Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
獣の森〜

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「こうやって俺たちが三人で行動するのも、考えてみれば久しぶりだな」
 メイジが懐かしそうに喋り出した。村を発ってから、結構な距離を歩いた。獣の森はもうすぐだ。
「ヒウロはまだ何も出来なくて、俺とオリアーが御守りだった」
「やめてください、昔の話は。もう足手まといにはなりませんよ」
「ですが、ヒウロ。本当にごうけつぐまを倒したのですか?」
 オリアーが言った。オリアーはヒウロと同じ歳だが、何故か敬語だった。いや、ヒウロだけではない。子供などの例外を除いて、オリアーは誰にでも敬語を使う。
「本当だよ。といっても、バイキルトとピオリム付きだけど」
「なるほど。それなら納得です」
 三人が笑った。

 そして、ごうけつぐまと遭遇した獣の森に到着した。相変わらずの視界の悪さだ。魔物の気配も強い。
「ずいぶんと様子が変わっていますね。ごうけつぐまが出てくるのも分かります」
 先頭を歩くオリアーが呟く。
「この辺りだ。俺がごうけつぐまと遭遇したのは」
 辺りを見回すと、例の血のりのついた木があった。瞬間、矢がオリアーの眼前を掠めた。
「二人とも、敵ですっ」
 すかさず、オリアーが腰の剣を抜く。矢。斬り払った。飛んできた方向に目をこらした。人間の子供のような身体に頭巾。手には弓だ。
「アローインプですか」
 すでに弓を引き絞っている。さらに奥に二匹。
「オリアー、こっちにも居るぞっ」
 最後尾に居るメイジが声をあげた。二匹のキメラが上空で隙を窺っている。アローインプが一斉に矢を放った。オリアーが全て剣で斬り払う。それと同時に距離を詰めた。
「アローインプは僕に任せてくださいっ」

 上空ではキメラが翼をはばたかせ、雄叫びをあげている。
「メイジさん、呪文を」
 ヒウロが前に出る。剣を横に薙ぎ、キメラを威嚇する。キメラは不気味な唸り声を発した直後、体当たりを仕掛けてきた。ヒウロは二匹の動きを目で追いつつ、剣で薙ぎ払う。羽毛が宙を舞った。
「ベギラマッ」
 メイジの呪文。閃光と共に炎が燃え上がり、キメラを飲み込んだ。
「トドメだッ」
 ヒウロが飛び上がって斬りつける。炎に包まれたキメラが真っ二つになった。
「オリアー、こっちは片付いたぞっ」
 メイジが振り返った。
 オリアーが矢を剣でさばく。敵は下がりつつ応戦するも、すでに気を呑まれていた。オリアーはそれを見逃さない。大きく踏み込み、一閃。アローインプ三体は一瞬にて胴体を真っ二つにされた。
「僕も終わりました」
 言いつつ、剣を鞘に戻す。
「よし、先を急ごう」
 そう言った瞬間、ただならぬ殺気を三人は感じとった。

     

