Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンタがわたしでわたしがアンタで
第1話 とんでもない男

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 四月上旬。桜舞い散り、新たな出会いがあるこの季節。
 ここは住宅密集地である新都団地の頂きに位置する新都高校。今では人であふれかえっている。
 本日は新都高校の入学式、まだ幼さの抜けない新入生たちが先輩達から熱烈な歓迎という名の部活動勧誘を受けていた。ノリノリで勧誘を受けるものもいれば、キッパリ断るやつもいる。そして一番多かったのが、勧誘にびくびくしている新入生だ。

 そんな中、“わたし”――下山あすかは他の新入生と同様…いや、それ以上に緊張しながら校門をくぐろうとしている。

「お…男の子がいっぱいいる…」

 周りを見渡す限り、男・男・男!――ごめんウソついた。ちゃんと女の子もいます。
 わたしが入学した○○県立新都高校は男女共学の進学校。男女比はだいたい1:1であり、半数が男子という何の変哲もない共学の高校だ。それでも私にとってこの男の人数は非常に多いものであり、これから苦楽をともにすると考えると身構えてしまう。
 それはわたしが女子中出身という身でありながら、“とあるトラウマ”を抱えていることに起因する。

――少し昔話をします。

 “俺”が“わたし”に生まれ変わったと自覚したのが3歳の夏――ギンガマンで例えるならちょうど黒騎士が仲間になったぐらいの時期だ。閑話休題。
 生まれ変わりを自覚した当初は自分の美貌に感動し、同時にエロい期待を膨らませたこともあった。…そりゃあの時は男の子だったもん。
 しかし“わたし”は常識人であるお父さんとママから、“女”として育てられることによって順調に女の子らしく育っていった。育った環境もあるが、やはりわたしの身体が“女”だったことが大きな要員だと思う。

「お父さんとママには感謝しなくちゃ。しかしまあ…健全な精神は健全な肉体に宿るとは言ったものね」

 小学生になった時にはすでに、“わたし”はエロい期待をしていた“俺”の考えを悔いるほど、身も心も正真正銘の女の子になっていた。特撮やアニメは未だに大好きだけど。推測でしか無いけど“俺”であったときのわたしも特撮が大好きだったんだと思う。
 …まあこんな風に“わたし”は“俺”であったときの名残を若干ながら残しつつも、女の子としてすくすく育っていった。

 この後わたしに“悪夢”が襲い掛かるとも知らずに…

     


 小学校高学年となり、わたしが“女の子としての性”に悩んでいる時期に事件は起きた。
 夜、勉強の予習をしていた時に、急に“誰かの視界”が頭に飛び込んできた。
 ――いや視界だけではない。五感の全てを他人と共有するような奇妙な感覚。…これは前世の記憶の流入だ。

 視界に移るのはとある女の子の写真――顔に靄がかかっていてよく見えない(よく思い出せないと言うべきだろうか)
 そして…逞しくそびえ勃つ男性器を握る右手。なんてことは無い、オナニーをしているのだ。

《ハァ…ハァ…イクっ!!……やっぱ――ちゃんの写真にぶっかけるのは格別だ!》
 写真の女の子の顔が白濁した液体で満たされる。…と同時に“今の身体”では感じたこともない何とも言えぬ快感と脱力感がわたしに駆け巡った。

「ひぃっ!!…ハァ…ハァ…これは…」

 “俺”であったときの夜の日課の記憶がフラッシュバックして“わたし”の中に流れ込んできたのだ。頭の中が言い知れぬ嫌悪感でいっぱいになった。

 以前から、“俺”の記憶が“わたし”に流れ込むことは多々あったが、わたしはそれを利用して物事を有利に進めていった。時折フラッシュバックする記憶のおかげで成績は常にトップだったし、、運動の経験もフィードバックされたため、運動神経も学年でピカイチだった。わたしにとって“俺”であったときの記憶は、非常に便利なものであり、いわゆる“つよくてニューゲーム”感覚でしかなかった。

 しかし、鮮明な“体験”として流れ込んできたオナニーの記憶は少女であったわたしにはあまりにも刺激が強すぎた。
 『年頃の男の子はオナニーする』という事実は既に知っていたし、それが必要であるとも幼いながらにわかっていた。それでもなお、前世の自分への嫌悪感は払拭できず、“オナニーの記憶”は一種のトラウマとなってしまった。

 当時、仲の良かった男の子もたくさんいたが、男の子たちと遊ぶとトラウマがチラつく。この子たちは悪くないとわかっているのに。そうだ、前世のわたしも男の子である以上仕方なく…

