Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
スレルミア河川〜

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 ヒウロ達はラゴラの町を出発し、スレルミア河川を渡ろうとしていた。この川は常に激流であり、空でも飛ばない限りは人間の足で渡り切れるものではなかった。水しぶき舞う中、ぽつんと配置されている頼りない吊り橋が唯一の交通手段だが、雨天の場合はこの吊り橋も使えなくなる。これらに加え、魔物たちの脅威もあった。
「しかし、もっと違うルートがあったんじゃないかな」
「ヒウロ、何か言ったか?」
 メイジが大声で聞き返す。激流の音で声がかき消されるのだ。吊り橋までの道のりも、断崖絶壁のわき道しかない。すぐ下はスレルミアの激流だ。間違って足を滑らせたら、命の保証は無かった。
 こんな地形のためか、スレルミアの魔物は空を飛べる種族が大変を占めていた。近接攻撃を得意とするオリアーには厳しい場所だ。剣を振れる立ち位置が限られているからだ。ここでの戦闘の要は呪文、つまり魔法使いであるメイジになるのだ。
 わき道の先頭を歩いていたオリアーが剣を抜いた。後ろを振り返り、二人に目配せする。上空。
「二人とも、フーセンドラゴンとキラーモスです」
 フーセンドラゴン、その名の通りに身体が風船のように膨らんでおり、その浮力で宙に浮いているドラゴンだ。正統派のドラゴンではなく、どちらかと言うと亜種に近いが、ドラゴンの名に恥じぬ攻撃力と火炎を吐く事が出来る。一方のキラーモスは巨大な蛾で、麻痺性のある毒のりん粉を撒き散らし、痺れて動けなくなった生物を捕食する。それは人間も例外ではなく、殺人蛾とも呼ばれていた。
「来るぞっ」
 ヒウロも剣を抜く。キラーモスが羽ばたきながら、突っ込んできた。
「りん粉を吸わないようにしてください、動けなくなります! ヒウロ、キラーモスの狙いは君ですっ」
「あぁ、わかってる」
 ヒウロが肺一杯に空気を吸い込んだ後、息を止めた。キラーモスの突進。剣で薙ぎ払う。しかし、六本の足で剣を掴まれてしまった。そのまま、ワシャワシャとヒウロの方へ詰め寄って行く。
「ッ」
 左手を突き出す。呪文だ。得意ではないが、一時しのぎ程度の呪文ならヒウロも扱える。その瞬間、凄まじい殺気が後ろで巻き起こった。メイジだ。
「ベギラマッ」
 閃光と共に灼熱の炎が舞い上がる。キラーモスの片羽が完全に消し炭となった。顎をガチガチと鳴らしている。痛みに耐えきれないでいるのだ。
「なるほど。修業の効果は上々だな」
 さらに右手を突き出す。
「メラミッ」
 火球。キラーモスの頭・胴を削り取る。チリチリと音を立てながら、残った部分はスレルミアの激流に飲み込まれていった。
「次はアイツだな」
 キッとメイジがフーセンドラゴンを睨みつけた。その気に圧されたのか、フーセンドラゴンは逃げ出してしまった。
「メイジさん、凄い魔力だ」
 呆気に取られながら、ヒウロが言った。剣にはキラーモスの足が付いているが、やがてメラミの残り火で燃え尽きた。
「スレルミア河川の戦闘では、僕の出る幕はなさそうですね」
 オリアーが剣を収めつつ、言った。顔は笑っている。
「冗談はよせ。さぁ、吊り橋を目指すぞ」

     