「そうか、貴様らだな。ごうけつぐまを倒したのは」
 低く重みのある声。だが、人間ではない。オリアーとヒウロが再び剣を抜き、構えた。只者ではない。声と殺気だけでそう判断できたのだ。
「何者だ、姿を見せろっ」
 ヒウロが声をあげる。目を左右に動かし、常に周囲を警戒する。ピリピリと殺気が全身を刺激してくる。近づいている。
「こんな人間の子供に、ごうけつぐまを倒す力があるとは思えんが」
 ソイツは宙に浮いていた。ボロボロの青いローブを羽織り、フードをかぶっているので顔は見えないが、魔物とは全く違う異質なモノを感じとれる。
「ま、魔族」
 目を見開き、メイジが呟いた。
「小僧、我々を知っているか」
 魔族、それは知能ある魔物の事である。力も強さそのものも魔物たちの数段上を行く。そして、魔王の眷族、忠実なる部下。魔族が存在する、すなわちそれは、魔王が存在する事と同義。魔族は個体として存在し、人語を扱う事が出来る。そして魔物を意のままに操る事も可能だ。全ての点において、魔族は魔物を凌駕する存在なのである。
「や、やはり魔王は……!」
「この世界は、もうすぐ我々魔族の物となる。人間は不要だ。今はまだ地ならしの段階でしか無いが、ごうけつぐまを倒せる……それもまだ子供だ。そんな存在を放っておく事は出来ない」
 殺気が強くなった。瞬間、風が強く鳴り、周囲の木々がざわつき始める。
「このファネルが、この場で殺しておくとしよう」
「ヒウロ、オリアー! 気を引き締めろッ!」
 メイジが叫んだ。風が止む。刹那、ファネルの右腕、剣のような刃がヒウロを襲う。すかさず剣で弾き返すも、態勢が崩れた。攻撃力がケタ違いだ。
「つ、強いっ」
 ファネルが反転、再びヒウロに襲いかかる。
「ヒウロ、下がってください!」
 火花。オリアーが受け止めた。
「ほう」
 ファネルが声を漏らした。ファネルの右腕は、オリアーの剣によって止められていた。ギリギリと金属が擦れ合う。火花が飛び散る。
「こんな子供が居るとは」
「メラミッ」
 メイジはメラミを唱えた。火球は螺旋を描き、ファネルへと突っ込んでいく。
「そんなチンケな呪文で」
 瞬間、ファネルは左手を突き出した。周囲の空気が冷たくなっていく。いや、凍り付いていく。
「ヒャダイン」
 雹の嵐。氷のつぶてが吹き荒れ、メラミが消し飛んだ。さらにメイジをも包み込み、吹き飛ばす。
「メイジさんっ」
 オリアーが叫んだ。
「次はお前だ」

     

「させるかっ」
 ヒウロがファネルの背後に回り込み、剣を振り上げた。
「引っ込んでいろ」
 左手を突き出す。そしてそのまま、奥へと突いた。瞬間、ヒウロは声を出す事なく吹き飛ばされ、木へと叩き付けられた。
「げ、げほっ……。しょ、衝撃波……がふっ」
 血を吐く。内臓をやられたのだ。
「ヒ、ヒウロ……!」
 火花を散らしながら、オリアーが歯を食いしばった。しかし、勝てない。この思いが全身を支配する。このファネルは強い。自分たちとは次元が違う、そう思い知らされたのだ。
「さぁ、待たせたな」
 左手。ヒャダインでメラミごとメイジを、衝撃波でヒウロを吹き飛ばした左手がオリアーに向けられる。
「僕たちはここで死ぬ訳にはいかないっ」
「自らの運命を受け入れるんだな」
 瞬間、オリアーに力が漲った。間髪入れず、ファネルの右腕を弾き飛ばす。
「何だと」
「オリアー……!」
 メイジが攻撃力倍増呪文、バイキルトをかけたのだ。
「貴様、生きていたのか」
 暖かく黄色い光が、メイジの全身を覆っていた。呪文の威力を減少させる呪文、マジックバリアだ。
「はぁはぁ、オリアー、お前の剣術が頼りだ……!」
 しかしダメージは大きい。だが、戦える。メイジは続いて素早さ上昇のピオリム、守備力増強のスカラを唱えた。
「ありがとうございます、メイジさん」
 オリアーの動きが素早くなった。次々に剣撃を繰り出す。
「小癪な」
 しかし、その全てをファネルは捌いていた。だが、さすがに攻撃に転じる余裕は無い。
「右手だけでは殺せんか。小賢しい。左手でとっとと」
 瞬間、メラミが眼前を掠めた。身体が反応した。キッとメイジの方を睨みつけた。
「ガキが」
 左手をメイジに向けて突き出す。衝撃波。メイジの身体が吹き飛んだ。しかし、半身を起す。まだ戦える。
「しつこい、さっさと死ね」
 思わず眉間にシワを寄せる。
「メイジさんだけに集中する余裕があるのかっ」
 オリアーの剣。なおも捌いている。だが、バイキルト・ピオリムで強化されているために、油断が出来ない。左手を使って一気に吹き飛ばしたいが、そうすればメイジの呪文が飛んでくる。
「ならば、細かくだ」
 左手。間髪入れずに衝撃波を放った。オリアーの態勢が崩れる。大振りではなく、モーションを最小限に留めての衝撃波。威力は小さいが、オリアーの動きを止めるぐらいならば造作も無い。
「死んでろ」
 右手。一気に振り下ろす。オリアーが剣で受け流す。流れる動作でさらに横に薙ぐ。オリアーは受け流せない。鮮血が宙を舞った。しかし、浅い。オリアーが後方に飛んでいたのだ。ピオリムが掛かっているからこそ出来た。だが、態勢を崩している。剣を構えられない。
「フン」
 距離を詰める。トドメだ。右手を突き出した。
 金属音。
「ちぃっ。貴様もか」
 ヒウロがファネルの右手を弾き飛ばしていた。

