Neetel Inside 文芸新都
表紙

雀奴―ゴミにもできる簡単な仕事―
07.無勝の雀奴に価値はあるのか?

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 ぽかぽかしている、と思う。
 昼間の公園はガキと母親しかいない。ホームレスの連中はどこへいったんだろう。図書館か山手線めぐりか。
 もし山手線に終電がなかったら俺は一生乗っているかもしれない。
 まァ今ここでベンチにぼけっと座って光合成しているのも、同じくらい無意味なんだがな。

 気持ちのいい風が吹いている。
 もうすぐ秋になるのだ。じきにここも紅葉に沈む。
 不思議とそうやって沈黙し続けるのが苦痛ではなかった。

 二人のガキがガイアメモリをベルトに挿して仮面ライダーWに変身している。もう片方がぶっ倒れる。
 それまで仮面ライダーのネックは変身者がひとりゆえに誰がライダーをやるかで喧嘩になったものだが、Wはそこをうまく解消している。
 怪人を殺さなかったり、なんというかここ数年は脚本家の「これがやりたい!」が全面的に押し出されたライダーであったのにたいして、Wは子どもへの影響まで見越した製作がされていると思う。
 二人体制の変身もそうだし、二週で変わるため見逃しても追いつける構成も父親世代からすれば懐かしいだろう。
 仮面ライダーを見て育ったやつらのガキは、仮面ライダーを見て育たなくてはならない。そんな気がする。
 こんな何もかも吹っ飛んでいってしまうような加速度的な世界だからこそ、たった一世代で住んでいる世界が変わってしまう今だからこそ、変わらないものに価値がある。そんな気がした。
 ガキたちの演じる戦闘を観戦していると、ぽん、と肩を叩かれた。
 桐原だった。



「おまえが家にいないなんて珍しいな。探しちゃったぞ」
 俺だって風を浴びたいときぐらいある。
 コートを着込んだ桐原はぶるっと肩を震わせた。
「今年の冷夏はひどかったな。稀に見る異常気象だってよ」
「そうなのか」
「テレビ見ないのか? 専門家がぎゃあぎゃあ騒いでるぜ、地軸がどうのとか。プラズマとか。
 最近はやれ宇宙人の陰謀だ、やれ超古代人の超科学だとか、ああいう怪しげなことを言い出すアホがいなくなっちまって、なんだか寂しいな」
「そうだな」
 寒い。そういえば空は黒いほどに晴れているが、俺の手の平はがさがさに乾き切っていた。
 そうか、寒かったのか。わからなかった。
 桐原が煙草を取り出すと、遠くから眼鏡をかけたおばさんがこっちを見てきた。
 なんぞやと桐原があたりを見回すと、禁煙の札が立っていた。
 舌打ちしてコートに煙草を戻す。
「連絡が遅れて悪かったな、嶋野。実は――なんてことはない、忘れていたんだ」
「構わない」
「そういうな。そらよ」
 俺の膝に、分厚い封筒が不時着した。俺はそれをドライアイで眺めた。
「いくらだったかな、とにかくあの三人の稼ぎだ。おまえの報酬だ」
「ずいぶんあるな」
「どうやって稼いだと思う?」
 にやにや笑って桐原は俺の顔を下から見上げる。
「雀荘は」
 俺は感じの悪い店員を思い出した。
「十八以下は入れないはずだが」
「何、ちょっと大人びた服を着せりゃあなんとかなるもんだ」
 いなくなった三人の顔が、封筒に浮かんで消えた。
「俺にはよくわからんよ、桐原」
「なにがだ」
「俺はやつらに麻雀を教えた。雀荘へいかせるため、か。だが雀荘で一月三人が稼ぎまくったとして、こんなに稼げるかな。やつらは初心者だったんだ」
「最初は低いところへ連れて行ったさ」
「なんで稼ぎのすべてを俺に渡す。そもそも、なぜ俺なんだ? おまえだって打てるだろう、麻雀ぐらい」
 桐原は答えず、俺に考えさせようとしているようだった。
「この金の額からして――点2、点5、点10、そのあとはマンション麻雀か?」
「ちょうど二週間目だな、点10を卒業したのは。その後はマンションにいかせた。不景気とはいえまだいるもんだな、あぶく銭を持ってるやつは」
「やつらが勝てるわけがない――」
「だが、勝ったんだ。やつらは感謝していたぜ、おまえに」
「そうか」
「バカなやつだってな」
「――――」
「よし、じゃあすべてを教えてやろう」
 桐原はよいしょっと立ち上がった。


