Neetel Inside 文芸新都
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Vania
ケース1「青山哲也」一日目

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 新しい朝が来た、希望の朝とは言うけれども、僕にとっては希望など何もない。ただ絶望があるだけである。死への時間が刻一刻と近づいてきている。ただ恐怖だけが僕を支配していた。

 結局僕は昼過ぎまでベッドから起き上がれずにいた。サイレントマナーにしてあった携帯にはバイト先からの着信が15件入っていたが、かけ直すことはしない。そして、自分はどうするべきなのかを考えることにした。
 あと1週間で僕は死んでしまう。そのためにやるべき事。有意義に過ごすこと。分からない。
 たった1週間で何をどうしろと言うのだ。心の準備期間にもなりはしない。
「死」という誰も知らない、誰にも教えてもらえない、勿論経験したことも無い、しかし、恐らく「無」になるであろうと。
 そんなとてつもないことが今まさに降りかからんとしているのである。これで正気を保てる人間がいたらそいつは神のような精神力の持ち主であろう。残念ながら僕のような凡人にそんな精神力はない。
「お腹減ったな」不思議とこんな状況でも腹は減るしトイレも行きたくなる。新発見だな。ノーベル賞。



「ありがとうございました」と店員が深く頭を下げる。彼女はどういう思いで今働いているのであろうか。遊ぶ金を稼いでいるのか、夢の東京で一人暮らしか、ホストに貢いでいるのか、いずれにせよ彼女は生きるために働いていると言うのは確かだ。
 生きるために、命の時間を労働に当てている。僕よりもよっぽど必死に生きている。今必死にならなければいけないのは僕の方なのに。僕の方が必死になっていなければいけないのに。それはわかっている。しかし、今までただなんとなく生きてきた男に1週間悔いの無いように過ごせと言っても、そんなことは無理だ。俺には打ち込む物がない。心の拠り所がない。



 などと考えていると、アスファルトを割って一輪の花が咲いているのを見つけた。
「この花の方がよっぽど必死に生きてるよ」と、鼻で笑おうとしたが、その時僕に電流が走った。
 あるじゃないか。あった。僕の拠り所。僕は走って、全力で走って、家に帰ると押入の奥から古い一眼レフカメラを取り出した。
「僕は…写真家になりたかったんじゃないか」
 自分でも忘れていた夢を。思い出せた。一瞬で決意が固まった。胸が高鳴る。僕は忘れていた夢と生きることを決意した。


 僕は部屋を飛び出すと、大好きな「最高の一瞬」を探しまわった。夢を思い出させてくれた、あの花のような。アスファルトを砕き、陽の光を全身に浴びた黄色い花が風にゆられ、今にも飛ばされそうな時。頼りない、細い茎1本で、必死に体を支えている。その全体から感じられる、「生きている」という生命の迫力を、「生きている」という喜びを、その「一瞬の奇跡」を撮りたくて、僕は写真家に憧れていたんだ。
 撮りたい、撮りたい、もっと撮りたい。七日間なんて短すぎる。もっと早く気づけていたら。もっと早く……

 写真の中の一瞬が消えないように。人の夢もまた、消えないのだ。たとえ死んでしまったとしても。彼は、カメラを構える手を少しだけ休ませ、2度目の涙を流した。

       

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