Neetel Inside 文芸新都
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密室遊戯
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 天井に吊るされた照明は薄暗く、室内をぼんやりと現している。東と西には扉。北の壁に鹿の首の彫像、南の壁にテレビと壁時計。
 東の部屋から案内された7人の男は、無言で部屋を見渡した。中央に丸く白いテーブルがあり、7つの木製の椅子が用意されている。どこからか声が聞こえた。
「お客様方、ようこそいらっしゃいました」
 『マネージャー』の声だった。天井のスピーカーからだ。7人の男は皆、この男によってここへ来た。しかし誰もが『マネージャー』に実際に会ったことはなく、その部下によってそれぞれ連れてこられた。
 7人の男たちは、年齢も外見もばらばらで、なんら接点もない。この部屋に来て初めて出会ったばかりだ。唯一共通することは、『マネージャー』の誘いによってここへ来た、ということのみ。
「さあ、どうぞ椅子にお座りください」
 言われた通りに、男たちは空いている席へと腰掛けた。皆、無言だった。照明の不安定な光が、7人を幻影のように照らし出している。
 スーツ姿の、赤いふちの眼鏡をかけた中年の男性。
 ランニングシャツを着た、太った男。
 ロックバンドを意識したかのような、派手な服装、派手な髪型の青年。
 青いYシャツを着た、細身の男。
 不気味に口元に笑みを浮かばせた、黒いスーツに金色のネクタイをした細目の中年。
 がくがくと怯えている、ユニクロの服を着た若者。
 1番年齢が高そうな、頭の禿げかかったジャージ姿の初老の男性。
「今から私のエージェントが1人、そちらへ行きます。どうぞリラックスしてお待ち下さい。それまでに軽くゲーム説明を始めましょうか」
 男たちはマネージャーの声に神経を集中させた。
「6時からゲーム開始、それまでは皆さん楽しく談笑していて結構です。ゲーム終了までは部屋からは出られません。西側のドアはトイレにつながっていますので、便意を我慢する必要はございません」
 まもまくしてから、背の低い男が現れ、それぞれの席に座る男たちのテーブルの前に、黒く、手のひらにちょうどおさまるサイズの物を置いた。拳銃だった。さらに一人一人に、ほかの人間に見えないように小石をふところに忍ばせて、退室した。
「皆さんに行き渡ったようですね。それは見たとおりの銃です。どれも6発の銃弾がこめられてます。あ…」
『マネージャー』はかるく喉を唸らせてから、続けた。
「残念ながら、一丁のみ、空砲です。申し訳ありませんが、その銃を渡された方はその時点でゲームオーバーになるでしょう」
 7人の男たちがざわついた。『マネージャー』は更に落ち着いたまま説明を続けた。
「そして今渡された小石。赤い石が4つ、青い石が3つ。ルールは簡単です、拳銃で自分と違う色の石を持っていると予想した人物を撃って下さい。どちらか一色になった時点で生き残った方々には約束通り賞金をお渡しします」
 時計はまもなく6時を指そうとしていた。マネージャーは最後に通告した。
「あなたたちが今後どうするかは皆様次第です。そして最後にひとつ。時計が午前0時になった時点で照明は自動的に消えて、真っ暗になります。そうなった場合、ゲーム続行が困難になることが予想されますので、ゲーム時間はおよそ6時間ということになります」
 7人の男たちはそれぞれの顔を見合わせた。おびえるように周囲を見渡す者、椅子にふんぞり返って見下すように参加者を見やる者、拳銃を手にして、その質感を味わう者、緊張にがくがくと震えだす者。

時計が6時を告げた。『マネージャー』が再び言葉を発した。

「それでは、ゲーム開始です」

     

