Neetel Inside ニートノベル
表紙

ぼくが死んでから死にたくなるまで。
Act2. 森と洞窟で“食って”しまって子供が一気にたくさんできて故郷の村に帰って

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Act2. 森と洞窟で“食って”しまって子供が一気にたくさんできて故郷の村に帰って


~~子供の襲撃~~

 それは森に入ったときだった。
 もっと正確に言えば、お弁当を食べようと切り株に腰を下ろしたときだった。
 いきなり、背中に衝撃を感じた。
 続いてなにか小さく暖かいものが、ぼくにのしかかってくる。
「げほっげほっげほげほ!! げほげほごほ、ごほっ」
 それはグレーのハンチング帽をかぶった小さな少年だった。
 ぼくの肩からずり落ちて、草の上に転げ、ものすごい勢いで咳き込んでいる。
「ちょ、ちょっときみ?!」
 ただ事ではない。そう思ってぼくはその子を抱き起こした。いや、抱き起こそうと手を触れた。
 その瞬間するりとなにかが抜け出す感触。
“同じだ……”
 この腕の中でリアナが、ぼくたちの花嫁が天に召されたとき、感じたのと同じ感触。
“……いや違う!”
 違う、あの時とは明らかに違う。
 なぜって、あのときはその“感触”は、そのまんま半透明のリアナになって天に昇ってしまったけれど、今度のそれは、そのままぼくの腕を伝ってこの身体に入りこんできたのだから。
『え……
 うわっなにこれ?! おいらがたおれてる?! うそっちょっとどういうこと?!』
 そして、頭の中に甲高い声が響く。
 なんだこれ。なんなんだこれは。
 まさかこれは……
「ポ、ポリン!! そんな!!」
 そのときうしろから、草むらをかきわけるがさがさ、という音とともに、聞き覚えのない若者の声がした。
 同時にぐい、と襟首をつかまれる。
「おいてめえ! いまこの子に何をした?!」
 ほとんど持ち上げんばかりの勢いでぼくは、彼の方を向かされた。
 その人は、怒っていた。めちゃくちゃ怒っていた。怖い、これは殴られる!
『うわあああ! なにするのあんちゃん、やめてよ!!』
 そのときぼくの口から悲鳴が飛び出した。
「……… え??」

 ぼくの口から、かってに言葉が流れ出す。
『おいら、ちょっとここを歩いてて…そうしたらセキがでて。
 気がついたら目のまえにおいらが倒れてたんだ』
「ポリン……なのか?」
『そうだよ!
 ねえあんちゃん、おいらどうなっちゃったの? おいらは倒れてるし、なんかいきなり背が伸びたみたいだし。
 それに苦しいのはなくなったけど、変な声になっちゃったし……』
「変な声って……」
 まあ確かにぼくの声はかっこよくはない。でもそれはちょっと心外だ。
「?!」
“あんちゃん”が驚いた顔になる。
「おい、いましゃべったお前!! 名前はなんだ」
「クレフです……けど……」
 ぼくが名乗ると“あんちゃん”は拍子抜けしたような顔になる。
 そしていきなり言う。
「“海”」
「??」
『“牛”』
「今朝のメニューは?」
『スープとパン。スープはなんと卵いり!』
「あ、えっと、目玉焼きとパンと牛乳です」
「………演技じゃないみたいだな」
 見覚えのない若者は、ようやく警戒を緩めてくれたようだ。ぼくのなかでポリンと呼ばれた子がほっと息をつく。
「とりあえず、ポリンの身体を運ぼう。
 詳しいことはうちで話す。悪いが旅の人、あんたもついてきてくれ」

     

~~ぼくの正体、ポリンの正体~~

 ポリンちゃんというその子(というか、その身体)は、残念ながらすでにこときれていた。
 ぼくたちは彼の身体をとりあえず、彼らの家に運んでいった。
 小さな小屋に近づくと三人の子供たちが歓声を上げて飛び出してきた、が、ポリンちゃんのなきがらをみると一気に凍りついた。
「うそ…ポリン!!」
「けさまであんなゲンキだったのに……」
「いやだよ!! 目を開けてよ!!」
『まって、まってよみんな!!
 おいら死んでないよ。よくわかんないけど、おいらはここにいるよ!!!』
 ぼくのなかからポリンちゃんが叫びだし、再びぼくは驚愕のまなざしで見られることになった。

