Neetel Inside ニートノベル
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バケツ
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2-1


 白い……。それがだだっ広い天井の一部であることに気付いたのは随分たってからだった。多分これは高級ホテルというやつで私はその高級ベッドの上にいる。寝起きでそこまで即座にわかる私ってすごい。久しぶりに十分な睡眠を取った気がする。大きく伸びをして起き上がると、半裸の男がそこにいた。
「起きたか」
 男は少し低い声でそう言った。なんか見覚えのある男だ。知り合いだったかもしれない。ああ、頭が重い。
「起きた」
 私は事実を伝えた。
「頭、大丈夫か?」
 失礼な言動ここに極まれり。私だって礼儀正しい方じゃないのは自覚してるけど、知らない男に開口一番(二番だ)気違い呼ばわりされたら黙っちゃいない。……こんな時、私の欠点は外側に気持ちが出せないところかもしれない。
「……ふあ」
 あくびが出た! はらわたが煮えくりかえっているこの状況であまつさえあくびが出た!
「眠そうだな」
 やっぱりどっかで見たことのある男だ。なんだろ、どっかのバイトの人かな。しかしバイトなんてやったの数え切れるほどだし、私のやるようなバイトにいそうな男にも見えなかった。。三十代前半。黒髪、短髪、顔七十五点。そこまで考えて気が付いた。
「ブンブンイエロー!」
 思わず指差してベッドの上に立ち上がった。は? て顔してる。そりゃあそうだ。他人の香水の名前なんか好きでもなきゃ覚えない。
 立ち上がってから自分が全裸なのに気がついた。うひゃあ。
「きゃああ!」
 すげ、女の子ってちゃんと自分に正直なのね。まだ自分に女性としての羞恥心が残っていたことに安堵する。
「何やってんだ」
 親しげに話しかけてくる男。昨日より眼光が鋭く見える。
「誰」
 思ったことが言えるのは頭がはっきりしてきた証拠かな。
「そんな態度はないだろ。少しくらいサービスしろよな」
 昨日より態度がでかい。
「うるさい。なんであんたにサービスしなきゃなんないのさ」
「そりゃあ……何でだ?」
 本気で天然らしいのが面白くない。なんにせよ状況が不明だ。しかもどうしても聞かなきゃならないことがある。嫌だなあ。
「私、あんたとやった?」
「やった」
 平然と言いやがった。殺す。絶対殺す。
「なんで」
「失礼だな。俺とやったのがそんなに不思議か?」
 不思議だ。超不思議だ。迷宮入りだそんなもん。大体なんだ、エレベータでたまたま会った女とそのままベッドインかこの野郎。恥を知れ恥を。
「覚えてない……」
「ああ、相当飲んでたからな」
 気持ち悪いくらい記憶が不鮮明だ。
 そしてこいつの記憶が鮮明なのが気に食わない。既に初対面の印象から脳内ランキングががた落ちしている。あと顔はまあまあだけど筋肉の付き方が嫌い。なんか見せるために鍛えた感じ。きっと部活でも活躍してなかったさ。もっとこう使ってる感じの筋肉がなあ……。
「気分は?」
「最悪」
「水、飲むか?」
「……いい」
……本気で気持ち悪くなってきた。どうやら本当に飲んでたみたい。ああなんでこんなことやっちゃたんだろ。初めての男が初めましての男なんて……。
「本当に覚えてないみたいだな……。昨日、一緒に飲んだろ?」
「知らない」
 だって知らないんだもん。悪くない私は悪くない悪いのは全部あいつー。
「ええと……何から話したらいいかな……」
 そりゃあ決まってるだろ。
「名前」
 だが覚えておけ、あんたの名前がなんであろうと今日からあんたは“ブンブンイエロー”だ!
「名前まで忘れてら……。まあいい。神田幸一だ。」
 ブンブンイエローはいたって普通の名前だった。
 ああちょっと笑えてきたよ。お母さん、娘は弱い二十一にして大人の仲間入りです、うふ。
 私の人生はこれからもどん底が続くのかもしれない。

       

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