Neetel Inside 文芸新都
表紙

いっぱいの光を脳に
手を繋いで歩く。 She follow the same fate as valiant

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 学校から帰ってきて自分で塩おにぎりを握ってそれを食べた後にパソコンでメモ帳を開いて悶々としていると、部屋の窓から理恵が侵入してくる。カラカラカラ、にゅっ。私の家の隣の駐車場の塀の上に乗って私の家の玄関ポーチの上の庇に片足をかけてよじ登って二階にある私の部屋の鍵のかかってない窓を左手でカラカラ開けて片足をかけてよじ登って私の部屋に頭からにゅっ。アホだこいつ。理恵が窓から私の部屋に入ってくるのにはもう慣れているので私は一々驚いたりしない。理恵は人の家にドアから勝手に入るのは不法侵入にあたるが窓から入る分には大丈夫だと思っているのだ。頭がおかしいと思う。
 理恵は窓枠に座って靴を脱いでそれを手で持ちながら私のベッドの上に降り立って「少し話しましょう」と言う。
 はなしましょう。ではなくて、はなし・しましょう。わざわざ私の家に来て何の話があるというのだ。お礼参りか。理恵は他人に何をされても怒らないふりをして実は体に怒りを溜め込んでいて、私が高校を辞めればもう会う機会もないだろうからそれを全部発散させるためにここに来たんじゃないだろうか。小学生の頃から怒りを溜め込んでいたとしたら私に対する理恵の怒りは相当なものになっていても不思議じゃない。私を殺す気か理恵!
「理恵、あんたもしかして怒ってる?」
「いいえ、何も怒ってないわ」そりゃ良かったけど。
「そりゃ良かったけど、何の話?」
「あなた高校辞めるのね」
「うん」
「小説家になりたいから?」
「うん」
 正確には私は小説家になりたいというよりはただ小説を書きたいだけなのだ。ただ私は忙しい合間を縫ってぼそぼそと小説を書いていたくなかった。そしてそうやってぼそぼそ書いた小説をどこにも公開することなく交通事故で死んだりしたくなかった。私は自由に書きたい時に書きたいことを書いてそれを顔も知らない誰かに、できるだけ多くの誰かに読んでもらいたいし、小説を書いた結果としてその金銭的価値も知りたいし、私が書いた小説を読んだ誰かが私みたいな文章を書きたいと思ってくれたら最高に嬉しいし、その誰かの小説も読みたい。

「ねぇ、小説家になることは、何も高校を辞めなくてもできることじゃないの?」と理恵。時には私のことを思って普通のことも言ってくれる理恵。普通のことなんて言わせてごめんな。こいつは普通の人間じゃないし本当は普通のことなんて言いたくないはずなのだ。
「ごめんな、理恵」
「別に謝ることじゃないけども。優美ちゃんは何て言ってるの?」
「え?」
「優美ちゃんは、何て言ってるの?」
 優美ちゃんとは優美子のことで優美子は私の姉だ。私の両親が既に死んでいて今は長女の優美子が我が家のリーダーだということも理恵は知っている。
「さぁ?知らんし」
「え?知らんことないでしょうが」
 はいはい。「学校行かないなら飯食わせいないしお小遣いも無しだって言ってた」
「なるほど。優美ちゃんはあなたと違ってまともだもんね」
「お前に言われたくない!」と言って私は理恵の頬を思い切り張る。強烈な音がして理恵は体勢を崩してかけていたメガネも床に落ちて手に持っていた外靴も床に落ちる。バチン、パチャキン、ゴロン。靴からパラパラと砂がでてくる。汚い。
 頬を真っ赤にした理恵は何事もなかったかのようにメガネを拾ってかけて「あなた、寝る前にどんなこと考えてるの?」と聞く。
「寝る前?別に何も考えてないっすけど」
「嘘、何かしらあるでしょ」
 何を根拠に言ってんだこいつは、意味不明。ただでさえ私はここ数週間まともに寝ていないのだ。
「何かって何よ。意味不明」
「あなたが書きたいことよ。そういうことって寝る前に考えるものでしょう」
 あー、なるほど。寝る前にする妄想の話ね。確かに私はまともに寝ている時には寝る前にかかさずあれこれ妄想していたし、そもそもここ最近寝ていないのだってベットの中で延々と妄想していたからだ。
 理恵は「恥ずかしくて言えないなら私から言うわ」と言って、お笑い芸人を目指しているラブラブカップルが数々の事件(殺人事件とかそういう暗い思念渦巻く系じゃないやつ)を漫才風に面白おかしく解決していって絆とお笑いセンスを深めてゆく恋愛系の妄想とか、代々小学生の自殺を止めることを生業としてきた一族の末裔がある日突然高所恐怖症になってしまってその矢先に飛び降り自殺宣言をする女子小学生が現れて困ってしまって大変だというドタバタコメディー系の妄想とか、ある有名な科学者がが難病にかかって現代の医療技術ではどうしようもなくなって冷凍保存されていたが時が経て医療が進歩して解凍されて病気も治って良かった良かっただったけど未来の日本は技術がとんでもなく進んでいて人間達はみなアーティスティック(小説家、画家、音楽家、詩人などなど)な職業にしかついていなくて完全理系の科学者はどうやって生きていくのか!?という近未来系の妄想とか、ある童話作家が死に際に自分の作品のファンである少年少女数人を家に呼び寄せて「私はこれまで数々の作品を書き上げてきたが、中には悲しい結末を迎える物語も数多くある。私は死に際になって、そんな悲しい結末を迎える物語の登場人物たちが可哀想で仕方がなくなってしまった。だから君達にお願いがある。物語の中に入って、悲しい結末を塗り替えて素晴らしいハッピーエンドにしてきておくれ」と言って少年少女を物語の中に閉じ込めてしまって少年少女たちはなんとか悲しい結末を回避してハッピーエンドに持ち込もうと頑張るファンタジー系の妄想とかを語りだして、私は、理恵の妄想ってなんだか飛びぬけたところがなくて型にはまっていて整理されているなぁ、ある意味こいつらしいなぁ、とか考えながらそれを聞いていてふと時計を見ると7時半になっていた。
 理恵は四時間近くずーっと自分の妄想の内容を喋り続けていたのだ。頭がおかしいとは思うけど、全然そんな時間が経っていた気がしなかった。理恵はあんまり喋るほうじゃないから今まで気付かなかったけど意外と人を夢中にさせる話し方をする才能があるのかもな。やるじゃん。

