Neetel Inside 文芸新都
表紙

雀奴―ゴミにもできる簡単な仕事―
02.ショートかロングか浅黒ショタか、それが問題だ

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 木製の古びた扉の向こうに誰かいる。
 宗教の勧誘だろうか。
 ふと、俺に名案が浮かんだ。俗にいう『豆電球がピカッ』ってやつだ。
 若い連中がやってる宗教にわざと参加して、やる気も信心もないが、へいこら働き、横のつながりを増やす。そして友達を作るのだ。
 NHKへようこそ、という小説がそんな展開だったろうか。
 いや、あれはそこまで活動的ではなかったはずだ。
 俺は違う。内部から、俺の勢力を作って、俺の楽園を作るのだ。
 妄想をやめて扉を開けると、金髪の男がいた。
 俺はのこのこ出て行ったことを悔いた。
「よう! 嶋野。変わってないな、おまえ」
「宗教なら、興味ないんで」どうして男を派遣にやるのだ、アホか。
 金髪はにへらっと笑った。目が笑っていない。俺にはわかる。
「そっか、金髪じゃわかんねーか。俺だよ俺、桐原だよ」
「桐原……」記憶を探る。いた。
「そんな知り合いはいないよ」
「ちょ、そろそろ思い出してくれよ。高二んときに同じクラスだったろう? サッカー部で、学年主席の百瀬と付き合ってた、あのキ・リ・ハ・ラ!」
「合格だ」俺の記憶と相違ない。「どうやら本物らしい」
 桐原は口を大きく開けて嘆いた。
「おまえ、こっちでどんな辛い目に遭ったんだ?」


 大学をやめたことを言うと、やっぱりなァ、と桐原は頷いた。
 やっぱり、俺には無理だと、他人には見えていたわけか。気づいていながら、みんな、俺が失敗するのをにやにやしながら見物してたってわけだ。殺す。
「じゃ、今、ニートってわけか」
 その言葉はいま、一番聞きたくない代物だった。
 俺は渋面を作って、精一杯桐原に抗議したが、やつの軽薄な笑みはダイヤモンド製だった。
「何の用だよ。昔話なら、百瀬とやれ。W大学の、経済学部にいる」
「へえ、会ってみようかな。久々に」
「期待しない方がいいぜ。テニスサークルに入って彼氏とヤりまくってるらしいからな」
 嘘ばかり言う俺にしては、珍しく真実の情報だ。
 俺のとっておきの爆弾はやつの外壁にびくとも作用しなかった。
 うっかり信用してはならない、俺は自分に言い聞かせる。
 こいつの言葉も、笑顔も、すべてニセモノだ。
「じゃ、本題に入ろう。お茶を片付けられないうちに」
 桐原は一枚しかない座布団の上で居住まいを正した。
「実はな、仕事を持ってきたんだ。おまえ向きの」
 ぴくん、と俺の心臓が跳ねた。
 仕事。俺でもできる、仕事。
「へえ、どんな?」
 興味なさげを装った。成功してくれたかどうか。
「カンタンだよ。これから一ヶ月、外国人三人を住まわせてもらう」
「どこに」
「ここに」
「断る」どこが俺にもできる仕事、だ。人と関わってるじゃないか。
「そう邪険にしないでくれよ。おまえにしか頼めないんだ」
「おまえが、自分で、やれ」
「俺んちはダメだよ。家族がいる」
「この部屋に、三人住めると思うか? 四畳半、キッチン、風呂トイレ、それがすべてだ。俺ひとりでも窮屈なのに、三人? 素性の知れない外国人と? おまえ、俺を殺すつもりか? そうなのか?」
「落ち着けよ」
 どうどう、と桐原になだめられ、俺は上ずった声の調子を落とした。
「外国語なんぞ、喋れない」
「大丈夫、ちょっとカタコトかもしれないが、日本語は上手だよ」
「会ったことがあるのか」
「うん。実は彼らの親御さんと、俺が知り合いでね」
「だったらなおさらおまえ向きの仕事だろう」
 桐原は、とうとう弁解をやめた。腕を組み、俺を悪戯っぽく見下ろす。気色悪い。
「おまえに頼みたいのは、大陸からやってきた、十五歳の三つ子の世話だ。男ひとりに、女ふたり。女の方は好きにしていい」
「今なんていった?」
 断っておくが、べつに興奮したわけじゃない。男がやってしかるべき慰めを、俺はもうできなくなっていたから。おそらく、麻雀のせいで。
「知ってるだろ? 外国じゃ、慎ましいなんてのは不義理なのさ」
「おまえ」
「彼らは日本で仕事を持ってる。その稼ぎを、おまえは好きにしていい。つまり、おまえがやってる貧乏な暮らしを三人に押しつけ、おまえは三人分の働きを得られるってわけだ。一緒に暮らすだけで。
 俺と彼らの要求はたったひとつだ。それだけ上手くやってくれれば、何をしようと、どうしようと、彼らは文句を言わないし、俺も君を責めない。
 おまえの負担には、決してならない。なりようがない。そうだろ?」
 怪しい話だった。胡散臭い話だった。三人分の稼ぎ? 一月分?
 どれだけだか知らないがはした金だ。ハイリスクローリターン。考えるまでもない純カラテンパイ。
 俺はやつの茶碗を手にとり、追い出す口実を考えた。
 桐原は、俺の手をつかんだ。
「三人に、麻雀を教えてやって欲しい。おまえが今まで、培ってきたものすべてをだ」
 俺はその手を振り払い、茶碗を、元の位置に戻した。
 跳ねはじめた心臓の理由が欲しかった。



