翌日。
例によっていつもと変わらぬ登校時間、新橋に会うなり早口に尋ねられる。
「お前と上野、昨日何で早退したんだ? 校庭や特別教室辺りの惨状は関係あるのか? ……え、つーか何で怪我してるのお前!? 四谷が怪我!?」
次々と疑問を口に出すその途中で腕の包帯に気付き、目をひん剥いて驚く新橋。
通行人が何人か振り向いてこちらを見るほどに、その声は大きく、更に早口だった。
「落ち着け新橋。ちょっと色々あったんだよ。順を追って説明すると……
上野と二人で屋上にいたらメイドが空から降ってきて……いや飛んできて、いきなり上野にサブマシンガンやらグレネードやらをぶっ放してきたんだ。
何でも、そのメイドは未来で上野が造ったロボットなんだと。彼女は何故か過去、つまり今現在の上野を殺しにやって来たらしい。
それで屋上をぶち抜いたり高周波ブレードで斬りかかったりと大暴れ。校庭に場所を移した俺達は、ついに彼女を止めることに成功する。
その時に『敵に超音速で突進した上に鉄杭をぶち込む』必殺技をもらって通院するハメに。でも結構幸せだった。めでたしめでたし。生きる」
俺はありのまま起こった事を話した。
「何で!? いや、何で!?」
新橋は人目もはばからず絶叫する。俺の肩を掴んで思いっきり前後に揺らそうとするが、生憎俺は揺れず動かず。
「全編にわたって突っ込みどころが多すぎるんだよ! 何だメイドロボって? 何だ未来から上野を殺しに来たって? 何だ高周波ブレードって?」
何だ何だと聞かれても、俺も詳しいことを知ってるわけでは無い。こっちが聞きたいくらいだ。
「上野に聞けよ」
「一番の疑問は四谷、お前だ! 何故超音速で激突されて通院で済む! むしろ何故生きてる! そして何故幸福を感じる!」
随分ひどい言われようだ。俺が生きてて何が悪い。
説明するのも面倒だったので、「だって相手は女の子なんだぜ?」と適当に答える俺。
常識人の新橋はそれを聞いて黙りこくり、学校に到着するまでの十分間を悪い夢でも見たかのような顔で過ごしていた。
いつものように教室に入る。俺にとっては普通だが、他の人にとっては普通じゃなかったみたいだ。
「あれ、四谷が怪我……してる?」
真っ先に気付いたのは渋谷。その小さな呟きを聞いた瞬間、クラスの全員の視線が俺に注がれた。
怪我をしてない片手を軽く振って全員に挨拶すると「おはよー」とか「大丈夫?」とかの声がチラホラと聞こえてきた。
「あはは、いやちょっと転んだだけ、大丈夫」
そう笑いながら答えたら、みんな安心したような顔、あるいは、どうでも良さそうな顔をして注目は解かれた。
極一部の男子及び、荒川さんを除いて。
よっこいしょ、と席についたら、俺の周りにはいつものメンバーが群がってくる。それぞれ驚愕と疑惑の表情を浮かべながら。
荒川さんも集まってこそ来ないものの、何やら俺の顔をじっと見ている。惚れたわけでは……無さそうだ。
それと、上野もまだ来てないようだ。昨日の今日だ、休んでいても不思議ではない。
「転んだくらいで怪我~? 嘘こきやがれ、どこで転んだらお前が怪我するんだよ。地雷原か?」
「四谷どうしたの? 本当に転んだわけじゃあ……ないよね?」
「だから言ったろ四谷、モビルスーツ相手に素手で挑むなって」
目白がいち早く口を開き、神田も同意見のようでそれに乗っかる。俺の嘘は看破されてしまっているようだ。当たり前といったら当たり前だが。
五反田は珍しく携帯を持っていなかった。本人は冗談のつもりだろうが微妙に合ってる事が悔しい。
「まあ、ちょっと女の子にな。告白したらキツい一撃をもらった」
「もしかして……四天王? 銀髪の奴にやられたのか? そいつ男だぞ」
「違う違う、『組織』は関係無い。未来からやって来たロボットがさ」
俺と新橋を除く五人はもう慣れたのか、その無茶苦茶な展開に驚くことも無く相手の予想を始める。
「未来からやって来た……」
「女の子のロボット……でしょ?」
「四谷に怪我を負わせられる奴っていやあ……」
「あ」
「お、わかったのか五反田」
五反田はフィンガースナップと同時に俺を指差す。