「いやいや写真にぶっかけは無いでしょ…常識的に考えて…」

 こうしてわたしは男の子への苦手意識を確立してしまい、中学校もお嬢様中学として有名な新都女学院に進学することとなった。

     


「そうだ!男の子が苦手なら女子中に進学すればいいじゃない」

 そんな安着な考えを後悔するのに時間はかからなかった。女の子しかいないという特殊な環境下で男勝りなわたしはとある洗礼を受けた。
 中学1年生の冬、みんなとも仲良くなり、気がつけば学年の中心人物にまでなっていたこの時期に事件は起きたのだ。放課後、同じクラス委員をやっていた女の子と2人で雑務をこなしていた時の話である。他愛の無い雑談をしているうちに外はすっかり暗くなり、それと同時に女の子の様子が激変した。

「あすか様…綺麗な御髪…麗しい唇…わたくしあすか様の全てが欲しいの!!」
 女の子の目が据わっている。…というよりトロンとしている。この感情をわたしは知っていた。そう、発情だ。あなたはどこのテレポーターですか。やがて女の子はわたしを壁まで追い詰め、抱きついてきた。

「えっ!?えぇ??ちょっとやめてよ!!…ムグ!?」
 私は自分の目を疑った。何と女の子がキスをしてきたのである。…それもディープキスを、だ。
「…ん……んん!…っぷは!ちょ…ちょっと何すんのよ!!」
 女の子を力づくで引きはがしたあまりに突き飛ばしてしまった。
「え…あっ…すみません。あすか様はフレンチキスは初めてでしたか?」
 女の子は的外れな謝罪をする。どうやら悪びれている様子は無く、素の反応なのだろう。

「ち…違うよ…わたしたち女の子同士じゃん…女の子同士でこんなのっておかしいよ」
「え…でもあすか様は殿方が苦手だと…てっきり“こっち”だと思ってたのに…」
「そんな…わたし…初めてだったのに…!!」
 気がつけばわたしは泣きながら走り去っていた。ノーストップ全力疾走で帰宅、自衛隊員もビックリな持久力だ。心配するお父さんやママをよそに部屋に直行し、泣きながら一夜を明かした。

「そりゃ前世のわたしなら喜びそうなシチュエーションだけどさ…やっぱり初めては男の子がよかったよ…」
 この時初めて自分の本心を知った。前世が男だろうと、男が苦手であろうと、わたしはどこまでも普通の“女の子”であり普通の女の子の恋愛を望んでいたのだと。
 こうしてわたしは男嫌いを治そうと決意し、男女共学の高校に進学することを決意したのである。

     

 
 こんな感じでいろいろあって今に至るわけである。そしてわたしは本日第一の難所に直面していた。

「一歩が…踏み出せない…っ!」

 なんてことは無い、怖くて学校に入れないのだ。何しろあの校門を潜ればその先は毎晩オナニー三昧であろう男子の巣窟。ここ数年、まともに男の子と会話すらしていなかったわたしにとってそれは恐怖以外の何物でもなかった。

(越えるんだ、この恐怖を乗り越えてわたしは普通の青春を送るんだ!)
「も~中々来ないと思ってたらやっぱこんなことになってたんだ」
 校門から聞きなれた声がした。ふと見上げるとそこには黒の長い髪と豊満なバストが特徴的な少女――右田 リコ(みぎた りこ)が立っていた。

「リコ!わ…わたしはたった今入ろうとしてただけよ」
「ウソおっしゃい。私ずっと見てたんだよ?入ろうとしては踵を返し、また入ろうとするあすかをね。キョドりすぎだよ」
「うぐっ…」
 リコにはいつも敵わない。リコは新都女学院からの付き合いであり、わたしの一番の友達だ。レズ事件でわたしと相手の女の子の双方の傷が最小の形で済むよう取繕ってくれたのもリコだ。あれが無ければわたしは第二のトラウマを生んでいたかもしれない。
「リコぉ~…やっぱり緊張するよ~」
「はいはい涙目にならない。私と一緒に入ろう?さっきクラス表を見たんだけど私たち一緒のクラスだったよ。」
 本当にリコには頭が上がらない。毎度のことながらすまないと思いつつ校門に足を踏み入れた。すると…

