Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 走る、走る、走る。
 見慣れた道の上を、不自然な感覚の中を。
 いつもなら顔を覚えている癖に俺に吠えかかってくる猛犬も、今日は姿も気配も見せない。
 まるで風景だけ残して、生物が全て消失してしまったかのようだった。
 その中でただ二人、俺と謎の女の子だけが逃げていた。
 追ってくるはずのない脅威から。

 「ちょっと、ねぇ! 友達を見捨てて逃げるつもりなの!? アンタそれでも男なわけ!?」
 少女は俺に手を引っぱられながらよたよたと走っている。握る手にも力が入っていない。
 「四谷はお前に怪我させないように一人で残ったんだ。俺はそれに同意しただけだよ」
 そう言って丁字路を曲がり、十歩進んで俺の家。これでとりあえずは一安心か。
 ……だが、門を開けようとするも取っ手が溶接されたように動かない。インターホンは何度押しても音を立てず、誰の気配もない我が家で室内灯だけが光っているのが不気味だった。
 「くそっ!」
 門をつま先で思いっきりキックする。ガシャンという乾いた音がむなしく響いただけで、辺りはすぐに静けさを取り戻した。
 「……一体アイツ等は何なんだ? どっかの馬鹿みたいに壁を破ったり銃弾を消したり……それにお前も何で追われてたんだよ? こんな物騒な物持って」
 俺は門前に座り込んで疑問を口に出す。
 物騒な物……大型のピストルを俺は片手でスピンさせようとするも、暴発が怖いので眺めるだけに留めた。

 「私の事を言うつもりは無いわ。あいつらは……非合法特殊異能組織『ケーリュケイオン』のメンバー。まあ、簡単に言えば超能力集団ね。奴等はその中でも上位の戦闘員クラス。
 私を『桂馬』だとすると、奴等は全員『金将』か『銀将』くらいの力の差があるわ。で、奴等を束ねるリーダーは『飛車』か『角行』。組織のボスは『竜王』……いや、『クイーン』ってとこかしら。それでアンタ達は銃持って更にオマケして『歩兵』がやっと。、少なくとも一人じゃ勝ち目はゼロね。
 そして不幸にも彼は組織の力を知らないばっかりに単身残った。……アンタの友達は今頃は生きちゃいないでしょうね。死体が残ってるかどうかを心配しなさい」
 ……確かに、俺は雑魚だ。格闘技を習ったと言っても、あの集団の前では小虫も同然だろう。
 だが。

 「その基準で言うと四谷は……『獅子』、だな」
 「はぁ? 何よそれ」
 こいつは四谷を知らない。
 あいつ等は不幸にも、四谷の力を知らない。

 
 俺はある理由から、力を欲するようになった。
 人を守る為の力を。もう二度と誰かを失わないで済む為の、力を。
 泣きながら兄貴にそう言ったら、兄貴は俺に日本拳法を教えてくれた。
 体を鍛えられ、技を叩き込まれ、心得を授かった。
 そんな兄貴も、俺が中学生の時に交通事故であっけなく死んでしまう。
 心の支えを、目指すべき目標を失った俺は自暴自棄になり誰彼かまわず喧嘩を吹っかけていたんだ。
 ゲーセン前で目があった奴にいちゃもんをつけ、中学名を問いただし、相手が乗り気なら殴りかかる毎日。
 
 ――そんな時に出会ったのが、四谷だった。
 奴と一回対決し(て手加減した軽い裏拳で10mほど宙を舞っ)た事で、俺はあることを理解した。
 
 目の前で眠そうにしている中学生は、まさに俺が理想とするような単純明快で強大無比な『力』を持っていたのだ。
 と言うよりはむしろ、奴は『力』の塊のような人間だった。
 俺は四谷に尋ねた。
 「お前……何でそんなに強いんだ? どこかで鍛えたのか?」
 四谷は俺に答えた。
 
 「いや、なんか生まれつきみたいだ。別に俺は力なんて強くなくてもいい。そんなもんより彼女が欲しい」

 生まれつき。
 その一言は俺に多大な衝撃を与えた。 
 俺が必死に力を求めてもがいてる反対側で、こいつは何の努力もせずに、何の研鑽も積まずに神懸かりで悪魔的な力を手に入れたと言うのだ。
 「人類は皆平等である」などとのたまう輩は四谷を見て何とぬかすだろうか。

 奴の力は天賦の才で片付けられるような話ではない。無論、努力でも説明がつかない代物だが。
 俺はそれを羨み、嫉妬した。そして、知りたいと強く願った。
 本人すら知り得ない強さの秘訣を知るために四谷と共に行動するようになり……
 気付けば、奴と友達になっていた。 


 「たかが超能力集団の戦闘員ごときが束になってかかったところで、四谷はやられはしないだろうよ」
 俺は持ち主に銃を返し、付着した服のゴミを摘み取る。
 あのとき散らばったコンクリートの粒子が、服の隙間に入り込んでしまっていたのだ。
 「あんな寝てばっかの男に何を期待してるの? 馬鹿言ってるんじゃないわよ、全く」
 憎まれ口を叩きながら少女は銃をひったくる。そのまま、何やら安全装置らしき物を操作し始めた。
 俺が寝てばっかの男にしてるのは期待じゃなくて、安心と信頼だ。
 

 ……寝てばっか?

 
 「こんな所にいたのか、脱走者ちゃん」
 
 中性的な高い声。
 その声と同時に門が金切り音を立てながら開く。
 振り向くと、そこには俺よりやや低いくらいの何者かが立っていた。当然、俺の家族ではない。
 長髪は銀色で目は紅色。他校の制服の袖からは真っ白い肌が見えていた。
 「最ッ悪……!」
 再び銃の安全装置を外すが、その仕草はどこか形式的だ。諦めが入っているのが目に見える。
 俺も立ち上がってすぐさま距離を取る。武器を持っていないので、とりあえず彼女を守るように割り込んだ。
 「……クイーンか?」
 「ん、僕は男だよ?」
 いや、そう言う事を言っているのではなくて。
 
 「飛車の方よ。四天王の一人……『重圧』の飛鳥山」
 「どうも♪」
 
 飛車は、片手を上げて微笑んだ。
 
 ……四天王、ときましたか。
 こっちは歩未満に、桂馬が一枚。四谷がいない今、状況はかなり絶望的だ。
 最悪、彼女だけでも逃がさなくてはならない。
 どうにか時間さえ稼げばあるいは四谷が……

 ……情けねぇ。

 俺は小さく、薄く、細い。……全くの、無力だ。
 俺に、俺にあいつのような力さえあれば――

 「ねぇ、ここ君の家?」
 殺意など微塵も見せずに、飛鳥山は唐突に俺に話題を振ってきた。
 思わぬ時間稼ぎのチャンス……なのだが、素直に謎の組織に住所をバラしていいものだろうか。
 ……いや、下手な嘘はつかない方がいいだろう。今はこの場を切り抜けるのが先決だ。
 「ああ……そうだけど」
 落ち着いて答えると、飛鳥山は表札と俺の帽子を二、三度見比べた。
 「大塚、それに帽子……もしかして君、大塚光の弟だったりする?」
 奴の口から出てきた名前、大塚光。それは確かに俺の兄貴の名前だ。
 「兄貴を……知っているのか?」
 何を今更、と飛鳥山は顔を綻ばせる。
 
 「知っているも何も、有名人じゃないか。『火鬼』の大塚は」
 
 かき? 
 有名人?
 ……一体、何の話をしているんだ?
 「ひょっとして、今家にいたりする? ちょっと話があるんだけどさ」
 こいつは、兄貴と知り合いなのか?
 それとも、一方的に知っているだけなのか?
 ……わからない。
 しかし、どっちにしろ会うのは不可能だ。
 「いや、交通事故で兄貴は死んだ」
 「はぁ? 交通事故? そんなんで『火鬼』が……」
 そこまで言ったところで飛鳥山の胸ポケットが光り、同時にチープなピコピコ音が流れてきた。
 奴は「……っと、失礼」と言いながらポケットをまさぐり携帯を耳に当てる。

 「はい、こちら飛鳥山。
 ……ああ、どうした?
 ……へ、もう一回言って?
 ……はぁ? 全滅したぁ!? 血染め小隊(ブラッドトルーパーズ)が?
 え、ちょっと何、本気で言ってんの? ドッキリ?
 うん……うん……壁と地面に? 全員? はい、小台だけ外傷無し?
 はいはい……うん、わかった。戻ってていいよ」

 通話は飛鳥山が切って終了した。
 ……気の毒な奴等だ。
 「……君たちがやったの?」
 飛鳥山の目つきが変化する。
 先程のフレンドリーな雰囲気とは程遠い、捕食者の目をしていた。
 イエスともノーとも言い難い質問。
 俺が返答に困っていると飛鳥山は勝手に話を続ける。

 「ふーん……まあいいや。ちょっと僕用ができたから失礼するよ。
 その前に三つほど。
 荒川ちゃん、秘密については言っちゃ駄目だよ。とりあえずは見逃してあげるけどさ。
 で、弟君。君のお兄ちゃんは交通事故で死ぬような人間じゃない。確実にどこかで生きている。
 あと、君の家を攻撃したりする事は無いから安心していいよ。後が怖いからね。じゃね」
 そう言って、飛鳥山は宵闇に消えていった。

 「助かった……の?」
 荒川と呼ばれた少女は無気力的に呟く。
 「どうやら、そう言う事らしいな」
 答えた俺。その思考は奴の言葉の一部分に集中していた。
 
 兄貴が、生きている?

 まさか、そんなはずは無い……と思うが。
 それに、奴は何で兄貴の事を知っていたんだ。有名人? 何の?
 ……わからないことだらけだ。

 「アンタ達、一体何者なの?」
 荒川が俺に困惑の目を向けている。お前が言うか。
 「俺はしがない一般高校生。四谷は……ありゃ宇宙人かなんかだ」
 知らない部分は適当な答えで紛らわした。しがない一般高校生よりかは遙かに近いだろう。
 「それよりもお前だ、お前! 何で四谷が授業中寝てばっかだって知ってるんだよ?」
 何を今更、と言った顔で荒川は眉間に皺を寄せる。
 
 「何でって、あんなに凄い勢いでチョークが飛んでくるのに微動だにしないんだもの。嫌でも印象に残るわよ」
 
 ……。
 えーっと、荒川、荒川……。
 うちのクラスに荒川は……二人。
 一人は男。野球部。
 もう一人の荒川は確か、女で……
 
 
 ……図書委員。

 「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? お前荒川!? マジで!? あり得ねぇぇぇぇ!!」
 「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? 今気付いたの!? アンタ目おかしいんじゃないの!?」 
 だってお前荒川って言ったらアレだぞ、眼鏡で本ばっか読んでて化粧控えめで……いやあっちも不細工じゃないけどお前、これは詐欺だろ……。
 「大塚ー、かるーく捻っといたぞー」
 四谷が何故か上機嫌でこちらに走ってきた。
 何はともあれ、全員無傷で生存できたようだ。ほっと一安心。

 
 だが、この出来事は始まりに過ぎなかった。
 俺はここから非日常に巻き込まれる事になる。

 ……四谷の存在が既に非日常と言ったら、それまでだが。

       

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Neetsha