 結構な距離を歩いた。断崖絶壁のわき道。下は激流だ。道の状態も良くなかった。オリアーを先頭に立て、ヒウロ、メイジと隊列を組み、少しずつ前に進む。何度か魔物とも遭遇した。だが、戦闘はさほど苦労はしなかった。メイジの独壇場なのである。
 リーガルの修行でメイジの戦闘能力は飛躍的に向上していた。スレルミア河川最初の戦闘で見せたベギラマ、メラミといった火炎系呪文の威力はもちろん、イオ(爆発系)ヒャド(冷気系)バギ(真空系)といった、他系列の呪文の威力も強烈だった。ここら一帯の魔物は決して弱くない。むしろ、獣の森で遭遇した、ごうけつぐまクラスの魔物がウジャウジャ居るのだ。しかし、その魔物達をメイジは苦も無く蹴散らす。
 メイジは魔物達を蹴散らしながら、少しずつ自信を取り戻していた。ごうけつぐま、ファネルとの戦いで、メイジは魔法使いとしての自信を完全に失っていた。自分の魔法が効かない、通用しない。それは、自身の存在価値を否定されている事と同じだった。メイジはオリアーやヒウロよりも、一つ年上だ。だから、二人ともメイジの事を兄のように慕っている。しかし、力が足りない。兄のような存在なのに、年上なのにだ。だからこそ、魔法使いとしての力と自信が必要だった。人一倍、責任感も強い。自分の力不足を表情には出さないが、痛感していたのだ。しかし、今はそうではない。自分の呪文が魔物を次々となぎ倒していく。これがメイジに自信を与えた。しかし、表情には出さない。メイジはこういう人間だった。
「メイジさん、ヒウロ、吊り橋が見えました」
 オリアーが声をあげた。少し高い所にあるせいか、風で少し揺れている。ここからは聞こえないが、縄のきしむ音もしていそうだ。
 同時にオリアーは、殺気を感じ取った。後ろの二人は殺気に気付いていない。オリアーは鋭い感性を持っていた。野生の勘とも言うべきか、これのおかげで戦闘中の敵の次の動きも読めた。生まれついての感性だが、戦士にとって必要不可欠なものの一つだ。
 オリアーが辺りを見回す。吊り橋の所は高台の広場のようになっており、少なくとも今居る場所よりは足場が良さそうだ。ここで戦闘が起きれば、メイジの呪文でしか対抗できなくなる。おそらく敵は飛行手段を持っている。そして。
「魔族ですね、この感覚……。ファネルとは少し違う気もしますが」
 呟く。どれほどの力の持ち主なのか。正直言って、ファネルと同等、もしくはそれ以上となると勝つ事は難しい。どの道、この場所はまずい。
「二人とも、駆けます。吊り橋の所までです」
 走った。グズグズしている暇はないのだ。殺気は依然、感じる。だが、強くはならない。様子を見ているのか。
 後ろの二人も懸命に駆けている。ヒウロはすでに剣を抜いていた。殺気を感じ取ったのだ。オリアーも剣の束に手をかけた。高台。風が鳴っている。殺気。強烈だ。
「ッ」
 一閃。金属音。剣を抜いていた。手が痺れている。
「フヘヘ」
 声のする方をキッと睨みつけた。上空。コウモリのような翼に青い肌、細身ながらも筋肉質な身体、そして一メートルはあろうかという長く太い爪。
「このバーザム様の一撃を受けるたぁ、中々やるじゃねぇか」
「やはり、魔族ですか」
 オリアーが剣の束を何度か握り込む。手の痺れは消えた。ヒウロ、メイジの表情が厳しくなった。魔族。あのファネルの強さが脳裏をよぎる。もしあのファネルよりも強ければ……。こう考えざるを得ない。無理もなかった。魔族との対戦経験は、あのファネルだけなのだ。
「フーセンドラゴンがとんでもねぇ人間が居るとか言ってやがったから、どんなもんかと思えばただのガキかよ」
 バーザムが鼻で笑う。
 フーセンドラゴン。キラーモスと一緒に居たアイツか。逃げて親玉に報告したのか。そう考えながら、メイジは杖を構える。ファネルには自分の呪文は通用しなかった。だが、あれから強くなっている。しかし、相手はファネルとは違う魔族だ。不安と期待が入り混じる。
「まぁ良い。殺しとく」
 コウモリのような翼をはためかせ、バーザムは襲いかかって来た。口元が緩んでいる。笑っていた。

     

