Neetel Inside ニートノベル
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 アキは俺を確認するや否や、左肘をこちらに見せるように振り上げた。 
 目立つことは全くないが、アキのメイド服には数カ所、穴が開いてる部分が存在する。
 服がほつれてできた穴でも虫食いの穴でもなく、アキの構造上の問題で意図的に作られたものだ。
 その内の一つ、左肘の穴から刃渡り40cmの高周波ブレードが顔を出し、日輪に煌めく。
 「……つまり、未来からやって来たアキちゃんが造り主のお前をぶっ殺しにきた、って?」
 「どうやら、そう言う事らしい……四谷、あれには触れるな。下手すればお前でも一刀両断だ」
 あれはアキの武装の中でもかなり危険な部類に入る。
 なんせアレは中学時代に、
 『超高速振動することによりどんな物質でも素粒子単位で切り分けられる刀』
 と言う凄まじい設定を創ってしまった。
 どこまで設定に忠実なのかは知らないが、アキの姿形が俺の想像と細部まで同じなのを見るに……再現率の低さには期待できない。
 少なく見積もっても、鋼鉄程度なら羊羹のように切断するだろう。
 「一刀両断ておま……」
 四谷が言い終わるよりも早くアキは右手でブレードのスイッチを入れ、間髪を入れず俺目掛けて突風の如き速度で突進してきた。
 俺が飛び退くより声を上げるよりずっと早く、反応すらままならないままブレードは眼前に迫る。

 が。
 鼻先五分でそれは止まる。
 「んなもん人に向けるなって……て言うかんなもん作んなって……」
 紙一重で四谷はアキの右腕を掴み、ブレードは俺の目の前で静かに空回りを繰り返す。
 四谷がアキの腕を押さえていなければ俺の顔面は綺麗さっぱり上下に分割されてた所だった。
 「捕まえたぞ! どうする!? 乳首ダブルクリックで止まるか!?」
 大声で叫ぶ四谷。アキは左腕を必死に動かすも、ブレードを押し込むことができない。
 「緊急停止スイッチは首の後の小さな黒子だ。それを押し込めば止まる」
 俺は壁伝いにゆっくりと移動し、首の後の黒子を確認する。
 いざ押そうとしたその時、アキの右手から9mmパラベラム弾が乱射され四谷の胸部へ次々と突き刺さった。
 「あばばばばばばばばばばばばばっ!!」
 ……いや、突き刺さらなかった。銃弾は次々と四谷に命中しては地面に落ちて転がり、床には薬莢と弾丸が大量に散らばり、ぶつかり合って転がりゆく。
 大したダメージこそ無いが、まさか撃たれるとは思っていなかった四谷。突然の痛みにその腕を放してしまった。
 拘束が解けたらすぐに襲いかかってくると思っていたが、意外にもアキは一旦俺達から離れて様子を見る。
 今度は俺をではなく、四谷の。
 「……対象Bを任務の妨げになると判断。準殺害対象と認識します」
 例によって事務的な口調で呟くアキ。邪魔者はすぐに始末するべきと考えたのだろう、飛び込むような一足の踏み込みで四谷を射程に捉えて、ブレードを突き刺す。
 
 胸へ。
 躱す四谷の、服を掠める。
 「危なっ」
 横薙ぎに、首へ。
 しゃがむ四谷の、髪を刈り取る。
 「ちょまっ」
 そのまま勢いをつけてジャンプし空中で一回転、頭上から縦一閃に切り下ろす。

 ――しかし、その軌道は四谷に読まれていた。
 「やめなさい!」
 迫り来る刃は横から思いっきり殴りつけられる。
 『俺が考えた最強の高周波ブレード』は根本からへし折れ、吹っ飛び、回転し、窓を破壊して、尚も飛揚し、はるか遠く……校庭の真ん中に見事に突き立った。
 ……なんとも、形容し難い感情だ。

 「いって、くそ……」
 四谷が苦痛に顔を歪める。ブレードを殴った右手からは真っ赤な血が滴り落ちて、フローリングの床に染み込む。
 それを見た俺も心臓が締まるような思いに駆り立てられる。
 自分の妄想に殺されるのはまだしも、自分の妄想で友人が傷つく気分は、最悪の一言だ。
 
 「四谷、構わん! 叩き壊せ!」
 俺は自分でも驚くほどに声を荒げた。
 「断る。女性を殴る拳は持ち合わせてない」
 一瞬の思案もせずに、答えが返ってくる。
 そう言っている間にもアキは俺を狙い撃ち、四谷はその銃弾を右手で弾く。
 鮮血が壁に床に飛散し、廊下は薬莢と血で彩られた戦場へと変わっていくようだった。
 「だから、そいつは……!」
 「わかってるッ!!」
 
 学校中に響くような四谷の怒声に俺はおろか、アキまでがその動きを止めさせられた。
 
 「ロボットだろうがなんだろうが、死んでも女は殴らん! 俺は……差別主義者、なんでな」
 四谷が口の端を吊り上げて笑ったのが、後からでもよくわかった。
 
 「お前達、何をしている!」
 そこで、ようやくと言うべきか一人の先生が奥の階段を上がってきた。
 この混沌とした光景を見て、怒りよりも本当に何が起こったのかわからないと言った表情をしている。
 アキはそれを横目で確認する。あくまでも俺達を意識しながら。
 しかし、四谷はその一瞬を隙ととらえた。
 すぐさま俺の腕を掴み、
 「行くぞ上野!」
 と叫びながら先程割られた窓から飛び降りる。
 馬鹿、ここは3階だ……と言おうとしたところで、3m下の部室棟に渡ろうとしていることに気付き衝撃に備える。
 どうにか、着地。上履き越しに足の裏から膝まで強い衝撃が走り、思わず俺はへたり込んでしまった。
 「まだだ!」
 突然飛び降りをさせられて心臓がバクバクと鳴っている俺を背負い、助走をつけて校庭へと大きく跳躍。
 
 21世紀。
 高校生は、空を飛ぶ。


       

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