Neetel Inside ニートノベル
表紙

Z軸を投げ捨てて
四谷

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 「……と、言うわけなんだよ」
 「吸血鬼になった上に吸血鬼の女の子と吸血鬼ハンターの女の子に迫られました、ってか。ハッ、中学生の妄想かっつーの」
 「ロリババアだと、貴様……。 !? 待てよ、『歳を取らない少女』に『女装少年』……これらを組み合わせると……五反田!」
 「『永遠におっさん化しない男の娘』ってか……やばい、世界が塗り替えられるぞ……!」
 「神田君!」
 「女装に興味はあるかい!?」
 「ないよ!!!」
 「……新橋、顔色悪いけど大丈夫?」
 「…………渋谷、俺もうこの世界がわかんないよ…………」
 「おーい四谷、死ぬな。生きろ、生きるんだ。まだ見ぬかわいこちゃん達がお前を待ってるぞ。きっと。来世辺りにでも」
 「そのフレーズ地味にトラウマだから止めろ……ていうか何でお前が知ってるんだ大塚」
 
 夏休みも既に中盤。
 記録的な猛暑が幅を利かせる中、俺達は無駄に広い五反田家に集まり、無駄に広い五反田の部屋で、各々無駄なくくつろいでいた。
 特にいつもと変わりない日常の一ページ……のはずだが、いつもと違う所があるとすれば。
 
 「……で、何でお前等彼女連れてきてんの?」
 無粋な発言をする新橋。
 俺から言わせてもらえば「お前も連れてくればいいじゃん」だが、
 「だから彼女じゃねーって!」と返される流れはもう飽きたので沈黙を続ける。
 
 いつもは野郎だらけの不毛の大地だが、今日はその中に色とりどりの花が咲き誇っていた。
 今日この場にいる女の子は……五人。

 「ああ、家に一人にしておくと……その、困ったことになっちゃうし、ね」
 「お邪魔させていただいてます、よよぎです! 真彦様の家に居候させて頂いております! 今後ともよろしく!」
 元気いっぱいに手を振り上げる猫娘に。

 「いや、移動手段」
 「お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! がいつもお世話になっています。メイドのアキと申します、お見知りおきを」
 背筋をきっちり伸ばして正座するメイドロボに。

 「ああ、外は暑いんでの。昼型のわしには厳しいのでお邪魔させてもらうわ。結城の保護者の御茶ノ水タエじゃ。たえちゃんと呼んで良いぞ」
 「寝るか死ぬかのどっちかにしなさい……あ、お邪魔してます、神田君のお世話をさせて頂いてる飯田橋です。よろしくお願いします」
 「なんでこの人達僕の行く場所わかるんだろう……」
 ベッドに寝そべる吸血鬼に、笑顔を振りまく吸血鬼ハンターに。

 「失礼します。えっと、全員コーラで大丈夫ですよね。よよぎちゃんだけ牛乳で」
 「ありがとクロメちゃん。こっち来なこっち。自己紹介」
 「あ、どうもみなさんこんにちは。クロメと申す者です……その、直己君の彼女、を務めさせてもらってます」
 少し恥ずかしそうに頭を下げる悪魔。

 
 新橋の彼女、ツンデレの大崎さんは来ていない。新橋が誘ってない以上来る道理も無い。もっとも、誘った所で来るかどうかわからないが。
 普段は目白のストーキングに勤しむ池袋先生も、今日は用事で来られないとの事だ。
 大塚が呼んでいないので荒川さんも来ない。代わりに俺がメールを送ったが、スッパリと断られた。
 余談だが、大崎さんと荒川さんは仲が良いらしい。あくまで余談だけど。
 
 「……人外組だな」
 ボソッと大塚が呟く。
 まあ、世界広しと言えどもこんなに人間外の女の子が揃う部屋も他には無いだろう。
 「やだなぁ大塚君、私は人間ですよ」
 「……果たして、殺人鬼は『人間』と呼べるのかのう」
 「どうやら……血管に極太空気注射を打ち聖水風呂に沈めた後に心臓を抉り取り銀の包丁でサイコロステーキのように細切れにしてルーマニア土産にされたいようね」
 「ルーマニアにそんな恐ろしいお土産は無いよ!?」
 「怖っ! 飯田橋さん怖っ! って言うか最近の女の子怖っ!」
 「ちょ、冗談に決まってるじゃないですか二人共!」
 オカルト関係に一通り詳しい大塚はすっかり吸血鬼組に溶け込んでいる。
 最近の女の子が怖い事には深く同意だ。特に……
 俺はアキちゃんを横目で眺める。