 激流の音の中で金属音が弾けていた。
 魔族、バーザムとの交戦である。地の利はバーザムの方にあった。何せ、空を飛べるのだ。一方のヒウロ達は、この高台の上で戦うしかない。戦闘可能な場所が限定されているのだ。しかし、やるしかない。出来なければ、殺されるだけだ。
 オリアーが懸命に凌いでいた。バーザムは攻撃的な性格で、引っ切り無しに自慢の太い爪を振りかざしてくる。上空へ舞い上がり、落下速度を上乗せして振り回す爪の威力は尋常ではなかった。一撃、また一撃と受ける度に、オリアーの手の感覚が消えていく。もう剣を握っているかどうかも分からない。そしてバーザムは笑い声を上げながら、さらに攻撃を繰り出す。オリアーは地に足をめり込ませるかの如く踏ん張り、堪え凌いだ。
 キッカケが必要だった。バーザムは自由自在に空を飛びまわり、自分の好きなタイミングで攻撃を繰り出してくる。一方のヒウロ達は、相手の攻撃のインパクトの瞬間しか反撃できるチャンスがない。バーザムの動きを封じなければ、反撃の糸口は見えないのだ。そしてその糸口は、剣ではなく呪文になるはずだ。
「オリアーが耐えてくれたおかげで、奴の攻撃方法が見えた」
 メイジが呟く。
 バーザムの攻撃方法は一撃離脱に特化していた。おそらく細かい連打は得意ではない。その証拠に、一撃を打ち込んですぐに上空へと舞い上がっている。落下速度が無ければ、攻撃力もそこまで高くないはずだ。その代わり、素早い。剣では到底、捉えきれるものではないだろう。それは、魔法使いのメイジにも分かった。
 右手に魔力をとどめた。いつでも呪文を撃てるようにだ。次の一撃で捉える。使うのは真空系・中等級呪文バギマ。真空の呪文で切り刻んでみせる。それが出来ずとも、戦闘の流れは変わるはずだ。各系統の攻撃呪文の中で、バギ系統の発生の速さはピカイチだ。
 バーザムが上空でひるがえる。突っ込んでくる。オリアーが剣を構えた。交わるかどうかの刹那。
「バギマッ」
 真空の渦がバーザムの目の前で巻き起こる。しかし、避けた。身体をひねり、渦をかわした。だが、態勢を崩している。間髪入れずにヒウロが剣を振った。爪で弾き返す。さらに振る。
「しつけぇぞ、ガキがっ」
 翼を二度、三度とはばたかせた。強風が巻き起こり、真空の刃がヒウロに襲いかかる。
「ッ」
 無数の鮮血が宙を舞った。だが、ひるまない。
「このぉっ」
 剣を振り下ろす。バーザムが身体をひねる。空振り。バーザムはその隙を逃がさない。爪。瞬間、火球が目の前を掠めた。キッと飛んできた方を睨みつけた。さらに二発の火球。爪で弾き飛ばしてやる。そう思い、火球に向かって爪を振るった。
「うげっ!?」
 なんと爪が叩き折られたのだ。火球は勢いを失う事なく、バーザムの身体を吹き飛ばした。黒煙と共に螺旋を描き、地面に投げ出される。
「な、なんだぁ……!?」
 バーザムはまだ状況を理解できていないようだった。逆にメイジは厳しい表情のまま、右手を突き出したままだ。そして魔力をとどめる。
 通用する。魔族に自分の呪文が通用する。表情は厳しいままだが、メイジは自信を完全に取り戻した。そして同時に、勝機も見えた。
「ちぃっ……。魔法使いか……」
 バーザムが静かに呟いた。

     