「待ってくれよ、こんな話聞いてないよ!」
ランニングシャツの太った男が、スピーカーに向けてわめいた。
「なあ、『マネージャー』さん、話が違うぞ!簡単に短時間で金になる方法があるっていうからここに来たのに、こんなことやらされるなんてことは聞かされてないじゃないか!」
「うるせえよ」
 赤いメガネの中年男性が、ランニング男を黙らせるよう促した。
「『簡単』で、『短時間』で金が入るってことは間違ってないじゃねえか。そんな話だったら、大抵こんなことやらされるぐらいの覚悟しとけや」
「これ、殺し合いだよ!おれたちに鉄砲持たせて撃ち合いさせるだなんて法律違反だ!こんな部屋出てやる!」
「…静かにしなさい」
初老の、ジャージ姿の男が言った。
「勝てばいい。そうすれば『マネージャー』のいうとおり、1人1千万円もらえるんだろう?最初から負けを認めてどうすんだい?」
 それでも騒ぐランニング男に、赤メガネは強引に怒鳴りつけた。
「黙ってろ!」
水をうったように、その場に静寂がおとずれた。
「とりあえず、名前を名乗らないか、みんな。…まあ、実名は無理だろうから、あだ名だな」
初老の男が賛同した。
「そうだね、それがいい。あんたは『赤メガネ』でいいかね?」
「ああ、かまわんよ、『ジャージハゲ』」
派手な格好の若者が言った。
「呼びやすい名前をつけるか。ええと、お前は…」
そういって、青いYシャツの痩せた男を指さした。
「『青服』でいいか?」
指名された男は、無言でうなづいた。
『赤メガネ』が言った。
「お前はなんて呼ぼうか?『ハードロッカー』?『ツンツン頭』?」
「どっちも勘弁だ」
「呼びやすい名前をつけるって今、提案したのはお前じゃねえか」
「もうちょっとセンスのいい名前にしてくれよ」
「『ドクロ』でどうだね?」
『ジャージハゲ』が、若者の着ている黒いTシャツにプリントされたドクロマークを指して言った。
「ああ、そっちのがましだ。俺は『ドクロ』ね。はい、他の奴は?」
さっきからにやにやとしている黒いスーツの男を見やった。
「あんたは『金ネクタイ』か、『にやにやマン』だな」
男は答えた。
「前者を採用だ、ヒヒヒ」
『金ネクタイ』が歯をむき出して笑うと、前歯まで金色だった。『金ネクタイ』は、向かいに座っている7人で1番怯えている男を見た。
「なあ、まだゲーム始まったばっかだぜ、兄さん。まだ死ぬかどうかわかんねえんだし、シャキっとしねえか?あんたの名前は『おどおど君』か、『ユニクロ君』だな」
指名された男は、うつむいて拳銃をぎゅっと握りしめながら言った。
「僕は…なんでもいいです」
「じゃあ、『ユニクロ君』にしよう。そっちのが愛着がわく」
『赤メガネ』が、名前を与えられた男たちをざっと眺めた。
「ふむ、『ドクロ』『ジャージハゲ』『青服』『金ネクタイ』『ユニクロ君』そして俺が『赤メガネ』と。あとは…」
といいかけて、『赤メガネ』の目つきが細くなった。ランニング男が立ち上がり、銃口を向けていたのだ。
「お前らおかしいよ…異常だ…狂ってる…俺は生き延びたい…全員殺してやる!」
その手は震えていた。男は『赤メガネ』に向けて引き金をひいた。

カチッ。カチッ。カチッ。
その拳銃に銃弾は入ってなかった。

5発の銃弾が、ランニング男に向けて放たれた。5発の鉛を食らって、男は後方へふっとんで息絶えた。


『ランニングデブ』(仮名)ゲーム終了

     


「なあ、あんた撃たなかったよな?」
『赤メガネ』が、隣の隣に座っている『ユニクロ君』を、蛇のような舌を出して言った。
「このランニングちゃんが発砲しようとしたが、撃たなかった。下手すりゃ、全員一気に撃つつもりだったかもしれないんだぜ?なんで撃たなかったんだ?『ユニクロ君』?」
『ユニクロ君』は、怯えた表情でうつむいている。何度も話しかけられ、ようやくぼそっとつぶやいた。
「だって、銃弾がもったいないじゃないですか…」
『赤メガネ』が笑い出した。
「はははは!おかしいなそりゃ!『マネージャー』が銃弾は6発こめられてるっていってたろ?ここには自分以外に6人いる。…正確にはもう5人だが。その気になれば誰だって1人で全員撃てるんだぜ、そんなの言い訳になってねえっての」
「何が言いたいんだい、『赤メガネ』さんや」
 『ジャージハゲ』が尋ねた。『赤メガネ』と『ユニクロ君』の間の席に座っていて、窮屈そうだった。
「わかんねえかい?『マネージャー』の説明じゃ、赤い石が4つ、青い石が3つ。青い石のが不利だから、消極的になっちまうってことさ」
 『ジャージハゲ』が笑った。
「つまり、『ユニクロ君』は青い石を持っていて、下手に人を撃てなかったっていうんだな。青い石を持ってると思ってる人にそういって問い詰めるってことはさ、お前さんが赤い石を持ってるってことにつながるぜ?」
 『赤メガネ』が、ぎくりとした。
「メガネの色と同じで、赤い石を持ってるのかな、お前さんは?」
「だったらどうだっていうんだ?お前は何色だよ、じいさん」
『ジャージハゲ』は、完全に優位に立っていた。
「無意味な誘導尋問だな。まあ、『ユニクロ君』が青い石を持ってるよりも、あんたが赤い石を持ってるって可能性が高いことはよくわかった。」
 完全に言いくるめられて、『赤メガネ』は悔しそうに唇をかんだ。
「しかしさぁ」
 緊張した雰囲気になった場で、『ユニクロ君』の右隣に座っていた『ドクロ』が話し出した。
「このデブが、ハズレの拳銃を持ってたってのはたしかだな。誰一人、こいつに撃たれなかったんだから。…ゲームとしちゃおもしろみにかけちまったな。ポーカーで言えば、ブタのやつがレートを高めるっていうこともありえなくなったってわけだ。残った俺たちは全員、実弾入りの拳銃を運良く手にしたってことも判明した」
「それはそうだな。全員、人を撃てる力を持ってるってわけだ」
 『ジャージハゲ』は、いとおしそうに持っている拳銃をハンカチで拭いた。ランニング男へ放った一発のせいで、その武器は幾分熱をもっていた。
「ひとつ、いいですか?」
『赤メガネ』の左隣にいた『青服』が言った。
「こいつの死体はひきとってもらえないんでしょうか?このまま放置していても、臭くなるばかりですよ」
「そういや、死体の始末は『マネージャー』はなんにも言ってなかったな」
『赤メガネ』は、侮辱の視線で、椅子から後方へ倒れて動かなくなったランニング男の死体を見やった。
「おい、『マネージャー』さんよ、この場を見てるんだろ?死体は片付けちゃくれないのか?」
 『赤メガネ』は天井のスピーカーに向かって言ったが、反応はなかった。『赤メガネ』は舌打ちした。
「それから、皆さん重要なことを忘れてますよ」
 『青服』は、ランニング男の死体へと歩み寄って、ポケットをまさぐった。そして手にしたものをテーブルに置いた。

