」
 放たれる。火炎と火球。再びマジックバリア。だが突き破られる。メイジが吹き飛んだ。身体からは黒煙があがっている。
「まだ、だ……!」
 立ち上がる。杖にすがりながら、立ち上がる。
「つまらんのう。ワシが負けるんじゃなかったのか? ん?」
 右手にバギクロス。左手にもバギクロス。また来る。メイジはもう何発も耐えられない。
「訂正せい、若僧。負けるのはワシではなく、お前じゃとな」
 グラファがバギクロスを放った。二つの真空の竜巻が吹き荒れる。メイジの目が霞む。しかし、考えた。何か手は無いのか。メイジはふと、神器の言葉を思い出した。
「……自身の力を一刻も早く開花させなければならない。神器はこう言った……」
 まだ自分は力を眠らせているのか。だが、その力とは何なのだ。真空の竜巻。メイジの全身を切り刻む。きりもみ状態で上空へ吹き飛ばされた。もうダメか。その時だった。双魔法。魔力。力の開花。神器。これらのワードが、メイジの頭の中で繋ぎ合わされた。メイジが目を見開く。
「まだだ、まだ俺は終わらない……!」
 メイジが受け身を取る。ズザザ、という音と共に着地した。そして、神器を構える。魔力を溜めつつ、メイジが考えを整理する。
 双魔法。それは『上等級呪文を一度に二回放つ』という特技だ。これはグラファの特技であり、メイジは使えない。そして、これからも使えるようにはならないだろう。何故なら、人間が上等級呪文を放つには両手が必要だからだ。双魔法は、片手で上等級呪文が撃てる魔族専用の能力と言って良い。
 続いて、魔力という部分に観点を置く。グラファとメイジの魔力はほぼ互角だ。メラゾーマを相殺した。神器の力で魔力が上がっている、という点はあるが、結果としてメイジとグラファの魔力はほぼ互角だった。だが、それは一発の呪文の話だ。二発の呪文が同時に飛んでくる双魔法が相手の場合、メイジの魔力はグラファに劣っていると言えた。
 つまり、現状をひっくり返すには、メイジはグラファの魔力を超えなければならないのだ。言い換えれば、双魔法を超える魔力、もしくは双魔法に代わる何かを会得しなければならないという事だ。
 次に力の開花と神器について考える。力の開花。それは、おそらく自分の力の話ではない。メイジはそう思った。何故なら、自分は上等級呪文が使える。すなわち、それは魔法使いとしての完成を意味しているのだ。となれば、力の開花とは神器の事のはず。問題なのは開花させる方法だ。
「何を考えておる? まぁ、どの道、次の一撃で終わらせてやろう。火葬じゃ。燃えて死ぬが良い」
 グラファが口元を緩めた。そして、両手を突き出す。右手にメラゾーマ。左手にもメラゾーマ。グラファはすでに勝利を確信している。
 力の開花。メイジが考える。神器には魔力を高める効果がある。魔力を高める。メイジがここで仮定を持ち出す。もし、神器に上等級呪文を『保存』させる事が出来たなら? そして、さらに両手で上等級呪文を作り出す。それも『保存』する。つまり、上等級呪文を神器に『二つ保存』するのだ。すると、どうなる。神器の中で、魔力が、呪文が進化するのではないのか。そしてそれは、双魔法を超えるはずだ。メイジはここまで考えた。
「やってみせる……!」
 メイジが両手に魔力を溜める。そして、溜めた魔力を神器に移す。正確な結果は見えない。だが、やる価値はある。メイジの心臓の鼓動が高鳴って行く。
「……なんじゃ?」
 グラファが目をこらした。さらにメイジが両手に魔力を溜める。そして、その魔力も神器に移した。上等級呪文二発分の魔力。神器の宝玉が、強烈な光を放ち始めた。グラファがハッとした。嫌な予感。グラファがそれを感じ取る。
「若僧が悪あがきを! 灰になれッ」
 グラファが叫んだ。二つのメラゾーマ。放たれる。メイジが目を見開いた。
「俺は、魔人レオンを超える」
 杖を前に突き出す。魔力が解放される。新呪文。
「メラガイアーッ!」
 瞬間、烈風と共に紅蓮の熱球がほとばしった。

     