 バーザムが身体を起こした。メラミのダメージ。深刻ではないが、効いている。この事実にイラつく。
 次いで、オリアー、ヒウロに目をやった。剣を構えている。先ほどのぶつかり合いで、この二人の大体の実力は読めた。自分のスピードには付いて来れない。圧倒できる。いや、圧倒してやる。問題は後ろの魔法使いだ。身体能力は高くはないだろう。だが、このダメージ。呪文の威力は本物だ。
「ぶっ殺してやる」
 バーザムが口元を緩めた。
「ピオリム」
 素早さ増強呪文。バーザムのスピードがさらに上がった。そして羽ばたく。翼の動きがどんどん速くなる。
「ヒウロ、メイジさんについて下さいっ」
 オリアーが叫んだ。表情が厳しい。バーザムの考えを読み取ったのだ。オリアーのこの類の勘は優れている。ヒウロがメイジの方へ向って走る。その刹那、旋風。ヒウロの真横を竜巻が過ぎ去った。いや、違う。バーザムだ。
「は、速い! メイジさんっ」
「……っ」
 覚悟を決めた。杖を構える。しかし、何も見えない。視認できない。メイジは魔法使いだ。近接戦闘が不得手なのだ。ましてや、このバーザムの素早さ。
「ファネルより上です。メイジさん、ヒウロの方に駆けてくださいっ」
 ピオリムがかかっているせいもあるが、あの飛行速度での一撃は魔法使いには厳しい。杖で受ける事もままならないはずだ。
「イオラッ」
 一か八かだ。メイジが上空に爆発系・中等級呪文を放った。眩い閃光と共に轟音が鳴り響く。しかし、手ごたえはない。バーザムには見えている。闇雲に撃った呪文をかわすなど、造作もないのだ。それどころか、不意を突かれない限りは全てかわす自信がバーザムにはあった。
 旋風。鋭い音。
「ちぃっ」
 メイジが膝をつく。左腕をえぐられた。ローブが完全に切り裂かれ、血が流れ出ている。
「ヒャァッ」
 奇声。同時にヒウロがメイジの前に立ちはだかった。爪。金属音。剣で受けたのだ。ヒウロには見えている。だが、反撃の余裕はない。さらに一撃、さらに一撃。遠巻きから見れば、ひっきりなしにバーザムが攻撃を繰り出しているように見える。ヒウロの表情が歪んできた。耐えきれない。
「バーザムッ」
 オリアーがさらにたちはだかる。
「虫けらが何匹集まろうが、同じこと。血を見せろッ」
 バーザムが上空で翼を羽ばたかせた。周囲の空気から音が鳴る。鋭利な音。
「真空波ッ」
 瞬間、見えない刃が三人の身体をズタズタに斬り裂いた。
「ま、まだですっ。二人とも、僕の後ろにっ」
 オリアーが仁王立ちで耐えていた。息が荒い。
「ライデインだ、ライデインしかない」
 ヒウロが息を弾ませながら、呟いた。

     

「ライデインだ、ライデインしかない」
 ヒウロの呟きを、メイジは聞いていた。
 ライデイン。ファネルを退けた雷撃呪文だ。確かに決まれば、形勢は変わるだろう。だが、決まればの話だ。まともに撃った所で、当たるとは思えなかった。このバーザムの素早さだ。不意を突く必要がある。
 これまでの戦闘を振り返る。ヒウロはまだ呪文を見せていない。オリアーと共に、剣のみで戦ってきた。呪文を主体に戦っているのを見せたのは、自分だけだ。つまり、バーザムの頭にはヒウロの呪文は入ってないと考えて良い。入っていたとしても、剣を主体に戦っている事から、脅威とは感じていないはずだ。何らかのキッカケがあれば、ライデインは決まるかもしれない。
 しかし、この左腕で。バーザムにひどくえぐられた。感覚も消えている。ヒウロがライデインを撃つなら、自分が補助をしなければならない。その補助をする際に必要なのが、左手だった。リーガルがマホイミの紋章を左手に授けたのだ。そして左手がヒウロの身体に触れておかなければならない。
「メイジさん、その左腕」
 ヒウロが傷の深さに気付いた。すぐに治癒呪文を唱えようとした。しかし、メイジは首を横に振った。
「その魔力をライデインに回せ。それに易々と回復をさせてくれそうにない」
 オリアーも限界が近い。通常攻撃を受ける度、後退りをしている。そして真空波。仁王立ちで三人分のダメージを受けているのだ。鎧はすでにズタズタにされている。
 考えた。呪文単発では決め手に欠ける。やはりヒウロのライデインだ。問題はどう決めるかだった。
「ヒウロ、俺の左手を握れ。ライデインだ」
 左腕は持ち上がらない。ヒウロがそっとメイジの左手を握った。血で濡れている。
 バーザムはバギマで態勢を崩した。空を飛んでいるのだ。空気の流れを変えれば、また態勢を崩すかもしれない。しかし、今はバーザムの動きが見えない。ピオリムを使う前は、奴の動きを視認できた。オリアーと交わる瞬間に、バギマを滑り込ませる事ができた。今は金属音が聞こえる程度で、動きは全く視認できなかった。
「奴の動きを止める事さえ出来れば」
 ヒウロに呪文のタイミングを教えてもらえば。いや、それではダメだ。タイミングは分かっても、位置が分からない。位置まで伝えるには時間が短すぎる。
 ふと、メイジの頭にリーガルの修行の場面が浮かんだ。メイジは以前、手の魔力のみで呪文を使っていた。今は全身の魔力で呪文を使っている。何かが引っ掛かる。手の魔力、全身の魔力。行けるかもしれない。メイジはそう思った。
「ヒウロ、バーザムがオリアーに攻撃を仕掛けるタイミングを教えてくれ」
 行けるはずだ。タイミングさえ分かれば、いける。
「分かりました。でも、位置が」
 ヒウロもそこまで読んでいたようだ。しかし、考えがある。メイジの表情に自信があった。
「……メイジさんを信じます」
「俺がバーザムの動きを止める。奴の動きが止まったら、すかさずライデインだ」
 二人に緊張が走った。