 青い石だった。

「うほ、こりゃひでえな」
 『赤メガネ』は、笑わずにはいられない、といったふうにその石を見た。
「今、赤い石は4つ、青い石は2つってわけだ。うまくことが進めば、あと二人死ねば、ゲーム終了、賞金いただきってわけだ」
「やはり、おまえさんは赤い石決定だね」
 『ジャージハゲ』が言った。『赤メガネ』は再び指摘され、ぐっと怒りと屈辱をこらえた。
「なあ、『ユニクロ君』よ。石見せてくれないか、なあ?」
 『赤メガネ』が怒りの矛先を変えるように、挑発的な態度で『ユニクロ君』へ迫った。
「そんなに『ユニクロ君』がお気に入りなら、席を替わろうか?はさまれてそんな唾を飛ばされちゃこっちもたまらん」
 そう言って『ジャージハゲ』は、ハンカチを取り出して、顔にかかった『赤メガネ』の唾を拭った。
「…話をまとめると」
 『金ネクタイ』が、変わらずにやけた顔で話し出した。
「今、赤い石が4つ、青い石が2つ。そこの『赤メガネ』ちゃんは赤い石、『ユニクロ君』は青い石。ここまではあってるかなぁ?」
 『赤メガネ』と『ユニクロ君』が同時に言った。
「違う」
「おや、同時に同じこと言っちゃったね。仲がいいんだか悪いんだか、君たち二人は」
 『金ネクタイ』はそう言って、下品に笑った。『ドクロ』と『青服』は、この中で1番気味の悪い男に、不快な視線を送った。
「なあなあ、なんでそんなニヤニヤしてんの、おっさん」
 『ドクロ』の質問に『金ネクタイ』が答えた。
「楽しいゲームに参加してるからに決まってるじゃないか。あんたらも楽しいだろ、このゲーム。平然としてるほうが異常だ」
 そういって『青服』をなめるように見つめた。
「ここにいる全員、借金やら金が緊急で欲しくて集まってるんだろう?でなきゃ、『マネージャー』の誘いにゃのってねえもんなぁ。どいつもこいつも借金で首が回らないとか、働きたくなくて、楽に金稼ぎにきてるって感じだもんなぁ。『青服』さん、あんた1番金が欲しいっていう感じしないけど、なんでこのゲームに参加したんだね?」
「私も賞金のために参加したに決まってますよ、『金ネクタイ』さん」
 『金ネクタイ』のいうとおり、『青服』が1番落ち着いていて、借金がありそうでも、大金目当てというようにも見えなかった。この部屋では彼が1番異端だった。
「そっかそっか。さぁて、ちょっとトイレでも行ってくるか」
 『赤メガネ』が立ち上がり、西のドアを開けてトイレへと行った。すると、『ユニクロ君』も同じように立ち上がった。
 『赤メガネ』がトイレへ入ったあと、『ユニクロ君』も続いた。トイレから一発の銃声。

