Neetel Inside ニートノベル
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ぼくが死んでから死にたくなるまで。
Act4. そして、神の住む地へ至るまで

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Act4. そして、神の住む地へ至るまで


~~旅立つ人たち(前)~~

 領主様も、リュストくんもジョゼフさんもアンナさんも、そんなと反対した。
 ぼくのなかのひとたちのほとんども。
 けれど、ぼくはもう、怖かったのだ。
 あんなふうにのっとられて。人を殺させられ、悪の化身と化していくことが。
「また、あの人ほど強い意志の人に出会ったら、ぼくはまた……。
 お願いします。ぼくはもう充分に生きました。あんなことはもう二度といやなんです」
 その日遅くまでみんなは相談して、そこまで言うなら……と一旦ぼくの望みを飲んでくれた。


 この時点でぼくのなかに残っていたひとは、全部で10人。
 そのうちひとりは、ご遺族の方にお別れをいうことで、死を受け入れ、天に帰っていった。

 驚いたのはこのひとたちだ。
 お兄さんの“仇”を探していたミゼルさんと――
 かつて自分のミスでミゼルさんのお兄さんを死なせてしまい、贖罪のためにミゼルさんを探し続けていたルドルフさん。
 ミゼルさんはルドルフさんを斬り、そのあとミゼルさんはあの男に斬られて、ともにぼくのなかに吸い込まれた。
 ふたりはそこで再会し、語り合い、和解に至ったというのだ。
 ふたりはぼくに、信じられないような奇跡をありがとう、これで本当に安らかになれた、本当にありがとうと言ってくれて、一緒に空へのぼっていった。

 自分は弱虫だから、いつもいじめられてきた。いつか強くなって人を斬りまくってみたかった。だからこの身体に入って“お館様”と一緒に人を斬れて、すごくすごく満足できた……という人もいた。
 その言葉はぼくには正直怖かったけど、それで人と世を恨む気持ちが消えたのなら、それは彼にとってはいいことだったのだろう、と領主様は言っていた。
 ぼくのなかから飛び立つとき、そのひとは泣いていた。
 もっとはやくあなたがたに会えていたら、この穏やかなキモチをもっとはやく知ることができていたのに、と。
 それをきいてぼくはやっとそのひとが怖くなくなり、素直な気持ちで見送ることができたのだった。

 最期にせめて、娘さんの結婚式をみたいという方がいた。
 その式は、領主様の肝いりで、町中の人が祝うにぎやかなものとなった。
 信頼する花婿さんに娘さんをたくし、よりそうふたりの後姿をみおくってその方も、しあわせの国へ旅立っていった。

 年金が出て暮らしは大丈夫でも、息子は幼い、そばにいてやらねば……という方がいた。
 その方は、驚いたことに息子さんに、まだよくまわらない口でお説教された。
 ボクはおとうさんのむすこなんだから、ちゃんとおかあさんをまもれるよ。
 さみしくっても、かみさまのきめたルールはまもらなきゃ。
 おやくそくはきちんとまもる、それがぼくのじまんのおとうさんなんだから。
 親子三人は涙で抱き合い、こころゆくまでともに過ごすと、いまや神の国の住人となったお父さんを優しく送り出したのだった。

 好きだった女性に告白して、OKなら残りたい、という若い兵士もいた。
 結果はなんと玉砕。
 これであきらめついたわ、お前は幸せにな、そういって彼は飛び立っていった。
 でもその直後、女性は顔を覆った。
 本当はあの人を好きだった、けれど生まれ変わるべきあのひとを、私の都合で引き止めることはできないから……と。


 合意の上でのこることにした人たちもいた。
 オーリンさんというわりと年配の兵士の方と、ジョゼフさん、そしてリュストくん。
 ぼくは三人に、日にちを決めて身体をシェアしてもらうことにし、ぼく自身は基本的にその間眠っていた。


 いちばん早かったのは意外にもジョゼフさんだった。
 ジョゼフさんがいうには“ひとつの身体を複数人でシェアしているという不安定な状態の男と、ひとり娘が結婚したとして、はたして幸せになれるのだろうか”と、アンナさんのお父さんが強い疑念を抱いているということだった。
 またこの状態で子供を授かった場合、父親は誰ということになるのか。身体の主であるぼくか、心の主であるジョゼフさんか。
 それに。
“クレフさんには本当に申し訳ないのだが、アンナの子供にもソウルイーターの能力が目覚めたなら。同じように利用され、同じような怖い目にあわないとどうしていえるだろうか。それを思うと……”とお父さんは辛そうに言っていたそうだ。

