Neetel Inside ニートノベル
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ぼくが死んでから死にたくなるまで。
Act1. ぼくが事故って相棒を“食って”しまって結婚して先立たれて村を出るまで

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Act1. ぼくが事故って相棒を“食って”しまって結婚して先立たれて村を出るまで


~~崩壊は突然~~

 ぼくは辺境の村で暮らす、何の変哲もない男だった。
 両親ははやくに亡くなったが、おなじ境遇の相棒とともに、親たちのやっていた雑貨屋をついで生計を立てていた。
 暮らしは特別に楽でも苦しくもなく、ときどきのお祭りでは盛り上がり、村のマドンナのほほえみにはどきどきし、悲しい出来事には涙を流し、困難においては力を合わせて、ふつうに平穏に生きていた。


 それが崩れたのは、十年ほど前のある日。
 近くの町まで商品を仕入れに行った、帰りのことだった。


 数日前から雨が続いて地面が緩んでいた、それは知っていた。
 しかし季節はずれの長雨のせいで、いい加減在庫も底をついてきていたし――
『いつもの道だから、気をつけてれば大丈夫!』
 そう言いあってぼくとロビン(相棒だ)は馬車を出した。
 空はよく晴れ、ポーラ(愛馬だ)の足取りも軽く、ぼくたちは陽気に歌いながら街道をたどっていった。

 仕入れはなんということもなく終わり、いつもより早めにぼくらは帰路についた。
 しかし――忘れもしない。
 道の左側に、高い崖がそそりたつ場所に差し掛かった、まさにそのとき。

「あぶない!!!」

 崖の上からの落石。この馬車がよけることは無理だ。
 ぼくはとっさにポーラのくびきを外しつつ、隣に座っていたロビンを突き飛ばした。


 目を開けると、目の前にあこがれのマドンナの顔があった。
「あ! 気がついたのねクレフ。
 よかった。あなたまで失ったらわたし……」
 ふわり、甘い髪の香り。彼女がぼくに抱きついてきた。
 そのときずきんと腕に響いて――
「あ痛っ」
「ご、ごめんなさい」
 思わず悲鳴を上げると彼女、リアナは頬を赤らめてぱっとぼくから離れた(うう、何秒かガマンすればよかったかも)。
 ぼくは照れかくしに口走った。
「え、ええとその……こ、ここは?」
「え、ええ……。
 ここはあなたたちのうちよ。
 ……いえ……今は……」
 するとリアナは一転うつむいて口ごもる。
 ぼくは痛みも忘れ飛び起きた。
「ロビン、ロビンは?!」


「どうして………」
 遺体は、びっくりするほど綺麗だった。
 お医者様によれば、死因はおそらく、頭を強く打ったことによるショック死。
 でも――
「どうして?!」
 ぼくには信じられなかった。
 ぼくはあちこちの骨を折って重傷。ロビンは一見、ほとんど無傷と言っていい状態。
 普通に考えれば、死んでいるのはぼくのはずだ。
「きっとロビンが守ってくれたんだよ」
「そうだよ。ロビンはリアナの気持ちを知っていたんだね」
 みんなは暖かい手で肩を叩いて、そういってくれたが、ぼくはその手をふりほどくようにしてお医者様のうちを飛び出していた。


 違う。違うんだ。
 ぼくがロビンを守ろうとしたんだ。そのはずなんだ。
 ロビンのポケットには、いままでこつこつためたお金で買った指輪が入っていた。
 今朝も、今日こそリアナにプロポーズするんだって笑ってた。
 リアナのことは、確かにぼくも好きだ。けれど、ロビンが相手じゃかなわない。
 昔からなにやってもロビンの方が上手だし、背だってロビンの方が高いし、顔だって正直かっこいい。お祭りで女の子たちに“踊って”と囲まれるのはいつもロビンだった。
 村一番の美人で、優しくてかわいいリアナには、ロビンの方がずっとお似合いだ。
 だからぼくはあのときロビンを突き飛ばした。そうすればぼくが彼のかわりに落石の下敷きになる、そのことは承知の上で。
 だってぼくはリアナに幸せになってほしかったから。
 ロビンに彼女を幸せにしてあげてほしかったから――