     

「く……っ」
 オリアーがついに膝をついた。限界なのだ。バーザムの連続攻撃、真空波。一人で攻撃の全てを受けていた。もう何も出来ない。次の一撃で力尽きる。だが、剣を杖に身体を支えた。メイジとヒウロが居る。二人を信用している。何か手を考えているはずだ。
 メイジが右手を開いた。次いで集中する。左腕の痛みが集中力を奪う。しかし、振り払った。今から自分がやろうとする事は、生半可な集中力では成し遂げる事が出来ないのだ。
 リーガルの修行を思い出す。メイジは以前、手の魔力のみで呪文を撃っていた。しかし魔力は全身に存在する。そして呪文は手から放つ。ここにメイジは着眼点を置いた。もし、呪文を指から放つ事が出来るならば?
「右手だけで最大五つの呪文を同時に撃てる。オリアーの周囲を囲える。バーザムの動きを止められる」
 しかし、賭けだ。指から呪文を放つ、それも5つ同時に。こんな話、聞いた事もなかった。当然、前例すらない。しかし、メイジには自信があった。漠然としたものだが、出来ると感じた。いや、そう感じたいだけなのか。出来なければ、全滅なのだ。わずかな可能性にすがるしかないのが現状だった。
「メイジさん」
 ヒウロ。目が上下左右に動いている。バーザムの動きを追っているのだ。メイジが目をつむる。もうオリアーの位置は覚えた。あとは集中力の問題だ。ヒウロの合図と同時に、撃つ。5つのバギマを。
「今だっ」
「死にさらせッ」
「バギマッ」
 魔力の渦。オリアーの周囲で巻き起こる。竜巻。
「なっ」
 バーザムの身体が弾かれた。翼が斬り裂かれ、呆気に取られている。いや、驚いているのか。五つのバギマ。バーザムの動きが完全に止まっていた。
「ヒウロ、決めろッ」
 左手。握られている。間髪入れず、ヒウロが剣を天に突き上げた。雷雲。稲光。
「ライデインッ」
 同時に剣を振り下ろした。青白い閃光。ヒウロの闘気。雷撃が次々と降り注ぐ。バーザムの顔が歪んでいる。そんなバカな。声にはなっていない。しかし、叫んだ。心の中で叫んでいた。
「聖なる稲妻よ、邪悪なるものを撃ち滅ぼせッ」
「グギャァァァッ」
 断末魔。稲妻がバーザムの身体を次々と貫いているのだ。ガクガクと痙攣し、目は白眼を剥いている。
「グ……バ……ッ」
 雷雲が晴れると同時に、バーザムは地に伏した。それから間もなくして、バーザムの死体は消えた。つまり、勝ったのだ。ヒウロ達は、魔族を倒したのだ。
「や、やった……」
 ヒウロが息を切らしながら、呟いた。剣を杖に立っているオリアーが振り返る。笑っていた。
「メイジさん、やりましたよっ」
 左手を握ったまま、ヒウロはメイジの方に振り向いた。
「あ、あぁ……」
 メイジが地面にへたれこむ。疲弊しきっているのだ。無理もなかった。バギマを5つ同時に撃った直後、ライデインの補助を行ったのだ。普通の魔法使いでは魔力切れどころか、命を失ってもおかしくはない。呪文を5つ同時に放つ。この前例がないのは、それを行うために必要な魔力を備えている人間が居ないからだ。出来るとすれば、かつての魔人レオンのみだろう。それをメイジは成し遂げたのだった。
「そうだ、左腕」
 ヒウロがすぐにベホイミを唱えた。
 魔族に勝った。だが、凄惨な光景だった。ギリギリの戦いだったのだ。オリアーはもちろん、メイジも次の戦闘には参加できそうになかった。幸い、スレルミアの親玉はバーザムだ。その親玉を討ち取ったせいか、周囲に魔物の気配はなかった。それにヒウロは安堵していた。だが、その安堵はすぐに消えた。
「バーザムを消すとはな。しかもライデイン。ファネルの言っていた事は本当だったという事か」

