Neetel Inside ニートノベル
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アンタがわたしでわたしがアンタで
第2話 変態

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《おはようあすかちゃん!今日も可愛いな~》
「おはようあすかちゃん!今日も可愛いな~」

 奇妙なハモりで一日が始まってしまった。
 《わたし》の目の前には《わたし》の肩の高さぐらいの身長を持つ美少女――下山あすかが困惑気味に《わたし》を見上げている。
 わたしが見上げるその先にはツンツン頭の男子高校生――「上山鉄平」がヘラヘラ笑っている。
 上山鉄平という男、困ったことにわたし――下山あすかの前世なのだ。

 ハモったのは《前世の自分の声》と今わたしが聞いている「上山鉄平の声」。
(う……また過去視だ…)
 前世の自分――上山鉄平の記憶が蘇ることをわたしは“過去視”と呼んでいる。便宜上“過去視”と呼んではいるが蘇るのは視覚だけではなく五感全てであり、その間わたしは2人分の五感を共有する奇妙な感覚に陥ってしまうのだ。だからこのように『わたしの目の前にわたしがいる』なんてわけのわからない状況が生まれてしまう。
 わたしが高校に通うようになって一週間。上山と出会ったせいでこのように混乱を招く過去視が頻繁に起こるようになった。
 オーケー、頭を整理しよう。わたしの名前は下山あすか――女の子だ。今は高校に向かうスクールバスを待っている最中だったはず。時刻は6時50分、いつもなら待ち合わせしている右田リコが来てもおかしくない時間だが今日はまだ来ないようだ。
 情報整理は完璧!偉いぞわたし。

「なんだよシカトかよ~。つれないな~」
「ひぃっ!?ち……近いわよアンタ!」
 気がつけば上山がわたしの顔を覗き込んでいた。まったく人が自画自賛しているというのに油断もすきも無い男だ。
「アンタ……自転車通学じゃなかったの!?」
 上山から距離を取りつつ尋ねてみる。たしかこの男は地獄とも名高い『新都団地の新都坂』を自転車で駆け上がるチャリ通族だったハズだ。体力的にはわたしも問題なく自転車通学できるけど汗臭い女の子というイメージが付きたくなかったためバス通学している。
「右田から聞いたんだよ。あすかちゃんが毎日この時間のバスに乗ってるって」
「リ…リコから!?」
 ハッとしてあたりを見渡す、すると遠くの電話ボックスの裏でニヤニヤしながらわたしの様子を伺っている長すぎる黒髪を持つ女子高生がいた。…あんな外見を持ってるのはリコしかいない。こちらが気づいた途端、白々しくこっちに手を振りながら走ってきた。

「おはよう!あらまあ、あすかに上山くん一緒なんだ~」
「なんて白々しい棒読み……ちょっと――」
「あっ!バス来たよ!早く乗らないと席取られちゃう!」
 あまりに上手いタイミングでバスが来てしまったため一端追求をやめる。リコの言う通り早く席を取らないと高校に着くまでの20分間、ずっと立ち続けることになってしまう。バスに乗り込むと入り口付近の席が二つ空いていた。わたしはすかさず席に座りリコの分の席まで確保。「じゃあ俺あすかちゃんの隣ぃ~」などとぬかすわたしの前世を撃退しつつ、リコを隣に座らせた。上山はブーブー言ってたがすぐに人の波に呑まれてバスの最後尾まで流されていった。

「何企んでるのよ?」
 直球でリコに聞いてみる。小柄なわたしよりも更に身長が低くて巨乳という卑怯なスペックを持つこの右田リコという少女、困ったときはわたしの味方になってくれる良きお姉さんキャラなのだが、時折突拍子も無いイタズラを企てわたしを困らせることがあるのだ。
「何ってあすかのためだよ?」
 返ってきたのは意外な返事。わたしのためですと?クラスのみんなの前でわたしに告白するという上山にわたしの登校時間を教えることがどうわたしのために繋がるというのだ。お陰でわたし未だにそのネタでクラスのみんなから茶化されている。わたしの前世である手前、自分にも非があるのが引っかかるがハッキリ言っていい迷惑だというのに。
 そんなことを考えているうちにバスは次のバス停に着き、新たに生徒がなだれ込むことによって若干込み気味だったバスはいよいよギューギュー詰めになった。ふと通路側に目をやると同じクラスの男の子が立っていた。

「おっ?下山さんに右田さんじゃん。おはよう」
「おはよ~」
「おっ…おはよう」
 この男の子――たしか名前は五代くんだったはず。いつもこのバス停で乗り込んでいる気がする。
「下山さんたちはいいよな、いつも座れて。ちょっと遠いけど俺もそっちのバス停に行こうかな?」
「そ…そのほうがいいかもね、わたしたちも席取るの大変だけどそれなりに空いてるし……」
「じゃあ明日からそっち行ってみよう。ありがとう下山さ――ってまたバス停!?もう入らないだろ入れるなよ運転手」
 そんな懇願が運転手に通じるわけもなく、五代くんはすし詰め状態となってバスの後部へと流されていった。
 気が付けば横でリコがイタズラっぽく笑っている。