 返り血を浴びた『ユニクロ君』が、室内へ戻ってきて、『赤メガネ』の持っていた石をテーブルの上へと転がした。


 『赤メガネ』ゲーム終了

     


「なかなかたいしたもんじゃないか」
 『ジャージハゲ』が、トイレから帰ってきた『ユニクロ君』を褒め称えた。
「撃とうと思えば撃てたんだね、立派立派」
 『ユニクロ君』が『赤メガネ』から奪った石は、『ジャージハゲ』の予想通り、赤だった。テーブルの上に、赤い石と青い石がひとつずつ置かれ、残りは赤い石が3つ、青い石が2つ。
「今、トイレでへばってる彼が自分の石と違う色を持ってるから撃ったのか、感情逆立てられて撃ったのか、どっちだい、『ユニクロ君』?」
 『ユニクロ君』は何も言わず、『赤メガネ』から浴びた血を必死に拭いていた。
「いくら拭いたって、そのユニクロの服に染み込んだ血は消えねえぞ」
 『ドクロ』がからかうように言った。
「学校でもいたなぁ、こういう奴。普段はおとなしくて何考えてんだかわからなくて、いきなりキレて暴れる奴って」
「…別に暴れたわけじゃありません。引き金をひいただけです」
「優等生な答えだね、『ユニクロ君』」
 『ジャージハゲ』は、テーブル上の赤い石と青い石を見ながら言った。
「互角、ではないな。まだ青のほうが不利だ」
 『青服』が淡々とした口調で話し出した。
「あえて赤と青を同じ数にしなかったのは、『マネージャー』がゲームをスムーズに進めるために考えたんでしょう。赤と青が最初から同じであれば、互いにけん制しあって、遅々として進まないでしょう」
「優等生が二人もいるとはね、こんな死体臭い部屋に」
 『ジャージハゲ』は楽しそうに笑った。『金ネクタイ』とは似ているようで似てない笑顔で。
 時刻は7時を回っていた。『金ネクタイ』は、時計を見ながらにやにやとして言った。
「『マネージャー』に言わせりゃ、『皆さん順調にゲームが進んでますね、私も嬉しい限りです』ってところかなぁ、この部屋のどこかにある監視カメラを観ながら」
「『マネージャー』だけではないでしょう」
 『青服』は、『金ネクタイ』に言った。
「このゲーム、きっと『マネージャー』1人が考えたものではない。日常に退屈している大金持ちたちが私達のいるこの部屋をワインでも飲みながら鑑賞してるんでしょう。普通のサッカー中継見ているよりよほどおもしろいでしょうからね」
「あんた、まじめだなぁ」
 『金ネクタイ』は、明らかに自分より年下と思われる『青服』に、軽い尊敬のまなざしで見た。
「あんた、実はこのゲームに違う形で絡んでいそうだねぇ。『マネージャー』の放った刺客ってやつかい?」
 『金ネクタイ』は金歯を見せて笑った。『青服』はいたって冷静だった。
「いいえ、私もあなたや他の皆さんと同じく、賞金をいただくために参加してるだけですよ」
 妙に説得力のある口調に、『金ネクタイ』は初めてにやけた顔をくずした。
「しかし、おもしろいゲームだね、こいつは。参加者がこうして何気ない会話をしている中で、誰が何色の石を持ってるか、皆探ってるんだろ?俺は何色だと思う?なぁ『ドクロ』?」
「なんで俺に話ふってくるんだよ」
 『金ネクタイ』の指名に、『ドクロ』は少し不愉快そうに言った。
「お前がこの中で1番頭が悪そうだからさ。その気味悪い服装とばかみたいな髪型で充分にわかる」