「なのになんでぼくが生きてるの?! おかしいよ、こんなの絶対おかしいよ!!!」
 たまらなくてぼくは、自分の部屋に駆け込んだ。
 うちの裏手の玄関から入って階段を駆け上がり、寝室のドアをばたんとしめ、それでも気持ちは治まらない。そのままカベに頭を打ち付けた。
『いてっ!』


     

~~相棒とマドンナ~~

 そのときどこからか声がした。
 それはなぜかロビンの声に聞こえた。ああ、ついにぼくは頭がおかしくなっちゃったのか。そうだ、こんなのヘンだもの。頭がおかしいんじゃなくちゃおかしい。
『おい落ち着けクレフ。俺もわけわかんないけど、とにかくお前が生きている、そのことは事実なんだから』
 ロビンの声が聞こえた。今度ははっきりと。しかもなんだかふつうにしゃべってる。
 ああ、人間の妄想力(?)ってすごいな。死んだヒトの言葉をこんなにはっきり聞けるなんて。でもだったらもういいや、きいてみよっと。
「きみはロビンなの? 一体どこから話してるの? なんでいきてるみたくハナシできるの? て言うか、死んでなかったの?」
『一個ずつきけ一個ずつ!!!』
 ぼくが四ついっぺんに質問すると、ロビンの声はぷちキレた。その様子はまさしくロビンだ。
「えっと……
 ひとつめはもうわかったからいいとして(おいなんだよそれとロビンはぶーたれた)、一体どこから話してるの? もしかしてカベ?」
 そう、ぼくがカベに頭をうちつけたとき、ロビンの声が聞こえたのだ。
 ということは、ロビンはカベになってしまったのか。
『いや、それは違うっぽい。なんていうかな、俺からはお前の手とか見えるし、さっきガンってやったアタマとか痛いし……多分だけど、お前のなか、なんだと思う』
「ぼくの、なか……」
 ぼくは壁にかかった鏡の前で大きく口を開けてみた。見えない。
『やると思ったわ。』
 ロビンは苦笑した。うん、これはやっぱりロビンだ。
 なんだか心強くなったぼくはとりあえずベッドに腰掛けて、ロビンとの話を進めることにした。
「うん、じゃあとりあえずどっか“なか”ってことにしといて、次いくね。」
『なんで生きてるみたく話できるのか、そもそも死んでなかったのか、か……。
 それは俺もわかんない。一番考えられるのは、死んでユウレイになって、お前に取り付いてるってトコかな』
「……ロビン。
 ぼくのこと、恨んでるの?」
『………………いや。
 今いっしょけんめ考えてみたけど、恨まなくちゃいけないコトないわ。
 お前みたいなおひとよし、恨み方わかんないし。
 ……自分は死んでもいいからなんて、恋敵のことたすけようとするなんてさ。
 いまお前の中にいるからわかる。お前マジに俺とリアナのこと応援しようとしてくれてた。俺を消せば、なんてことは微塵も考えてなんかいなかった』
「……うん」
『思えばあのとき、なんか奇妙な感覚がしたんだよな。
 お前に突き飛ばされて道端にとっこんでさ。そのときなんかショックとともにお前の方に引っ張られたような、そんな気がする』
 わからない。これはまったくわけわからない。
『まあ……。それはそのうち賢者様に聞いてみるか』
「そうだね。それじゃとりあえず、……」
 そのとき、窓の外から声がしてきた。
「リアナ、リアナ! しっかりおし!! ちょっと誰か、手伝っておくれ、リアナが!!」
 窓を開けるとすぐ真下、玄関先のポーチに、リアナのおばさんと、おばさんに抱き起こされてぐったりしているリアナの姿が見えた。
 リアナはぼくを気遣って追っかけてきてくれたのだ。それを悟ったぼくは、痛みも忘れてリアナをお医者様のうちへ運んだ。

