Neetel Inside ニートノベル
表紙

ねずねずねず=こんふゅーじょん
◇8.不意の遭遇

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「……」
 りんごは黙って画面を見つめてから、目に懐疑の色を浮かべて大封に問いかける。
「なんか変。よく考えたら、どうしてそれだけでこの検索結果に行きつくわけさ。ゴミ埋め立て処分場なんて他にもいっぱいあると思うし、第一そんなところにお宝があるわけないじゃん」
「まあ、その通りだな」
 早々にシステムをリセットして、大封は個室を後にする。
「じゃあなんでさ」
 彼に続きながら、りんごは再び疑問を口にした。
「種明かしをするとだ」
「ぉう。するとだ」
「俺はあの画像の場所を知っているし、行ったこともある」
「なんだそりゃ! カッコ君には失望したよカッコ閉じ!」
「もはや普通に言えよ」
 大封は一つ間を取り繕うように角刈り頭を掻く。
「まあ、なんだ。いろいろあって幻界には行く機会が多くてな。そのついでに自分でゴミ捨てに行ってるんだよ。そんであの画像に映ってたコンテナみたいなのは全部圧縮されたゴミだ。暗いから近くで見ないとよくわかんねえんだがな」
「それならどうしてわざわざこんなことしたのさ」
「だからこそ、だ」
 エレベーターの前で待機しつつ、大封は目を細める。
「おかしい、と俺はそう思った。まさにテメエが思ったのと同じことをな。ゴミ捨て場なんぞ何を盗みに入るってんだ。ひょっとしたらもう一つくらい埋め立て処理場が都内にあって、そこには何かとんでもないもんが保管されてるのか、と考えて念のため検索してみたが、結果はあの通り」
「ふうん。でもそれは検索範囲を都内に絞ったらの話でしょ?」
「んなこた大前提だろうが。今んところ鼠小僧の盗みは全部都内だからな。ニホン全国まで手を広げるってんなら、それこそ俺たちにどうこうできる話じゃないね。文字通りお手上げだ」
「ごもっとも。まあ、そこには今後言及しないことにするよ。カッコ自重カッコ閉じ」
「とにかく、今回の鼠小僧は何かがおかしい」
 彼は再び、その台詞を口にする。
「そろそろ本気で守護者を撒くつもりなのかもしれん。まあ奴のやり口からすれば、そんなことは今さらって感じだがな。撒くも何も奴には捕まるつもりなんてねえだろ」
「じゃあどうしてかな」
「さあな、こればかりは行ってみないとわからん。ただ、覚悟くらいはしておいたほうがいいだろうぜ。勝手に地雷原を特定した挙句、通報もせずに、しかもまともな地雷撤去の装備もなしでそこに踏み込むようなもんだ」
 口にも顔にも出さないが、彼は内心、正体のわからない違和感をぬぐえずにいた。
 相手が本当に鼠小僧なら何をしてくるかは分からない。だが何だ、この感じは。何かがおかしい、何かが確実に。だが何だ? 分からない。
「うー…………ん」
 大封の隣では、りんごが両手の人差し指をクワッドテールの根本に当てて、随分と考え込んでいた。
「テメエも何かいい考えは浮かば」
「飽きた」
「今聞き捨てならん台詞が確実に俺の鼓膜を揺らしたんだが果たして気のせいだろうか」
「いや、ほら、エレベーターこないじゃん。私は風景か会話が動いてないと死んじゃうタイプの女の子だからさ」
「そんなタイプの女子はいねえ。マグロかテメエは」
「マグロだなんて失礼な! むしろ自ら腰を」
「それ以上言うな俺が悪かった」
「はっはっは、わかればいいのだよ、わかれば。というわけでりんごちゃんは階段で一階に上がってるよん。エレベーターとどっちが先に着くか競走ねっ!」
「……もう好きにしろ」
 と言い終わる前に、りんごは四本の栗毛を靡かせ駈け出している。大封は嘆息がすっかり板についたことを呪いつつも、やはり嘆息せざるを得なかった。二十台もあるにもかかわらず、なかなかエレベーターは地下一階まで降りてこない。これはりんごと一緒に階段を使用すべきだったかもしれないな、と大封が後悔し始めたその時、彼の目の前の電灯がエレベーターの到着を示す青色に輝く。
 やっと来たか。りんごを随分待たせてしまったことに若干の焦りを覚えながら、彼は開く大理石の扉のその向こうへと一歩踏み出そうとして。
「!」
 既に搭乗していた人間とぶつかりそうになる。
「あ、すいませ……」
 そして顔をあげて。
「…………ん……」
 その存在を、知覚する。
 針金のように細い脚にぴったりな、タイトジーンズ。少し袖が余っている、季節外れの白いタートルネック。長くのばされた、漂白されたみたいに白い髪。
 そして。
 赤い、紅い、大きな瞳。
 射抜かれたように、磔にされたように、大封は動けなくなる。
「ん」