     

「ガキどもが」
 ファネルの声に怒気が混じる。ヒウロにもバイキルトとピオリムがかかっている。衝撃波で吹き飛ばされた際の傷は、ベホイミですでに癒えていた。
「ヒウロ、僕と一緒に!」
「あぁ、二人掛かりならっ」
 オリアーとヒウロが左右に分かれ、ファネルに攻撃を仕掛ける。絶え間なく鳴り響く金属音と、空を切る音が攻撃の激しさを物語る。だが。
「あ、当たらないなんて」
 ファネルは二人の攻撃を全て捌き、かわしきっていた。実力が段違いなのだ。バイキルト・ピオリムのかかった二人の剣ですら、ファネルのローブに触れる事さえ出来ない。
「お前たちと遊んでいる暇は無い。もう少し楽に殺せると思っていたが、実力の片鱗を見せる必要がありそうだ」
 ファネルの全身に力が漲った。次いで殺気。オリアーとヒウロが耐えきれず距離を取る。その瞬間。
「真空斬りッ」
 風が鳴いた。鮮血。
「バカなっ……!」
 オリアーが膝を付き、ヒウロはうつ伏せで倒れていた。一瞬。一瞬で二人の全身は切り刻まれていた。オリアーはかろうじて反応できたが、ヒウロは何が起こったのかも分からない。すでに気を失っている。
「これ以上、私の手を煩わせるな。大人しく殺されるが良い」
 ファネルが歩き出す。トドメを刺すのだ。それをメイジが遠目で見ているが、何も出来なかった。恐怖で全身が竦む。
「何をしたんだ。何をしているかも見えなかった」
 メイジには真空斬り、と叫んだ事しか把握できなかった。遠目で見ているにも関わらずだ。それほど実力に差がある。そう思い知らされた瞬間、恐怖で全身が竦んだ。
 殺される。
「僕たちはここで死ぬ訳には……っ」
 オリアーが剣を杖に立ち上がる。息が荒い。恐怖で身体が震える。闘志もすでに萎えている。
「諦めろ」
 ファネルが右手を振り上げた。

 ――ヒウロ。
「……」
 ――ヒウロ、目を覚ましなさい。
「……」
 ヒウロは気絶していた。しかし、暖かく優しい声が聞こえる。女の人の声。遠い昔、聞いた事のある声だ。
「ヒウロ、私の声が聞こえますか」
 聞こえる。ヒウロは心の中でそう返事した。
「今、あなた達は未曽有の危機に瀕しています。このままでは、あなた達は全員、殺されてしまうでしょう」
 ファネル、あの魔族に自分達は殺される。自分達では歯が立たない。そう思い知らされた。
「あなたには遠い昔、魔王を撃ち滅ぼした勇者アレクの血が流れています。あなたは世界の希望です。死んではなりません。立ち上がるのです」
 勇者アレク? 立ち上がる? ダメだ、ファネルに勝てない。立ち上がった所で、なぶり殺しにされるのは目に見えている。
「力を揺り起こします。あなたの身体に流れる血に眠る力、天空より聖なる稲妻を呼び寄せる呪文、真の勇者のみが使う事を許された雷撃呪文」
 知っている。自分はそれを知っている。ヒウロはそう思った。その呪文の名は。
「ラ……」

「俺たちは、死ぬわけにはいかない……ッ」 
 ヒウロが立ち上がった。全身から闘気が溢れだす。それを感じとったのか、ファネルはハッと振り返った。
「バカな」
 ファネルに戦慄が走る。ヒウロが剣を天に突き上げた。
「ライデインッ」