 リアナはしばらくして意識を取り戻し、そのままうちへ帰っていった。
 しかしその晩、ぼくが彼女のご両親から聞かされたのは、こんな言葉だった。

「あの子は実は、もう長くないんだ。
 うまれつき、長くは生きられない身体で。おそらくもってあと数年。
 しかしだからこそ、残った日々はせめて愛するひとのそばで、しあわせに過ごさせてやりたいのだ。
 クレフ君。君を男と見込んで頼みがある。
 リアナを幸せにしてやってくれないか」
 真剣なお持ちでおじさんが言う。
 いつも陽気なおばさんも真剣そのものだ。
「ほんの数年間だけ、なんて酷なハナシだけれど……
 ほかにもう、あの子を託せるひとはいないんだよ。
 あの子はね、あんたとロビンを大好きだった。この村で一番こころがきれいなのはあんたたちふたりだって、よくいってたものだ。
 でもあの子は自分の体のことを知っていた。もし結婚なんかしようとすれば、ほんの短い間しかそばにいられずに、悲しい想いをさせるだけと、どちらにも恋をしないよう、キモチを閉じ込めていたんだよ。
 それを知ったロビンは、ならば自分からプロポーズをして、押し切ってでも結婚して、しばらくの間だけでもあの子を幸せにしてやろうとしてくれた。
 でもロビンは、神様に召されてしまった。
 クレフ。あたしからも頼むよ。リアナを、あんたの花嫁にしてあげて。一生のお願いだ」
 驚くぼくの口から飛び出した言葉は。
『はい!
 俺がかならずリアナを、幸せな花嫁にします!!』
 だった。


「どうして?!」
 気がつくとぼくは、ひとりうちの寝室に立っていた。
 記憶は微妙におぼろげだ。
 ぼくはご両親に思いっきり抱きつかれてありがとうと何度も言われていた。
 それからとりあえず時間も遅いし、明日、ロビンの指輪をとってきてプロポーズする、という段取りがばたばた決定し、で、うちにもどってきたというわけで。
「ぼく、なんで……」
 いや、それは確かに、ぼくもそういうことならそうしようとは思った。でもそれは、ご両親に抱きしめられながらのことで、つまりぼくは、自分で返事しようとする前に返事してしまっていたということで。
『ごめんクレフ。反射的に言っちまった』
「ロビンなの?!」
『だって俺、こんなんなっちまって、まさかリアナと結婚できるなんて思ってなかったし。だってのにこれだろ。ホントに瞬間反射でさ』
「……ロビンらしいや」
 ぼくはというと、なんだか笑いがこみ上げてきた。
「そうだ、こういうのどうだろう。
 今みたくしてさ。ロビンがリアナと結婚するんだよ。
 ぼくは、ぼくじゃなくてロビンが動かしてさ、まあ最低限ぼくっぽくしたりはしてさ。
 まあちょっとおかしくても頭打ったからってことにしとけば。」
『お前ときどきえっらい策士だな……
 でもいいのか? お前だってリアナをすきなんだろ。だってのに、自分の身体つかって他の男が……』
「いいんだよ。
 多分きみのことは、ぼくがミスって死なせてしまったんだ。死ぬはずのぼくのかわりにさ。
 それに、あしたリアナに渡す指輪は、きみががんばって買ったものだ。ぼくが横取りするなんてできないよ」
『クレフ……!』
 ぼくの両手が、いや、実質ロビンの両手が、ぎゅっとぼくを抱きしめた。
「ありがとう。一生恩に着る。今度生まれ変わったら、絶対絶対恩返しするからな」


 そうして、その翌日。
 ロビンはリアナにプロポーズした。
 リアナは可憐に頬を染めて、はい、とうなずいてくれた。


     

~~式の日~~

 それからは怒涛のようだった。
 まずはロビンのお葬式。
(ロビンが“生きている”ことを知っているぼくと、とうの本人であるロビンにとっては、なんだか微妙な感じだったけど……)
 喪が明けるのももどかしく、婚礼衣裳の仕立て、結婚パーティーの段取り。
 新居はリアナのうちになるのでいいんだけれど、このさいだからってんでカーテンなんかを新調したりして。
 もっともリアナの身体のこともあるし、ぼくもまだ包帯男だったので、実際ほとんどはリアナのご両親(というか、おばさん)がやってくれたんだけど。
 お医者様には驚かれた。
「こんなに回復の早い患者はみたことがない。愛の力と若さですかな。いやはやうらやましいかぎりですなあはっはっは☆」
 ……と冷やかされ。
 村の男たちにはめちゃくちゃうらやましがられ、しかし事情を知るや否やほとんど全員が『俺は今日からお前の親友だからなっ』『困ったときはまかせとけ!』と熱く握手してきたりして。
 女性陣はなぜかぼくを見る目がものすごく変わり(まるでぼくがロビンになったみたいに…いやホントに、なかみはロビンなんだけど)。

