Neetel Inside 文芸新都
表紙

35シリングの風船
ウツノミヤ→オオヒラ→ユアサ→ニシダ

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1

 秋も終わり、という頃になると、籾殻を田圃で焼いて処分する。その煙はずうっと、高校の校舎にまでやってきて、教室から外が見えなくなる。酷いときには煙が校内までに入ってきてむせたりする。
 どうも黙っている方が、喉に入り込んだ煙が気になるみたいで、例えば、僕やニシやんみたいなのは常に咳込んでいるけれど、タイペイや、ユアサみたいなうるさいのは、全然。そもそも煙の存在を知っているかも怪しい。
 まあ、それはどうとしても、そういった理由で、この時期の学校はうるさい。とにかくむせないように、みんな喋る。喋る。喋る。そうすると、段々話題が尽きてきて、それでもむせるのは嫌だから、思ってもいないことをいってしまったりする。帰りたいとか、死にたいとか、助けてとか、ゲロンチョとか、セックス~とか、もう高校生のプライドを捨てて、どっかのじゃりん子みたいに、みんなでわめく。でも、そんなしょうもない、単語単位の発言で話が続くわけがない。大体はゲロンチョに対して、ゲロンチョとか、セックス~に対して、して~とかそういう返しをした後、笑って終わり。とにかくその間、喋れていただけで十分だから、それについて、誰か何か文句を言うわけでもない、また、しょうもないことを言って、しょうもない返しをして笑う。しょうもないことを言って、しょうもない返しをして笑う。
 でも、たまに、そういう環境で、もうこれ以上ないってくらいの面白いギャグだったり、アイディアだったり、なにかだったりが生まれることがある。まさにペンテコステ!って感じの。それを言った本人も、適当に言ったことだったけれど、もう調子が乗っちゃって、まるで昔から練ってたことのように、次々ハレルヤなことを言い出す。周りもそんな素晴らしい奇跡に耳を貸さないわけがなくて、だって今までセックスゲロンチョいろはにほへと、位しか話題がなかったもんだから、余計にヒートアップして、それについて議論したり応用したり、早速やってみたり、使ってみたり。とにかくその奇跡に見合った信仰心と方法で、崇拝する。
 具体的に奇跡っていえば、先月は隣のクラスの吉崎をボコろうって奴で、タイペイとかが信徒として、吉崎の結構カッコいい面を思い切りはたいて右耳を聞こえ無くさせて、それで、これは何でだか僕にもわからないんだけど、殴られていた吉崎も信徒になっちゃって、みんな俺を殴ってくれ、っていいながら上半身裸になって、望み通り青あざだらけになって、先生にそのことを聞かれても、僕は愛に目覚めたんです、なんていってタイペイたちをかばったし、先週は、このクラスのみんなでボーリングしようぜ、っていうので、タイペイもユアサも、それどころか僕もニシやんも、巧くだまされて、信仰して、まだ三時限目も終わってないのに、特に仲が良いっていうわけでもない奴と、どっちが先にストライクをとれるだとか、負けた方がおごるだとかして、夜中までみんなで過ごしたし、今日で言えば、それはニシやんに起こった。
 今日になると、もう、二ヶ月くらいこんな状況だから、しょうもないことを言うのに疲れているのと、みんな今年度で卒業だから、これで奇跡の期間はもう訪れないっていうので、みんな、中年の危機みたいな感じになってしまって、なんだか、後々考えればしょうもないだろう、っていうことも信仰し始めていた。ただ、そのぶん信徒は少なかったし、その信徒だって、大抵発言者と仲が良い奴とか、そういうのだ。だから、ニシやんの奇跡の発言っていうのも、本当のところ、結構しょうもなく聞こえるかもしれない。それでもそれを聞いたときは、これだ、って感じがした。僕の日常に足りない何かを埋めてくれるものだって、本当にそう思った。
 奇跡が起きたのは昼休みだった。みんなで飯食って余った時間はとにかく話そうって言う時間だ。僕はニシやんとタイペイと、ユアサと、飯を食って話しをしていた。外は相変わらず煙に覆われていて、見えるのは窓をきぃきぃ引っかく木の枝くらいだった。僕の弁当は、カルビ牛丼弁当。タイペイは博多豚骨ラーメンのカップめん。ユアサはピーナッツコッペパンで、ニシやんはクルミレーズンパンだった。それぞれ、すすったりちぎったりしながら、適当に何か言い合っていた。この後の奇跡に比べりゃなんでもない。書く価値もない。
 いや、だって本当に、それを聞いた瞬間に、世界がスローになった。近くで他の女子たちと飯を食っていた小野さんが、かわいい顔を崩しながら、椅子から転げ落ちて、そのとき一緒に落ちた乳酸菌飲料が顔面にぶっかかったのを、しっかりとこの目で捉えることができた。その騒ぎの所為で、残念ながら、他の人たちはニシやんの奇跡を聞き取れなかったみたいだけれど。
 それで、ニシやんは他のみんなはともかく、僕たちさえ聞き取れてなかったんじゃないか、と焦ったみたいで、机を軽く手でたたいてみんなの注意を引きつけてから、もう一度、紫色の、乾燥して白い皮みたいなのが付いてる唇を動かした。