 顔をあげて、その端整な顔を視界に入れて、彼はますます言葉を失った。
「こんにちは。また会ったね」
 彼女は大封にニコリと微笑みかける。
「……、こんにちは」
 声を絞り出すようにして、彼は言った。何でもない微笑みなのに、微笑みであるはずなのに、彼の背を汗がつうと伝う。
「あら、何でちょっとビビってるのよ? これでも私は命の恩人っていう位置づけでもおかしくないと思うんだけどな」
 りんごの元気で弾けるような声とは違う、落ち着いた透き通る大人の声。
「いえ……いえ、その通りです。ちょうどいい、あなたにお礼がしたいと思っていた」
「お礼? ああ、別にそういうつもりで言ったんじゃないのよ。命の恩人だなんて冗談。君が仔猫を助けたいと思ったのと同じこと。別に見返りなんて求めちゃいないわ」
「……ですが」
「どうしてもっていうなら君が拾った猫ちゃんの面倒をしっかり見てあげることね、それ以外は何にもいらない」
 彼女はエレベーターから一歩、白い床へと踏み出して、大封の横を通り過ぎようとする。
「ちょっと!」
「ん?」
 思わず声をあげた大封に、女は止まる。
「せめて名前とか、連絡先くらい教えてくれても」
「ナンパは受け付けないわよ」
 彼女はまたニコリと笑う。
「いえ、その、そうじゃなくてですね」
 あたふたする大封に、笑顔のまま女は言う。
「ふふ。お礼がしたいとか言う前に、君のパートナーにからかわれないよう、もうちょっと気を引き締めたほうがいいんじゃない? そんなんじゃ私を満足させるなんて無理なお話だから」
「え……?」
 どうして、そんなことを知っているのか。
「一階ロビーのエレベーター前でカンカンになって誰かさんを待ってたあの女の子は、君と同じ都立高校の生徒さんだと思ったけど、違うのかな?」
「……」
「ガールフレンドはもうちょっと大切にね。どうせ階段とエレベーターで勝負とか言われたんでしょうけど、素直にエレベーター待ってないで追いかけた方がいいってこともあるのよ」
「……はあ」
 大封はぽかんとする。りんごが彼のガールフレンドである、という認識を否定することを忘れるくらいに。
「じゃ、そういうことで。また会えたら連絡先くらいは教えてあげる」
「……」
 彼女は言って、大封の横をすっと通り過ぎていく。
 ほんの一瞬のすれ違い。なめらかな白髪が彼の頬を撫でる。
「あの」
 振り返るが、そこに彼女の姿はもうなかった。
 魔法のように消えている。
「……またか」
 すっかり相手にペースを握られてしまった。そんな心が宙に浮いたような心地のまま、大封はエレベーターに乗り込む。
 どうしてあの女の人の前だと緊張してしまうのだろう。普段どんな相手を前にしても臆することのないはずが、どういうわけか紅い眼の彼女には気圧されている気がして、彼は自分を情けなく思う。
 一体誰なんだ? あのフロアに居るってことは少なくとも守護者関係の人間だということ。何の用でこんなところに居るかはわからないが、俺たちが都立高校の生徒だということも知っている。だったら名前くらい教えてくれてもいいと思うのだが、俺ではそれにすら値しないということか。
 考えても答えは出ない。
 ただ、彼女には異様な空気がある。それは間違いなかった。あの眼で見つめられただけで、まるで身体が動かなくなる。
「まさかこれが恋ってやつか……ってなんでやねん!」
 当然ながら、誰の反応もない。
「…………」
 一人ノリツッコミのむなしさを悟る十七歳である。
 一階に着くと、案の定りんごが両手を腰に当てて大封を待ち構えていた。
「おっそいよ! エレベーターが地下一階に着いてからもしばらく時間がかかってたのはどういうわけなのさ!」
「いやすまん」
「すまんじゃなくて理由を聞かせなさいってば!」
「……すまん。すまんとしか言いようがないんだ、すまん」
 ただ、謝るしかない自分に、大封はまたしても自己嫌悪に陥ることになった。
「……むー、しょうがないなー。まあこんな小さいことを気にするりんごちゃんじゃないから、今回は許したげるけどね。感謝するんだぞー。カッコ寛大カッコ閉じ」
 頬を膨らませて、明らかに怒りの収まっていないりんごであるが、今の大封にはそれでもありがたかった。何故か殴り合いをして負けたような心地がしていたからである。
「まあ、悪いな。とりあえず行くか」
「お、今からいくの? いいねえ、やる気だねえ」
 二人は大勢の人々が行き交う一階ロビーを歩き出す。
「今日は幻界に用事があるしな。それに行動は早いに越したことがないだろ」
「そだね。んじゃ、レッツゴー!」

       

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