Neetel Inside ニートノベル
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~~ちょっとの、別れ~~

 かくしてぼくたちは(公約どおり、あのお店で宴会してから)一緒に村に、ぼくのうちに帰った。
 みんなのことは、旅先でお世話になった方から頼まれた子供たち、ということにした。
 お義父さん、お義母さんは喜んでくれた。
 それは、臨時収入(お宝の半分を、預けられた養育費ということで持っていったのだ)のためではなく、なかばあきらめていた“孫”ができたためらしかった。
 子供たちもそのキモチを感じ取ったのだろう、すぐに“おじいちゃん”“おばあちゃん”となつくようになった。
 そして、がんばった。
 年長のアンディはお義父さんの、メアリィはお義母さんの手伝いを率先して行った。
 幼いウォルターは、まだ簡単なことしかできなかったけどやる気は人一倍で、ちょこまかと可愛い店のマスコットとして人気者になった。
 もちろんぼくもみんなに負けないように、一生懸命働いた。

 まもなくウォルターは、優しい老夫婦に気に入られ、養子として引き取られた。
 それから何年かして、アンディとメアリィは結婚した。
 これを機に、お義父さんとお義母さんは雑貨屋を引退。店はアンディ・メアリィの若夫婦が切り盛りするようになった。
 すぐふたりには子供が生まれ……
 ウォルターもおないどしの少女と結婚を決めた。

 その報告があった夜。
 ぼくの部屋にもどってから、ソルティさんは言った。
『あいつらはもう、大丈夫だな。
 これで心置きなく天国にいける』


「えっ?!」
 突然のことだったのでぼくはおどろいて聞き返した。
 なぜって、ソルティさんはこの暮らしを大いに楽しんでいたのだ。
 この村のワインを大いに気に入って、今日だってそれはおいしそうに飲んでいた。
 お酒を飲んだときは“お酒でひとがかわった”ってことにして、ぼくと交代しては村の仲間と盛り上がって、食べ物もほんとにおいしそうにたくさん食べるし。
「で、でも、……
 まだワイン飲んだり、おいしいもの食べたりとか……しないでいいの?!」
 このごろはときどき、ポリンが作った料理を幸せそうに食べたりもしてるのに。
(はたから見れば、ぼくがひとりで料理作って食べてるだけなんだけど……。)
『俺はこれで満足だよ。
 世の中まだまだあいつらみたいな子供がいるのはわかってる。だってのに、身勝手かもしれないとは思うけど……。
 ポリンとも、こうして一緒になれたしな』
『ボクもいっしょに行くつもりだよ。
 ソルと離れるなんて、もうゼッタイ考えられないし』
 ぼくのなか、よりそってそういうふたりは、本当に満ち足りた様子で。
『いままでごめんね。長々いすわっちゃって』
「え、いや、そんな……
 それは全然いいよ。もうふたりがいるの、なんか普通になってたし。
 それより、……行っちゃうなんて、なんかすごい急で……」
 確かにここしばらく、ぼくが寝てから、ふたりがなにか話し合っている気配は感じていた。
 でも、起きてみるとふたりの様子は、いつもどおりで。
『すまん、クレフ。
 でも、俺たちはもともと、すでに死んでいる存在だ。お前のなかにこうして居座り続けることは本来、不自然なことなんだ。
 だから、はやくからお前にうちあけることで、未練をつのらせたくはない、そう思ったんだ』
『クレフは優しいから、引き止めるのわかってたしね』
「う………」
『それに……
 このままこうしているとたぶん、クレフにもよくない影響があると思う。
 俺たちはお前に、お前のままでいてほしい。
 お前の人生に押しかけちまった俺たちを、いやな顔ひとつせずに受け入れて、ふつうの家族としてのしあわせを取り戻させてくれた、優しいお前のままでいてほしいんだ』
『あたらしい幸せも……できれば、みつけてほしいしね』
 ぼくはしばらくなにもいえなかった。
 ふたりの優しさが嬉しくて。
 こんな優しいふたりがいなくなっちゃうのが、すごくさびしくて。

 けれど、この優しさにこたえるには、ぼくはうん、と言わなきゃならない……

 この数年、辛いときだって何度かあった。
 でも、ふたりがぼくを支えてくれた。
 一度、大きな病気をしたときも、ふたりのぶんの生命のちからがぼくを死から守ってくれた。
 ふたりはぼくのしあわせを守ってくれたのだ。
 そしてその幸せを続かせるために、ぼくのもとを去る、そう言っているのだ。
 正直さびしい。さびしいけれど、でも……

 そのときポリンの魂が、ぼくの魂を抱き寄せた。


 翌日、ソルティさんはみんなを集めて、言った。
『みんな。落ち着いて聞いてくれ。
 どうやら俺たちも、天国に行く日が来たみたいだ』
「ええ?!」
「まだ早いよあんちゃん!」
「そうだよ、ぼくたちはこれからなのに……」
『これからだからだよ。
 今のお前たちは、一人前としての人生の、スタート地点に立ってる。
 へたしたら、俺と一緒に森のなかで飢え死んでたかも知れないってのにさ。
 いろいろ困難もあるだろうが、これからは大人として、俺たちにたよらず歩いていくんだ。
 もともと、死んだ俺たちがこうしてお前たちのもとにいるのは、自然なことじゃない。俺たちに頼らせるような真似をすることは、地上の摂理にそむくことなんだよ』
『もちろんみんなのこと、忘れないよ。これからは空から見守ってるから、ね?』
「でも、でも………!」
 そのとき、ポリンがみんなを抱き寄せた。
 そして昨夜ぼくにくれた言葉を、もう一度くりかえした。



『ねえみんな。ボクね、こうなってわかったの。
 死はおわりじゃない。魂はホントにある。
 そして魂のかえっていく、しあわせの国も。

 ボクたちはみんなそこにいくんだ。そしてずっとずっと幸せに暮らすの。
 ずっとずっとずっとだよ? もう別れなくていいの。
 ボクたちはひとあし先にそこへ行って、みんなを待ってる。
 焼肉にケーキにスズキのパイ包み、トマトと牛肉とかぶのシチュー。
 ぜーんぶいっぱい作って待ってるから。

 それ食べるときには、みんなのお土産話を聞きたい。
 だから、いっぱいいろんなことして、楽しい思い出いっぱいつくって、それからまた会おう。ボクも天国で思い出いっぱい作る。お料理ももっとうまくなっとくから。
 ちょっとだけ、別々に暮らそう。そのあとはずっと一緒だよ。そしてキモチはその間も一緒。
 神様のところにいって、みんなのこれからを幸せでいっぱいにしてくださいってお願いしてあげる。だから……』



 アンディとメアリィとウォルターは、まるで子供に戻ったみたいに泣いた。
 ぼくも泣いた。ポリンも、そしてソルティさんも。



 そしてふたりは、夜明けとともに、天にのぼっていった。

       

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