 助かったことに――
 事情はポリンちゃんと“あんちゃん”が話してくれた。
 さすがは子供たちというべきか、いまやポリンちゃんの魂がぼくに宿ってしまっているらしいということを、不思議がりながらもさっくりと了解してくれた。
 そしてハナシがそこまで片付くと、“あんちゃん”はぼくに改めて謝ってくれた。
「さっきはすまなかった、旅の人。人間、ただ触れただけで殺せるわけがないのにな。
 そもそもポリンは病気だったし。栄養状態だって生活環境だって、決していいとはいえない……今のは、たんに悪い偶然だったんだろう」
「あの………
 いえ、それやっぱりきっと、ぼくのせいです!」
 こんなことを言ったら、みんな怒るかもしれない。
『やっぱりお前がポリンちゃんを殺したのか』と。
 そうは思ったけど、しらばっくれるなんてやっぱりできない。
 ぼくはかれらに今までのことを打ち明けた。

「少し前の、街道の落石事故で……
 ぼくは相棒を亡くしました。
 ぼくが死なせてしまったんです。
 岩の下敷きになって死にかけたとき、ぼくはとっさに、相棒の生命と魂をすいとってしまった……みたいなんです。
 相棒はしばらくぼくの中にいて……ぼくの身体を使って、好きだった女の子と結婚して……彼女はもともと長くは生きれない身体で、結婚式の当日に亡くなってしまったんだけど、彼女と一緒に天に昇っていったんです」
 すると“あんちゃん”は大きく目をむいて、それから何回か深呼吸して、言った。
「昔、聞いたことがある。
 他者の生命と魂を食らい、我が物とする能力のもちぬし――『ソウルイーター』」
 その、不吉な響きにぼくはぞっとした。
 もちろんぼくのなかのポリンちゃんも。
 周りの子供たちも息を呑んだ。
「しかし彼らは、戦乱の終わった後はそのチカラを疎まれ、この国を追われたはずだ。
 北の果て、“輝ける神”の棲む禁足地にゆけ、と命じられて……
 禁足地を汚せば神に殺される。地上の誰も、輝ける神にはかなわない。事実上の死刑宣告だ。
 それでもかれらは、国内の友人たちや、ゆかりの者たちを守るため、この地を去らざるをえなかった。
『ソウルイーター』とはいっても、むやみやたらに人を食らったりはしない。あくまで、自分や相手の生命が危険にさらされたときだけだ。それなのに……」
「……かわいそう」
 だれかがぽつりと言った。
「ソウルイーターは、この国のために戦ったんだよね?
 なのに、戦争が終わったら追い出されちゃうなんて……」
「ひどいや」と足踏みをする子。「かわいそう」とすすり泣く子。
「あんたはたぶん、知らずにその血を引いていたんだろう。
 それで偶然、ポリンが発作を起こしたところに来合わせた。
 そして、そのまま、ポリンを吸い取ってしまったんだな……
 くそ、俺がもっとしっかりしていたら!」
“あんちゃん”はそんななか、テーブルを叩いて声を詰まらせた。

「俺がもっとがんばっていたら。あと少しで薬も買えたのに。
 薬があれば治る病気だったんだ。それなのに……」
「あの!!」
 うつむいて顔は見えないけど、こちらまで胸をかきむしられるような声、震える肩。ぼくはいたたまれなくなって言っていた。
「この身体、あげますっ。
 ぼくは、一度死んでいるんです。もう、ないはずの生命なんです。
 だから……」
“あんちゃん”が顔を上げる。
 ぽかんと口を開け、ぼくを見る。
「あのっ、ちょっと大きくなっちゃったけど……あんまり力とかも強くないけど、ええと、とりあえず、体力はちょっとありますから!」
 するとポリンちゃんが声を弾ませる。
『いいの、おにいちゃん?!
 やった、これでやっとおいらもあんちゃんを手伝えるよ! いいよねあんちゃ』
「いいわけないだろ!」
 しかし“あんちゃん”は立ち上がり、今一度テーブルを叩いた。
「ポリン。お前は……