「みんなで風船爆弾つくれないかな」

ハレルヤ! 僕はもう一度そう思った。

     


2


「風船爆弾は当時一万円と、一円で庶民がひーはーふーはー言ってる頃にしては、超高額だったんだけれど、まあそれは、風船をジェット気流に乗せてアメリカまで飛ばさなきゃいけなかったからなんだよね。ここらから少し離れたところに落とすって程度なら、自動高度保持装置なんて必要ないでしょ。それに現代なら、和紙で作らなくたって、直径10メートルって訳には行かないだろうけど、それなりの大きさの風船は買えるだろうし。風船自体を爆破する必要だって無いだろうから、20メートル近い導火線だって、風船の中に水素を入れる必要だって無い。結構ローコストでできると思うんだよね、まあ第九陸軍技術研究所にはなんだか申しわけない気がするけど」
 こいつの話はむちゃくちゃだった。っていうか、ニシの奴、本を読みかじったくらいで、なんにもわかってねえんじゃねえの。少なくとも俺はそう感じた。
「ニシやんハレルヤだよ、ハレルヤ」ウツノミヤはだいぶ惹かれてるようだけど。
「それで、風船爆弾作って、どうするんだよ。落とすの?この辺りに。バカじゃねえの?」
「バカって言うほど酷くは無いだろ」おいおい、ユアサ、お前も賛成なんかよ。
「んーまあ、いいよタイペイは抜けて、イヤなら」
「そうだよ別に無理してやれ、って言ってるわけじゃないんだぜ」
「いや、イヤとかじゃないんだけど、作れないだろ」
「どうして」
 どうしてって、そりゃあ落とす爆弾を作る道具と、薬品と勇気を持ってる人間はこの中にいないから、って言おうとしたところで、頭がフリーズした。そういや、俺は風船爆弾も爆弾もよく知らない。火薬?って言うのは何となくわかるけど、花火が爆発したところを見たことが無い。っていうか爆発って何だ?炎がボーンってことなんだろうが、どれがどうなって。ああ、火だってどうやって燃えてるかよくわかんねえな。そういう風に考えてる間になんだか面倒臭くなってきた。
 どうして、の答えを引き延ばすために、何かあるという風に外を見た。外は真っ白だった。籾殻焼いた煙なんだろうか、もやもやしていて先が見えない。それが俺たちの、平々凡々の人間の、人生の終わりを表しているようで、なんか嫌だった。
 ユアサ、ウツノミヤ、ニシ、俺はきっと気づいたら死んでるんだぜ、お前等が大人になってから俺を懐かしく思って、久しぶりに飲もうって電話して、初めて知るんだぜ、へえ、タイペイ死んだのか、って。まあ、こんな田舎に生まれて、地元の高校くらいしか進路先が無かったようなのだもんなあ。しょうがない。俺はどうせ、一生の友人に選ばれる性格じゃねえもんなあ。しょうがない。しょうがない。しょうがない?しょうがないのか?  いや、しょうがなくない。
 本当はそれじゃあだめなんだ。今まで、さんざんバカにされた分、それを見返さねえとだめなんだ。でもどうする?今の学力じゃ早稲田とか入れねえだろ?将来起業でもするのか?作家になるとか、芸術家になるのか?それとも俳優?タレント?映画監督?いやいや、無理無理、才能無いなんてわかってるし。じゃあどうする?いつかでかいことやってやるんだろ?でも生きてる間に選択肢はどんどん減ってくぜ?いまだって、いまだって。
 なら
「作るか、風船爆弾、すげえでかいの」
それでこそ俺だ。