『話し合ったんですけど、親父さんはすごく悩んでいて……可愛いアンナの愛する男だから、できるなら認めたいってすごく苦しんでいて。
 その姿をオレもアンナももうみていられないんです。
 だからオレ、やっぱ一足先に天国に行って、アンナとの再会を待とうと決めたんです。
 ごめんなさい。いきなり乱入して、チャンスも与えてもらったのに……』
『さらって逃げるって選択肢は……ないんだよな』
 リュストくんの言葉は、質問というよりむしろ確認だった。
『ああ。そんなことしてもアンナは悲しむだけだ。オレにとっても親父さんは父親みたいなひとだし……
 ごめんリュスト。ごめんなさいクレフさん』
「ぼくにあやまらなくてもいいよ、ジョゼフさん。誰も悪くなんかないんだから」
『俺も怒ってなんかない。
 お前たち家族がきっちり気持ちを決めているならば、その決断を支持するよ。
 ちょっとさびしくなるけどな』
 その翌日、小さな葬儀が行われ、ジョゼフさんは愛する家族に別れを告げた。


     

~~旅立つ人たち(後)~~

 それから何年かたったある日の朝。
 起こされて目覚めると、オーリンさんと奥さんが枕元にいた。
『おかげさまで妻が天寿を全うしましたので、一緒に神のみもとへとゆくことにいたしました。いままでお世話になりました』
 オーリンさんが、奥さんが丁重に(こちらが恐縮してしまったほど)頭を下げてくれた。
 ふたりはそのまま腕を組んで、旅立っていった。

 その姿を見送って、リュストくんがぽつりと言った。
『うらやましいです、ああいうのって。
 ぼくも領主様が天に召されるまでおつかえするつもりだけど、あんなふうに腕を組むなんてとても考えられないし……』
「背の高さが違うから?」
『いやそういう問題でなくて。』
 リュストくんはあれから、領主様の右腕として(もともと領主様側の人間だったのだけれど、あの男の動きを探るため秘書になっていたということだった)働いていた。
『ぼくは仕事が恋人なんです。領主様のために働くことが喜びなんです。
 だからまだ天国へはいけそうにないんです。ごめんなさいクレフさん』
 そしていつもそういっていた。


 けれどその日は唐突にやってきた。
 領主様に縁談が持ち上がったのだ。
 その相手、ステラマリス姫は、リュストくんの年の離れた妹さんだった。
 それを知ったときリュストくんは言った。
『ステラは……妹は、愛らしいのにしっかりしていて、とても賢くて優しい、姫君の鑑というべき女性なんです。
 そして、彼女にはなんのけがれもない。
 領主様を影からお支えするためとはいえ、人に言えぬことにも手を染め、心根も素直でないぼくなんかより、ずっとずっと、領主様のいちばんおそばにいるのにふさわしい存在なんです』
「そんな……」
『領主様もそのことはお気づきで……なにも距離を置いたりする必要なんかない、今までどおりそばにいてくれればと言って下さっているけど……
 ぼくにはわかります。それでも、あの方のお心をいずれは、彼女がすべて占めることになる。
 その過程を最後まで見届けるのは、酷なことです。
 あの方も努力をしてくださるとわかっています。それでも結果は明らかです。
 そうなったとき、ぼくはあの方と、いままでのぼくの努力を裏切るでしょう。それだけはしたくない。
 だから今。ぼくは魂の行くべき場所へゆきます。
 可愛い妹と、世界一尊敬する方のしあわせを、しあわせと思うことができるいまのうちに』

 リュストくんはそして“できれば、お願いがあります”と言った。
『クレフさん。
 自分の都合で世を去ろうとしている男が、こんなことを言うのは勝手かもしれないですが……
 できればあなたは、生きていただけますか。
 領主様もあなたのことは信頼しておいでです。
 あの方ならきっと、悪いやつからもまもってくれます。あなたは、ひとを幸せにしてあげられるつよくて優しい方です。
 あの方の庇護を受け、あの方を助けて差し上げては……』
 その言葉は、うれしかった。
 でも。でも。
「ごめん」
 ぼくはやっぱり、自分がそんなすごいものとは思えなくて。
 そしてやっぱり、あのときの体験が恐ろしくて。
『お気持ちは、かわっていないんですね……
 それではぼくは、一足お先に参ります。
 もしも、ぼくも天の国にいけたなら。ジョゼフたちと一緒に、あなたをお待ちしてますね』

 リュストくんはそして、領主様とさいごに、一日ふたりだけで過ごすと、ぼくのなかから飛び立っていった。
 その行く先は空の光のさすほうで。
 天の国で彼と再会できることを、ぼくは確信できた。

     

~~さよなら~~

 深く、深く安らかに眠れる薬を、領主様はぼくに下さった。
 ぼくはそれを手に、あの森の小屋にかえった。
 みんなへの手紙は、領主様の館でもう書いてある。
 もしもみんなに会って、話をしたなら、気持ちがくじけてしまうかもしれない、そう思ったからだ。
 ぼくはテーブルにみんなへの手紙を置いて、さっと小屋の中を片付けると、小屋の裏手、ポリンとソルティさんが埋葬されている場所までいった。
 ここなら、埋葬するにも手間がかからないだろう。
「ポリン、ソルティさん。みてたかな。
 ぼくも今そっちへいくよ。
 ロビン、リアナ。ごめんね、ちょっと早くなっちゃったかもだけど、こうするのがきっと、一番いい方法だから……」
 ぼくは小瓶の中味を飲み干して、土の地面に横たわった。
 寝転ぶと、地面はやわらかくて、ちょっと暖かい気がした。
 見上げると、木漏れ日がきらきらときれいで。
 なんでかそれは、じわっとぬれてにじんできた。

 ごめんなさい、お義父さん、お義母さん。
 でも、ぼくよりずっとしっかりした“孫”たちが、けしてひとを傷つけたりなんかしない、ちゃんとした人間のみんなが、きっと支えてくれるはずだから。

 アンディたちや、ほかのみんなはなんて思うかな。
 みんなへの手紙には『ぼくもリアナとおなじ、長くは生きられない身体だった。もう寿命みたいです。ごめんなさい』とだけかいておいたから。
(ぼくの正体のことは、アンディたちしかしらない。だからもちろん手紙にも、詳しいことは書けなかった――もし書いたら、頭がおかしくなったか、領主様の弟君を殺したことを作り話でごまかしたのだ、と思われるのが関の山。それにあんなひどいこと、みんなに知らせたくはなかったし。)


 みんなきっと、悲しむよね。
 ――あんまり悲しまないでくれるといいな。
 ぼくは、ひとあし先に行くだけなんだから。
 何年あとになるかはわかんなくても、会いたければまた会えるんだし。

 魂のかえる天の国。どんなとこなんだろう。
 ぼくを生んだ、お父さんとお母さんも、待ってくれてるはず。
 おじいちゃんとおばあちゃんにも会えるかな。

 薬が効いてきたようだ。頭がぼうっとしてきた。
 眠い。すごく眠い。
 あったかくてきもちいい。ちょっとだけ眠ろう。おやすみなさい、そしてちょっとだけさよなら、みんな。



『ちょっとなによこれ?!』
 そのとき、叫び声がぼくをたたき起こした。
『なんで?! なんでまた生きてるの?!
 やっと死ねたと思ったのに……
 なんでソウルイーターがこんなところに……!』
 ぼくはぎょっとした。目を開ける、身体を起こす。
 誰もいない。まわりには。
 恐る恐る声をかけたら……
「あの……どなたかいらっしゃいますか……?」
『どなたもこなたも!!!』
 いた。
 ぼくのなかに。
 ちょうど、亡くなったときのリアナと同じ年頃の、でももっと、ずっと勝気そうな少女が。
 彼女はとんでもないイキオイでまくしたてた。
『ソウルイーターのクセに、なんだって自殺なんかしくさったのよ! よりによってあたしが死んだ、その日その時そのご近所でっ!!
 あたしが死ぬのにどれほど苦労したとおもってんの! セキニンとってよセキニン!!』
「あ……あの……」
『あんたはクレフ、あたしはアリス。
 おなじソウルイーターよ!』

     

~~そして、北へ~~

 ぼくは昔から、ちょっとうかつな方だった。
 しかしまったく、本当に、今回はうかつだった。
 ここは隠れ家だ。ひとがあまり来ないような場所である、それは間違いない。
 リュストくんについてここを出るときに、しばらくもどらないということは伝えてあった。だからアンディたちがここにくることもほとんどない、それは確かだ。
 しかし、いくら森の奥だって、歩いて一日かからずに人里に出られるような距離。誰か来ることがないなんてことはいえない。
 じっさい、ぼくはアリスを“食って”しまったのだし。

 でも、ぼくたちふたりのしたいことは一緒だった。
 ――死ぬこと。
 ソウルイーターとしての宿命から逃れるため、この生をおわらせること。
 今度こそ誰も巻き添えにせず確実に。
 ぼくたちは、ご先祖さまたちのいった道をたどり旅立った。
 北の果て。神の棲む禁足地へと。


 その道すがら(ただ黙っているのもなんだし)ぼくたちは話をした。
 アリスというその少女も、ぼくとおなじような道をたどってきていた。
『やっともう、誰かのイノチを奪ってしまって生き残るなんてことなくなって。
 痛い思いや苦しい思いいっぱいして、やっといやなこと全部なくなると思ったのにあれでしょ。もうあんたのこと絞め殺そうかと思った』
「ごめん。うかつだったよ」
『……
 もうっ! そんなに素直に謝られるとチカラぬけるじゃない。
 さっさと行こっ。お互い変な気起こしちゃう前に』
「そうだね。それがいい。
 死ななくちゃね。今度こそ」
 そのためには、ハンパな場所で倒れるわけにはいかない。
 そんなことしたらまた誰かを“食って”しまう。
 ぼくたちは、身体の調子を慎重に見ながら、北へ、北へと向かった。

 森を抜け、野を越え、山に入った。
 幸い、この地は北の果てに比較的近い場所だ。
 この山をこえれば、輝ける神の禁足地だ。
 禁足地へ。禁足地までいけば、余人を巻き込むことはない。
 領域を汚された神様はぼくたちを殺す。けど、他の人はいないし、もちろん神様なんか“食える”わけもないから、ぼくたちは死ぬことができる。
 それだけを念じて、深い深い山の中、ぼくたちはひたすらに歩を進めた――


       

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Neetsha