     

「バーザムを消すとはな。しかもライデイン。ファネルの言っていた事は本当だったという事か」
 低く重い声。だが、どこかに豪快さを匂わせる。
「フゥム。それよりもワシが気になるのは、あの魔法使いじゃ」
 老人の声。いくらか声は高い。
「あの五つのバギマの事? 魔人レオンならバギクロスでやってたわよ」
 女の声。
「どの道、要注意と言う事だ。ここで殺しておく必要がある」
 青年の声。冷静さと力強さを持ち合わせている。
「な、なんだ、どこに居る!?」
 ヒウロが叫んだ。剣を抜こうと思った。しかし、抜けなかった。手がガタガタと震え、言う事を聞かないのだ。いや、それ以前の問題だ。自分の感覚か、血か、予感か。何かそういったものが、戦うなと叫んでいる。逃げろと叫んでいる。メイジもオリアーも、同じように感じ取っているようだ。目を見開き、全身を震わせている。
「そんなに怖がっちゃって」
 頬を撫でられた。女の声。白い肌。赤い爪。赤い髪。顔の半分が髪の毛で隠れている。
「小僧、名をなんという」
 豪快さを匂わせる声。筋肉ダルマ。両手に大剣を握っている。頭髪は無いが、太い眉から威圧感を覚えた。
「どうやら喋る事もできんらしい。恐怖からかの。フォフォフォ」
 老人。背丈は子供ぐらいしかないが、何か言い表しようのない恐怖感を備えているのが分かる。
「ならば、我らから名乗ってやろう」
 細身。青い頭髪。背に長剣を背負っていた。
「我らは魔王ディスカル様より選ばれし、魔族四柱神。かつて、勇者アレクとその仲間達により滅ぼされたが、ディスカル様の復活と共に我らも蘇った。……そう、人間(クズ)どもを根絶やしにするためにだ」
「ファネルがアレクの子孫だとかほざきやがるから来てみたが、俺様一人で片付けられそうじゃねぇか」
 筋肉ダルマ。大剣をビュンビュンと振り回している。
「バーザムに任せて黙って見ていたんじゃが、あやつじゃ無理だったようじゃの」
「当たり前じゃない。あんなゴミ虫にアレクの子孫がやられるわけないわ」
 赤い髪の女がクスクスと笑った。ゴミ虫。バーザムをゴミ虫呼ばわりだ。この四人の実力。少なくとも、現時点での自分達では足元にも及ばないだろう。たとえ、万全の状態であってもだ。何をする事もなく消される。殺されるんじゃなく、消される。そう感じた。
「まぁ、そういう事だ。代わりに我らが消してやる。安心しろ。痛みなど感じん。すぐに終わる。そう、すぐにな」
 闘気。辺りに立ち込める。ヒウロはついに腰を抜かしてしまった。終わる。全てが。
「情けない。反撃の意思ぐらい見せられないのか」
 殺気。その瞬間だった。辺りが暗闇で覆われたのだ。
「待て、四柱神」
 落ち着いた声が天から響いた。
「ディ、ディスカル様!?」
 四人の魔族がその場で平伏する。ディスカル。魔王。
「まだそいつらは殺すな」
「はっ……!? し、しかし、勇者アレクの子孫」
 瞬間、稲妻が辺りに降り注いだ。ライデイン。いや、違う。邪気が満ちている。闇のライデインというべきか。それでも、ヒウロのライデインの威力とは段違いだ。
「私は同じ事を二度、言うつもりはない」
「も、申し訳ありません……っ」
 青い髪の魔族がそう言ったと同時に、闇は晴れた。殺気は消えている。闘気が微かに残っているだけだ。
「ディスカル様に感謝するのだな。寿命が延びた」
 青い髪の魔族が消えた。
「あのお方は何を考えてるんだ。とっととぶっ殺しておく方が良いに決まってる」
 筋肉ダルマが消える。
「仕方ないでしょう。私たちは命令に従うまでよ」
「ウム。ワシらにとってディスカル様は絶対じゃ。お主ら、その拾った命、大切にする事じゃな。ファファファ」
 女と老人が消えて行った。
 しばらく、三人はその場を動けないでいた。言葉を発することもない。何か、とんでもない事になりつつある。ヒウロは勇者アレクの血を引いている事を、謎の声から知らされていた。だから、心の準備のようなものが出来ていた。いつか、こうなる。漠然とした予感のようなものがあった。だが、オリアーとメイジは別だ。この二人の心境は、複雑だった。どうする。旅を続けるのか。ルミナスに行って、王に会って、それからどうなる? 様々な事が頭の中を駆け巡った。三人は一つの転機を、迎えようとしていた。