 俺は桐原について考えるのをやめた。
 なぜ、俺が麻雀に傾倒したことを知っているのか。もう、どうでもいい。
 もしかすると、と俺は思った。
 百瀬だろうか。幼馴染の百瀬。小学校のジャングルジムで初めてキスした相手。
 そして、身長百八十センチのテニスサークルのメンバーの下で毎晩毎晩もだえている女。
 やつが、どこかで俺の堕落を知り、桐原に告げ口したのか。
 なぜ。わからない。


 俺の目の前に、三人の少年少女が正座していた。
 外国人も正座できるのだ、と俺は不思議に思った。
 狭い四畳半の壁と人に挟まれながら、桐原が順々に指差した。
「みんな、自分の名前が嫌いなのだ。俺も昔、ケンシロウって名前が嫌で嫌でしょうがなかったからわかる。だから誰も紹介できん」
 と桐原ケンシロウは話のわかる大人を気取った。
「だから嶋野、名前はおまえがテキトーに決めてくれ。なんでもいいぜ」
 俺は、左端に座った、縮れ毛の少年を見た。
 浅黒い顔をしているが、不潔な様子ではない。
 脳裏に、公園で体を洗う均整の取れた体格の少年が浮かんだ。
「おまえは、アサノ」
 アサノ、とアサノは自分を指差し、ちょっとだけはにかんだ。
「なんで苗字?」と桐原が言う。
「べつに。親しげな名前で呼びたくなかっただけだ。俺のことも、おまえら、嶋野と呼ぶのだ」
 三人は、シマノ、と呟き、顔を見合わせた。
 三つ子だけあって息があっている。本当だかどうか知らんが、まァ、ぱっと見た感じでは国籍ぐらいは同じなのだろう。
 俺は、使い物にならなくなった俺の誇りが無念で仕方が無くなる二人へ視線を移した。
 片方は、髪の短い、やせっぽち。くりくり動く目の照準が、俺の部屋をあちこち走査している。
 もう片方は反対に髪の長い、アマゾネスのような目の鋭い少女。
 じっと身を固くして、俺の身振り手振りに烈しく反応し、肩を震わせる。
 これは俺の想像だが、長女ではなかろうか。
 一番上の子特有の、余裕のなさが彼女にはある。
 短髪をクリヤ、長髪をナガセと命名し、俺は桐原に向き直った。
「満足かい。名づけてやったぞ」
「おめでとう、ゴッドファーザー」愉快そうに笑う。
「これで正式に契約が完了したってわけだ。これから一月ばかりの擬似家族だか、まァ仲良くやってくれな。困ったことがあったら、いつでも相談に乗るよ。金は貸さないがね」
 桐原は風のように立ち去っていった。
 やつはどこへいくのだろう。思えば、やつが進学したのか就職したのか、俺は知らない。
 残された三人の子どもが、俺を射抜くように見ていた。
「あー、こほん」何をしているんだ俺は。
「俺はやつから麻雀を、おまえらに教えるよう依頼された。間違いないか?」
「間違いない」アサノが答えた。
「おまえらは、手段は知らんが、これから一月金を稼ぎ、俺に渡す。それが俺の報酬だ。そうだな?」
「そう」
 ちゃんと俺に報酬を渡すか、と尋ねかけて、やめた。
 三人の生活費だけは、桐原から受け取っていた。最低限のものだったが。
 ただ働きになろうが、いいじゃないか。
 どうせ俺はこれから緩やかに死んでいくのだ。
 俺はコタツにマットを敷き、牌をぶちまけた。半年ぶりの麻雀牌。
「自動卓はないの?」
 クリヤのつぶらな瞳が、ややがっかりしたように揺れていた。
「そんなものはない。いくらかかると思っている。おまえらの命よりも高いのだ」
 ブラックジョークのつもりだったが、三人はそうは捉えなかったようだ。空気が重たくねばっこいものになった。
 いや、元からだったのかもしれない。
 俺と三人の異邦人は卓を囲み、牌を積み始めた。ジャラジャラジャラ。

 悪魔の囁きをまた耳にすることになるとは。

       

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