 お前は女の子なんだぞ!!!」

 ぼくは驚いた。てっきり、ポリンちゃんは男の子だと思っていたのだ。
 口には出してないけれど、失礼なことしちゃったな……
 しかしぼくが反省している間に、ハナシは先に進んでいた。
「いいかポリン、俺のしていることはな、強盗なんだぞ。
 危ないし、いいことなんかじゃけしてない。
 それに、お前には帰れるうちがあったろう。
 病気さえ治ればもとのうちに帰れて、勉強もして恋もして。そしてもう何年かたったら」
『あんちゃん。』
 するとポリンちゃんの声が、暗く鋭く響いた。
『ボクはあんなとこには帰らないよ。
 女は嫁に行くだけだから生まれないほうがよかったなんていってたウチだ。そしてボクが病気になったら、薬代惜しさにボクを捨てたうちだ。帰らないよ。帰りたいもんか。
 ボクのうちはここだけだし、ボクの親はあんちゃんだけだ』
「親、……か……。
 わかった。手伝ってくれ」
 そのとき“あんちゃん”は、とても見覚えのある表情で、ため息をついた。
 そして、ぼくに向き直った。
「旅の人。クレフ、て言ったな。
 俺はソルティだ。これからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします、ええと……」
「ああ。
 お前は“ソルティ”と呼んでくれ。
 カオと話し方でわかるっちゃわかるけど、やっぱり紛らわしいからな」
「はい、わかりました」
 そして、ソルティさんに手を取られるようにして、ぼくたちは握手した。

 この直後教えてもらったのだけれど、子供たちのひとりは二重人格なので“あんちゃん”“アニキ”と呼び分けることで、区別しているという。
 つまりぼくもそれと同じようにして、ぼくがしゃべっているのか、ポリンちゃんがしゃべっているのかをはっきりさせとこうということらしい。
 もっとも、ぼくたちの話し方はどこも似ていなかったので、意味がないといえば意味がないのかも知れなかったけれど。
(ちなみに……“ちゃん”付けは、最初にやったときポリン本人に“やめろ”といわれたのでやめた。さすがにソルティさんを呼び捨ては無理だったけど)

     

~~手に入れたもの、失ったもの~~

 こうしてぼく(たち)は、森の義賊の助手になった。
 ――悪徳商人と、金持ちからしか奪わない。
 ――半額以上は奪わない。そしてけして、殺さない。
 ぼく(たち)はそのことを、毎回毎回、徹底的に言われた。
 もっともぼくは、目の前で戦いがあるという時点でびびってしまって、ポリンに呆れられていたのだけれど。
 そのせいか正面に立つのはいつもソルティさんで、ぼく=ポリンは仕掛けの網を上げたり煙幕を炊いたり、弓矢を打ったりと後方支援専門だった。
 ワナや仕掛けはポリンが得意であるらしく、ぼくはポリンにいろいろと教えてもらった。
 弓矢もたぶん、ポリンがもともと持っていた才能だったのだろう。しかしソルティさんは、それはお前の才能だ、と言ってくれた。
「ポリンに弓を教えたのは俺なんだ。だからわかる。
 彼女とお前は弓の引き方も、矢を放つタイミングも微妙に違うんだ。
 ――これだけの腕があるんなら、いけるかも知れないな」