「麻雀は今、世界的なブームだ。びっくりだろ? きっと咲のおかげだな。
 外人どもは牌に数字を彫ってあるやつで嬉々としてピンフを作ってる。
 発展途上国では麻雀は賭博材以外の法律で罰せられるそうだ。誰も仕事しなくなるからな。
 とにかくなぜだか知らんが、今まで打ってなかった連中が息をそろえたようにパイを握り始めた。するとどうなる?」
「麻雀がオリンピック競技になる」
「だからおまえは弱いのだ」桐原は愉快そうに笑う。「カモが増えるということだろ?」

「あの三人は考えた。麻雀で食っていくためにはどうすればいいか。
 決まってる、発祥地へいけばいい。今のルールはほとんど日本で作られたものだ。メッカってやつだな。やつらは日本にやってきた。そして何を考えた?」
「強いやつの弟子になる」
「逆だよ。やつらは俺にこういったのだ。
 たった一度も勝ち越せなかったような、そんなやつはいないか――ってね」
 クリヤの笑顔が、ナガセの冷たい表情が、アサノの鋭い視線が、俺の脳裏によみがえった。
「強いやつは決して自分の打ち筋を披露しない。
 わざわざ教えるのは、もう麻雀を打たないやつだ。打てなくなったやつだ。
 だから俺はおまえを選んだのさ。
 一度も勝てなかったセオリーというのは、そのセオリーの逆をいけば勝てるということだ」
 おまえは、と桐原は俺の頬をぷにぷに突いた。
「おまえはそのはした金で、極上の狩場へ獣を放ったのだ。
 勝負に生きるなら、おまえは今すぐ、旅立ちの支度をしなければならなかったのに。
 ――おいていかれるのはいつだっておまえだけだ、なァ嶋野。
 群れからはぐれたシマウマよ」

 俺の言っていたことは間違っていたろうか、喜色満面の桐原を見返しながらそう思う。やつの瞳に、幽霊じみた男の顔が映っていた。
 あの三人はピンフのみでリーチをかけるだろうか。
 手牌を他家に公表するだろうか。
 勝てない半荘を諦めるだろうか。
 そうかもしれない。



 そうじゃないかもしれない。



 桐原は去っていった。俺はその場に留まった。
 俺はただの一度として勝利を収めなかった男だ。
 半年打って三位と四位の反復横とびをやらかした男だ。五面張をシャンポンに負けた男だ。
 だが、何も考えずに打っていたわけじゃない。
 バカはバカなりに、苦しんで打っていた、それだけは確かだ。
 あの三人には、すべてを伝えた。
 遠い異国の地で、やつらは誰かの金を奪って生きていくのだろう。
 埃にまみれた煉瓦の町並み、その片隅で鳴る牌の音、たちこめる紫煙、誰かの呻き、四角い卓、並ぶ河、倒される十三枚。




 もし、その打ち筋に、ほんの欠片でも俺の名残があったなら。

 この負け続けた一生にも、何か意味があったのかもしれない。

 俺は打ち上げられた魚のように、ベンチにくたっともたれる。

 根を張ったように体が重かったが、俺の心は安らかだった。

 仕事は終わったのだ。










 最低最悪の糞餓鬼ども。

 せいぜい勝って、腹を満たせよ。

 俺の分まで、たらふくな。














 了

       

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Neetsha