 「猫又、悪魔、吸血鬼……該当データが見あたりません、興味深いサンプルです」
 「ササササンプルって何!? 実験動物!? モルモット!? 電流!? 解剖!?」
 「大丈夫、大丈夫だよ、よよぎ」
 「アキ、初対面でサンプル扱いは無いだろう」
 「そうですね。ご無礼をお許し下さい」
 「い、いえ、私は構いませんが……えっと、アキさんは生物……じゃないですよね……?」
 「未来から来たメイドロボ、だってさ。クロメちゃんの世界にはロボットとか居なかった?」
 「いえ、全く……人間界は技術の進歩が凄まじいですね」
 「クロメ様の世界……?」
 「ああ。クロメは俺に召喚されて魔界から来たんだ」
 こちらはお互いに相手を注意深く観察し合っていた。
 無理もない。文字通り住む世界が違う方達が人間を挟んで未知との遭遇に至っている、と言った状況なのだから。
 「魔界には強大な力を持つ悪魔が住んでおり、人間が入るにはあまりに危険です。行き来するためには門を開く必要があります」
 「……ま、人外は入った所で死にやしないだろうけど」
 五反田が俺を一瞥し、フッと鼻で息を吐く。
 ああ、さっきの大塚の発言、俺も含まれていたのか……。
 「あの人は駄目です! 真彦様をトラックに突き飛ばし、殺害に失敗したら直接手を下そうとした残虐非道畜生野郎です!」
 「だから違うってば……」
 「騙されては駄目です真彦様! 今の内に殺っておかないと危険です!」
 長いしっぽをピンと立て、よよぎちゃんは俺に威嚇の姿勢を取る。
 彼女の勘違いは随分悪化してしまっているようだ。
 「四谷さんを殺すのは無理ですよ、多分……それこそ魔王級を呼んでこないと」
 クロメちゃんは乾いた笑いを漏らす。
 「ああ、四谷を殺すなら女の子の悪魔かロボットか吸血鬼か何かで囲んで袋叩きにするしか……」
 そこまで言った所で上野は何かに気付き、考え込んでしまった。
 んー、と軽く唸った後に口に手を当てる。そして一言。
 「……ご褒美じゃないか」
 ……まあ、そう言うとは思ったよ。
 「クロメちゃん、この男は常にエロい事しか考えてない変態だから近づいちゃ駄目だよ。むしろ俺以外の男に近づいちゃ駄目だから」
 「はいはい、わかってますってば」
 照れながらも優しく微笑むクロメちゃん。
 てっきり五反田は独りよがりのヤンデレになってると思いきや、問題無く相思相愛らしい。
 さっき男の娘がどうのかこうのか言ってたのは聞かなかった事にしよう。

 「へー、悪魔なんているんですか。私も結構対魔の知識はあったつもりなんですけどねー」
 「飯田橋さん、クロメちゃん狩ったりしないでよ?」
 「しませんしません、特に恨みも無いですし。吸血鬼の方が悪魔よりよっぽど悪魔ですよ、マジ悪魔です。死に絶えるべきですよ。神田君以外」
 「ああそういや神田も吸血鬼だったんだっけ。いいなー、俺もお前等みたいな人外的な力が欲しいわ」
 「四谷、クロメちゃん、よよぎちゃん、アキちゃん、たえちゃん、神田、飯田橋さん……は人間か。おいおい、半分が人間じゃないって凄いな」
 ……なぜ真っ先に俺を挙げる、五反田。
 部屋内は賑わい、あれやこれやと会話が飛び交っている。
 何だかんだでみんな異文化交流を楽しんでいる様子だ。

 「……ああ、超居心地悪りぃ……」
 「俺ちょっと頭痛くなってきた……帰ろっかな」
 目白+新橋の常識人コンビ以外は。
 
 「あの電波女も大概だが、正直俺、あまりオカルトの類は関わりたくねーんだよなー……」
 「俺、もっと現実的で退屈な日常の方が好きなんだよね……」
 部屋の隅でぐったりしている二人。
 良く考えれば当たり前だ。常識外の非日常が一つならともかく、三つ四つも並んでやってきたら常人の理解力では足りなくなるのも無理はない。
 どうやら、彼等二人のキャパシティは限界を超えてしまったようだ。
  


 「それにしても、四谷はなんなんだろうな、結局」


 大塚の呟きに、男子勢の口の動きがピタリと止まる。
 女の子達もそれに習って、口を閉ざす。
 和気あいあいとしていた部屋の雰囲気が変わる。
 みんな少なからず考えていた事だ……特に、付き合いの長い俺達、男共にとっては。
 
 「超能力者でも無い。妖怪でも無い。ロボットでも無い。悪魔でも、吸血鬼でも無い。
 でも……その力は既に人の域に非ず、だ」

 「おかしいのはそこだけじゃない。何で四谷だけこんなおかしな事に巻き込まれるんだ? 確かにクロメちゃんを召喚するときに四谷を呼んだのは俺だ。
 だけど……ここにいる全員、女の子に出会ったときにはいつも、『四谷が近くにいる』んだよ。これって、偶然にしては出来すぎて無いか?」
 五反田が続ける。
 
 「そう言えば……」
 「そう……だね」
 確かに、いつだってこいつらと女の子が出会うのは俺の目の前だった。まるで見せつけられるかのように、手の届く距離で。
 
 「――ああ、五反田。お前気付いて無かったのか」
 静かに意味深な台詞を吐いたのは、上野だった。
 「はぁ? いやだから、気付いてたんだろ五反田は。何がおかしいんだよ」
 目白が上野の発言を喧嘩腰に遮る。
 隣の新橋もさっきとは打って変わって真剣な表情をしていた。
 上野はあくまで冷静に。鉄面皮を維持したまま語る。
 
 「これまでの事は全部、『四谷が原因』なんだよ」

 部屋内が、沈黙に包まれる。
 男は自分の記憶を辿り、女の子は話についていけていない表情を見せる。
 「……それってどう言う事だよ、上野」
 真っ先に口を開いたのは、当人の俺だった。
 俺は他人同士をくっつけようとしたことなど、一度も無い。断言できる。
 
 「いや、違うな、悪い。正確に言うなら――


 『四谷がいなければ、出会っていなかった』んだ。これが正しい」
 


       

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