 そしてソルティさんはぼくたちみんなをテーブルに集めると、古びた地図を広げた。
 真ん中より少しずれた場所にあるバツ印を指差し、言う。
「これはこのあたりの地図だ。
 この、ペケの打ってある場所。ここにはかつて、このあたりを根城にした古代の武将の墓所がある。
 これまでは、戦えるのが俺ひとりだったから入れなかったが、クレフがいる今ならなんとかなる。
 ここで宝を手に入れられれば。この暮らしもずっと楽になるはずだ」
「いやったあ!」
 テーブルは沸き立った。
「みんな、お宝ゲットしたらまず何食べる?」ソルティさんの問いに対して……
『オムレツ! 大きいの!!』卵大好きのポリンが即答。
「おれ焼肉おなかいっぱい食べたーい!」アンディは目を輝かせて立ち上がる。
「あたしはケーキ食べてみたいなぁ♪」ほっぺたに手を当ててうっとりのメアリィ。
「えっと、えっと、“スズキのパイ包み”っ!!」咳き込まんばかりにウォルターが叫ぶ。
 そうだ、ぼくもむかし一度だけ食べた、町のお店の――“ヴァネッサ”のシチューが食べたいなぁ。
『クレフにいちゃんは“ヴァネッサ”のシチューだって! キマリだね☆』
 なんて考えるとポリンが親指立てて暴露して。
「なんだお前、あれ食べたことあんのか! 俺もあれ食べたかったんだよ。
 よし、それじゃみんなであの店行って、食べたいもん全部食べようぜ!!」
「さんせーい!!!」


 その日は準備と休息にあてて。
 その翌朝早く、ソルティさんとぼく、ぼくのなかのポリンは出発した。
 たいまつと、大きな袋とお弁当、山刀と弓矢を持って、厚手の服と頭巾も身につけて。
 お宝は無事見つかった。
 いくつかの武具、宝飾品、金貨と宝石。
 大きな袋に入れられるだけ入れて、ぼくたちは帰ることにした。
 そのとき。
 低く、弦のうなる音がした。
「あぶないっ!!」
 ワナが発動したのだ。
 ソルティさんがとっさにぼくを突き倒す。
 たいまつが転がった。お宝がぶちまけられる。
 反響音が消えていく……
 けれど、ソルティさんは、ぼくの上にふせたまま動かない。
『あんちゃん! ま、まさかっ』
 ポリンの声が震える、ぼくもぞっとした。まさか。
「す、すまん……その、まさか、だ」
 ソルティさんの声は苦痛に満ちていた。
『そんな、あんちゃん! しんじゃだめっ!!
 あんちゃんが、あんちゃんがいなくなったら、ボク……』
 ポリンは泣きながらソルティさんを抱きしめた。
 あの日、目を開けたぼくを、リアナが抱きしめたときのように。
 あのとき、目を閉じたリアナを、ぼくが抱きしめたように。
「ポリン……」
 ソルティさんの声が震える。そしてソルティさんも、ポリンを抱きしめようとする。
 そうだ、みんなに聞いたっけ。ソルティさんは、ポリンを好きなんだ。
 そのときぼくは感じた。
 ソルティさんの身体から、生命と魂が、するり抜け出し、ぼくのなかに入ってくるのを。
 そしてぼくのなかで、ふたりの魂がしっかりと抱き合うのを。


 ソルティさんは、遺体なんかほっといていいと言ったけど、ポリンは断固反対してお宝の袋ごとおんぶした。
 そうしてぼく(たち)は、よろよろと隠れ家へと戻った。
 ソルティさんの変わり果てた姿に、みんなの顔が凍りつく。
「うそ……」
「そんなあ、あんちゃん!!」
「お宝なんかいらないよー! あんちゃん、帰ってきて!!」
『ほいよ。帰ってきたぜ』
 そのときぼくのなかからソルティさんが言って、みんなの頭をぽんぽんと叩いた。
「え………?!」
『いやあの墓、ヘンなとこにワナありやがってさ。
 俺うっかりやられちまったんだが、クレフがいてくれたんで“助かった”んだ』
「………………………」
 みんながぼうぜんとぼく(というかソルティさん)を見上げる。
「うー……ん……」
「クレフにいちゃんが、…あんちゃんになったの?」
「なんかちょっとたよりないなあ」
「うぐっ」
『いいんだって。
 そーなっちまったもんは仕方ないだろ。それに俺にとっちゃ好都合だ。

