Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 メイド。
 元々は使用人は男性がほとんどであったが、19世紀に中産階級の成長とともに女性の使用人が増加、職業としてのメイドが成りたったと聞く。
 20世紀末、極東の島国、日本でそのシックでモダンな服装や主に従う者と言う設定がオタクのハートを掴み、一つの萌えジャンルとして成立した。

 そして21世紀。
 メイドは、空を飛ぶ。


 飛んできたメイドは無言。違和感の正体を考えている俺も無言。四谷もどうしたものかと俺とメイドの二人を見比べているだけ、無言。
 蝉が喚き散らし、飛行機の音が響きわたる大音量の中で、俺は静けさすら感じていた。
 額から流れる汗が目に入り、それを腕で拭い取ったところで、気付く。
 あのメイドは、ほんの一滴たりとも汗をかいていない。
 この熱気の中で、体温調節のために発汗すると言う生理現象が起こらないはずがない。
 そもそも、遙か向こうのマンションから飛べるはずがないし、飛べたとしても体が耐えきれるはずがない。
 人間なら。
 
 ……どこだ?
 いつ、どこで俺はこの人を見たと言うんだ?
 
 メイドは僅かに口を開く。挨拶の言葉を期待していたが、小声で一人言を呟くだけだった。
 「……分析完了。対象が『上野 玲司』である確率……99,98%。上野玲司本人と断定します」
 
 口ぶりから判断するに、目的は俺らしい。
 嫌に機械的な台詞だが、彼女もどうやら俺を……



 機械?

 その言葉を反芻した瞬間、頭の中に膨大な情報が雪崩れ込んできた。
 記憶が逆流を始め、高速で追体験が行われていく。
 回り狂う過去を俯瞰で眺めながら、脳内の情報がバケツをひっくり返したように大量に降り注いでくるのを、感じた。
 中学。
 メイド。
 父親。
 夢。
 義務。
 表情。
 機械。
 ……アキ。

 全てが合致し、一つの大きな記録になる。

 「え、用があるのは上野の方なの? おいおいまたこんなパターンか……。ヘイお嬢さん、こんな水着の女子が見たいがために授業サボって屋上でのぞき見してる変質者より僕の方が頼りになりますよ、絶対」 

 四谷がずい、と俺を押しのけ彼女に歩み寄る。
 彼女……アキは四谷の顔など全く見ていない。じっと無機質的に俺を目視している。
 そしてもう一度口を小さく開いた。
 
 
 「モード、対象の殺害行動に移行します」
 
 
 全身の毛が、逆立つ。
 全くの想定外な発言に一瞬戸惑ったが、彼女が指先をこちらに向けたのを見て俺はすぐさま叫び、伏せた。
 「避けろ!」
 四谷もアキの発言を聞いて異変に気付いたのか、右方向へ大きくステップ。
 
 刹那。
 彼女の指から閃光が走る。
 同時に、後の柵に設置されていたビデオカメラが爆散して落下していった。
 
 「Oh...Fucking Crazy」
 一瞬の静寂の後、突然の事態に四谷が流暢な英語で喋りだした。相当混乱している模様だ。無理もないか。
 俺も一緒になって混乱したい所だが、そうはアキが許してくれない。指先から硝煙を吹き上げつつ、ただ事務的に再び俺に照準をつける。
 だが……その対策は一応知っている。
 俺の記憶によるとアキは無駄に弾丸をばら撒かずに、ひたすら急所を狙ってくるはずだ。
 よって正答は距離を取っての横移動。これで完璧とは言わずとも命中率が格段に下がるはず。
 
 そう思っていたが、間違っていた。
 彼女は俺に向けた右手を180度回転させ、まるで開いていたコンパスを閉じるように、手首を下に「折りたたむ」。
 露出した手首の断面から見える物は骨や神経などの体組織ではなく、闇。
 俺が間違えていたのは答えではなく、問題。
 
 ――こんな場所で「それ」か。
 誰だ、そんな無茶な命令を出した奴は。
 
 あまりにも痛恨過ぎるお手つき。俺は死を覚悟する。
 彼女の手からあと数瞬で放たれるのは……必殺のグレネード弾。
 それが自分に飛んで来るのを視認することなど、できはしない。
 人間なら。
 
 「――らあッ!」
 グレネードは割って入った者に投げ上げられ、遙か上空で爆発。その音も相まって、あたかも花火が打ち上げられたかのような光景だった。
 そう、ここには人外がもう一人。
 「冗談キツいね、お嬢さん」
 四谷は不適な笑みを浮かべながら、アキと相対する形になる。
 グレネードの破片が俄に降り注いで来る中、アキは初めて四谷に視線を寄越す。 
 「四谷、逃げるぞ!」
 俺は四谷の腕を引き、屋上の扉から中へ飛び込んだ。
 「え、逃げるの? 俺が思うにあの娘、『ケーリュケイオン』かなんかに捕まって改造手術され心を失ったサイボーグ少女なんだよ、多分。うん。こう、優しく抱きしめて人の温もりをだな」
 「残念ながら、その妄想はハズレだ。彼女……『葉原 秋』は多目的ロボット。最初から心なんて存在しない」
 そのまま階段を下り、特別教室横の廊下を駆けてゆく。
 「何でそんな事知ってるんだ? まさかお前、性的願望を満たすために秘密裏にあんな美少女ロボットを造っていたとでも……。いや、いくらお前がド変態で頭良くても、あんなロボットは造れないか」
 
 

 「造ったんじゃない。……これから造るんだ。恐らくな」

 その言葉を言い終わると同時に、前方の天井が派手な音を立てて吹き飛ぶ。
 陽光がスポットライトのように照らすその円の中に、物言わぬメイドが華麗に降り立った。

   
 俺が彼女を見た場所。それは――

 頭の中、だった。



       

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