 私の部屋がノックれて、ドアが開いて姉が顔を出す。
「ただいま」
「おかえり」と私は一応言う。理恵も一歩遅れて姉に気付いて「こんにちは」と言う。もうこんにちはの時間帯ではないよ理恵ちゃん。
「あら、理恵もいたの。丁度良かったわ。ほら、お土産。二人で食べてね」と姉はニコニコしながら生どら焼きが入っているであろう茶色い袋を差し出してくる。
「すぐに夕飯の支度するからね。あ、良かったら理恵も一緒にどう?」ニコニコ。床に落ちている理恵の外靴を見ても何も言及せずニコニコ。私との喧嘩が起きたあとしばらくして冷静になった姉はこうして何事もなかったかのように接して私がどうでるかを見るのだ。私が何も行動を起こさないならそのまま喧嘩はなかったことになり私が何かしら行動を起こせばまたブチキレて怒鳴ったり暴力を振るったりする。そしてまた冷静になればいつも通りに接してきて私が折れるまでそれを繰り返す。そうやって私と正面から向き合おうとせず巧くかわすことばっかり考えて格好つけてるのだ。

「いや、遠慮しとく」と言って理恵は姉の誘いを断る。そして、「ね?」と言って私を振り返る。
 は?ね、って言われても。私に同意を求めるような場面か今は。すると理恵は外靴を拾って左手で持って右手で私の手を握って引っ張って部屋から出ようとする。「えっ、どこ行くの」と私は素の声を出してしまう。姉はとりあえず理恵と私の為に道をあけながら「は?」って顔をする。かわいい。昔の写真とかを見ても分かるが私も姉も驚いてるときの顔は目がくりんと大きく開いて口がぽかんとあいて一番可愛いのだ。私と姉は十歳も歳が離れているが驚いてるときの顔は同じくらいに幼いっぽくなる。そうやって私も姉も「は?」って顔をしている間に理恵は私の手を握りながらずんずんと進み出てもう我が家の14段ある階段を降り切っている。理恵はいまだに「は?」の顔をしながら私達を見下ろしている姉に向かって「ご免ね、優美ちゃん」と言った。姉は「あ、すぐに夕飯できるんだからね」と言ったがそれは果たして場違いで間抜けな発言なのか?まともで妥当な発言なのか?私には分からん。

 私は理恵に手を引かれたまま外にでてスッタカタッタカ。理恵は普通のフォームで歩いているのに私は小走りでないと追いつかない。何でだ。こいつ足長いからかな。そのまま数百メートル歩いて今まで何百何千とひっかかってきた馴染みある赤信号の手前でようやく私は理恵の手を振りほどく。
「ねぇ、何なんよ」
「私の家に行きましょう」
「家?あんたの家行ってどうすんの」
「とりあえず夕飯食べて話の続きしましょうか」
「え?」あーもう意味わかんないなんで夕飯食べるのにわざわざお前ん家行かなきゃなんないんだっつーのうちにはちゃんとしっかり者で世話好きで料理上手で短気ですぐ暴力振るうとか欠点もあるけど一応ちゃんとしてるお姉ちゃんがいるんだって。そういえば学校行かないと夕飯食わせないとか朝に言ってたけどあれ嘘だよな?さっきもすぐに夕飯できるとか言ってたし。でも明日の朝になって私がまた学校に行こうとしなかったら本当に夕飯を食べさせてくれなかったりお小遣いくれなかったりしそうだなーあの人。そうやって夕飯も小遣いも抜きにして私が餓死するようなことがあったらどうするつもりなんだろう。でもそうなる前に絶対私の方から折れるよなー。食欲には勝てない絶対。あーでもやだー。学校もバイトとかも絶対やりたくない私は小説が書きたい書きたい書きたいどうしようーむしゃくしゃするー。でも私はむしゃくしゃしたからって理恵に八つ当たりをしたりはしない。理恵は何をしても怒らないし何も言わないから忘れがちだけどこいつにもちゃんと痛点はあるだろうし頬をひっぱたいたりしたらちゃんと痛いはずなのだ。だから怒りのポーズとして理恵に暴力を振るうのはスキンシップの一環としてありだけどむしゃくしゃして暴力振るうのはちょっと違う。でもマジむしゃくしゃというかもやもやするなーどうすりゃいいんだろ。私のむしゃくしゃもやもやは一切言葉にはならずに色んなものがつまった溜め息だけが漏れた。

「ほら、おいで」理恵は今度は私の手をとったりせず握手を求めるように手を差し出してきた。「切磋琢磨しましょう」
 切磋琢磨?相変わらず意味不明。理恵がどういうつもりなのか全然読めないしこいつは何か行動を起こすときに大抵説明をしないのでさっぱり「?」。だけど私はあれこれ考えるのも面倒くさくなったし「うん」と弱々しく頷いて歩き出す。理恵が差し出してきた手は無視した。別にわざわざ手を引かれるまでもなくこいつの家なんて行けるのだ。何回も行ってるのだから。はぁ。

       

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