「てめえこそ、その汚い金歯と臭い口臭から、頭の悪さがうかがえるぜ」
「ははは!お前もトイレで撃たれたいかい?」
「てめえが先に行けよ。ぶっ殺したあとでその顔に小便かけてやるからよ」
「…ちっとは口を慎めねえか?」
 『金ネクタイ』が、『ドクロ』に銃口を向けた。『ドクロ』も反射的に『金ネクタイ』のひたいに照準を合わせた。
「落ち着けよ、二人とも。お前ら、同じ色なのかもしれんのだぞ」
 『ジャージハゲ』の言葉にも、二人はひかなかった。
「てめえが拳銃先に下ろせ。そうすれば俺も照準をてめえの頭からてめえの股間へと変えてやるからよ」
 『ドクロ』の口調には、明らかな殺意が宿っていた。『金ネクタイ』は、それまでのにやけ顔がすっかり消えて、静かな怒りを浮かべていた。
「お前が先に銃口を下げろ。別に『ユニクロちゃん』みたいにトイレで襲撃はやめてやるからさぁ」
「…僕をばかにしてるんですか?」
 『ユニクロ君』が、拳銃を『金ネクタイ』に向けると、『ジャージハゲ』と『青服』が『ユニクロ君』へ銃口を向けた。
「うはっ!全員撃つ準備完了ってか!なんか、こんな場面昔映画でみたっけなぁ」
「てめえが俺に拳銃向けたのが発端だぞ?なぁ皆、同時にこいつ殺さないか?」
「『ドクロ』さんや、そいつが何色か判明したかい?」
 『ドクロ』の提案にたいして『ジャージハゲ』が質問した。
「この金ネクタイの金歯野郎が俺と同じ色か、別の色かなんてどうでもいい。『ユニクロ君』が『赤メガネ』にそうしたように、こいつをぶち殺したい、ただそれだけだ」
「殺して、自分と同じ色だったら後悔するぞ」
「そんなこと百も承知だ」
 『ドクロ』は『ジャージハゲ』の言い分も聞かず、『金ネクタイ』への敵意、殺意をむきだしにした。
「なんで、僕を巻き込もうとするんですか、『青服』さん、『ジャージハゲ』さん」
「『ユニクロ君』よ、きみも人のこといえないよ。『金ネクタイ』への銃口を下げろ。君は人殺しに向いてないな」
「『ジャージハゲ』さん、僕はすでに1人殺したんですよ。正直怖かった。けれどいざ撃ってみると大してなんとも感じなかったです」
「1人殺せば2人殺そうと3人殺そうとおんなじってか」
 『ドクロ』はそう言って、『金ネクタイ』に向けた拳銃をじかにひたいに当てた。
「さあ、俺もやっちゃおうかな。この『距離』からよけれるか?」
「お前のような若造に俺様がやられると思うのかよ、ガキが」
 『ジャージハゲ』が、緊迫感の張り詰めた状況をなんとかしようと、しばらく考えを練った末、『ユニクロ君』への銃口を下げた。
「俺は撃つのをやめた。お前らも一回拳銃をしまえ。テレビでも観ないか?」
「たしかに、こんな形でゲームが終わってしまっては、『マネージャー』としても不服でしょうね」
 『青服』もそれにならって拳銃をしまった。続いて『ユニクロ君』も。
「…ふん」
 『ドクロ』はようやく『金ネクタイ』へ当てていた拳銃をおろした。
「感情的に誰かを撃つのではなく、会話や心理戦によってゲームを進めるのが、この室内でおこなわれているゲームの醍醐味でしょう」
 まるで、以前にも経験したかのように『青服』が言うと、『金ネクタイ』も拳銃をしまった。
「さて、テレビでも、観るとしようか」
 『ジャージハゲ』が、テレビの電源を入れると、突然テレビが光って『ジャージハゲ』の身体を電流で焼き尽くした。