 火炎系最上等級呪文、メラガイアー。烈風と共に紅蓮の熱球がほとばしった。メラガイアーが二つのメラゾーマと交わる。その瞬間、メラゾーマが二つ同時に消し飛んだ。メラガイアーに飲み込まれたのだ。グラファが驚愕の表情を浮かべる。そして、メラガイアーがグラファを飲み込んだ。衝撃波が巻き起こると同時に、火球が火柱となる。火柱が天を貫く。
「な、なんじゃとぉ……!」
 グラファが両膝を地についた。全身を焼かれている。しかし、グラファは自分が負ったダメージよりも、メイジの放った呪文に恐怖していた。
「メ、メラガイアー!? なんじゃ、その呪文は……!」
 上等級呪文を超える最上等級呪文。それは、メイジが今この場で編み出した呪文だった。つまり、新呪文だ。当然、グラファは見た事も聞いた事もない。そして、その威力。メラガイアーは、二つのメラゾーマをいとも簡単に消し飛ばした。そして、グラファの身体を焼き尽くした。
 グラファは一瞬にしてプライドを砕かれてしまっていた。自身の双魔法が、敗れたのである。
 歴代最強の魔法使い、魔人レオン。しかし、もはや魔人レオンは過去の人間だった。世代交代。今の歴代最強の魔法使いは。
「き、貴様か。若僧……!」
 グラファが立ち上がる。身体が震えていた。
「……俺は、先に進まなくてはならない」
 メイジが魔力を溜める。その魔力を神器に移していく。
「や、やめろ。来るな」
 グラファが後退りし始めた。恐怖で顔を歪ませている。グラファが手当たり次第に呪文を連打で撃ち込み始めた。追い込まれているのだ。メイジがそれを冷静に相殺・避ける。次の瞬間。
「イオグランデッ」
 メイジの爆発系最上等級呪文。大爆発。グラファの目の前で巻き起こる。あえて、グラファには放たなかった。警告。もう無駄な抵抗はやめろ。メイジはイオグランデでそれを示したのだ。
「バ、バカにしおって……!」
「もうやるだけ無駄だ。道を開けろ」
「やるだけ無駄じゃとぉ? 生意気な口を!!」
 グラファが両手を突き出す。次の瞬間、グラファの両手が跳ね上げられた。メイジのイオだった。
「う、うぬぅぅぅ!」
「お前に勝ち目はない。そこをどけ。俺に老人をいたぶる趣味はない」
「貴様ぁッ」
 右手。中等級呪文が嵐のように舞った。だが、メイジはそれを全て相殺してみせた。
「あくまでやるのか」
「ワシは魔族じゃぞ。人間如きに、クズ如きに、屈する訳が無いじゃろう! ぶっ殺してくれるわ!」
 グラファが叫ぶ。声が裏返っていた。
 メイジが目を瞑った。これ以上、言っても無駄だろう。そう思った。ならば。
 メイジが神器に魔力を移す。メラゾーマの魔力と、マヒャドの魔力。
「お前の意を汲んでやる。これから放つ呪文は、全てを滅する呪文だ。これで、お前は終わる」
 極大消滅呪文。メイジの神器が光り輝く。
「クズが、クズが……! ワシの双魔法は最強なんじゃ! クズ如きに屈するはずがないんじゃぁっ」
 両手。双魔法。グラファが二つのメラゾーマを撃ち放つ。
「あの世で喚いていろ」
 メイジが神器を突き出した。魔力を解放する。そして、目を開いた。
「メドローアッ」
 極大消滅呪文。紅と蒼が混じり合った巨大な球体が、二つのメラゾーマを、グラファを、城壁を飲み込んだ。無。飲み込まれた全てのモノは、無と化していた。
 終わった。風が、メイジの髪をなびかせる。
「……先に進む」
 メイジの足取りは、どこか虚しかった。

     