 そしてリアナはというと、なにかとぼくの面倒を見てくれた。
 彼女はほんとうに細やかで優しくて……
 こんなヒトと結婚できるなんて、ロビン、ホントによかったなあとぼくも心から感動し。
 ぼくの好みの熱さと甘さのホットミルクをいれてもらったときには、思わずロビンじゃなくてぼくが『ありがとう』て言っちゃったりもして。


 ――そして、季節が変わる直前。
 純白の花嫁衣裳も縫いあがり、ぼくのケガもぶじに治って。
“ぼくたち”の結婚式は執り行われた。


 婚礼の衣装を着て、花を飾って礼拝堂へ。
 満場の祝福のなか、ふたりは祭壇へ歩く。
 神父様がふたりに、永遠の誓いを立てさせて。
 ロビンがリアナに、リアナがロビンに、結婚指輪をはめる。
「それではここに、愛の誓いの口付けを!」
 ロビンが、リアナのヴェールをあげた。
 ああ、まるで天使みたいだ。
 すぐ目の前で微笑むリアナは綺麗で、ほんとうに綺麗で、ぼくの心臓は跳ね上がった。
 しかし。
 そっと優しくかさなる感触、その一瞬あと、なにかがするっと抜け出した。
 同時に腕の中ずるずると、きゃしゃな身体がくずおれる。
「え……リアナ?!」
 腕の中、リアナはぼくたちを見上げて笑った。
 そしてしずかにささやいて……
 永遠に、目を閉じた。


 いまやぼくのお義母さんとなったおばさんは、ごめんよ、まさかこんなことになってしまうなんて、ほんとうにごめんよと泣きながら謝ってくれた。
 そしてお義父さんは、リアナはきみのおかげでとても幸せだった、その恩返しをさせておくれ、私たちを本当の親と思ってなんでも頼っておくれとぼくをだきしめてくれた。
 ぼくはただぼうぜんとしていた。
 最後の瞬間リアナはこう言ったのだ。
「あなたたちふたりと結婚できて、わたしすごく幸せよ。だから神様にお願いしてくるわ。
 あなたのこれからを幸せにしてくださいって。
 短い間しかそばにいられなくてごめんね。ありがとう、クレフ」
 そうしてロビンもこういったのだ。
『ごめんクレフ、どうやら俺にもお迎えがきたみたいだ。
 きっとリアナとこうして結婚できたからだな。お前のおかげだよ。ありがとう相棒。
 生まれ変わったら絶対絶対絶対に、百倍恩返しするからな!』
 そうしてふたりの魂は一緒に、天に昇っていったのだ。

 死んだはずのぼくだけがここに残り、愛した人も相棒も、ともに天に召されてしまった。
 つまりぼくはひとり、とりのこされてしまったというわけで……
 とりあえず、店の仕事に戻った。けどぼくはまったく上の空で。
 みかねたお義父さんとお義母さんが、ぼくに言ってくれた。
 しばらく旅行にでもいってきたらどうだろう、綺麗な景色をみておいしいものを食べれば、きっと心の傷もいえるよと。
 その間、店と家とポーラ(あのあと自力で村に帰ってきた。幸い大して怪我もなかった)はちゃんと守っておくから、何も心配せずに行っておいでと。

 ちょっと迷ったが、確かにこのままこうしていてもしかたなさそうなので、ぼくはその言葉に甘えることにした。
 とりあえず(いろいろ取り紛れて忘れてたけど……)昔お世話になった賢者様の庵を訪ねてみよう。そうすれば何かわかるかもしれない。
 ぼくは荷物、といってもたいしたものはないけれどとにかく着替えとかお弁当とか、そんなものをまとめて村を出ることにした。

 旅立ちの日。
 村の人たちは総出でぼくを見送ってくれた。
 それどころか「これカンパだよ。いい旅を」と小さな袋も手渡してくれた。
 胸がいっぱいになったぼくは、お礼を言って握手して、抱き合って手を振って、何度も何度も振り返って、優しいひとたちばかりの故郷を後にしたのだった。


       

表紙

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Neetsha