Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

~~旅立つ人たち(後)~~

 それから何年かたったある日の朝。
 起こされて目覚めると、オーリンさんと奥さんが枕元にいた。
『おかげさまで妻が天寿を全うしましたので、一緒に神のみもとへとゆくことにいたしました。いままでお世話になりました』
 オーリンさんが、奥さんが丁重に(こちらが恐縮してしまったほど)頭を下げてくれた。
 ふたりはそのまま腕を組んで、旅立っていった。

 その姿を見送って、リュストくんがぽつりと言った。
『うらやましいです、ああいうのって。
 ぼくも領主様が天に召されるまでおつかえするつもりだけど、あんなふうに腕を組むなんてとても考えられないし……』
「背の高さが違うから?」
『いやそういう問題でなくて。』
 リュストくんはあれから、領主様の右腕として(もともと領主様側の人間だったのだけれど、あの男の動きを探るため秘書になっていたということだった)働いていた。
『ぼくは仕事が恋人なんです。領主様のために働くことが喜びなんです。
 だからまだ天国へはいけそうにないんです。ごめんなさいクレフさん』
 そしていつもそういっていた。


 けれどその日は唐突にやってきた。
 領主様に縁談が持ち上がったのだ。
 その相手、ステラマリス姫は、リュストくんの年の離れた妹さんだった。
 それを知ったときリュストくんは言った。
『ステラは……妹は、愛らしいのにしっかりしていて、とても賢くて優しい、姫君の鑑というべき女性なんです。
 そして、彼女にはなんのけがれもない。
 領主様を影からお支えするためとはいえ、人に言えぬことにも手を染め、心根も素直でないぼくなんかより、ずっとずっと、領主様のいちばんおそばにいるのにふさわしい存在なんです』
「そんな……」
『領主様もそのことはお気づきで……なにも距離を置いたりする必要なんかない、今までどおりそばにいてくれればと言って下さっているけど……
 ぼくにはわかります。それでも、あの方のお心をいずれは、彼女がすべて占めることになる。
 その過程を最後まで見届けるのは、酷なことです。
 あの方も努力をしてくださるとわかっています。それでも結果は明らかです。
 そうなったとき、ぼくはあの方と、いままでのぼくの努力を裏切るでしょう。それだけはしたくない。
 だから今。ぼくは魂の行くべき場所へゆきます。
 可愛い妹と、世界一尊敬する方のしあわせを、しあわせと思うことができるいまのうちに』

 リュストくんはそして“できれば、お願いがあります”と言った。
『クレフさん。
 自分の都合で世を去ろうとしている男が、こんなことを言うのは勝手かもしれないですが……
 できればあなたは、生きていただけますか。
 領主様もあなたのことは信頼しておいでです。
 あの方ならきっと、悪いやつからもまもってくれます。あなたは、ひとを幸せにしてあげられるつよくて優しい方です。
 あの方の庇護を受け、あの方を助けて差し上げては……』
 その言葉は、うれしかった。
 でも。でも。
「ごめん」
 ぼくはやっぱり、自分がそんなすごいものとは思えなくて。
 そしてやっぱり、あのときの体験が恐ろしくて。
『お気持ちは、かわっていないんですね……
 それではぼくは、一足お先に参ります。
 もしも、ぼくも天の国にいけたなら。ジョゼフたちと一緒に、あなたをお待ちしてますね』

 リュストくんはそして、領主様とさいごに、一日ふたりだけで過ごすと、ぼくのなかから飛び立っていった。
 その行く先は空の光のさすほうで。
 天の国で彼と再会できることを、ぼくは確信できた。

       

表紙
Tweet

Neetsha