Neetel Inside 文芸新都
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私とお酒の日々
2010/06/13/23:48(日)「返事をしました」

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 こんばんは。
 千世子です。
 
 
 今日、山崎くんを夕食に誘いました。
 場所は魚屋『天吹』です。4月4日から一度も話題には出していなかったのですが、もう何度か行っていたりします。
 
 陽が落ちるころ、私たちは天吹から最寄の駅に待ち合わせました。
 待ち合わせ時間の15分前。先に到着したので、ぼんやりと改札口付近を見ていました。
 
 日曜日なのにスーツ姿の男の人たち。
 仲の良さそうな女の子2人組み。
 顔を見合わせて、自然に笑顔になるカップル。
 
 そんな人たちを見ながら、私は、お店に着いたら何を食べようかなぁと考えていました。
 
「千世子さんっ」
 
 思考が遠くに行きかけたとき、呼ばれました。
 
「すみません、お待たせしました」
「ううん、こちらこそ、急に呼び出してごめんね」
「いえ、ぜんぜん暇だったので。嬉しかったです」
 
 おしゃべりしながら、ゆっくり歩き始めました。
 大きめの駅近くならどこでもありそうな呑み屋街。いろんなお店の種類、客引き、香りに魅力されてしまいます。
 ですが、天吹に近づくにつれて、少しずつ……磯の香りがやって来ました。これ以上の魅力は、ここにはないでしょう。
 
「はい、到着」
 
 あいかわらずの、魚屋の外装、中はしっかりと居酒屋。貝や魚が焼かれています。
 早い時間なので、まだ席も空いていました。
 
「へぇ、こんなところがあったんですね」
「楽しそうでしょ? 楽しいんだよ」
 
 そう言えば、1人以外で来たのは初めてでした。誰かと向い合って座るというのは、どこか新鮮でした。
 私は日本酒の冷やで、山崎くんはビール。まずは焼き物三種盛りと、お刺身盛り合わせ。
 
 日本酒とビールと共に、お通しもやって来ました。シラスおろしと板わさです。
 
「じゃあ、ひとまず、かんぱーい」
「かんぱーい」
 
 くきゅ、くきゅ。
 
「ぷはぁ」
 
 このお米の味わいと。
 
 ぱくり。
 
 シラスのこの甘さっ。ポン酢のきゅっとした風味がよく合っています!
 山崎くんは板わさでビールをゴクゴクやっています。
 
「この焼いている香り、たまらないですね」
「最初来たとき、これだけでお酒空けちゃったんだよ」
「千世子さんらしいですね」
 
 ほめられているのか、はたまた別の意味合いなのか……
 
 私はおかわりをして、それが届くころには焼き物三種盛りと、お刺身盛り合わせも来ました。
 さすがに何度も来ていると、注文の届くタイミングって覚えてくるものですよね。
 
 熱いものは熱いうちに。大きなハマグリを、濃厚なエキスをこぼさないように貝ごと持ち上げて。
 
 ちゅるん。むぐむぐ、ごくん。
 
「ん、ふうぅ」
 
 うーん、肉厚っ。こりゅこりゅとした歯ごたえが鮮度を教えてくれます。
 
 
 
 焼き物がなくなり、そろそろお刺身へ……というところで、私は3杯目をおかわりしました。
 
「日本酒のペース、すごいですね」
「そう?」
「日本酒が好きなんですか?」
「そうだね。いろいろあるけど、総合的に一番好きかも」
 
 息を吐き、吸い。
 ちょっと座り直して。
 
「山崎くん」
 
 彼の目を見つめました。
 
「この前の、返事だけどね」
 
 山崎くんはもちろん、私も緊張してしまいました。手が少し、震えていたと思います。
 
 
 
「私は」
 
 
 
「私は、お酒がすごく好きなの。
 ビール。
 発泡酒。
 焼酎。
 ウィスキー、カクテル、紹興酒
 日本酒。
 
 ぜんぶ、ぜんぶ好きなの」
 
 
 
「旅行に行ったら、まずその地元の酒造や酒蔵に行くの。
 そこで杜氏さんの話しを聞いて、仲良くなるのが、とても好きなの」
 
 
 
「呑み方もいろいろ考えて、ハイボールとか水割りも、すごくおいしいのができるんだよ?
 特に、日本酒のぬる燗とか、すごく自信があるよ」
 
 
 
「お酒って、カロリーがあるからさ……ちょっと、ううん、けっこう体重を気にしてて。
 休みの日は、ウォーキング、してるんだよ」
 
 
 
「でも、休みの日は、お昼からお酒呑むこともあって……ダメ、だよね」
 
 
 
「……たまにさ。お酒を買いすぎて、生活が苦しくなる月があったりするの」
 
 
 
「私、けっこうワガママでね……感情的で、癇癪起こすこともあるんだ」
 
 
 
「そそっかしくて、知らないだろうけど、落ち込みやすくって」
 
 
 
「最近もっ、想いを寄せていた人が、結婚しちゃって、それで、すごく、すごく泣いちゃって」
 
 
 
「お金に余裕が、ないからさ、あんまり、オシャレとかも、気にしなくって。
 季節ごとに服を買うとき、桐子さんに、選んでもらってて」
 
 
 
「背も低いし、スタイルも、あんまり良くなくて、これがコンプレックス、だったときもあって……」
 
 
 
 ゴクン。
 
 残っていたお酒を、呑み干しました。
 
 のど、頭、顔。体温が一気に上がりました。
 
 
 
「こんなっ」
 
 
 
 
 
「こんなっ、私でもっ、いいのっ?」
 
 
 
 
 
 結局、私は、私自身で答えを出すことができませんでした。
 なので、本当に自分を知ってもらおう、そう思いました。
 
 付き合ったあと、相手の悪いところがどうしても嫌で、別れたこともありました。
 
 本当の自分を知ってもらい、それでも、山崎くんの気持ちが、変わらなければ。
 
 
 
「千世子さん」
 
「こんな、なんて言わないで下さい」
 
 
 
「俺は、どんな千世子さんでも、好きなんです」
 
 
 
 変わらなければ。
 
 
 
「……ありがとうっ」
 
 まだ、同じぐらい愛することは、難しいけれど。
 
 私は、彼の隣で、一番になりたい。
 
 
 
 
 
 そのあとのお話ですが……
 感極まって、ポロポロ泣いちゃったり。
 周囲のお客さんたちが、祝ってくれたり。
 お店のほうから、お祝いでマグロの目玉煮付けを出してもらったり。
 
 なんか、もう……半年分の恥ずかしさを感じたような気がします……
 
 あっ、ですが、帰り道で手を繋いだときは、恥ずかしさよりも嬉しさのほうが大きかったです。
 
 まだお付き合いという実感はありませんが……彼の手を、ずっと、繋いでいれたら……繋いでいたいです。
 
 

       

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