 『ジャージハゲ』 ゲーム終了

     

「うひゃひゃひゃ!」
 『金ネクタイ』は笑い続けた。感電死した初老の男を軽く踏みつけて。
「偉そうなことばっか言ってるからこんな目にあっちまうんだよ。テレビをつけると感電死、なんてルール、『マネージャー』は説明してくれなかったよな?」
 焦げ臭い匂いが室内に充満している。そして死体の匂いも。『金ネクタイ』は、目をぎょろぎょろとさせて、室内に残っている男たちを見回した。
「なぁなぁ『どくろ』ちゃん『青服』ちゃん『ユニクロ』ちゃん、次は誰が死ぬんだろうねぇー?どこに罠がしかけられてるのかなぁー?」
 『青服』は『金ネクタイ』を無視して、感電死した男のポケットを探った。そして、取り出した石をテーブルに置いた。

 赤だった。

「うひゃ!うひゃひゃ!」
 『金ネクタイ』は、さっきまでの嫌味っぽいにやけかたとは違う、異質な表情をしていた。
「残りは赤が2つに青が2つかぁ!こりゃおもしれぇな!そう思わないか、おまえらよぉ?」
「これは少し難しくなりましたね。色の数が同じになってしまった」
「おい、『青服』ちゃんよ、あんたどこまで冷静でいられるんだよ?俺たち、いつ、どこでどうやって死ぬかわからねぇんだぜ?」
「だからこそ、冷静沈着であるべきです」
 『青服』はゲーム開始から決して態度を変えずにいた。少なくとも、他の残ったメンバーに比べて。
「もういいですよ、みんな一斉に石を見せ合いましょう。そして自分と違う色の人を撃てばゲームは終わりです」
「それもいい考えだねぇ、『ユニクロ』よぉ。どうせお前は青だろ?そして、青服も青だ」
「どうして私が青だと?」
「そりゃ決まってるじゃねえか。てめぇが青い服着てるから青持ってるんだよぉ!」
「やべえぞ、こいつ」
 『ドクロ』がぼそっと言った。『金ネクタイ』は、目を泳がせて部屋中に視線を向けていた。
「さあさぁ、『マネージャー』の仕掛けた罠はどこかなぁ?どこにあると思う、『ドクロ』ちゃんよぉ?」
「知るかよ」
「ああ、そうだった。お前は馬鹿だったもんなー」
「あんたもな」
「いいや、俺は馬鹿ではありませーん」
 『金ネクタイ』は立ち上がって、壁に掛けられていた鹿の顔をかたどった彫像を手にとって、かぶった。
「ほらね」
「なにが、ほらね、なんだ?」
 『ドクロ』に向かって、『金ネクタイ』は自分がさも偉大であるかのような態度で言った。
「私はただの鹿人間です」
「…とうとう本物の馬鹿になっちゃったか」
「だーかーらー。物わかりが悪いですね、君は。君ならわかるだろう、『ユニクロ』様」
「いえ、僕に言われても」
 『ユニクロ君』は、座っていた椅子から後ずさった。
「やはりここは、この中で1番頭のいい『青服』様に聞いてみるしかないか。私は馬鹿でないことがわかるよね?」
「いいえ、私にも分かりません」
「なんだよぉ。誰もわかっちゃくれねぇ」
「おまえは馬鹿。ただそれだけのことだ。馬鹿以上にバカだ」
 『ドクロ』に指をさされて、『金ネクタイ』は憤慨した。鹿の頭をかぶっているせいで、その表情はわからないが。
「私は馬じゃないのよ。鹿なのよ。鹿男。見てわかるでしょー?」
「やっぱり馬鹿だ…」
「もう、『ドクロ』ちゃんったら物わかり悪いんだからぁー。どう見ても鹿です。本当にありがとうございました」
 『金ネクタイ』から『鹿男』に変わったその中年は、奇妙な踊りを始めた。
「馬はーウマー。鹿はシカー。…おや、そうすると、鹿は死、か?」
「なぁ、やばいぞこいつ」
 『ドクロ』は、踊っている男から視線を反らして『ユニクロ君』と『青服』に言った。
「怖い…もう嫌だ…」
「もうちょっと精神力のある人かと思ってましたが、予想よりも早く壊れてしまいましたね」
 『鹿男』は、拳銃を握って、天井へ向けて銃弾を放った。大きな銃声が響き、天井の一点に穴が開いた。
「あーいたあいた。穴あいたー♪」
 拳銃は次に、トイレのドアに向けられた。そして再び銃声。
「トイレトイレー。ぼく、おしっこもれそうだ~。だけど、あのトイレ、死体転がってるからいやーん」
 そして拳銃は、『ユニクロ君』に向けられた。
「あははははーー」
「うわぁ!」
 『鹿男』より先に、『ドクロ』が発砲した。
「あららー、ボクの心臓に穴開いちゃった。イタイようイタイようイタ…」
 『鹿男』は、鹿の顔のまま絶命した。

 『金ネクタイ』改め『鹿男』 ゲーム終了

     

 残された人物は3人。派手な格好と髪型をした『ドクロ』、青いYシャツの静かな男『青服』、『赤メガネ』の血を浴びたあとが消えないままの『ユニクロ君』。時刻は9時をまわっていた。
 室内には仰向けになって倒れた太った男の死体。焼け焦げて死んだ初老の男の死体。鹿の面をかぶって、うつぶせになって倒れた男の死体。そしてトイレには、どこを撃たれたかわからないが、ともかく命を失った体が倒れている。
「なあ、”石探し係”」
 『ドクロ』が『青服』に言った。
「鹿の顔した奴、何色だったか探ってくれねえか」
「いつのまに、私がそんな役目になったんですか?」
「だって、お前が今まで率先してやってきたじゃねえか。別に俺でもいいけどよ」
「…わかりました」
 『青服』は立ち上がって、『鹿男』の死体から、石を探った。そして、見つけた石をテーブルに置いた。

