Neetel Inside ニートノベル
表紙

ねずねずねず=こんふゅーじょん
◇20.最初から掌の上だったというわけか

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「そいつは……」
「説明が必要なら致しましょう。こいつはヴァンデグラフ発電機と、貴様たちが持つその電磁銃、そして彼女の持つ腕輪の原理を応用して作った、小型発電機です。正確には、電界を変化させて様々な現象を引き起こすことのできるエレクトリックマシン。一か月前の事件から、今日に備えて実験を繰り返してきました」
 登坂の足下で、鼠が滑るようにすうと動いた。
「ちなみに今の電磁銃の発砲は、電界を捻じ曲げて受け流させていただきました。その武器はもはやただの玩具ですよ。もっとも、フィールドを広げ過ぎると自分の電磁銃も効力を失ってしまいますがね」
「実験……? じゃあ、全ての静電気現象の原因も、あのコンビニの顛末も、何もかも君が仕組んだことだったの? とっとり君」
 反応したのは、胡桃。
「いかにも。しかし貴様を傷つけてしまったのは俺様の落ち度です。それに関しては、謝罪しましょう」
「……ううん。このパーティに招待してくれただけで、私は満足だよ。それに……」
 もはや無駄となった電磁銃をだらりと体側に下ろし、彼女は顔を伏せる。しかしその続きを引き取ったのは、胡桃ではなく登坂だった。
「それ以上は遠慮していただきますよ。ここがパーティ会場だというのなら、空気は読むべきです。さて」
 彼は、銃を彼女に突き付けたまま宝石の安置されているケースへと歩み寄り、セキュリティ制御のコンピューターにカードキーを通した。小さくぴぴぴ、と音がして、二重の強化ガラスが真中から開く。彼は淀みない手つきでジャージのポケットから目の前の宝石と同じ輝きの贋作を取り出し、それを本物とすり替えた。
「まあ……このままだと記録が残りますが、問題はないでしょう」
 登坂が慣れた手つきでコンピューターをいじると、ケースは元のように閉じ、レプリカの炎を守る要塞となる。
「しかしながら胡桃さん、貴様にもう少し勇気があれば」
「うおぉぉおぉぉぉッ!」
 しかしあくまでも空気を読まない叫びが、けたたましく部屋を包む。
 大封が跳ね起きた。そして次の瞬間には、その反動と遠心力を利用し、右拳を彼女の脇腹に叩きこむべく突き出している。しかしその程度の急襲では全く意味をなさない。彼女は伸びる白髪をその場に残したまま背中をそらせて、ひょいと拳をかわす。彼女の顔がほんの少し、一瞬だけ髪にうずまった。
 だが、大封も一度ミスした程度で攻撃の手を緩めたりはしない。続けて静脈の浮き出る左拳が、フックの形で猛火の勢いをひきつれ彼女へと迫った。彼女はさらに膝を折り曲げて、背中を床と並行になるまで傾ける。結果として、拳は再び空を切る。
「あまいねー」
「く……っ!」
 極限のリンボーダンスでもするかのごとく上体を曲げた彼女は、そのまま両手をついてブリッジの形になる。さらに流れるように脚を跳ね上げて、逆立。制服のスカートがめくれあがるが、そんなことは気にも留めない。
「よっ」
 そして腕を器用に使って宙に浮いた下半身をプロペラのように回転させると、スラリと長い脚がピンポイントで大封の顔を吹っ飛ばす。
「がはっ!」
 衝撃によろめきながらも、彼は右脚をストッパーになんとか踏みとどまった。気合で焦点を目前の彼女に合わせ、切れた唇から垂れる血を袖で拭う。そして握りっぱなしだった銃を不意に投げつける。重量のある銃は、ゆっくりと回転しながら紅眼へと迫った。しかし彼女が首を傾けて、銃は空を切り、壁に激突する。
 と同時に、大封の右拳が彼女の左手に受け止められた。ワンテンポ遅れて左拳もまた、彼女の右手に受け止められる。それでも、大封は進むのを止めない。ダンと両脚で踏み切って、掴まれた両手を基点に身体を浮かせた。先程の動きをトレースするように、今度は大封が背中を前面に縦回転する。
「ひゅー、アクロバティック!」
 賛美の声を上げながら、赤い目が頭上を越えていくそれを追った。壁にたいしてカン、と金属音を立てながら電磁銃が跳ね返ってくる。彼は空中で無理やり身体を捻って大味に体勢を立て直すと、落下する銃を真下の彼女に向かって蹴り飛ばした。だが、死角からの追撃にも関わらず、彼女にそれが当たることはない。床へ破壊的な勢いで叩きつけられた銃が、二回三回とバウンドしながら棒立ちの登坂の下へと転がっていく。
 それどころか。
「……!? 消えた!?」
 膝をクッションにしてしゃがむように着地した大封は、立ち上がって視界を三百六十度回転させる。
「髪型に似合わず身軽だね、君も」
 背後を取られただと。
 その考えが彼の頭をかすめる間もなく、振り返ろうとする頬に激烈な衝撃荷重。
 脳を強く揺さぶられて、彼は視界が醜くゆがむのを如実に知覚した。
「ぐ、くっ」
 一歩、二歩、三歩、後ろにそのまま倒れそうになりながらも、後退。
「そぉっ!」
 ふらふらになりながらも彼は、がむしゃらに拳を放つ。それをかいくぐった白髪が、大封の鳩尾に強烈な正拳突きをお見舞した。
「ぐふっ!」
 彼女は飛びあがり、両脚でバタ足をするように、二連続の蹴りを繰り出す。大封はなんとか両腕を使ってそれを防御したが、次の瞬間再度ジャンプした彼女の回し蹴りに、ガードを崩された。
「やるわねえ」
 何故か攻め手を緩め、彼女はにんまりと微笑む。
「チッ、なめんじゃねえ……この二年間鍛えてきたんだ。耐久力にだけは、定評があるぜ」
 対する大封はぼろぼろ、肩で息をしながら、様々なラインのギリギリのところで立ち続けていた。成り行きを見守るしかできない胡桃が、息を飲む。
「いい加減……本気で来たらどうだ、この鼠小僧!」
「本気?」
 瞼を下ろし、無言で肩を弾ませて。
 彼女は口もとに薄ら笑いを浮かべたまま、ギロリと大封を睨んだ。
「本気でいったら君の胴体に風穴が空いちゃうわよ、冗談じゃなく、ね」
 ゾクリ。
 大封の背筋を、戦慄が駆けあがる。
「……ハッ」
 すぐに言葉が出てこなかった。
「笑わせるぜ!」
 そしてなお強がった彼は、直後にそれを後悔することになる。
「まあ、あんまり時間稼ぎされても困るのよね。実は十二時にここのセキュリティ全部回復するように仕組んでるし」
「……」
 その発言に対して無言で驚嘆したのは、他でもない、登坂だった。
「まさか、全部自分の計画通りだった、なんてそんな甘い考えはもってないわよね? 偽鼠小僧君」
 ニコリ。
「そういうわけだから、少し本気を出すわよ」
「!」
「光速への漸近を味わうといいわ」
 それはほんの、本当に一秒の千分の一にも満たない一刹那だったろう。しかし。
 その言葉と共に、彼女は消える。
 誇張でも冗談でも何でもなく、確実にその時、その瞬間、この世の誰にもその姿を捉えることは出来なかった。
「――え?」
 風。
 それは風だった。大封には、覚えのある風。
 ああ、これに助けられたのか、俺と猫は。
「――」
 鼠のくせに、猫なんか助けてるんじゃねーよ。
 彼の身体が、浮き上がり。
 気付いたら、登坂を通り過ぎ、対面の壁に叩きつけられていた。
 そして、壁からはがれおちるようにして、顔面から床へと倒れこむ。
「す、すいか君ッ! す……大封君ッ!」
 胡桃の必死の呼びかけにも、彼は応じない。ピクリとも動かない。いや、動けないのだ。彼女がそう悟った時には、白髪を乱れさせた彼女が、左脚を蹴り上げた体勢で大封の元居た場所に立っていた。
「寸止めでもこんなに飛んじゃうんだもんなあ。何で80%と90%が飛んじゃうのかしらね」
「な、何したの、大封君にっ!」
「だから、寸止めだって」
 ゆとりを持って脚を降ろしながら、彼女は喚く胡桃に目をやる。
 その赤に睨まれた途端、彼女の中に恐ろしいイメージが浮かんだ。自分など、大封よりも容易くやられてしまうに違いない。駄目だ、この人は。もう、本当の意味で、次元が違うんだ。
 なすすべが、ない。
 こみ上げてくる絶望感が、彼女の足腰を駄目にした。へなへなと、崩れるように大理石へ座り込む。
「く……胡桃に手を出すんじゃねえ」
 彼は、首だけを持ち上げて、なんとか言葉を形にした。
「ん、でももう動けないんじゃないの? 彼女。安心しなさいよ、私が猫を噛むのは追い詰められた時だけだから」
「ふふ、御冗談を」
 不要となった電磁銃をしまうなり両手を広げながら、登坂は笑った。
「あなたが追い詰められるなんてことは、あり得ないでしょう?」
「まあ、だからこそ強盗なんてしないんだけど。で、君はどうするわけ?」
「保険はかけてあります、ご安心を」
 十二時までは、一分を切っている。
「水火大封君、起きているのなら、もう少し話に付き合っていただきますよ。俺様が、どうして幻界のゴミ処分場を最初に持ってきたか、理解していますか?」
「……」
 それは、爆弾という舞台装置で大封を勘違いをさせるためだったのだろう。彼は当然のようにそう考えていた。
 だが、それは違った。
「あのゴミ処分場の近くには、有事にこのバベルタワーに予備電力を送る送電線があるんですよ。もう少し正確に言えば、旧処分場との境目、連絡橋の下を通っている」
「……!」
「察しのいい胡桃さんなら、もうお気づきでしょうね」
「君が渡してきたあの資料――幻界と境界に静電気事件は集中していた。あれは、そういうことだったの……」
 胡桃は顔に絶望の色を浮かべている。
「ただ実験の為に街中に繰り出すのは、明らかにハイリスクローリターン。ですから、この街の、バベルタワーに電力を送る電線すべてに、事前に細工しておきました。もう一度電気刺激を与えることで、一時的な停電を起こすことのできる細工をね」
 彼の足下で、またメタリックな鼠が動いた。
「そしてここで質問ですが、貴様が谷に投げ込んだのが爆弾でなかったとすると、あれはなんだったのでしょうか?」
「……!! まさか……」
「そのまさかですよ」
 登坂は、腕にはめた時計の秒針が十二に近づくのを眺めながら、最高の笑顔を浮かべる。
「あれはこの鼠と同じ、エレクトリックマシン。それもかなり大型の。小さな雷くらいは、起こせます」
 屈託のない、笑みを。
「実はアレ、その場で改造したせいで、自分の力で谷に投げ込んで設置することが出来なくなってしまったのですよ。間抜けなことです。したがって、貴様にはまたお礼を言わなければなりませんね、水火大封君」
「……テメエ……!」
 登坂は、心底感謝しているように笑顔を作り直して、言った。
「色々と犯行にご協力いただき、ありがとうございました」
 十二時。
 空間は、何かが事切れたかのように、暗闇に包まれる。
 同時に、とんでもなく暴力的な破壊音が全員の耳をつんざいた。

       

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Neetsha