 風船風船風船。俺は何だって、風船爆弾なんか。でけえことがなんで風船爆弾なんだよ。焦ったからつい口が滑っちまったってのはわかるけど、なんで焦っちまったんだろう。焦る必要なんかなかったはずだ。大体でけえことっていうのは、もっと将来に起こすべきことなんだ、人生が60年として30歳くらいに。なんで焦ったんだ、なんで。
 一回は納得したことだったけれど、なんだかまずい選択をしたような気がした。周りが静かになっていって、代わりにだんだんと、顔、鎖骨、喉、へそ、陰嚢が気になり始めた。目やにを取りそこねたとか、季節外れの蚊に刺されたとか、煙が喉に入って痛いとか、汗で蒸れているとか。陰嚢は特に酷くて、陰毛が縫い針に変わったような痛さを感じた。これ、やばいぞ。トイレ。うん、トイレに行こう。そこで何とかしよう。博多豚骨が冷めるのはもったいないが、こんな状態ですすっても旨くない。三人に断って席を立つ。
 廊下には耐震補強用の鉄骨がX字に組まれている。強い揺れを受けたときに、こいつがわざと折れることで、建物本体への衝撃を軽減するらしい。このX字の鉄骨もそうなんだけど、高校はここ最近、校舎の改修を始めていた。ついでに、一部のトイレはウォシュレットになったりしてる、俺の向かうのは古い方のトイレだが。
 リフォーム前のトイレは、壁が緑のペンキで、洗面台が三つ、和式洋式の大便器が一つずつ、小便器が七つある。それぞれ、もう年期がはいって黄ばんだり、変なシールが張ってあったり、悪ければひび割れてたりする。鏡もその例外ではなく、俺が手を洗うのに使ったとこのにはコケが生えていた。
 鏡越しに見た俺の顔は相変わらず酷い顔だった。一重で細いこの目が特に悪い。横に出っ張った頬も悪いけれど、この目はどうしても許せなかった。せめてこの目がよかったら、俺はこんなところでバカな選択に悩まず揚々と、春から始まるだろうキャンパスライフに思い馳せていたかもしれない。タイペイなんてあだ名をつけられず、自分に誇りがもてて、タレントにも映画監督にも芸術家にも、作家にも銀行員にも、とにかく偉い奴になれた、国会議員にも漫画家にもオペラ歌手にもビースティーボーイズにも、きっと寺山修司にも。ただ、この顔が、この顔が。
 バンって音で、知らない奴がトイレに入ってきた。白い、細い、不細工、そのくせ髪型だけはワックスで固めてやがった。なんかの小説で出てきたな、こんな奴。そいつの所為で俺は、今まで俺が考えていたことをすべて忘れてしまった。いや、実際の所は覚えていたが、なんだろう、スイッチが切られたように、今まで考えていたあたりが真っ暗になって、つまりは、もうそのことはどうでもよくなってしまった。
 俺は白細不細夫の小便が小便器に当たって出している、じょぼぼぼ、とも、しゃー、ともつかない、中途半端な音を聞きながら、どうでもいい顔のこととは別のことを考えていた。
 風船爆弾か、落とすならどこがいいだろう。

     


3


 タイペイがいなくなったあと、ウツノミヤとニシと俺が残ったわけだけれど、みんな黙っていた。無理に話してもきっと続かないだろう。俺はウツノミヤやニシとは、大して仲がいいわけじゃない。俺はタイペイと飯を食ってるつもりだったし、そもそも、俺はこいつらの存在を認めていない、というのは嘘ぴょん。でも、存在を認めないギリギリ手前にいるのは本当だよ、ニシ、ウツノミヤ。
 まあ、人間たまには間違った道をいってもいいのだ。ウツノミヤとニシはたまにじゃなくて、常に間違っているけどね。細かいこと気にし過ぎて人生の横道にそれちゃうタイプ、きっとオタクなんだろうな。二次元に恋するって奴。吉崎が言ってるから確かだ。吉崎はオタクだけれど、俺は好き、だって細かいこと気にしないし、やっぱり明るい奴だし、何よりバカ、愛すべきバカ。この前タイペイひっぱたかれたとき鼻血ブーブーだしながら、俺叩いて!叩いて!って本当意味分からん。最高。で、奴が言ってた。
「ケテたんは俺の嫁ーって」きもいけど笑える。嫁って、面白いこと思いつくなあ。
 まあ、俺の吉崎好きー。な話はおいといて、えーっとなんだっけ、ああ、間違ってもイインダヨって話で、結局、更正の余地って言うのは誰にでもあるんだよな。無い奴は誰かに殺されてるか、誰か殺して死刑くらってるわけで、有る奴は今も生きてる。ウツノミヤとニシのようにね。
 それで、まあ、こいつらはうざいけど、風船爆弾ってのは更正への道ね。オタクってのは何にもしない。あいつら家でぶひぶひ言いながら手でちんこしごいてるだけだ。でもね、もう自主的に何かやろうって、それもみんなで協力してやろうなんて言うのはもうね、それがなんだろうと、オタク脱却の道だよね。
 俺としては、彼らの更正の道を支えてやりたい気でいる。だってそうでしょ、生まれてきた子馬が、毛を羊水でべっちょりさせた子馬が、ふるふる立ち上がろうとしてる。応援するでしょ。それと同じ。変わりない。
 とまあ、ここまで、どうでも良いこと考えても、まだ一分もたってないんだな、タイペイがトイレいってから。
 タイペイは一体どうしたんだろ。うんこかな、この時間はうんこか。ぶりぶり出してるのかきめえ、後でいじってやろ。
 んで、時間は、うえぇまださっきから十秒も経ってねえよ。メールするか。
 
 to田島里香
 sb

 いまなにしてる?

 田島里香ってのは俺の彼女、ってのは嘘ぴょーん、遊びでつきあってる。俺ってさ、本当の恋愛したことなくて悩んでるんだけど、最初里香に会ったとき、もうビビってきたね。電気。本当の恋愛ってこんな感じかな、マジ最高、って思ったんだけど、なんか違かった。結局デズニーに行った帰りに家に上がり込んで、これ違うぞってときにはもうチンコの精子がコンドームの液だめ膨らませてた。
 結局さあ、本当の恋愛って言うのは、なんなんだろうね。この前駅で、女子中学生泣いてたけど、たぶん失恋、それ見てて、ああ、本当の恋愛ってこれなんだって思った。けど、それくらいしか、データが無いんだよね、本当の恋愛の。だから、難しい、結局喧嘩して別れる。なんか後から陰口叩かれるけど、お互いわかってたことでしょって感じ。もしかしたら儀式的なのかもね、陰口は、女の。
 まあ、話を戻して、結局何をいいたいっていうと別れたい、里香と。だって面倒くさいんだよね、メールとか、デコりすぎ。あと、なんか演じすぎでしょって感じ。俺は許せない。
 え?三人で話す内容はそれにすればいいって?でもそんな話、目の前の二人(ああ、ニシとウツノミヤのことね)に話したって、こいつらシャイでゲイでチェリーだから、嫉妬の的になるだけ。意味ないから話さない。だって、そうだろ、オタクで根暗、しかも体ほせえし。彼女いるわけない。ガキの頃オバハンにレイプされてるとかじゃなきゃ、たぶん童貞。
 ああ、もうタイペイおせえな。何やってんだよ、ってやっと帰ってきたよ。
「なにやってんだよ、うんこ?」
「うんことかいうなよ」うるせーニシ。てめえは黙ってろ。
「うんこじゃねえし」
「じゃあ何だよ、大便?」
「変わんねえじゃん」
 ほら、タイペイくると空気が変わるなあ。おい。ぴりりり、あららメール帰ってきちゃったタイミング悪。

 from田島里香
 sbre:

 ひまー泣
 ねえ
 学校さぼって
 どっか行かない?

 デコレーションメールだった。これ返信めんどいのに、送ってくんなよ。熊しゃべってるとか知らねえし。普通に送れよ。ってか、だいたい、今からさぼるとかばかじゃね。今日五時限で終わりんこでプーじゃん。って返信した。もちろんデコメ解除。テキストで送った。

 それで、風船爆弾の話がどこまで、どう進んだか俺は知らないけど、とりあえず今日小砂虫駅前で待ち合わせってなったらしい。ああそうか、あそこらへん、卸屋多いからな。風船屋で泥棒か。まあいいでしょ、更正の為です。応援呼んだげたる。
 しかし今日は忙しいな。里香とカラオケいって一発やって、それから、先輩呼んで、一緒に小砂虫駅にいって泥ちゃんっと。ああ、里香と一緒に泥ちゃんするか。
 あれ、なんとなく、俺里香のこと気に入ってんのかな。なら本当の恋愛ってやつかも。