     

 雷雲。光。周囲を覆っていたファネルの殺気が、ヒウロの闘気によってかき消されていく。
「バカな、何故。何故だ。何故、貴様がその呪文を!?」
 ファネルの表情が歪んだ。その瞬間、稲妻が降り注いだ。轟音と共に無数の稲妻がファネルに襲いかかる。
「バカなぁぁっ」
 稲妻がファネルを貫いた。ピンボールのように身体が地面を跳ねまわり、次々と全身が焼け焦げる。
「いかん、これは……っ」
 ファネルが左手を天に突き上げる。瞬間、空間に穴が空いた。穴の先は暗闇だ。魔界とこの世界を繋ぐゲートを開いたのだ。
「ファネルッ」
「ぜぇーぜぇー……ッ」
 黒焦げになったファネルがゲートに手を掛けた。
「ゲハッ……! 覚えていろ、このファネルこのままでは……ゼハァゼハァッ」
 ファネルがゲートに飛び込んだ。
「待てっ」
 ヒウロがそう叫んだ瞬間、空間に空いた穴は塞がっていた。
「逃が……」
 言い終わらぬ内に、目の前が真っ暗になった。気を失ったのだ。瀕死の状態から蘇生し、使った事のない強力な呪文をフルパワーで使用した。力の加減が分からないのはもちろん、呪文の発動に要する魔力がヒウロの身体の限界を超えていた。そのため、強制睡眠に陥ったのだった。

 次にヒウロが目覚めたのは、ベッドの上だった。ハッとして上半身を起こす。身体がズッシリと重く感じた。いくつも重りを付けられているかのようだ。ただ、ファネルとの戦闘で受けた傷は癒えていた。
 辺りを見回す。自分の家ではない。ヒウロはそう思った。すると、部屋の入り口のドアが開いた。
「おや、目が覚めましたか」
 オリアーだった。ヒウロと同じように傷はすでに癒えている。
「身体が凄く重く感じる。オリアー、ここは?」
「獣の森を抜けた先にある町、ラゴラです。そして、ここはラゴラの宿屋ですよ」
「あの後、メイジさんと二人で?」
「えぇ。さすがに苦労しました。いくら呼び掛けても、ヒウロは目を覚ましませんし」
「ファネルを逃がした」
 ヒウロは覚えていた。ライデインで追い込んだは良いが、トドメを刺せずに逃げられた。その後、気を失った。
「……あの呪文、ライデインと言いましたか。メイジさんの話では、勇者にしか使えない呪文との事です。ヒウロ、あなたは一体?」
 オリアーが部屋の隅にある椅子に腰かけた。さすがに腰の剣は外してあるが、鉄の鎧は着たままだ。机の上には鉄兜と鋼の剣が無造作に並べられている。鎧にはファネルとの戦闘の激しさを物語る傷が、いくつも刻み込まれていた。
 勇者アレク。ヒウロにはその血が流れている。暖かく、優しい声はそう言った。あの声は誰の声なのか。女性の声で、遠い昔に聞いた事のある声だった。自分は勇者アレクの子孫なのか。ヒウロはそう思った。勇者アレクの事は知っている。いや、この世界に住む者ならば、誰でも知っていると言って良いだろう。遠い遠い昔、この世界は魔族によって滅ぼされようとしていた。その危機を救ったのが、勇者アレクとその仲間達だ。仲間達については諸説あるが、剣聖と謳われたシリウス、歴代最強の魔法使い、魔人レオンの二人が有名だった。
「俺も、正直わからないんだ。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない」
 自分が勇者アレクの子孫ならば、その力を受け継いでいるなら、世界を救いたい。魔族が現れたのだ。ならば、きっと魔王も居る。このまま黙って見過ごすわけにはいかない。だが、ヒウロは言葉にはしなかった。確信が持てない。何より、自身が状況を把握し切れていなかった。
「そうだ、メイジさんは?」
 ヒウロがハッとしたように言う。
「修行ですよ。この町に凄い人が居ますから」
 オリアーが二コリと笑った。 

       

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Neetsha