     

 どれぐらいこうしているのか。ずいぶんと長い時間が経ったようにも思えるし、物凄く短い時間のような気もする。三人は黙り込んだまま、その場でじっとしていた。
 魔族。四柱神。魔王ディスカル。分かっていた事だ。自分達がどれほど弱くて、相手がどれほど強大なのか。分かっていた事だった。だが、思い知らされた。それでも、ヒウロの気持ちは決まっていた。倒す。魔族を倒す。でなければ、自分達がやられる。使命感だった。自分の身体に流れていると言われている、勇者アレクの血がそうさせるのか。
「オリアー、メイジさん」
 不意にヒウロが口を開いた。表情は無い。だが、声色は力強かった。
「ファネルとの戦いの時、俺は意識を失って、その後にライデインを撃ったよね」
 勇者アレクの血が流れている。言おう。ヒウロはそう決めたのだった。
「意識を失っている間、不思議な声が聞こえたんだ。女性の声で、何か懐かしい感じがした。そして、その人はこう言った。俺の身体の中に勇者アレクの血が流れているって」
 二人は黙ったままだった。だが、心の中にあった、何かしこりのような物が無くなったのを感じた。さっきの四柱神も言っていた。勇者アレクの子孫、と。それをヒウロの方から明かしてきた。だからなのか、妙に納得も出来た。
「正直、これから先の旅は辛くなると思う。魔族の件もそうだけど、さっきの四柱神、魔王ディスカル……もう目を付けられているはずだ。次々に刺客がやって来るかもしれない」
 何より、ルミナスに行ったとして、何かの解決になるとは思えなかった。もちろん、村の状況をルミナスに報告はする。だが、それだけで終わる。村に対して、何の対策も講じられないだろう。だから、ヒウロはそれとは別の目的を持つ。すなわち、魔族を倒すという目的だ。ルミナスは大陸最大の王国だった。それだけに魔族や勇者アレクの情報も豊富にあると予想できる。
「ここで一旦、パーティを解散しよう。……俺は魔族を倒す。もうこれは決めた。いや、決めていたって言った方が正しいかもしれない。何か、使命感のようなものを感じるんだ。俺の身体に流れている勇者アレクの血がそうさせるのかな」
「ヒウロ」
 メイジが口を開いた。
「一人で行くのか」
「……はい。覚悟はできてます」
「どうやってライデインを撃つんだ?」
 メイジの口元が緩んでいた。
「魔族を倒すんだろう? ライデインが必要だ。俺も行く」
 メイジが立ち上がり、ヒウロの肩に手をやった。二コリと笑っている。
「何を言い出すかと思えば。一人で行くなんて、らしくないですよ。君の剣の腕じゃ、この先が心配です」
 オリアーも立ち上がった。
「二人とも……。でも」
「良いか、ヒウロ。お前には勇者アレクの血が流れているかもしれない。だが、勇者アレクは一人で魔王を、魔族を滅ぼしたわけじゃない」
「アレクにも仲間が居ました。魔人レオン、剣聖シリウス。その他にも。僕たちが、その仲間です」
 ヒウロは黙っていた。顔をうつむかせている。自分はなんて無力なんだろう。仲間。そう言われると、凄く救われる気持ちになった。勇者アレクの血が流れていようと、自分は人間なのだ。そして弱い。一人ではとてもじゃないが、魔族達に抗する事が出来ない。だが、仲間が居る。メイジとオリアーが居る。
「そうと決まったら、早く河を渡ろう。吊り橋を越えて高台を降りれば、スレルミアの町だ。クラフトって人に会いに行かないとな」
 メイジが歩き出す。
「ヒウロ、頑張りましょう。一緒に強くなるんです。魔族を倒すために」
 オリアーがヒウロの背中を押した。
「あぁ」
 笑いながら、ヒウロも歩き出していた。