     


4

 夢の中で俺は小野さんとおまんこしていた。これをセックスというにはかわいすぎるセックスだった。おまんこって言葉がぴったし。二人丸まって、ライオンの赤ちゃんのじゃれ合いみたいにおまんこした。小野さん背中が暖かくて、俺はそこを触りたいんだけど、なかなか触らせてくれない。そうじゃなくてって小野さんは俺の手をお腹に引っ張って、なでさせる。その手を引っ張る力が強くて、一瞬腕がちぎれそうになった。それで俺はピンときた。これは夢だ。
 目を覚ますとやっぱりさっきのは夢だった。ゴウンゴウン、回転ベッドの回る音が聞こえる。部屋の匂いは卵の匂いだった。たぶん、えっちゃんの手の匂い。アクリル絵の具の臭いだと思うんだけど、でもアクリルの臭いっていったら、なんかえっちゃんに悪い。
 えっちゃんは俺の目の前にいて、っていうより、えっちゃんのおっぱいが目の前にあった。俺はえっちゃんの胸に抱きついて寝てたのか、普通逆だよなあ。女が男の胸に抱きついて、男は女を起こさないように、じっと上をみて哲学ってるもんだよなあ。まあ、いいや。
「ごめん、ねてた?」
「いいよ、寝顔見れたし」
「いや、そうじゃなくて、ホテル代」
 一瞬えっちゃんが、あって顔した。結構な時間寝てたらしい。
「ああ、ごめんね、お金、半分くらいは出せると思うから」
「いいよ、いいから」
 実の所、ここ最近はえっちゃんにずっとお金を出してもらってる。ホテル代食事代映画代普通の宿泊代。画材で結構出費してるだろうに、年上だから、と無理して出してくれる。しかも、俺は免許もってないから、デートの時はえっちゃんの車に乗せてもらってる。もう、えっちゃんに悪い気がしてしょうながい。
 たぶん、えっちゃんは俺にふられないためにお金を出してくれるんだろう。こうやって、俺に悪い気にさせて、いつかおごる日まで、いつかおごる日まで、ってずるずるこの関係引きずって、いつの間にか結婚してるって寸法だ。
 でも、僕は仮にえっちゃんが本当にそう思ってお金を出しているとしても構わない。だって、えっちゃんのこと愛してるから。高校出たらすぐに結婚したって良い。親が許してくれれば。
 この二人、俺とえっちゃんの二人の一番の問題はえっちゃんと俺の年の差だ。干支一周分。うわあ、とか思わないで、好きなんだから。
 えっちゃんはお金を払ってくれるだけにとどまらず、俺に干支一周分の知識を教えてくれる。風船爆弾を知ったのもえっちゃんからだった。日本史Bの授業でじゃあない。だから、俺が今日、昼休みに風船爆弾の話を持ちかけたとき、みんな、結構風船爆弾について知っていた様子でびっくりした。思わずもう一回言ってしまった。風船爆弾だよって。でも思えばみんなは大学に行くんだから知っててあたりまえか。
 とりあえず、えーっと、後二時間で小砂虫駅前だから少し慌てなくちゃ、本当に結構寝たんだ。えっちゃんがシャワー浴び終わったらすぐ帰んなきゃ、俺は浴びないで、気持ちが悪いけど。
 帰りの車で、えっちゃんにごめんなさいして、小砂虫駅前まで乗せてもらうことになった。車のライトがぶわーっと国道を行き交っている。えっちゃんの白いセダンがぎゅっとその中に入りい込むと、車体は一気に闇に包まれて、他の車のようにライトだけになった。
 車のライトや、パチンコ屋のネオンを眺めながら、この国道を走る車の中には、きっと、一人くらい、俺の知り合いが乗っているだろう、ということを考えていた。同級生?同窓生?近所のおじさん?まあ誰にしろ、その人たちは俺がこんなに愛しい人と、春の祭典のCDをかけながらドライブなんて、想像してないんだろうなあ。その人たちにうらやましい、なんて言わせたいわけではないけれど、そう思うとなんだか楽しくなってきた。やった、俺はえっちゃんと付き合っているんだって。
 小砂虫駅まではまだ少し遠い。もう一回眠れるかもしれない。そしたらその夢は、また小野さんとのおまんこだろうか。そしてまた背中には触らしてもらえないのだろうか。

       

表紙

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Neetsha