Neetel Inside 文芸新都
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Vania
ケース1「青山哲也」幸せのあり方

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 死んだ。僕の愛する人が、死んでしまった。何故だ。なぜ僕じゃない。残り少ないこの命、彼女の代わりに持っていけば良いだろう。

 僕が死んで、彼女も死んだ。叫んだ。声が枯れても叫び続けた。酷すぎる。あまりにも残酷すぎる。彼女が何をしたと言うんだ。僕が何をしたと言うんだ。僕はただ、ただ、彼女に幸せになってもらいたかっただけなのに。たとえ一瞬の命だったとしても、彼女を喜ばせたかった。彼女に笑って欲しかった。たとえもう死んでしまうとしても、彼女の心にのこるように。思い出を作りたかった。写真だってもっといっぱい撮りたかった。死んでしまったら、もう何もできなくなってしまうじゃないか。

 その日も、空は綺麗だった。
 最愛の人の死に少し遅れて、彼は3度目の涙を流した。


 生憎葬儀は済まされていた。彼女には「vania」は無いのだろうか。やり残したことは、諦めていた夢は、無かったのだろうか。僕は考えていた。考えながらもずっと、ずっと泣いていた。涙が自然にあふれて、止まらなかった。

 人は本当に悲しいことがあったとき、泣いて、泣いて、泣いて、泣く。涙は全て出し切ると、急に止まる物だ。そして冷静になる。涙は、悲しみを、怒りを、吸い込んで外に流してくれる。

 彼女のために僕ができることは、なにがあるのだろう。何をすれば、彼女は笑ってくれるのかな。天国で彼女にあったときに。


 僕は医者の反対を押し切り、その日のうちに退院した。まずは彼女の家に行こう。彼女に、会いたい。僕は車を飛ばし、彼女の家に向かった。道中、色々な思い出が蘇ってくる。高校の時、彼女と付き合ってから最初のデートをした場所。帰りが遅くなって、送っていった僕までどやされたコト。初体験も彼女の家だった。

 人の幸せとは、その瞬間に気づくことはあまりない。多くの幸せは、「思い返して」みて、初めて分かるものが多い。「ああ、あれは幸せだったな」「あの時は幸せだった」と気づくことが多い。そんな幸せはその瞬間、当然の物で何気ない一瞬なのだけれど、それこそが一生忘れることのできない本当の「幸せ」なのだと、僕はそう思う。

 家につくと、彼女の母親が出迎えてくれた。
「あら…哲也くん」
 力ない笑顔が痛かった。
「こんにちは。彼女に会わせていただけませんか?」
 拝む、手を合わせるなどの言葉は無意識のうちに使っていなかったし、使いたくなかった。
「入ってくださいな。お父さん!哲也くんが来たわよ」
 僕は和室に通された。仏壇には彼女の写真と、壺。彼女は見当たらない。この壺が彼女なのだ。理解に少し時間がかかった。やはり僕はまだ彼女の死を受け入れきれていなかったのだ。ついさっき枯れたはずの涙が、再び溢れ出した。涙は頬を伝い、床へ。それを見て初めて、僕は自分が泣いていることを理解した。いくら拭っても、止まらない。彼女の前なのに。こんなにみっともないところは見せられない、見せてたまるか。涙、止まれ、止まれ、止まれ。僕は泣くためにここに来たんじゃない。


 僕は彼女の遺影の前に座り、手を合わせた。そしてこころの中で何度も、彼女に語りかけた。君は逝ってしまったんだね。僕もすぐにそっちへ逝くから。

「哲也くん」
振り返ると、彼女の父親がいた。彼の笑顔もまた、悲しそうだった。
「ちょっと付き合ってくれないか」
彼と共に縁側へ。道中会話は無い。彼は娘の死を、どう捉えているのか。力ない笑顔の裏に、どのような思いがあるのか。
「哲也くん」と、彼が再び僕の名を呼ぶ。
「娘は、幸せだったんだと思う」
 僕は何も言えず、彼の言葉を聞いていた。
「最後に君のような男と一緒にいれて、
 娘は幸せだったんだと思う。
 自分の為に泣いてくれて、
 幸せだったんじゃないかな」
「そうであったら、僕も幸せです」
「そうか」
 と、彼は優しく微笑んだ。
「彼女の幸せは僕の幸せです。
 僕がいることで彼女が幸せになれるなら、
 それこそが、僕の幸せです」
 再び、そうか。と彼が頷く。
「僕は君を息子のように思っているよ。
 君は娘に本当に良くしてくれた。
 これから君が成長して行くにつれて、いろいろなことを知るだろう。
 新しい彼女もできるだろう。
 僕は君にその全てを、
 人生の全てを有意義に楽しんで欲しいんだ。」

「娘の分までね」

 男が二人、涙を流した。男は知らない。もう一人の男はもう長くないと。ただ、ただ純粋に、心の底から出た言葉だった。それを知っていたから男は、自分の寿命があと3日だとは言えなかった。

       

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