~~リュストくんの秘密~~
けれど数日後ぼくはとんでもない状況にいた。
いつもどおり仕事中、リュストくんがぼくたちを寝かしつけて。
意識が戻るとベッドの上にいて、わき腹がきりきり痛かった。
この間のわき腹のケガの、ほぼ反対側。
痛みをこらえ、むりやり身体をひねってみると、そこには赤黒くなにかのマーク。
「えっ……なにこれ」
「焼印、ですわ」
アンナさんの、悲しそうな、声がした。
「お館様は、……自らに最も近くつかえるものに、焼印を押されるのです。
クレフ様は傷の治りがとても早く、焼印もすぐに消えてしまったので……押しなおされた……のですわ。
できるならクレフ様やジョゼフには、お知らせしたくなかったのですけど……」
そのとき、最初にここに来た日のことを思い出した。
まさかあのとき後ろわき腹が痛かったのは、誰かに剣や槍でやられたんじゃなく。
「はい。
クレフ様に“食われる”ことで、リュストさんの身体が変わったため、ケガの治療の前に……」
ぞっとした。ソウルイーターの話をきいたときなんかよりもずっと。
ぼくは思った。“お館様”は、せったいに『あの方』なんかじゃない。こんなひどい主が、リュストくんのだいじなひとであるわけがない。
「クレフ様。どうかこのことはご内密に……
リュストさんは自分のこうした身の上を、けして知られたくないと……」
「アンナさん。
どうしてリュストくんはこんな……」
「それはわたしにも話してはくれませんでしたわ。
ただ、これはみずから望んでのことだと、……だから口出しは、してくれるなと……」
アンナさんは泣いていた。
「お館様と、リュストさんがそうする以上……わたしにはこうして、手当てを差し上げるしかできません……もうしわけありません、クレフさま……あなたにまで、こんな……」
わき腹は依然、痛かった。
でも痛いなんていってられない。
ぼくはファイトで身体を起こし、アンナさんの手をとった。
「ぼくは大丈夫です!
ぼくは一回死んでるんです。落石の下敷きですよ。骨は折れるし、もうあっちこっち包帯だらけ。だからこんな痛みなんかへでもないです。
リュストくんには、機会を見てぼくから話してみます。もともと部外者だったぼくなら、なにか力になれるかもしれないし。
ジョゼフさんには、ドジふんでやかんひっくり返したっていっときましょう。
次にこうされるまでに、なんとかしてみます。
だから、えっと……」
「ありがとうございます」
最後の最後でぼくはことばにつまった。
でも、キモチは通じた。
アンナさんは涙をふいて、にっこり笑ってくれた。
「今日のご飯はシチューにしますわね。
お館様には、あまり念入りに治療をするな、印がまたすぐ消えると面倒だからといわれましたが、わたしなりの抵抗ですわ。どうかお精をつけて、がんばってくださいませね」
その晩、ぼくはさりげなく、リュストくんに言った。
「あの、今いいかなリュストくん。
えっと……リュストくんたまに、集中したいからってぼくたちを寝かすけど、そのときってどんなしごとしてるの?」
『ああ、あれですか。
経費の計算とか、あとは機密性の高い話ですよ。
軍備のことはあまりお聞かせするわけにいかないし、情報もお持ちでないから聞かされてもわけわかんないはずですから』
「あのさ。その……
ぼくもいちおう、秘書なんだよね?
ぼくももっとしごと、覚えたいんだ。
計算は、けっこう得意だからチカラになれるとおもうしさ。
領主様の誤解が解けて、護衛がいらなくなっても、リュストくんは秘書として“お館様”におつかえするんでしょ。そしたらぼくもいっしょに働き続けることになるんだし。
いっつもリュストくんだけぐったり疲れさせて、なんか申し訳ないから」
『クレフさん………』
ぼくのなかで、リュストくんがうつむいた。
『ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい……!』
申し訳なさそうに頭を下げる。
『クレフさんのお気持ちは……わかりました。
ありがとうございます。あなたって方はほんとうに、……
ただ、お願いします。
もうすこしだけ、待ってください。
いまはこんなややこしい状態で……でもあとすこし。あとすこしすれば、誤解もなくなって、全部、きっと、よくなるはずですから』
けれど事態は最悪にころげおちた。
まさにその翌日。戦いが始まってしまったのだ。