 ここんとこさすがに人相が知れてきちまってて、町に行くのもヤバくなってきてたろ。
 そこへ、新しいカオが手に入った。
 ちょっととはいえお宝もあるし、これで堂々新しい暮らしができるってもんだ。
 近くの町か村に行って、家を買おうぜ。そこでみんなで暮らそう。
 俺もいい加減マトモに働いて、お前たちに日の当たる人生を歩ませてやるよ。
 新しい服買って、毎日ちゃんとしたメシ食べて。学校にだって行ける。
 勉強して、友達作って、町で遊んだり買い食いしたり、やりたかったこといろいろやれるんだ』
「あ、あの」
 ぼくは手を挙げた。
「それだったら、ぼくのうちに来ませんか?」
「え」
 すると、にわかには信じられない展開だったのだろう、子供たちは顔を見合わせた。
 ソルティさんがぼくのココロを覗き込んだ、感じがした。
『施し、てワケじゃないみたいだな』
「はい。
 短い間だけど、こうして一緒に暮らして……みんな、ぼくの家族だって今は思ってるし……
 ソルティさんのことも、責任、感じますから」
『俺のことはいいってのに。
 お前のカオと身体使わせてもらえるってだけで俺にとっちゃ充分なんだぜ?
 ポリンともこうして一緒になれたしさ』
『あんちゃんってば☆』
 まわりでみんながひゅーひゅーする。これはちょっぴし恥ずかしいかも……
『あ、人前じゃこんな会話しないから安心してくれな♪』
「助かります……」

     

~~ちょっとの、別れ~~

 かくしてぼくたちは(公約どおり、あのお店で宴会してから)一緒に村に、ぼくのうちに帰った。
 みんなのことは、旅先でお世話になった方から頼まれた子供たち、ということにした。
 お義父さん、お義母さんは喜んでくれた。
 それは、臨時収入(お宝の半分を、預けられた養育費ということで持っていったのだ)のためではなく、なかばあきらめていた“孫”ができたためらしかった。
 子供たちもそのキモチを感じ取ったのだろう、すぐに“おじいちゃん”“おばあちゃん”となつくようになった。
 そして、がんばった。
 年長のアンディはお義父さんの、メアリィはお義母さんの手伝いを率先して行った。
 幼いウォルターは、まだ簡単なことしかできなかったけどやる気は人一倍で、ちょこまかと可愛い店のマスコットとして人気者になった。
 もちろんぼくもみんなに負けないように、一生懸命働いた。

 まもなくウォルターは、優しい老夫婦に気に入られ、養子として引き取られた。
 それから何年かして、アンディとメアリィは結婚した。
 これを機に、お義父さんとお義母さんは雑貨屋を引退。店はアンディ・メアリィの若夫婦が切り盛りするようになった。
 すぐふたりには子供が生まれ……
 ウォルターもおないどしの少女と結婚を決めた。

 その報告があった夜。
 ぼくの部屋にもどってから、ソルティさんは言った。
『あいつらはもう、大丈夫だな。
 これで心置きなく天国にいける』


「えっ?!」
 突然のことだったのでぼくはおどろいて聞き返した。
 なぜって、ソルティさんはこの暮らしを大いに楽しんでいたのだ。
 この村のワインを大いに気に入って、今日だってそれはおいしそうに飲んでいた。
 お酒を飲んだときは“お酒でひとがかわった”ってことにして、ぼくと交代しては村の仲間と盛り上がって、食べ物もほんとにおいしそうにたくさん食べるし。
「で、でも、……
 まだワイン飲んだり、おいしいもの食べたりとか……しないでいいの?!」
 このごろはときどき、ポリンが作った料理を幸せそうに食べたりもしてるのに。
(はたから見れば、ぼくがひとりで料理作って食べてるだけなんだけど……。)
『俺はこれで満足だよ。
 世の中まだまだあいつらみたいな子供がいるのはわかってる。だってのに、身勝手かもしれないとは思うけど……。
 ポリンとも、こうして一緒になれたしな』
『ボクもいっしょに行くつもりだよ。
 ソルと離れるなんて、もうゼッタイ考えられないし』
 ぼくのなか、よりそってそういうふたりは、本当に満ち足りた様子で。
『いままでごめんね。長々いすわっちゃって』
「え、いや、そんな……
 それは全然いいよ。もうふたりがいるの、なんか普通になってたし。
 それより、……行っちゃうなんて、なんかすごい急で……」
 確かにここしばらく、ぼくが寝てから、ふたりがなにか話し合っている気配は感じていた。
 でも、起きてみるとふたりの様子は、いつもどおりで。
『すまん、クレフ。
 でも、俺たちはもともと、すでに死んでいる存在だ。お前のなかにこうして居座り続けることは本来、不自然なことなんだ。
 だから、はやくからお前にうちあけることで、未練をつのらせたくはない、そう思ったんだ』
『クレフは優しいから、引き止めるのわかってたしね』
「う………」
『それに……
 このままこうしているとたぶん、クレフにもよくない影響があると思う。
 俺たちはお前に、お前のままでいてほしい。
 お前の人生に押しかけちまった俺たちを、いやな顔ひとつせずに受け入れて、ふつうの家族としてのしあわせを取り戻させてくれた、優しいお前のままでいてほしいんだ』
『あたらしい幸せも……できれば、みつけてほしいしね』
 ぼくはしばらくなにもいえなかった。
 ふたりの優しさが嬉しくて。
 こんな優しいふたりがいなくなっちゃうのが、すごくさびしくて。

 けれど、この優しさにこたえるには、ぼくはうん、と言わなきゃならない……

 この数年、辛いときだって何度かあった。
 でも、ふたりがぼくを支えてくれた。
 一度、大きな病気をしたときも、ふたりのぶんの生命のちからがぼくを死から守ってくれた。
 ふたりはぼくのしあわせを守ってくれたのだ。
 そしてその幸せを続かせるために、ぼくのもとを去る、そう言っているのだ。
 正直さびしい。さびしいけれど、でも……

 そのときポリンの魂が、ぼくの魂を抱き寄せた。


 翌日、ソルティさんはみんなを集めて、言った。
『みんな。落ち着いて聞いてくれ。
 どうやら俺たちも、天国に行く日が来たみたいだ』
「ええ?!」
「まだ早いよあんちゃん!」
「そうだよ、ぼくたちはこれからなのに……」
『これからだからだよ。
 今のお前たちは、一人前としての人生の、スタート地点に立ってる。
 へたしたら、俺と一緒に森のなかで飢え死んでたかも知れないってのにさ。
 いろいろ困難もあるだろうが、これからは大人として、俺たちにたよらず歩いていくんだ。
 もともと、死んだ俺たちがこうしてお前たちのもとにいるのは、自然なことじゃない。俺たちに頼らせるような真似をすることは、地上の摂理にそむくことなんだよ』
『もちろんみんなのこと、忘れないよ。これからは空から見守ってるから、ね?』
「でも、でも………!」
 そのとき、ポリンがみんなを抱き寄せた。
 そして昨夜ぼくにくれた言葉を、もう一度くりかえした。



『ねえみんな。ボクね、こうなってわかったの。
 死はおわりじゃない。魂はホントにある。
 そして魂のかえっていく、しあわせの国も。

 ボクたちはみんなそこにいくんだ。そしてずっとずっと幸せに暮らすの。
 ずっとずっとずっとだよ? もう別れなくていいの。
 ボクたちはひとあし先にそこへ行って、みんなを待ってる。
 焼肉にケーキにスズキのパイ包み、トマトと牛肉とかぶのシチュー。
 ぜーんぶいっぱい作って待ってるから。

 それ食べるときには、みんなのお土産話を聞きたい。
 だから、いっぱいいろんなことして、楽しい思い出いっぱいつくって、それからまた会おう。ボクも天国で思い出いっぱい作る。お料理ももっとうまくなっとくから。
 ちょっとだけ、別々に暮らそう。そのあとはずっと一緒だよ。そしてキモチはその間も一緒。
 神様のところにいって、みんなのこれからを幸せでいっぱいにしてくださいってお願いしてあげる。だから……』



 アンディとメアリィとウォルターは、まるで子供に戻ったみたいに泣いた。
 ぼくも泣いた。ポリンも、そしてソルティさんも。



 そしてふたりは、夜明けとともに、天にのぼっていった。

       

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Neetsha