「ドラミちゃん」
「ああードラミちゃん……」
全員が思い出したかのような声を出す。お前等はドラミちゃんなら納得するのか。
「ドラミちゃんは実在しないって。まあ正解を言っちゃうと、未来で上野が造った多機能メイドロボが何故か現代の上野を殺しに来たから頑張って止めただけなんだけどな」
と正答を教えてやる。
「俺の中の常識だと『未来で上野が造った多機能メイドロボ』も実在しねーけどな」
それに対し、皮肉っぽく目白は言う。俺も昨日までは同意見だった。
「あ」
「ん、どうした渋谷」
渋谷は五反田の真似をして俺を指差す。
「ターミネーター?」
「それだ!」
昨日からの既視感の正体に気付き、俺は渋谷を指差し返した。
「……おはよう。何やってるんだ?」
上野が教室に入ってきた。かなりやつれた様子だが、怪我は特に無いみたいだ。
「あ、ジョン・コナーが来た」
「おはようジョン・コナー」
目白に合わせて大塚も上野をジョン・コナー扱いを決め込む。
「……何の話だ、一体」
「自分が造ったメイドロボに殺されかけたんだって? 冗談だと言えよ」
新橋が未だに信じられないと問いかける。適応能力の低い奴だ。
「殺されかけたのは四谷。俺はまあ、平気だよ」
「そのロボはどうしたの?」
「初期化した後、現在出来る範囲で修理した。今はただのメイドロボだ……一応」
「だから当たり前のように言うけど『ただのメイドロボ』の時点で十分おかしいんだって。わかってねーだろ?」
「て言うかさ、上野が考えて、未来の上野が造ったロボットなんだよな?」
五反田が意味ありげな発言をする。
「ああ、そうだ」
「この中でぶっちぎりトップのアブノーマル度を誇る上野様が、まさか戦闘と家事以外の事は何も考えていないって事は……ないよな?」
この中で二番目のアブノーマル度を誇る五反田様の発言に、俺達全員は息を飲んだ。
まさか本当に自らの性的願望を満たすために……?
「あー、上野ならやりかねないな。とても人間相手にはできない、むしろ口に出すのも憚られるようなプレイを」
何やら理解してしまったように、大塚は同情的な表情を見せる。
「な……何かやったの?」
恐る恐る神田は尋ねる。それは確かに好奇心からくる質問だが、ホラー映画を見てしまうとか心霊スポットに行く、と言った方向の好奇心だった。
全員の視線が集中する中、上野は静かに語る。
「大した事はやってない。持ち帰ってどうしようか考えていた時に『お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! ご命令を』って言ってきたから、とりあえず指を舐めさせようとしたんだ」
始めにとりあえず指を舐めさせると言うのが意味不明だが、そこは上野。
「上野先生が教える『メイドを拾ったらどうするか』。その①、指を舐めさせます」
そして、隣で大塚が謎の講習を始めた。
「俺が自分の指を口に含んだ後に差し出して『ほら、舐めろよ』って言ったんだ」
「その②、まず指を自分の口に入れ、唾液を染み込ませませてから差し出しましょう」
「頭おかしいよこいつ」
目白の意見に、俺と神田が頷いた。当然、渋谷は苦笑い。
「そうしたらアキ……ああ、メイドの名前な。アキの目の色が変わったんだ」
その瞬間、ゴクリ、と言う音が確かに聞こえた。俺の音かもしれないし、となりの五反田の喉の音かもしれない。
「アキはゆっくりと口を開いて……」
「開いて……?」
「『エラーが発生しました。その命令は禁止要項に該当します』と早口で言った後目にも止まらぬスピードで差し出した腕にアームロックをかけてきたんだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「その③、アームロックを喰らいます」
「その後、ありとあらゆる行為を試したが、どうやらセクハラ全般に反撃するように造られてるらしく今の俺には外すことができないんだ。おかげで右腕の可動域が増えてきた」
ああ、だから妙にボロボロなのか。
「馬鹿だろこいつ」
目白の意見に、渋谷以外の全員が深く頷いた。