~~新生活のはじまり~~
気がつくとぼくはベッドのなかにいた。
頬にすべすべしたまくらカバーの感触。
起き上がろうとするとやけるような痛みを感じた。
肩。そして、わき腹のすぐうしろ。
「いたっ………」
「あっ、まだ起きられてはいけません。
あなたさまの傷の治りはひとなみはずれておりますが、どうかあと三日は安静にしていてくださいませ。
あと、傷はお背中よりですので、仰向けにはなられませんように」
まだ若い、でもとても落ち着いた女性の声が聞こえた。
「あの……あなたは……」
「わたくしはシスターのアンナでございます。同僚のシスターとともに、あなたさまの看護をさせていただいておりました」
『アンナ……アンナなのか?!』
ぼくのなかから、聞き覚えのない声がした。
「まさか……ジョゼフ? ほんとうにジョゼフなの?!」
アンナさんの声が驚きに満ちる。
『ああ。オレだよ、ジョゼフだよ!
よかった……
この人を刺したらいきなり吸い込まれたみたくなって。身体は動かないし、ああオレ食われちゃったんだって。俺みたいなザコは消化されてそのまんま、もうアンナにも会えないかと……』
「この人をって……!
ソウルイーターに危害を加えれば食われてしまうと知っていたでしょ! なぜそんなムチャを!!」
『いやあ、コリンズがお館様のプレッシャーに負けて攻撃しそうだったから。
あいつ今年結婚したばっかなのにさ。もしもこの人がホントにソウルイーターだったら食われちゃうし、それはあんまりにもかわいそうで』
「ジョゼフったら……
わたしの気持ちは考えてくれませんのね」
『い! いやそんな、めっそうもない!!
だ、だってその……そう、ソウルイーターになれば、お館様の専属だろ、いい暮らしできるじゃんか。アンナにも親父さんにも楽な暮らしをさせてやれるし』
「まあっ」
『あの、……見てくれはちょっと軟弱になっちゃったけど、でも、キモチは変わらないから。
アンナ。落ち着いたらオレと、………』
「ジョゼフ……はい!」
アンナさんが部屋を出て行ってから、リュストくんはにこやかあに言った。
『ジョゼフ。おまえずいっぶんなことかましてくれたな』
『リュスト……ごめんっ、悪かった! お前もクレフさんもいるのに、でもオレ的には、このチャンスを逃したらたぶんもう一生……クレフさんもすみませんでした! ホントにごめんなさいっ!!』
対してジョゼフさんはもう平謝りで。
ぼくはロビンがリアナにプロポーズする、と勝手に返事してしまったときのことを思い出してしまった。
それでどうしてぼくに、このひとを怒れるだろうか。
「あの、ぼくはいいです。
その、おめでとうございました。どうかお幸せになってください」
『クレフさん……!』
ジョゼフさんの魂が、ぼくの魂に抱きついてわんわん泣いた。
『あなたはオレの恩人です!! 一生恩にきます!!』
『一生ってお前もう死んでるだろ』
『うぐっ』
『まあいいや。アンナのことはマジおめでとう。俺も祝福してるよ。お前らがらぶらぶしてるときは俺は寝てるから、心置きなくやってくれ。』
『ありがとう! てお前はどうすんだ?』
『……あの方しだいだな。こういう容姿は好みじゃなかったはずだから大丈夫とは思うけど、いざってときは寝ててくれ。アンナのオトコを巻き込みたくはないからな』
『承知。』
リュストくんとジョゼフさんはなんとお友達のようだ。さくさくと話はそこまで進んだ。
『クレフさんは、今フリーなんですね。
よかった、いいひといたらどうしようかと思いました』
『遅せーよ。
まあ俺もフリーみたいなもんだしいいけどさ。俺はあの方の恋人なんかじゃけしてない』
『うっそ』
『はいはい、次いこうぜ。クレフさんにはなんのことかわかんないんだ。それで話してられたら困るだろ。いきなり話されて消化できるハナシでもないだろうし』
「???」
『ああ……承知』
ぼくはぼくなりにそのことを考えてみた。
しかし結局どういうことかはわからなかった。
リュストくんはどうやってか、うまく自分の情報をかくして、見えないようにしていたからだ。
それから間もなく“お館様”が部屋にやってきた。
怖いけどとりあえず、いろいろハナシを聞かせてもらおう、と思ったらいきなりリュストくんが意識と身体の主導権を専有してしまった。
その後意識がもどったときには、結構な時間話をしていたらしくぐったり疲れていて、ぼくたちはそのまんまろくな情報交換もできず眠り込んでしまった。
結局この方のことと仕事のことをきけたのは、翌日、リュストくんを介してだった。
『あの方……お館様は、領主様の弟君です。
現在、領主様への謀反の疑いをかけられかけており、先走った者たちにお命を狙われることも少なくありません。
クレフさんには、領主様の誤解がとけるまでの間、お館様をお守りしてほしいのです。
もちろん衛兵がつきますし、昨日のようなことはほとんどないはずです。
あなたは最後の切り札、兼秘書として、お館様のおそばについていてほしいとのことです』
「秘書?!
でっ、でもぼくは……」
『大丈夫です、秘書としてのしごとは当面私がいたします。
長年雑貨屋さんをなさっていたクレフさんなら、きっとすぐ覚えられますよ』
「そ、そうですか。わかりました。よろしくお願いします」
『あ、私、…ぼくには敬語なんていいですよ、クレフさん。
あなたのほうが年上でいらっしゃるし。
それに……
あなたみたいな優しい方に、必要以上にお気を使わせたくないですから』
「えっと……じゃあ、はい、じゃなくてその、わかりま……た」
『いいですよ、だんだんにいきましょう』
ぼくは一瞬考えて、こうこたえた。
「“承知”」
かくしてぼくは、領主様の弟君様につかえる身となった。
とはいっても、あんまりなにもしていなかった。
秘書としてのしごとはリュストくんがやっていたし、しごとが終わってからはジョゼフさんがアンナさんとらぶらぶなのでぼくたちは寝ていたし。
休み時間とかには散歩したり昼寝したり、本を読んでみたり。
それでも、やっぱり秘書はかなりハードなしごとであるらしい。
ときどき『すみませんがちょっと寝ていてください、集中したいので』とのリュストくんの言葉とともに意識が途切れ、そのあとはぐったり疲れていたりする。
ひとつ気になるのは、あのとき聞いた“あの方”のことだ。
それらしい女性との接触は一週間たってもまったくない。
お館様は、いつも一緒にいるけど、男だし。
それを百万歩譲って無視するとしても、お館様はリュストくんにあんまり優しくない。
そういううわさがあるのは事実だけれど……
そのことを聞いてみるとリュストくんはきっぱりと言った。
『絶対ないしょにしてください。
ぼくにもお慕いするひとはいます。でもそれはお館様じゃ、ぜったいぜったい、ありませんから。
その噂は、都合がいいから利用しているだけです。クレフさんは誤解しないで下さいね!』
『え! ウソ。オレはてっきりそうなんだと』
『ジョゼフ。あとでちょっとハナシがあるから。』
するとリュストくんはにこやかあにジョゼフさんの魂の肩(というのも妙だけどそうとしか言いようがない)に手を置いた。
『しょ……承知……』