Neetel Inside ニートノベル
表紙

ねずねずねず=こんふゅーじょん
◆6.俺様っていう一人称はその馬鹿丁寧な敬語と矛盾すると思うの【挿絵】

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 おかしい。
 可愛らしいフリルで随所装飾された服に身を包んだ久光胡桃は、柄にもなく街路樹に隠れながら前方数十メートル先で繰り広げられている光景にそんな感想を抱いた。
 あの男子高校生、どうみても水火君だ。
 少し高い背丈に少し広い肩幅、一見人相は悪いけど、よく見ると澄んだ鋭い目、そして何よりもあの角刈り。毎日見てるんだ、間違いようがない。絶対にそう。水火君は白界の無機質な街並みが嫌いみたいだし、例えば繁華街の多いこの境界が好きでも変じゃないとは思う。思うけど。
 胡桃は考える。
 おかしい。どうしたっておかしいよ。おかしいどころかあり得ない。
 水火君が女の子と一緒だなんて。
「……」
 いかにも活発で天真爛漫な少女が、胡桃の目には映っていた。左右に垂らされた髪の毛は左右合わせて四本にまとめられている。そして胡桃の目に狂いがなければ、水火大封とその女子は腕を組んでいるように見える。それはもう、ガッチリと。勿論、胡桃も戯れで友人と腕を組むことくらいある。しかし、あれがその類だと確信できるだけの材料を、今の彼女は持ち合わせていない。
「…………誰なのかな、あれ」
 自分がどうしてこんな無様な恰好で隠れるような真似をしているのかよくわからないまま、胡桃は不安げに呟いた。
「あれは二年二組の東条りんごさんですね」
「へえ……」
 知らない子だな。けど、可愛らしい名前だ。そこまで思考して彼女は違和感を覚えた。
「って、ふぇえっ!? だだ、誰っ!?」
 そして思わず素っ頓狂な声を上げて、気配もなく彼女の真横に現れた男から飛びのく。
「これはどうも、申し遅れました。俺様は鳥取登坂と申します」
「お、俺様? と、とり? とさか?」
 まだ状況を掴めないまま、早鐘を打つ心臓を服の上から押さえつけ、彼女は細切れの台詞を吐いた。
「とっとりとさか、です。バードの鳥にテイクの取で鳥取、クライムの登にスロープの坂で登坂。苗字に苗字に重ねたようなフルネームで申し訳ありません。それから俺様を名前で呼ぶ時は『と』にアクセントを置いて発音してください、鶏冠ではありませんので」
 まさか漢字を英語で解説されるとは思いもよらなかった胡桃であるが、さらに一歩引いて距離をとると、目を細めて鳥取登坂と名乗る男をじっくり観察する。
 背丈はあまり高くない。大封と同じか少し低い程度。とはいえ一般女子の括りからいっても小さな胡桃からすれば、見上げなければいけないことに変わりはない。肩幅や体格は共に平均以下で、大封と比べるとひょろっと縦に細長い印象を受ける。明度の低い紫色で上下統一された都立高校男子生徒の制服が少しダボついていた。髪の毛はかなり明るい茶髪で、天然なのか若干パーマがかかっている。柔らかい目元のその瞳も、髪と同質の色身を含んでいた。
「えと、その、君も……都立高校の守護科なの?」
 登坂の胸元にはその証である雷鳥を模した記章が輝いている。
「ええ、その通りです。それどころか同じ組ですよ、久光胡桃さん」
「う、え……あれ、あれっ!? そうだったっけ! ご、ごめんなさい! 私、なんて失礼な……」
 胡桃は勢いよく頭を下げる。
「いいえ、貴様が謝る必要はありません。俺様の影が薄いことは薄々承知していましたから。今だって五分近く隣に居たのに気付かれませんでしたし」
 登坂はニコニコとそう返した。とりえあずのところ、その居丈高な一人称および二人称をどうにかしてほしい、というのが彼女の率直な願いである。
「あの二人が気になるのですか?」
「……え、あ、いや、気になるっていうわけじゃ……」
 単刀直入な質問に、胡桃は小声で口ごもってしまう。
「よくもあんなに人目に付く行動ができますね、心底あいつらを尊敬します。そして俺様の見たてだとあいつらは付き合ってますよ」
「う、嘘っ! 嘘だよ、すいか君は女の子と付き合ったりしないもん! むしろ男の子」
「冗談です」
「……!」
 何を考えてるかわからない笑みのまま、彼はしれっと言った。
「というか今勢いに任せてトンデモないことを口走ろうとしていませんでしたか」
 胡桃は沈黙でそれに答える。
「まあ、男女交際というのが現段階における可能性として最も高いものであることには違いありません」
「そ、そんなことない! きっと罰ゲームか何かだと思う! ほら、なんかこう、悪魔的なノリってあるよね、あの病原菌をデートに誘ってこい! みたいな」
「貴様が水火大封くんをどういう存在として見ているのか、少し分からなくなりました」
「ちちち、違う! そういう意図で言ったんじゃないの!」
「とにかく今は放っておいて問題ないでしょう。疑問があるなら明後日直接水火大封くんに聞いた方がいい」
「うう」
「分かりやすい人ですね、貴様は」
「なな、何が分かりやすいのかなっ!」
 胡桃は言い返してじろりと細身の登坂を睨む。
「いいえ、やはりなんでもありません」
「い、言ってよ、気になるじゃない」
「ふふ」
 必死になる彼女を見てか、登坂は小さく笑う。
「……何かおかしかった?」
「いえいえ。結構しっかりとお話なされるのですね、久光胡桃さん。教室ではおとなしい方だと看取しておりましたが、話しかければ答えてくださるタイプでしたか」
 教室での胡桃はほとんど目立たない。そのことを言っているのだろうと気付いた彼女は、何故か顔が火照るのを感じた。
「そ、普段はこんなにしゃべらないよ……」
「そうですか? しかし俺様の見る限りだと、水火大封くんとは饒舌におしゃべりしていましたよ」
「そ、それは! その、えっと」
 さらに熱くなる頬っぺたを両手で押さえて、困ったように胡桃は俯く。
「全く、本当に分かりやすい人だ」
「私の話はもういいから! 君――とっとり君はなんで制服でこんなところに?」
「俺様ですか」
 登坂はあごに手を当てて何やら考え込む仕草を見せた。しばらく考えてから、彼は顔をあげて言う。
「貴様は最近頻発している事件をご存じですか?」
「ふぇ?」
「鼠小僧事件に隠れてメディアでは少々小さく扱われていますが、ここひと月で多発している事件です」
 胡桃は数秒頭を回転させて、即座に回答を導き出した。
「集団静電気事件のこと?」
「ズバリそれですね。俺様は今、それについて調査を行っているのです」
 集団静電気事件。何の前触れもなく、一定面積の空間において静電気現象が異常なまでに発生しやすくなるという事態が、今月に入ってから何件も報告されている。自然現象としてはあまりに不自然であるが、規模が小さく事件性も薄い上、実際的な被害もでていないため、守護者による本格的な捜査は行われていない。
「君が調査を?」
「ええ。一部のオカルトマニアには超人気の事件らしいですが、実際守護者もほとんど動いていないようです。ただ、個人的に大変興味深く、加えて俺様は暇なので。今日は事件現場の幻界を見てきた帰りですよ。そして貴様がなかなか面白い恰好で街路樹に隠れているのを発見した、というわけです」
「な、なるほど」
 再び胡桃の顔が赤くなる。
 と、その時。
「痛っ!」
 胡桃と登坂からそう遠くない通行人が声を上げた。
「いててっ」
「きゃっ!」
「うわあああ、俺の髪がッ、大爆発だッ」
 二人が振り返ると、前方数十メートルで多くの悲鳴が上がる。
「こっ、これ!」
「どうやらその真っ只中に遭遇したらしいですね。こいつはラッキーだ」
 目には見えないものの、人々はどうやら静電気に苦しんでいるようだ。
「ラッキーって、どうするの?」
「どうもしませんよ、静観します。一度自分の目で現象の顛末を確かめてみたいのです。ここは現象の範囲外のようですからね」
「……うん、わかった」
 胡桃は木の幹に手を添えた。確かに、被害らしき被害はないように見える。一瞬蒼い稲妻が空中を走るような少し強烈な静電気現象もあるにはあるが、怪我をするほどのものでもなさそうだ。胡桃はそう考え、楽観していた。
 直後。
 二人の目と鼻の先にあるコンビニの自動ドアが、すさまじい音を立てて砕け散る。
「ふぇっ!」
 さらにもう一つ、店内で何かが割れる音が響いた。
「こ、これも静電気の影響なの?」
「いや、これは……」
「きゃあぁあぁっ!」
 続いて、明らかに尋常でない悲鳴。
「少々厄介な事態になったようです」
 その緊迫した言葉が登坂の口から離れるか離れないか、胡桃と彼の耳が捉えたのは乾いた破裂音。
「銃声ですね」
「じゅ、銃声!?」
 続いて、二人からそう遠くない街灯が、パリンと音を立てて粉々になった。瞬く間に夕刻の街路は騒然とし始める。
「嘘……強盗?」
「どうやらそのようです。しかも犯人は拳銃などという物騒なもので武装している」
 割れた自動ドアの枠から弾かれるように外へ飛び出したのは、小太りの覆面男。その手にはずっしりと重量感のあるリボルバーが握られていた。
「ここにいたら危ないよ、とっとり君! 早く逃げよう!」
 胡桃は声を潜めて、静かに登坂を促す。
「ここで尻尾を巻いては都立高校一般守護科生徒の名折れです」
「!」
「俺様が奴を捕まえましょう」
 冷静でありながらも水面下では正義の炎を燃やすその顔に、胡桃は強く心を揺さぶられる。
「……で、でも」
「動くなあぁあ! 動いたら撃つぞぉ!」
 四方八方に銃を向けつつ、狼狽した様子で男は喚く。
「あれはどう見ても計画的な犯行とは思えませんね。自暴自棄になる理由など俺様の知ったことではありませんが、ヘタに刺激すれば被害を増やすことになりかねません」
「だ、だから早くここから離れた方が……!」
「こいつで反撃の隙を与えず、一瞬で仕留めます。それが最良の選択でしょう」
 腰のホルスターから登坂が引き抜いたのは、守護者とその候補生のみが持つことを許される電磁銃。彼は胡桃が止めに入る間もなくそれを構える。
『ロック解除、完了シマシタ』
 その電子音声に、胡桃は真っ青になった。
 この人――何を考えているの!
「駄目だよ!」
 恐慌状態に陥った周囲をものともせず、彼女はきっぱりと声を張り上げる。
「周りの人に当たったらどうするの? 大体今この状況を忘れたわけじゃないでしょ? この場の大気はどういうわけか帯電してる。慣れない状況でそんなモノを使うのは危険すぎるよ!」
「……しかし」
「おいッ! ゴチャゴチャうるせえんだよォォ!」
 一瞬の躊躇。
 そんな隙が、犯人に銃を構えさせる時間を与えた。銃口は二人に向けられたまま、その指が、引き金にかかる。胡桃の脳裏を最悪の展開が過った。
「だめぇっ!」
 その悲痛な叫び声の主は、胡桃。
「……!」
 頭での思考をすっ飛ばして、彼女は突発的に登坂へと飛びかかる。同時に彼が電磁銃のトリガーを引いた。しかし。
 カチリ。
 銃はそれに応えない。
「……!?  馬鹿な!」
 胡桃の小柄な体躯が登坂の身体を寄り倒すのと、犯人の拳銃が火を吹くのが、ほぼ同時だった。登坂が彼女のタックルを受ける形で、宙に浮く。胡桃の反応速度は十分に早かった。
 それでも、弾丸は彼女の肩を掠める。
「っ!」
 鉛の弾丸は、熱気を帯びたまま街路樹へと突き刺さった。
 群衆が、完全に静まりかえる。
「胡桃さん!」
 そして次の瞬間、止まっていた時間が動き出したかのごとく、人々は口々に悲鳴を上げながら算を乱して離散しはじめた。
「とっとり君、怪我は、ない?」
 登坂の細身の身体に抱きついたまま、胡桃はかすかな声で彼の安否を確認する。
「ええ」
「よ、よかった……」
 彼女は心の底から安心したように、ほっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……!」
 自分の怪我よりも、登坂を心配する彼女の態度に、彼は無防備に頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
「貴様こそ、その傷は」
「私のことはいいの」
 声に勢いはないが、それでもはっきりとした言葉に登坂は口をつぐんだ。
「犯人、捕まえるんでしょ、早く追ってよ」
「……」
 しかし登坂は、すでに犯人がまんまと逃げおおせていることを理解していた。今から追っても捕まえることはできないだろう。
「いいえ、病院へ行きましょう。この電磁銃はほとんど役立たずでしたが、引き金を引いたことで守護者への通報はなされたはずです。便利なシステムですよ。後は守護者に任せるとしましょう。今は貴様の怪我が先です」
「…………」
 彼女は登坂の胸に顔をうずめたまま、返事をしない。
「……胡桃さん」
「……うん。分かった」
 その言葉を受け取って、登坂は胡桃をなるたけ丁寧にどかすと立ち上がり、彼女を背負う。
「……少し調子に乗りすぎましたね。まあ、思わぬ収穫がありましたか」
 その独り言は、胡桃の耳には届かない。

       

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Neetsha