パラパラ、と微かにコンクリートの欠片が崩れている音が聞こえる。
緊張状態を保っているこの場には、三つの勢力があった。
一つ目は、逃げてきた少女。一人っきり。
二つ目は、少女を追ってきた謎の集団。五人。
三つ目は、俺と大塚。二人。
本来なら俺達は全く話に関係無いはずなのだが、少女と一緒に囲まれてしまっているので「あ、僕ら無関係なので帰ります」とも言いづらい雰囲気に飲まれてしまっている。
「カメラ……あるか?」
大塚は場の空気を読んでいるのか知らないが、小声で俺に尋ねる。
「いや、どうやら無さそうだ。それに壁もハリボテじゃないらしい」
俺は拳でコンクリの壁を軽く叩く。
ここで思いっきり叩いたら目立ってしまうのであくまで軽く。
コツ、と。
その音が鳴った瞬間に少女は銃をB系の頭の『やや右上を』狙いトリガーを引く、引く。
ゴウン、とモデルガンとは思えない重厚な銃声が静寂を引き裂く。それも、二回。
「うおっ!」
思わず声を上げてしまったのは撃たれたB系ではなく、大塚だった。
一方の俺も声こそ出していないが、音に驚いて震えてしまう。
おもちゃではないだろうなと薄々気がついてはいたが、銃声をまともに聞く機会など皆無だった俺達。自分自身の反射に抗う術は無かった。
「……ったく、あっぶねぇガキだな。こりゃ確かに一対一だと厄介だわな」
「ああ、やっぱり最初に狙うのは熊野でしたか。いやはや、間違ってたら大変でしたね」
熊野、と呼ばれたB系は無傷。言葉から察するに、どうやら優男のサポートがあったらしい。
「ちぃっ!」
少女は忌々しげに優男を睨み付け、悪態をつく。
「……ん? え、ちょっと。今あの兄ちゃんに狙い定まってなかったよな。当たるわけ無いだろそもそも」
大塚が疑問を口に出した。どうやら見えてなかった様子だ。俺は人差し指を口に当て声のトーンを下げさせた後、自らも小声で説明する。
「いや、弾はB系の後ろで急に跳ね返ったんだ。『何もないところで』な。んで、頭に当たるかと思ったところで……フッ、と消えたんだ。銃弾が。消える瞬間に少し光ったように見えたが……はっきりとは見て取れなかった。……どうなってるんだ、あっちもこっちも」
「いやいやいやいや、どうなってるんだはお前だよ! 何さらっと銃弾視認してんの!? 」
突っ込みを片手で制す俺。今はそれどころではない。
大塚もそれを理解したようで、色々と言いたそうにしているのを堪えて黙り込む。
「くっ……きゃ、あ、ああああああああああああ!」
突如、少女が手首を押さえて悲痛な声を上げた。
銃が手から滑り落ち、地面にぶつかって重い金属音を出す。
そのまま彼女は崩れ落ち、尚も激痛に悶える。
「何……だ!?」
「アイツだ四谷!」
大塚の指差す方を見ると、大柄の男が少女に両の手の平を向けて集中している。
そして、その反対側では動けない彼女に歩み寄ってくるB系の男。
……さて、こういう時はどうする?
大塚と俺は、一瞬の目配せを交す。
俺も大塚も状況を今ひとつ把握しきれてない。
だが、美少女が大ピンチだって事くらいは二人ともわかっていた。
「放って置けはしねぇよなあ、大塚君よぉ」
「ああ、当然だとも四谷君」
傍観はここで終わりだ。
俺は、落ちてる銃を掴み取り。
大塚は、散乱してるコンクリートの破片を握りしめ。
「くらえ!」
「おらああああ!」
発砲。
投擲。
それぞれの攻撃は奴等に当たる事無く、直線上の壁を穿つのみ。
だが、それで十分だった。
大柄の男は集中を切らし謎の攻撃を中断。
B系は注意を完全にこちらに向ける。
結果、少女はすんでの所で助かり、俺達が完全に巻き込まれる形になる。
「邪魔ァ……する気か、ガキ共?」
B系の熊野が苛立ちを抑えるように俺達を見据える。
「邪魔する気MAXだよ悪党共。よってたかって女の子一人をいたぶりやがってッ! てめぇら全員朝まで正座させてやるぜッ!」
大塚は足下のコンクリ片を蹴り上げ、右手でキャッチ。盛大に担架を切った。
「ほい」
俺はその右手からコンクリをもぎ取り、代わりに持っていた銃を握らせる。
「ん?」
頭に?マークを浮かべている大塚。
「お前はその娘連れて逃げろ。こいつ等は俺が受け持つ」
続けて頭に!?マークを浮かべる大塚。
「はぁ!? どうしたお前、熱でもあんのか?」
失礼な奴だ。これも苦渋の決断だというのに。
「できることなら俺がその娘と一緒に逃避行したいが……女の子に万が一にも怪我させるわけにはいかねぇ、だろ?」
「……そうだな。悪い、頼んだぞ四谷。殺すなよ」
「ああ」
言い終わるや否や、大塚は少女の手を引っ張って一目散に駆け出す。
「ちょっ、アンタ何を……」
「いいから! 行くぞ!」
行く先に立っていた優男。俺はあいつにコンクリを投げつけて援護しようと思っていたが、意外にも奴はあっさりと二人を見逃す。
包囲網を抜け、そのまま駆けてゆく二人。やがて足音も聞こえなくなった。
「悪いね、待っててもらっちゃって……追わないんだ?」
俺は滾る心を沈ませながら、静かに問いかけた。
「ここら一帯は宮ノ前が『仕切って』いまして。どちらにせよ逃げられないんですよ、あなた方は」
答えたのは優男だった。宮ノ前、というのはどうやら仮面を被った奴の名前らしい。
「アハハ、笑えるわね。結局仲良く死んじゃう運命なんですもの。馬鹿みたい!」
嗜虐的に笑う女子中学生。
「首を突っ込まなければ見逃してやったと言うのに……愚かな」
厳粛な面持ちで黒服は呟く。
「大体何だ『殺すなよ』って? 『殺されるなよ』の間違いだろ?」
熊野が馬鹿にしたように笑う。
俺はそれには答ず、この場にいる全員に聞こえるように喋る。
「ああ、馬鹿で愚かだな、俺。そんなんだから彼女もできない、ストレスも溜まる。
最近じゃもう物に八つ当たりするくらいしか楽しみが無いんだよな……だからさ、
殺されるなよ?」
手に持っていたコンクリートは、いつの間にか砂塵へと形を変えていた。