 四柱神、この程度なのか。ヒウロはそう思った。ヒウロと対峙するは四柱神の一人、サベルである。青く逆立っている頭髪。鋭い目。黒い軽装鎧に身を包み、長剣を背負っている。
 サベルは四柱神のリーダー格だった。当然、その実力は四柱神の中ではトップを誇る。筋力や魔力といった、個々の力は他のメンバーが勝ってはいたが、総合力という観点で見れば、サベルが一番の実力者なのである。
 だが、そのサベルをヒウロは弱いと感じていた。睨み合いの時点で、ある程度の力が見えた。そして、剣を交えた。その時、サベルの動きが丸見えだった。そして、斬ろうと思えば、斬れた。決して、自惚れてなどいない。むしろ、ヒウロは自身の強さを信じ切れていなかった方だ。
 強くなったのか。ヒウロはそう思った。スレルミア河川で四柱神と出くわした時は、全身が恐怖で竦んだ。何も出来ず、ただ恐怖で震える事しか出来なかった。だが、あれから戦いを重ね、成長してきた。そして、今。あの四柱神を、弱いと感じている。これはヒウロにとって、不思議な感覚だった。
 自分はどこまで強くなったのか。そして、まだ強くなれるのか。ヒウロはそこに興味を持っていた。目の前のサベルには勝てる。確証は無いが、勝てる。そう思った。だが、サベルに勝てるからと言って、他の魔族に勝てるかどうかまでは分からない。ダール、ビエル、ディスカル。そして、父であるアレン。
 アレンとの戦いが切っ掛けで、ヒウロはその力を覚醒させた。だが、それでもまだ成長の伸び白が残っている。ヒウロはこの事については自覚がなかった。だが、この四柱神での戦いで、さらなる力を得る。ヒウロはそう考えていた。
 普通に勝つのではない。新たなる力を得るために勝つ。ヒウロは自らにそれを課した。魔界で、四柱神戦で、この余裕。ヒウロは無意識に口元を緩めていた。
「何がおかしい」
 サベルが睨みつけながら言った。こう言われてヒウロは、初めて自分が口元を緩めている事に気付いた。そして、目の前の敵が四柱神である事を再認識した。勝ててしまう。あのスレルミア河川で恐怖した四柱神に、勝ててしまう。
「貴様、本気を出してないな。先ほどのぶつかり合い、我はそう感じた」
 本気。この言葉が嫌に耳に残った。本気を出して良いのか。そうも思った。力が湧いてくる。父、アレンの時に覚醒したあの力。そして、魔界での戦い。強くなったのか。本気を出す。それも良いかもしれない。ヒウロは自身の力を知りたかった。
 聖なる雷撃呪文、ギガデイン。この呪文で、ヒウロはアレンとの戦いを乗り切った。そして、アレクの剣術。アレクの血が、勇者の血が、ヒウロの中で躍動していた。天性の戦闘センスが、ヒウロに閃きを与えた。
 ギガデインと剣術の融合。
「試す価値はある」
 ヒウロが稲妻の剣を構え直した。また、口元が無意識に緩んでいた。
「貴様、この我を笑うのか……!」
 サベルの目が血走った。怒り。
「なめるなぁッ」
 サベルが駆けてきた。ヒウロが剣を構える。一度だけ、ぶつかった。その一度のぶつかり合いで、ヒウロはサベルをいなしていた。態勢を崩したサベルが目を見開いている。信じられない。そんな表情だった。一方のヒウロは、眉一つ動かさない。
 サベルが咆哮をあげた。自尊心を砕かれたのだ。剣を振り上げる。その瞬間、ヒウロが懐に潜り込んだ。
「隼斬り」
 鮮やかだった。剣が、鮮やかに流れた。サベルの胸が、×の字に斬り裂かれる。そして、ヒウロが剣を天に突き上げた。雷雲。聖なる稲妻。
「ギガデインッ」
 雷光。城の天井を突き破り、雷撃が降り注いだ。
 ギガデインと剣術の融合。ヒウロの閃き。それは、ギガデインを稲妻の剣に纏わせるという事だった。つまり、オリアーの類似魔法剣の応用である。だが、それはオリアーの特殊な力と、エクスカリバーの対魔法剣という特性が合わさって初めて出来る事だった。それがヒウロに出来るのか。
「できる」
 ヒウロは確信していた。
 稲妻の剣にギガデインを直接は宿さない。いや、宿す事ができない、と言った方が正しい。ヒウロにはその力が無いのだ。ならば、どうするのか。稲妻の剣に闘気を纏わせる。闘気の膜を作るのだ。そこにギガデインを撃ち込む。そして、ギガデインの魔力を闘気で包み込む。つまり、オリアーの力を闘気で代用するのである。
 ヒウロが剣を天に突き上げた。闘気を纏わせる。刀身が、いや、剣全体が白銀の膜で覆われた。そして、聖なる稲妻。剣を真っ直ぐに撃ち貫く。ギガデインの魔力が、螺旋状となって稲妻の剣を覆っていく。聖なる稲妻・闘気・剣。この三つの融合。
「……ギガソードッ」
 ギガデインの魔力が暴れ回る。気を抜けば、すぐにでも飛散してしまう。だが、それを闘気でコントロールする。これは自分の呪文だから出来た。メイジの呪文であれば、いとも簡単に飛散していただろう。ヒウロには、オリアーのような力は無いのだ。あくまでそれを闘気で代用しているに過ぎない。
 サベルが後退りしていた。すでに戦意を失っている。化け物。サベルはそう言っていた。
「お、おのれ……」
 サベルが長剣を握り締めた。必死の形相だ。逃げればディスカルに殺される。向かえば、ヒウロに殺される。だが、サベルの心は決まっていた。魔族の誇り。
「おのれっ!」
 駆けてくる。ヒウロは何も言わなかった。目を見開き、静かに剣を振った。サベルの身体が、両断された。
「化け、もの、め」
 この言葉を最後に、サベルは煙と化した。ヒウロが稲妻の剣を振るう。ギガデインの魔力と闘気が消えた。
「……父さん、すぐに行く」
 ヒウロが呟く。四柱神。本気は出せなかった。いや、本気を出すまでもなかった。ヒウロはそう思った。

       

表紙

すくにえ [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha