Neetel Inside ニートノベル
表紙

ねずねずねず=こんふゅーじょん
◇21.正義

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 何事かと顔を上げた大封に降り注ぐのは、明々と輝く月光。消えた非常用ライトに代わって、スポットライトのように彼を照らしたそれは、一筋の白い帯となって空間を二つに分断している。
 しかし、この部屋に天窓はない。異常そのものが、彼らの頭上から降り注いでいるのだ。
「……一丁上がり、ね」
 その声の主は確かめるまでもなく、鼠の彼女。ぴんと天に向かって伸ばされたその足先には、視界を遮るものがない。槍で貫かれたかの如く、天上に大穴が空いていた。無論最上階だからといって、天井を突き破ればそこがすぐに屋上というわけではない。それはつまるところ、彼女の撃蹴の威力を物語っている。
「……」
 その一蹴りに驚く声さえも刈り取られた大封は、ただ目を見開いて、光景を網膜に焼きつけるので精いっぱいだった。
 ああ。なるほど。
 守護者では捕まらないはずだ。
「じゃ、そろそろ御暇するとしますか。バイバイ、大封君に胡桃ちゃん。ああ、ジャージの君は話があるからついてきなさいよ」
「承知しました」
 登坂の言葉が切れると同時だった。
「待ちなさい」
 胡桃の声だ。
「あら? 何よ、まだやる気あるの? その電磁銃は効かないって言ったはずよね」
「……うるさい」
 その声は、静かに、低く、幼さなど微塵もなく。そして。
 震えていた。
「……私は、君たちを逃がさない」
 隣で登坂が浮かべた笑顔に、暗闇の中で胡桃は気付いただろうか。気付きはしなかっただろう。同じく暗闇の中で、ずっしりと手に重い鉄塊を構えながら、ただそれだけにかかりきりになっていた彼女は、気付くことなどできなかったのだ。
 彼女は、手に持つモノが世界を壊す何かであるかのようにしっかり握りしめて、微動だにしない。
 何故なら。
「動いたら」
 彼女の構えているそれは、電磁銃ではないからだ。
 闇よりも深い漆黒を、その鉄に湛える銃は。
 大封は、なんとか手をついて上体を起こしながら、胡桃に目をやった。
「……、それ、テメエ、なんでそんなもん……」
 実弾の装填された、拳銃だ。
「撃つから」
 それは、鳥取登坂からのプレゼントだった。組み立て式の拳銃、おそらく登坂が作成したものだろう。彼の意図は、胡桃には読めない。しかし白髪の美女と茶髪の青年が対立しているとなれば、状況からして罠が仕掛けられているというわけでもないはずだ。だったら躊躇する理由など、何もありはしない。
 やれることもやらずに諦める自分とはもうさようなら、だ。
「動いたら――撃つ!」
 鬼の形相で、胡桃は叫んだ。
 これを使わずして、何が正義か。
「……あら、厄介なもん持ってるじゃない?」
 白髪紅眼は登坂をじろりと見つめる。闇の中でもその朱は際立ち、眼球が月光を反射した。闇に溶けて、彼の表情はうかがえない。口もとがゆがんでいる以外は。
「まあいいわ」
 しかるに。
「撃ってみなさいよ」
 彼女は、間近に迫る死の可能性を、微塵も意に介さない。
 いや、彼女にとってそれは、死に値するモノですらないのかもしれなかった。それでも。
「……そ、それ以上近づかないで! 本当に撃つんだから!」
「いいねえ、君みたいな子は好き」
 そのステップは、あまりに軽やかだ。まるで親しい友人へ接近を図るかのごとく、一歩一歩、確実に。
「でもね、私の目は特別製だから」
 胡桃の元へと、近接していく。
「暗くても分かるのよ」
 銃口の真ん前に立ち。
「安全装置が外れてないことくらい」
 そして白髪の彼女は、銃身を握りしめ、自分の顔から横へと逸らす。
「……っ!」
「銃で脅せば屈服するとでも思った? 例え安全装置が外れていなくても? それはあれよね、モデルガンで強盗に入ろうっていう心理と似てるわね」
 まるで子供から玩具を取り上げるかのごとく、彼女は胡桃の手から銃を奪った。
「あっ……!」
 後ずさりしつつ、それでも胡桃は表情の険しさを崩さなかった。切るような目つきで目前の怪盗を睨みつける。
「ま、でも、だからこそ君みたいな女の子は大好きよ」
 また登坂が笑ったのを、誰も知らない。
「いい機会だから、君たちに宿題をあげよう」
 白髪を揺らし、倒れる大封と、寝間着姿で立ちつくす胡桃に背を向けながら、彼女は言った。

「正義とは、何?」

 その言葉は、二人の頭を揺さぶった。
 それだけを言い残して、彼女はまた歩き出す。どうやって脱出を図るつもりかはわからないが、その算段がないはずもない。
 距離は、無情にも開いていく。大穴の下で待機する登坂の元へ、彼女は歩み寄る。
「待ちやがれ!」
 叫んだのは、大封。
 全身のいたるところに走る痛みを堪えつつ、彼は声を張った。
「テメエみたいな犯罪者が正義を語るなんざ、俺は認めねえ……! 認めねえぞ!」
 それは、心からの叫び。
「畢竟――犯罪を犯すような奴は、イレギュラーは、人を傷つける! テメエらが何を求めてるのかは知らねえ、知りたくもねえ! だがな、その過程が、やり方が、結果としてどこかで誰かを傷つける! 間違ってるんだよ……テメエらは!」
 姉の淋しげな顔が、頭をよぎる。
 去り行く背中は、反論しない。
「正義とは何か、だと? ふざけろ! 人から物を奪うどこに正義なんてもんがある! 正義ってのはなあ、何かを守るために振りかざすもんなんだよ! テメエみたいなやつが語っていいもんじゃねえんだ!」
 去り行く白髪は、何も語らない。
「仮にテメエが何かを守りたかったとして、間違った手段で得た結果に正義のラベルが貼れるとでも思ってんのか! 間違った手段で――」
 何も語らない彼女に語りかける大封は、そこで言葉を止めた。
 正確には、思考が止まった。
「…………」
 そうだ。
 彼は、省みる。
 俺は胸を張って言えるのか? これが俺の正義だ、と。
 社会は彼を認めない。大封はそれでいいと思っていた。
 だが、鼠小僧が正義を語るなら、俺とコイツのどこに違いがあるというのだろう? むしろ、民衆に認められている鼠小僧のほうが、より正義らしいのではないか。しかし、俺のしていることは正義だ。
 では、正義とは、何なのだ?
 飄々とパソコンのキーボードを打つりんごの表情が、彼の頭にほんのりと思い浮かんだ。今や悲しいことに、その顔もはっきりとは思いだせない。だが、その表情だけが、嫌に印象深かった。
 俺は一体、何をやろうとしているのか。それとも、ここで鼠小僧を捕まえることができれば、社会は俺を認めるかもしれない。だが、俺は社会に認められるために鼠小僧を捕まえるわけではない。
 それでは、結局俺のしていたことは正義なんかではなかったのか?
 そんなはずがあるか。
 しかし……。
 急激に、視界が暗くなっていく。
「期待してるわよ大封君。その宿題の答えが出せたら」
 いつの間にか登坂の隣に並び立つ白髪が、天から吹き込む風に揺れた。
「私を捕まえに来なさい」
 その声は、彼にはエコーがかかって聞こえていた。
 思考回路が、闇の中の泥へと、沈み込んでいく。
「ああ、それとりんごちゃんに言っといて」
 月光が逆光となり、大封から見れば二人は影絵のようになっていた。シルエットだけがゆらりと揺れて、彼から遠ざかっていくようだ。どうしても、大封の手は届かない。
 届かないのだ。
 次の瞬間。
「お誕生日おめでとう、って」
 二人の姿は、消えた。


「で、いつ気付いたの?」
「土曜日に貴様らを街中で見かけた時ですね」
「へえ、何がきっかけで? やっぱり、おっぱい?」
「女性がそのような単語を発するというのは実に――劣情を催しますね。ですが、確かにその通りですよ。俺様はおっぱいが大好きなのです。大きさ、形、色、何から何まで、学園中の女子をチェック済みです」
「変態じゃない」
「プロファイリングですよ。それにそのおかげで俺様は違和感に気づくことができた」
「確かにね。顔立ちだとか髪形だとか、あるいは背丈なんかはどうにでもなるけど、巨乳から貧乳に化けるのは難しいもん」
「東条りんごさんのバストサイズはAないしBですからね」
「大封君にもヒントは結構上げたんだけどなあ」
「無理もありませんね、彼は彼女の残念具合を知らなかったのです。いや、残念具合というか、俺様はナイチチ娘も大好きですが」
「で、わざわざAMSSを使って出入国記録を調べたわけね。おっぱいが起こした奇跡だわ」
「ええ」
「そういえば散々揉んでくれたわよね」
「あれは確認ですよ。せっかくAMSSで調べてみたはいいものの、もし万が一あなたのおっぱいが偽おっぱいだった場合恰好がつかないでしょう」
「おっぱい連呼してる時点ですでに恰好ついてないわよ」
「まあ、彼にそれがバレて今夜の待ち合わせが潰されてしまうのも面白くないので、ついでにウイルスを放っておきましたが」
「その割にはあの娘、胡桃ちゃんを呼んだじゃない。あれはまたどういうつもりなわけ?」
「ごくごく個人的なお話ですよ。簡単に言えば、少しタイプだったということでして。貴様と同じような理由です。彼女もまた正義の徒、といったところでしてね」
「あら? 大封君が私のタイプだっていうわけ?」
「違うのですか?」
「……まあ、そういう言い方も出来るわよね。ちょうど私が探してた人材にぴったりだったわけだし」
「こちらとしても、同志を見つけておくことは後々役立ちそうなのでね。ところで、いつまで俺様を抱えてビルの上を飛んでいくおつもりですか?」
「んー、一回くらい逆お姫様だっこやってみたかったから、しばらくはこのままで」
「俺様はオススメしませんね」
「あら、どうしてかしら?」
「おっぱ……いや、冗談はこの際抜きにしましょう。その脚、いい加減酷使するのを止めないと、まずいですよ」
「……」
「俺様が貴様に近づいた理由は――その化け物じみた犯行方法を自力で再現してみたかったからです。誰にも姿を見られず、爆発物など一切使わず、にもかかわらずドアや金庫は力技でぶち破り、監視カメラにも映らず、それでなお、獲物を盗み去っていく。しかも決して捕まることがない。そして俺様は結果、電気を使って警備員を気絶させる程度が関の山でした。様々な機器を利用して、現場を再現しようとはしてみましたが、無理でしたよ」
「そのようね」
「そして、そうやって鼠小僧の名を語ることで、貴様はすぐ俺様にコンタクトを取ってきました」
「君が誰かっていうことより、君の技術にほれ込んだのよ」
「まあ、俺様は天才ですからね。張り合う相手、ひいては自分を越える存在というものに挑んでみたかった。そして、貴様も同時に俺様を求めていた――需要と供給のバランスが整ったわけです」
「率直に聞くけど、これ、直せるかしら?」
「三か月ほど時間をくだされば、なんなりと」
「そう、なら取引成立ってことでいいかしら?」
「構いません。むしろ、俺様には利益ばかりですよ、未知の技術を触れる楽しさといったらありませんから」
「未知の技術に関して随分と自信満々なのね」
「まあ、俺様は天才ですからね。大封君にその力を見せつけたようですが、大丈夫なのですか?」
「さあね。でもヒントは上げたから、ひょっとしたら気付くかもしれない。『人間の手を離れて完全に自立起動する近未来型コンピューターとか、クローン技術を発展させてオリジナルを越える個体を作りだす新技術とか、他にも細菌レベルで人を死に至らしめる超小型生物兵器とかさ。まだあるよ。どんなに身の守りの堅い要人でも速やかに抹殺するための暗殺専用ナノマシンとか、動物と人体を融合させるキメラ化の技術とか、身体を極限まで機械に変えた戦闘用サイボーグとかね』ということで、以上、りんごちゃんの声でお送りしましたとさ」
「ヒントというよりも答えですね」
「まあ、そうかも。脚だけとはいえ、私はサイボーグだ。政府も酷いことするよね。人体実験するだけやって、ポイなんだもん」
「楽しそうですね。俺様もそちら側に回りたくなりました」
「とはいえ、この脚は奴らが作った後から相当改造してあるからね。闇から闇を渡り歩いて適当な技術者にグレードアップさせたわけ」
「なるほど。では政府もこれは予想外というわけですか」
「まあね。でも最近不具合多いし、君の鼠の電撃くらいでヘタっちゃうし。本当だめだわ」
「その点はお任せください。俺様がさらにグレードアップさせた上で、綺麗に直させていただきます。さて……それでは一つ、引退前のお仕事といきますか」
「そうね、一応ダミーの予告状も出してるし、いっちょやるか」
 そして、夜が更ける。

       

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Neetsha