 赤だった。

「これで、赤がひとつ、青がふたつ。逆転してしまいましたね」 
「へっ、まるで他人事だな」
 『ドクロ』は『鹿男』の石を見て言った。
「お前もゲーム参加者だ。そしてゲームは終わってない」
「当然です。どちらか一色になるまでゲーム終了しないという『マネージャー』からの説明がありましたからね。…しかし赤の人は完全に不利になりましたね。3人のうち、2人から狙われるというのは完全に窮地に立たされたわけだから」
 1人、うつむいている男がいる。『ユニクロ君』だ。
「もう、やめませんか?」
 2人は『ユニクロ君』に振り返った。
「何をいまさらいってんだ?」
「それは認められませんね。参加した以上、最後まで続けるべきです」
「…そうか、そうですよね」
 そのとき、テレビが突然映った。『ジャージハゲ』を焼いた、『マネージャー』の罠と思われていたものが。テレビは芸のないタレントたちが、身の上で起こったどうでもいい出来事を楽しそうに語る、トークバラエティ番組を放送していた。
 3人は、観る気がしなかったが、退屈そうに画面に視線を向けた。あるタレントが自分の失敗談を語り、ゲストが笑っている。本気でおもしろいのか、テレビディレクターに笑うように指示されているかはわからなかった。
 バラエティ番組が1時間流れている間、3人とも無口だった。その番組が終わると、今度はニュース番組に変わった。国内で起こった殺人事件についてニュースキャスターが語っていた。
「10時、か」
 『ドクロ』は時計を見た。古ぼけた壁時計の針が10時過ぎを指していた。
「照明終わるまで、あと2時間」
 3人の中で、ある男が考えた。照明が消えるまで、なんとか時間つぶしをしよう、と。
「ああ、そうだ」
 『ドクロ』はテレビそっちのけで、『鹿男』の死体に近づいた。そして、彼の持っていた拳銃を手にした。
「ジャーン、2丁拳銃」
 慌てた様子で、『ユニクロ君』も、焼け焦げた『ジャージハゲ』のところへ近寄り、その拳銃を入手した。
「ふふふ、『ドクロ』さん。あなたの手にしたもうひとつの拳銃、あと3発しか弾がないですよ。でも、僕のは残り5つ入ってる」
「おまえ、バカか?人間なんて、一発頭か心臓に撃てばそれで終わりじゃねえか。銃弾の数なんて関係ねえ」
「あなたが真っ先に、拳銃を2つ持つことにしたんじゃないですか」
「バカ、あくまで、”保険”だ」
 『青服』は二人の会話を聞いたあと、トイレへ行った。そして十数秒で戻ってきた。
「早いな。糞じゃなく小便か。…それから」
 『ドクロ』は『青服』のポケットのふくらみを見て皮肉っぽく言った。
「『赤メガネ』の拳銃ね。これで全員、2つ拳銃を持ったってわけだな」
 そう言って、両手に持った拳銃を、『青服』と『ユニクロ君』に向けた。
「1番先に考えたのは俺だぜ、バンバンバン!」
 『青服』は相変わらず落ち着いたまま、『ユニクロ君』は、びくっとして思わず避けようとした。
「冗談はやめてくださいよ」
「冗談もくそもあるか。あと1人、赤を殺すか、それとも、赤が青二人を始末しなきゃ、ゲームは終わらないんだからな」
「…僕は、何でこんなことになってしまったんだろう」
 ユニクロ服の青年は、まじめな表情で語りだした。
「こうみえても、国内有数の名門大学に合格して、その大学へ通ってたんですよ。必死に勉強したかいあって、難関だった試験を突破した。学校へ通うようになってからも、順調に勉強を続け、一流企業の会社員を目指していた」
 ひとつため息をついて、彼は続けた。
「すべてはギャンブルが原因でした。スロットにはまったせいで、450万もの借金を背負ってしまった。勉強どころじゃなくなって受験のとき以上にバイトに精を尽くした。…でも、とても返せる額じゃなかった」
「こんなこといっちゃ悪いけどよ」
 と、『ドクロ』が話した。
「自業自得ってやつだろ、それってよ。自分の責任なのに、まるで誰かによって罠にはめられたようなこと言いやがってよ。それで、貧乏になってユニクロか」
「…はい、あなたの言うとおり自業自得ですね。…『ドクロ』さん、あなたはなぜここへ?」
「こう見えても、俺は社長だったんだよ」
 『ユニクロ君』『青服』とも、その言葉に耳を疑った。
「社長といっても、まあちっぽけな音楽スタジオの管理人さ。プロを目指す自称ミュージシャンどもに、スタジオを貸してたんだよ。最初はそれなりに稼げたが、どいつもこいつも、自分に才能にないってことに気づいたんだな。客は次第に減り、会社は倒産、俺には700万の負債が残った」
「なるほど、あなたの格好はそのときの名残りということでしょうか」
「まあ、そんなとこだよ。それで、お前がここにいる理由はなんだ、『青服』さんよ」
 『青服』は、そっけなく言った。
「私に借金はありません。まじめにこつこつ働いて、普通の生活ができる程度の金を稼ぐよりも、ほんの6時間で1000万円もらえるって話にのっただけです」
「なるほどね、それでこの殺人ゲームに参加か。お前の命は1000万円の価値があるんだな?」
「そう捉えてもらってもかまいません」
 テレビはいつのまにかニュース番組が終わり、またうそ臭い笑い声ばかりの深夜のバラエティ番組に変わった。若手芸人を、先輩芸人がからかって楽しんでいる。時刻は11時。
「あと、1時間」
 『ドクロ』にとって、あるいはその場の全員にとって、テレビは観るためでなく、時刻を知らせるためだけに放送されていた。時計は一刻一刻、時を刻んでいる。いつの間にか、それまでの緊張感が消え、3人はぼんやりとテレビを観ていた。
 ゲームを進めるのが怖いためか、あるいは時間が過ぎるのを狙っているのか。
「テレビっていつのまに、こんなくだらないものになっちゃったんだろうな。このくらいの時間なら、昔はエロい番組がばんばん放送してたのにな」
「下品な番組は淘汰されて当然です」
「今やってる、この番組は上品だってのか?」
 『青服』は、珍しくわずかに動揺をみせた。たいして思考の回らないと思っていた男から意外な発言を受けたためか。
 時刻は11時半を過ぎた。3人とも無言だった。さらに10分経過。20分経過。時計の針はあと10分で12時を指そうとしている。
「さあて、と」
 『ドクロ』は立ち上がった。そして、右手の拳銃を『ユニクロ君』へ、左手の拳銃を『青服』へ向けた。それに呼応するかのように、残りの二人も、生き残っている男たちへ拳銃を差し向けた。
「かっこいいトライアングルができたな」
 まるで他人事のように『ドクロ』が言った。午前0時まで、あと4分。
「さあ、終わるか」
「これで終わりだ!」
「死にたくない!」