「な…何よリコ?」
「にひひ、私の思った通りだ。あすか気付いてないの?男子と普通に喋れるようになったって」
「そ…そういえば!?」
 全然気付かなかった。振り返れば若干萎縮はしていたものも、わたしは五代くんと普通に喋れていた気がする。なんてことだ、もう高校の第一目標を達成しているではないか。
「それもこれも上山くんのお陰だね」
「……何でアイツの名前が出てくるのよ?」
「上山くんのフォローのお陰であすかへの誤解が解けたようなものだよ。あれが無きゃあすかは『嫌味なお嬢様』キャラが定着してたよきっと」
 リコに核心を突かれて言い返せない。確かに男の子が苦手』発言をあそこで上山がフォローしなければわたしはクラスの男の子から敬遠されたままだっただろう。しかし……
「告白は無いでしょ……あれのせいでわたしは今でもクラスからの笑いものよ」
「わかってないな~、そのお陰であすかは今美味しいポジションにいるんだよ。何なら付き合っちゃえばいいじゃん。彼氏作ってみたいんでしょ?」
 爆弾発言。何が悲しくて前世の自分と付き合わなきゃいけないんだ。首を振ること濡れた犬の如し、わたしは全力でNOサインを出した。
「確かに上山くんって全然イケメンじゃないし、うるさいし、デリカシーもない。パッと見だけならあすかとは全然釣り合わないけどさ~」
「……リコってたまに凄い毒舌よね」
 今は他人とは言え前世の自分をこうも言われるとちょっと凹む不思議な感覚。
「でも上山くんって人としてカッコいいと思うよ?あんなにも堂々と告白されたら私はドキっとしちゃうよ。あすかもドキドキしてたでしょ?」
 違う。断じて違うぞ。ドキドキしたのは確かだがそれは“前世の自分”に会うという奇妙な事態だったからだ。胸の高鳴りというよりは戦慄に近い。
 ――なんてニュアンスを説明できるわけもなくわたしは別の切り口で否定することにした。
「あ…あんなやつと付き合う分けないでしょ!?だいたいアイツは……」
 そこで思い出す過去の”トラウマ”――女の子の写真を使ってオナニーをする上山の記憶。写真とは言え盛大にぶっ掛けられたあの女の子は不憫なものだ。
 待てよ?あの“女の子”って誰なのだろう?上山を前世と認識した今なら思い出せる気がする。

 ……とあるマンションの一室。4畳半程度部屋――ここはおそらく上山の部屋だ。《わたし》は机の引き出しから写真を取り出た。まだ過去視のノイズが荒く女の子の顔は見えない。
 その写真を見ながら《わたし》は”夜の日課”を始め、やがて絶頂へと到達する。
《ハァ…ハァ…イクっ!!……やっぱ――ちゃんの写真にぶっかけるのは格別だ!》
 言い知れぬ快感と脱力感に見舞われたが、この手の感覚はもう慣れているため、“今のわたし”が声を荒げることはない。肝心な女の子の方だが、まだノイズが激しく女の子の名前が聞き取れない。ここでわたしはもう一度“巻き戻し”をしてみた。

《……やっぱ―すかちゃんの写真にぶっかけるのは格別だ!》

 ん?ちょっとクリアになったぞ。もういっちょ。

《……やっぱ“あすかちゃん”の写真にぶっかけるのは格別だ!》

………

「――すか!ちょっとあすかどうしたのいきなり黙りこんで!?」
「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!」
「うわっ、びっくりした!」
「無い!無い無い無い無い無い無い無い無い!アイツだけは絶対にあり得ない!!」
 気が付けば周りがわたしに注目している。だがそんなことは目の前の問題に対してどうでもよく、わたしは一つの結論に至った。
「リコ…アイツはとんでもない変態よ……」
「…へ?叫んだと思えばいきなり何言いだすのさ?」
「とにかくアイツだけは無いとだけ言っとくわ……さあバスも着いたし降りますか」
 最悪な気分のまま降車し、足早に下駄箱へと向かう。

《あすかちゃん、さっき叫んでたけど何かあったの?》
「あすかちゃん、さっき叫んでたけど何かあったの?」

 そんな中、わたしの中で株が絶賛暴落中の上山が話しかけてきた。ご丁寧に過去視付き、上山視点で見るわたしからは怒りのオーラが溢れている。確かわたしがこの後にすることは……

「だ…誰のせいじゃああああああああああああ」
「ふご…っ!!……な…ナイスパンチ……!」

 思わず上山の腹部に鋭い拳を放ち、上山はその場で崩れてしまう。駆けつけた五代くんが「か……カミヤマー!!」と叫び、その姿は熱血刑事ドラマの殉職シーンを彷彿させる。
(ああ……あの時の理不尽な攻撃にはこういう意味があったのか……)
 しみじみ前世の思い出にふけっていると同時にわたしは気付いてしまった――今までの過去視全てが現実になってしまっているということに。
(えっ…じゃああの記憶も……?)

 写真を思い起こす。その写真は集合写真でもアルバムでもない個人撮影のものであった。そこには朗らかでどこか照れ隠しをしたような優しい笑顔で写るわたし……

(あんな写真……何でアイツが持ってるの?)

       

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