Neetel Inside ニートノベル
表紙

ねずねずねず=こんふゅーじょん
◆13.そういう言葉は軽々しく口に出すものじゃないと思うの

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 暴力的なまでの閃光が、彼女の目を眩ませた。
「うわっ!?」
 思わず、振り下ろしかけた拳を止め、顔を覆う。同時に、何かが弾けるような、電解質の音がステレオ再生のごとく、りんごの両脇を疾走する。
「な、何っ? なんなのさっ!」
 彼女は必要以上に強く、ぎゅっと目をつむって身体を縮こまらせた。
「……静電気現象ですよ」
「ひゃうっ!」
 登坂はもう一揉みしてりんごの柔肉から手を離すと、冷静な声とともに片手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「せ、静電気だって?」
 いつか絶対に殺してやる。アイコンタクトでそんな殺人予告を送りつつも、りんごは聞き返した。
「ええ、また遭遇できるとは、ついてますね。とはいえほとんど調査は終わっていますが、それにしても数奇なものですよ。もっとも貴様からすればついてない、とも言えますが」
 彼女が怖々、うっすら目を開けると、周囲では群青の稲妻がバチバチと音を立てながら空間を縦横に切り裂いていた。なるほど確かに、少々激しくはあるが、静電気である。
「……君の仕業?」
「何を馬鹿な。確かに俺様はこの現象を追ってはいます。ですがこれは偶然ですよ、全くのね」
 登坂は目を細めて笑う。
「それより、ここから離れた方が懸命というものですよ? あまり人通りが多いわけでもない、ここまで大量の静電気が様々に帯電しているとなれば、貴様や俺様に甚大な被害が及ぶ可能性も低くはないでしょう」
「……」
 りんごは不敵な笑みを投げかける彼を見上げ、はったと睨む。
 と、その刹那。
「――っ!?」
 ぐらり、りんごはしゃがんだ状態から体勢を崩した。そしてアスファルトの駐車場にぺたりと尻餅をつく。
「……あ、ありゃ」
 腰が抜けたように座り込むりんごに、登坂は眉を上げ、目を見張った。
「おやおや、これはこれは。静電気現象の影響を受けているのかもしれませんね。大丈夫ですか? よろしければ俺様が背負いましょう」
「誰が君みたいなセクハラ野郎なんかに……!」
 蒼い静電気が走る中、青いトレーナーについた細かい砂を手で払いながら、彼はクワッドテールの碧眼を見下ろす。先程までとは打って変わって立場が逆転していた。
「ふふ、そう仰るのならそれも結構。俺様は一向に構いませんとも。何せあれだけボコボコにされれば、俺様とて女子にもつらくあたりたくなるものです。ええ、構いません。ただし俺様がここを去る前に、先程の発言は訂正していただきますよ。怪しまれたままだというのも気分が悪いですから」
「嫌だね。だって変じゃない。守護者が捕まえられてない犯人を君が先に見つけられるってこと自体が。どう考えても何かがおかしい。君のしていることは何もかもが何だかおかしい。私が見つけなかったら一体どう守護者に言い訳するつもりだったのか、気になるくらいにはね」
 やれやれ、と言いださんばかりに首を左右にふると、登坂は溜息とともに言葉を吐きだした。
「現実とはそんなものですよ。事実は小説と同様に奇なり、とも言いますしね」
「……」
 一文字に口を引き結んだまま、りんごは登坂に刺すような視線を送り続ける。
「俺様はただ、善良なる心に従って強盗犯を捕まえようとした、それだけのことです。誤認はよろしくないですね。貴様はそれを邪魔――いえ、貴様もまた善良なる心に従って俺様に手痛い、手痛すぎる忠告をしてくれた、とそう解釈しましょう。実際あの状況、俺様が喧嘩の果て一般人相手に銃を向けるなどと言う、空前絶後に頭のネジがぶっとんだ選択をしたと見えても、疑問はありませんからね。しかし、結果的に犯人を取り逃がしたわけですから」
「犯人とは限らないってば」
 りんごが相も変わらず強気に出る。
「貴様もしつこいですね。あのまま奴を捕まえていれば、証拠などいくらでも出てくるはずですよ」
「……はず、でしょ」
「言葉尻を捕まえるのがお上手ですね、しかしこれはほぼ確信です」
「その確信の出どころはなんなのさ」
「勘ですね。まあ、目を見ればわかるんですけども」
「勘? はっ、笑わせる。大体怯える一般人に銃を向ける奴の言うことなんて信じられないね」
「信じるも信じないも貴様の勝手でしょう、ご自由にどうぞ」
「……」
 バチ。りんごの頬を蒼白い静電気がはたいた。
 沈黙。
 未だ地面にへたり込む彼女は、それでもなお目を逸らさない。
「昨日のその事件は今朝の新聞で知ったよ」
「そうですか」
「幸いにも死傷者なしで済んだとか」
「……ええ」
「よかったじゃない。だったら君がそんなに怒る必要もない、違う?」
「俺様は正義の鉄槌を下そうとしたまでです。私情は関係ありませんよ」
 再びの、沈黙。
 二人はただ、むき出しの敵意のまま相手から目をそらせずにいた。
「ただ、俺様と貴様は、少々出会うのが早すぎたと思いませんか」
「言っている意味は全くもってわからないけど、もしあのまま君の行動を許していればきっと何かよくないことになっていたと思うよ」
「それは貴様の勘ですか?」
「男の勘よりは女の勘のほうが信憑性があると思うけどね」
「それもそうですね」
 芝居がかった風に、登坂は肩をすくめた。
「とにかく、このことはまた明日、学校で再会を果たした時にでも、話し合いましょう」
「そうだね。このあとあの豚を追ったりしないって約束できるならこの場で君を返しても構わないけど、どうする?」
「それは正義を貫いていない。そんなことは約束できません」
「だったらまず君は『社会の正義』を知った方がいい」
「貴様がそれを言うのですか、東条りんごさん」
「うん、『あたし』がそれを言うのさ」
「……」
 折れたのは登坂のほうだった。
「なるほどね、それは全く、その通りでしょう。でしたら構いません。俺様は所詮守護者見習い、俺様一人が放っておいたところで豚は捕まるでしょう。俺様は豚を追わない、約束しますとも」
「怪しいもんだね」
「おやおや、結局俺様は怪しいままですか」
 またもや登坂は肩をすくめる。静電気がまた、二人の間でバチリと音を立てた。
「でしたら僭越ながら最後に一つだけ箴言を」
「箴言?」
 腰をかがめ、アスファルトをベッドにしていた電磁銃を拾い上げると、彼は言う。
「その脚は、医者にでも見せた方がいいですよ」
 いつの間にか、静電気現象はおさまっていた。
 彼の背中が通りを一つ折れて見えなくなるのを待って、依然アスファルトにへたり込んだままのりんごは目に険しさを残しながら、渋々といった感じに一人ごちる。
「これも神様の思し召しってやつかな、今日一日くらいは大人しくしとくか」



 都立病院の中庭。診察を終えた胡桃は、燦々と降り注ぐ日光に肌を晒している。傷の化膿もない、次期に治るだろうとの医師の言葉。肩の荷が下りた彼女は、出来る限り頭をからっぽにして芝生の上を歩いていた。小柄な彼女のボブカットの頭髪に、陽光が天使の輪をかけている。
 守護者が現場へ到着する前に病院へと運ばれてしまった以上、彼女も登坂も守護者からの事情聴取は受けていない。それに関して若干の後ろめたさはあったものの、しかし自分から署へ赴くというのもまた気が引ける。とはいえ、それは彼女が不誠実だからではなく、登坂が嫌がる素振りをみせたからだった。
『これ以上貴様の手間を取らせるようなことはしたくありません』
 気にしなくていいって言ってるのにな。胡桃はえらく真顔の登坂を回想しながら一つ伸びをして、何とはなしに院内を見やる。
「……あれ?」
 すると中庭から見れば全面ガラス張りのようになっている一階のフロアに、彼女は見慣れた人影を見た。受付で何かを聞いているらしい。胡桃は自然、近い扉から中へ入り、その人物へと声をかける。
「すいか君」
「ん?」
 クエスチョンマークを平らな頭上に浮かべながら振り返った彼の顔が、一瞬にして蒼くなった。
「げっ」
「ふぇ?」
 聞き間違い、ということはあり得ないだろう、たった二文字の台詞だ。げっ、という言葉は、決して一日ぶりに会う友人との久闊を叙する類のものではない。自分との邂逅をどうやら快く思っていないらしい彼の反応に、胡桃は戸惑った。
「よ、よお、胡桃。奇遇だな」
「……私、ひょっとして君の前から消えた方がいい、かな?」
「ちょ、ちょっと待て! そんな露骨に悲しそうな顔をするな! 別にそんなことは言ってねえし、思ってもいねえ」
 眉の端をハの字に下げてしょんぼりする彼女に、大封はあたふたと弁明する。
「あ、ありがとうございましたー。……ほら、行くぞ」
 受付に礼を述べて、彼は逃げるようにその場を離れる。胡桃も、置いて行かれないよう駆け足で彼を追う。
「テメエ、何で病院なんかにいる」
「え、あ、ちょっと立てこんでて……」
 胡桃はもごもごと言い淀む。
「? 大丈夫なのか」
「あ、うん。本当にちょっとした怪我だったみたいだから。ありがとう」
「そうか、よかったな」
 まともに感情を込めないまま言いつつ、大封は階段を上り始める。
「……すいか君は?」
「ちょいと家族の見舞にな」
「あ、そうなんだ」
 彼は、歩く。胡桃も、歩く。一歩一歩、無機質な白で彩られた階段を上る。コツン、コツン、コツン。無言が舞い降りて音の輪郭をはっきりさせていた。
「なあ」
 三階まで到達したところで、大封は階段を外れると、点滴をぶらさげて歩く患者やかいがいしく働く看護師たちの多いフロアに出た。
「な、何かな?」
 なんてことのない声の調子に、胡桃は話題性を求めてすがりつく。
「テメエさ、俺と一緒に死ねる?」
「うんうん………………、うん?」
 今、何と言ったのだろう。果たして、日本語だっただろうか。いや、それは間違いようがない。ではその意味は?
 胡桃の世界は、止まった。
「え、ななななな、何言ってんのすいか君っ!」
 思わず大封のパーカーの裾を掴んで、彼の歩を止める。
「ちょ、ちょっと待って! 何があったか知らないけど、死ぬなんて駄目だからっ! 絶対だめっ! しかもここは病院だよ!? よりによって人の命を救うこの場所でなんてこと言ってるの! いくらすいか君でも今のは許せないよっ!」
「ま、まて落ちつけ、違う、今のはそういう意味じゃ」
 真っ赤に充血した目、同じく真っ赤な頬。涙を目の端にためて、胡桃は必死だった。それを見て、大封は台詞を飲み込まざるを得ない。
「じゃ、じゃあどういう意味なのっ!」
「頼むからまず静かにしてくれ……人が見てる」
 周りの患者らの視線が突き刺さる中、二人は見つめ合った。ただ、一方は情けない苦笑で、もう一方は怒りと混乱の涙目で。
『次のニュースです』
 ナースステーションの近く、休憩所からそんな声が漏れてくる。
「ほら、とりあえずニュースでも聞いて落ち着け……」
 大封のそれは、フォローとしてなかなか粗悪であった。
 しかし。
『昨夜夜六時ごろ、AMSSにウイルスが仕掛けられていたことが明らかになりました』
「……!?」
 しかしそのニュースは、二人の気を引くのに十分だったのである。
『ウイルスは今朝八時ごろ、AMSSに不具合をきたした模様。現在、全システムが利用できない状況となっています』
 昨夜六時ごろ。
 これに関しては、両者思うところがあるからだ。

       

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Neetsha