     

 その頃、魔界では四柱神とディスカルが面会を行っていた。四柱神がヒウロ達を殺そうとしたのを、ディスカルが止めたのだ。勇者アレクの子孫。かつて、アレクとその仲間達に魔族は辛酸を舐めさせられた。その子孫を殺そうとしたのだ。しかし、止められた。命令とは言え、心の奥底では理解も納得も四柱神は出来ていなかった。
「しばらくは泳がせておけ」
 ディスカルが頬杖をついたまま、口を開いた。左右には女魔族が控えている。当然、ファネルの時に殺したのとは別の女魔族だ。
 四柱神のリーダー格――青い頭髪、背に長剣を背負っている男、サベルは返事をしなかった。何故、今の時点で殺しておかないのだ。今なら簡単に消せる。アレクの子孫だ。早めに消しておく方が良いに決まっている。ディスカル様は強く、美しく、聡明でもあり、偉大なお方だ。だが、考えが理解できない。
「今の時点で殺してしまっては、面白くないだろう。サベル」
 名を呼ばれた。ハッとした。考えを読まれたのか。いや、そうだろう。ディスカル様なら、その程度の事など造作も無い。
「我々、魔族の最終目的はなんだ? 答えてみろ」
「世界を支配する事です」
「違う」
 緊張が走った。ディスカル様の目的と我らの目的に相違があった。しかし、その目的とは何なのか。
「人間(クズ)どもを恐怖に陥れる事だ。その上で、支配する」
 恐怖に陥れる。しかし、勇者アレクの子孫は。
「その子孫を生かしておけば、いずれ人間(クズ)どもは気付く。勇者アレクの子孫がこの世に居る、とな。そして希望を持つ。まだ助かるかもしれない。まだ諦めなくても良い。そう思わせた所で、アレクの子孫を殺すのだ。その時の人間(クズ)どもの顔を思い浮かべてみろ」
 ディスカルの口元が緩んだ。頬杖はついたままだ。
 サベルは震えていた。何というお方なのか。存在の大きさを再確認した。目的の件もそうだが、何より恐れていない。人間を。アレクの子孫を。勝利を確信しているのだ。負ける事など微塵も考えていない。いや、当然か。ディスカル様は我ら魔族の王であり、万物の王なのだ。全てを超えておられる。そのディスカル様がクズごときに屈するはずがない。
「アレクの子孫どもはルミナスに向かうだろう。あそこはアレク・魔族の情報が共に豊富だ。奴らが魔族を倒す、と決めたのならば、ルミナスへ向かうはずだ。そこで私たち魔族がルミナスを攻める」
「では、我ら四柱神が」
「いや、お前たちではダメだ。簡単に殺してしまう。ルミナスへ向かう途中、アレクの子孫らも腕を上げるだろうが、それでもお前たちの前では赤子だろう。そこで、並の人間などゴミのように消し飛ばす実力を持つ魔族、しかしアレクの子孫らには負けそうな奴を差し向ける必要がある」
 負けそうな魔族。しかし、何故。
「分からんか、サベル。アレクの子孫らが到着する前に、ルミナスを半壊させておく。クズどもに絶望を味あわせるのだ。もうダメだ、とな。そこにアレクの子孫が来る。魔族を倒す。クズどもは狂喜だ。当然、アレクの子孫は祭り上げられる。ここまで説明すれば、もう分かるだろう」
 言葉が無かった。そこまで。いや、そこまでやるからこそ、生かしておく意味があるというものだ。
「しかし、その魔族は誰が」
「ファネルだ」
 ファネル。一度、アレクの子孫と交戦している。その際にライデインを受けた。そして瀕死で逃げ戻って来た。魔族の恥だ。だが、ディスカル様はそのファネルを咎めなかった。アレクの子孫が存在する、という事を知れたからだ。しかし、咎めなかった本当の理由は、こういう利用価値があると踏んでいたからだったのかもしれない。
「奴は人間を、アレクの子孫をナメていた。だから、ライデインに屈したのだ。最初から実力を出し切れば、ルミナスに到着するぐらいのアレクの子孫らと、良い勝負をするだろう」
 ディスカルが口元を緩める。頬杖はついたままだった。

       

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Neetsha