2発の銃声が室内に響き渡った。

     

「はぁ、やっと終わった」
 男は、拳銃を下ろして大きく深呼吸した。天井のスピーカーから声がした。
「お疲れ様でした。大変ユニークな展開でした。”観客” の皆さんも、これまでのゲームの中でも最もスリリングだと喝采してますよ」
「ともあれ、これで入社試験は合格なんだね、『マネージャー』さん」
「ええ、お見事でした。私も実に好奇心と不安感を駆り立てられましたよ。なにしろ、あなたが生き残ってくれなければ、私がまたそのゲームに参加するはめになるんですから。あなたを選んで正解でしたよ」
「なるほどね。まあ、俺があんたの立場でも、そういう気分だっただろうな」
「あなたもこの気持ちをいずれ味わうはめになるんですよ。私に代わって、今度はあなたが『マネージャー』になるんですから」
「その話は何度も聞いた。覚悟はできてるよ。俺に代わる新しい『マネージャー』候補を探せば、さらに昇進できるんだろう?」
「もちろんです。ところで…」
「うん?」
「最終的な勝因はなんだったと思いますか?」
「俺が青だと、二人とも思っていたってことだろうね」
 男は新しいふたつの死体のポケットから、石を取り出してテーブルに並べた。ふたつとも、青だった。そして生き残った男は、自分のポケットから、赤い石を出してテーブルに置いた。
「皮肉なもんだね。最後に青同士が撃ち合うとは」
「それも、あなたの計算のうちでしょう。それから」
 『マネージャー』は、少し卑屈そうに言った。
「あなたが冷静沈着な人間である、ということを彼らに植え付けたことも」
「まあね。冷静な人間を演じるのも楽じゃなかったよ。途中で何度か素に戻っちゃうところだったからね」

 男は、背伸びをして大きくあくびをした。
「ああ、眠い」
「精神的に疲れたでしょうから、ごゆっくりお休み下さい」
「まあ、1番の失敗は、最初に一発撃っちゃったことだな。一回も引き金をひかないつもりだったが、最初にあのデブが何をしでかすかわからなかったんで、思わず撃っちまったよ」
「まあ、仕方ないでしょう。でも、一発だけでもたいしたものですよ。私がゲームに参加したときは、3発も撃ってしまいましたからね」
「へえ、意外だな」
「私の場合、あなたと逆に、感情的で何をするかわからない人間を演じてましたから」
「…なるほど」
「それでは、ドアを開放します。今夜は寝室でゆっくりお休みください」
「言われなくともそうするよ」


 『ドクロ』ゲーム終了
 『ユニクロ君』ゲーム終了



 『青服』「第4回”娯楽提供社”入社試験」合格


 -おわり-

       

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