「おいおい見ろよあの新入生。髪の短い方」
「うわっ、スゲー可愛い」
「足長ぇ~、腰細っ!それに肌も白い」
「でもおっぱいはちっちゃいな。髪長い子の方がいいわ」

「あらら、やっぱり始まったよ。あすかの美貌に酔いしれる男どもの図。やっぱあすか可愛いもんね~」

 ふふふ、そうさ私は可愛いんだ。なんてこと口に出したら女友達がいなくなりそうなんで言わないが、わたしは否定はしない。前世が男であるせいか、わたしはわたし自身を客観視して見ることが多い。肩で揃えた細くてサラサラな髪、キメの細かい白い肌、不摂生をものともしない抜群のスタイル、母親譲りの美貌。総合的に客観視した結果、わたしの容姿は可愛いと思う。謙遜はしない。でもおっぱいだけは許してください。
 ともかくわたしは自分の容姿のみに関しては自信があったのだ。それなのに…

「だからなんで男の子の前だとそんなにビクビクするのさ~。女学院では堂々としてたじゃないの。共学のうちでそんなことすると女の子から顰蹙買っちゃうよ?」

 そんなこと言われても怖いものは怖い。自分に向けられている眼差しが好意ではなく性欲によるものだとしたら…?実際に男の経験(エッチじゃないわよ)があるわたしは、可愛い子をそんな目で見るやつは稀ってことぐらい知っている。
 でも稀ってことは裏を返せば“いる”っちゃいるのだ。向けられる眼差しが多い分、その稀を引く確率も高い。完全に被害妄想の勘違い女と思われても仕方がないだろうが、なまじ男のオナニーを体験している分ダメージもでかいのだ。

「はぁ、人ってそんなに簡単には変われないのね…」
「それをこれから克服するんでしょ?さあ、あすかの青春の始まりである入学式に出発進行~」

 このときわたしはまだ知らなかった。この先、“とんでもない男”と出会い、とんでもない青春を過ごすことになるということを。

     


 校長先生のありがたいお言葉という名の長話も終わり、入学式は幕を閉じた。さあ残るはクラス結成会。高校デビューを目論むものにとって一番大事な場面と言っても過言ではない。
 新入生にとって掴みは一番大事なものなのである。そのつかみによって今後3年のキャラが固定されてしまい、それを払拭するには多大な労力を必要とする。
 『高校入学を期に男の子と仲良くなる』という目的を持つわたしも漏れなく高校デビュー型だ。失敗は許されない。間違っても「ただの人間には興味ありません」などとは言ってはいけない場なのだ。
 わたしと同様、デビューを目論むものは男女問わずに少なからずいるらしく、先生の話など聞かずに皆どこかそわそわしているような気がする。

「それじゃあ堅苦しい話は終わりにして自己紹介をしましょうかい」

 先生のその一言で空気が一瞬で変わった。クラスの皆から浮ついた表情は消え、合戦前の戦国武将のような顔をしている。――すまん先生。その親父ギャグは誰も拾えないらしい。

「じゃあ男女交互に名簿順で行こうな。名前、出身中学、好きなもの、嫌いなものを言うんだ。ほかに言いたいことがあったら付け加えてもいい」
(な…何ぃぃぃぃぃぃいいいいいい!?)
 わたしは完全に油断していた。普通自己紹介なんて男の子の名簿順の後に女の子の名簿順でやるのが筋じゃないの?
 わたしの苗字は下山(さがやま)――つまりサ行の一番最初。中堅どころよりやや早いと言った程度か。確認のため名簿に目を通す。

 (女子はと…阿比留(あびる)・河野(こうの)…下山(さがやま)…ってサで3番目!?男子が先だから6番目じゃん!急いで考えないと)

 好きなものは…特撮・アニメ。特撮はいける!とりあえずメタルヒーロー・平成ライダー・戦隊物は一通り網羅してる
 でも待てよ…?昭和ライダーや深夜特撮が好きがいたら結構まずいぞ?あれ?そもそも男の子って今の歳になっても特撮見てるの?それより特撮好きな女の子って恋愛対象になったりするの?
 いやそんなことより次は嫌いなものを――

「次、サガヤマ。」

「えっ!?もうわたし?は…はい!」

 わたしは慌てて立ち上がった。リコが口パクで「あすかしっかりしなよ!」と応援をする。リコも見てる。頑張れわたし。

「わ…わたしは新都女学院出身の下山あすかです。“下”の“山”と書いてサガヤマって読みます。ははは…珍しい苗字ですよね~」
 こりゃいかん。痛々しい愛想笑いとともに自己紹介を始めてしまった。

「に…新都女学院!?すごーいお嬢様じゃん!」
「女子の憧れの的じゃん!」
「あそこの制服可愛いよねー」

 女子たちからの意外な好反応が返ってきた。新都女学院のネームバリューがここまであるとは思わなかった。ぶっちゃけ下の山の件に自信があった分ちょっとショックだ。
 しかしこの流れわたしにとってチャンス。リコより先で良かった。このまま流れに乗って自己紹介を続けよう。

「えーっと…好きなことは…アニメ鑑賞です。嫌いなものは…」

 無難に好きなものをやんわりさせたところでわたしはあることに気づいた。男子がみんなわたしの話なんて聞かずにコソコソ話ていることを。

「(…おい…サガヤマってメチャクチャ可愛くない?)」
「(…どう見てもこの学年で一番可愛いだろ…他を探さなくてもわかる…)」
「(…ああマジで付き合いてぇ…)」
「(…俺は突き合いてぇ…)」

「うっ…」
 また“あの視線”だ。わたしという人間を見ているのではなく、わたしの容姿――女の性としての部分を見ているような…そんな視線。
 これから先、恋人を作りたいわたしにとってこの視線を向けられることは凄く嬉しいことなのかもしれないが、“あの視線”を受けるとどうしても“トラウマ”を思い出してしまう。

「どうしたサガヤマ?嫌いなものは?」
「えっ!?あっ…ハイ!苦手なものは…『男の子』です」

 ピタっと雑談が止まった。リコも「やっちゃった」という顔をしている。
 わたしは男の子を見渡す。「けっ…なんだアイツ。感じわりーな」「ちょっと可愛いからって調子乗ってやがる…」「男は汚れてるってか…レッテル貼りうぜぇ…」「高飛車なお嬢様って実在するのかよ…」
 意図的にわたしに聞こえるようにか、先ほどより声を大きい。終わった…これでもうわたしはクラスの嫌われ者だ。グッバイマイ青春。
 
 とそのとき

《―嫌――ものは陰――グチ言―て女の―――かす――らみたいな――らだよ!》

(え?…こんなときに過去視?)
 酷くノイズの入った前世の記憶が流れ込んできた。視線の先には…泣いているわたし。

(あれ…?わたし今泣いてる…?)
 気がつけばわたしは泣いていた。自業自得なのに…こういった結果を招いたのは自分自身なのに。
(ん?何で“前世のわたし”の視線の先に“今のわたし”が――)

「次、カミヤマ!」

「はいは~い!俺!新都中学校出身の!上山鉄平(カミヤマ テッペイ)で~す!よろしく~!」

 やけに軽そうな男の子が前に出てきた。しかしわたしはその男の子を見た瞬間、背筋が凍るような感覚に陥った。
 そして頭の中に鮮明な過去視が流れてくる。

《嫌いなものは!陰でグチグチ言って女の子を泣かす馬鹿!お前らみたいなやつだよ!》
「嫌いなものは!陰でグチグチ言って女の子を泣かす馬鹿!お前らみたいなやつだよ!」

 そのとき、“前世のわたし”と“カミヤマ”の台詞が完全にハモった。
 “前世のわたし”と“わたし”は目が合い、同時に“カミヤマ”と“現在のわたし”の目が合う。
(アイツ…まさか!?)

「何だとカミヤマ!?」「お前喧嘩売ってるのか?」
 カミヤマに指差しされた男の子たちが憤る――さきほどわたしに対するグチを言っていた男の子たちだ。

「だってそうじゃん!サガヤマは単に『男の子が苦手』って言っただけなのに!お前らは勝手に高飛車だって決め付けてるじゃん!馬鹿すぎるだろ!勝手にレッテル貼ってるのはお前らじゃん!」
 カミヤマはあくまでヘラヘラ笑いながら指摘した。思い当たる節があるのか、男の子たちは黙り込んでしまった。

「それにお前らって単に拗ねてるだけだろ?可愛い子に相手にしてもらえないってさ!…ほらその表情!図星じゃん!好きならこそこそしないで正面からぶつかれよ」
 わたしや男の子に対して何のデリカシーもなくカミヤマは言い続ける。その様子を見てわたしは確信した。

(間違いない…上山鉄平…この名前、この喋り方、この声、そしてさっきの光景。あいつは間違いなく……“前世のわたし”)
「あっ!そういや俺好きなこと紹介するの忘れてた!」
 そう言うなりカミヤマはズケズケとわたしの席まで歩いて来た。ちょっと待てこの先は確か…

「ちょ…ちょっと待っ――」

《俺の好きな人はあすかちゃんです!ぶっちゃけ一目惚れした!付き合って!!》
(俺の好きな人はあすかちゃんです!ぶっちゃけ一目惚れした!付き合って!!)

 再び目が合う“前世のわたし”と“わたし”。そして“カミヤマ”と“現在のわたし”
 もうやだ、つーか時系列とかどうなってんの?わたしは死んでから過去にワープしたってこと?
 誰かバック・トゥ・ザ・フューチャー に詳しい恐山のイタコでも連れてきて

       

表紙

牧場里 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha