Neetel Inside ニートノベル
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 ……と言われても、俺には彼女が出来た記憶など無いが。
 「え、四谷彼女いたの?」
 「いや……身に覚えが無いです」
 赤ん坊か幼児の頃に幼馴染みとでも付き合ったのだろうか。
 幼馴染みなんて縁の無い言葉だと思っていたが、もしかしたら忘れてただけのかもしれない。
 そうするともう少しで幼馴染みが転校してきて
 「あ、あれ、ひょっとして……たかふみくん? 私千夏(仮名)だよ、覚えてる? ホラ、昔二人っきりで遊んだじゃん! 久しぶりだね~。あっ……あのさ……前に私がたかふみくんに言ったこと……まだ覚えてる? わ、忘れてるならいいやっ! 思い出さなくていいからね!」

 「あーわかったわかった」
 大塚の挙手により、妄想の深層部までダイブしていたのが現実に戻される。厳しいと噂の現実へ、と。
 「あれだ。頭に衝撃を受けて記憶喪失になったんだよお前。その時に脳のリミッターが外れたんだろ多分」
 「いいえ、違いますねぇ。四谷君には正真正銘、彼女がいませんでしたよ」
 「……どうにも話に要領を得ねぇな」
 「まあ、お聞き下さい。女の子に縁のない四谷君はこれまでずーーーーーーーーーーっと純潔を守ってきたわけです。早い話が童貞ですね」
 
 ずしょ、と言う音が脳内に響いた。
 妖艶な笑みを浮かべた美少女に面と向かって『童貞』と言う矢印(じじつ)を心臓に突き刺された音に違い無いだろう。
 痛い。痒い。恥ずかしい。死にたい。
 「ふふふ、そう言うわけで私が貰ってあげますよ。お姉さんが可愛い童貞君をいただいちゃいます。そう言って彼女は俺のズボンのジッパーを咥えて口で下ろす。そこには既に限界近く張り詰めた俺の陰茎が下着を突き破る勢いで屹立していた。それを目の当たりにした彼女は得物を見つけた野獣のような顔をして、へぇ……童貞君の割には立派じゃないですか……中々楽しめそうです。一滴残らず搾り取ってあげるので覚悟して下さいね? と言い俺のパンツを」
 「上野、いいかげんにしとけ」
 「目白様、お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! に危害を加えるおつもりでしたらどうかご容赦下さい。代わりに私が与えます」
 言うや否やアキちゃんは上野の右手首を掴み、もう片方の腕を絡ませ始める。
 「アキ、冷めた目で俺をこの童貞って罵って……ぐああああああああああああ!」
 部屋に上野の悲痛な断末魔が響き渡る。
 「馬鹿はスルーだ。……で、童貞だから何なんだよ。自慢じゃね―が俺だって童貞だぞ」
 本当に自慢にならん、と小さく付け足す。
 「童貞が三十歳になったら魔法使いになるってジョーク、聞いた事ありますよね? あれ、実はあながち間違いってわけでも無いんですよ。処女と童貞には聖なるものとして神秘性が宿り、超常的な力を使えるようになる……と言う事を大袈裟に言ったものです」
 処女や童貞が昔から尊重されているのは聞いた事がある。魔法使いのジョークの方は有名すぎてネタにもならないが……なるほど、そんな理由があったのか。
 「大袈裟に言って『三十歳で魔法使い』なんですよね? でも四谷の年齢はその半分ちょいですよ。規模がおかしくないですか?」
 大塚の疑問はもっともだった。
 俺は紛れもなく十七歳だし、別に生活習慣の乱れで肉体年齢が上がってる事も無いし、精神年齢も別段高い方では無い。
 明らかに年齢と神秘性とやらが割に合っていないだろう。
 「それなんですけどね、その計算には前世の分も引き継がれるんですよ。神秘性は精神に宿り、肉体に浸透していくので」
 前世まで絡んでくるのか。話が大きくなってきたな。
 
 「四谷君。あなたの前世は童貞です」
 
 ざすっ、という音も聞こえてきた。
 まさか前世まで童貞だとは……どれだけ女の子に縁が無いのだ、俺は。
 「前世って普通職業とか何の動物か、とかだろ……何だ、前世は童貞って。イジメか」
 「でも……これで四谷の強さの秘訣はわかったね」
 「童貞か……確かに、力は他の手段で手に入れた方が良さそうだな。一生童貞で来世に強くなっても意味無いし」
 
 「甘いですよ、大塚君。一生くらいではそれこそ魔法使いがやっとです」

 「……へ?」
 大塚がぽかんと口を開ける。
 「『一生くらい』? って事は……まさか、その前世も童貞だったとか?」
 「そうですね、その前も童貞です」
 どしゅっ。
 「その前も」
 ざくっ。
 「そのまた前も童貞です」
 ぐじゅっ。
 「よ、四谷がどんどんダメージを受けてるよ……」
 神田の言うとおり、俺の心臓はもう回転する赤い矢印に四方八方から抉られていた。仮面ライダーの必殺技にこんなのがあったような気がするが、あまり覚えていない。
 「ちなみに大まかな例えで言うなら、百年で魔法使い、二百年で仙人ですね。五百年で精霊と言った所でしょうか」
 「……俺はどのくらい童貞なんですか?」
 恐る恐る尋ねる。帰ってきた言葉は――



 「千年です。神秘の大きさは三等級神聖存在に匹敵し、三等級神聖存在には高等精霊や聖人などが含まれる。早い話が――


 ちょっとした神様ですね」

 俺は、神だった。
 
 
 「神……四谷が?」信じられないと新橋。
 「え? 神? え?」何を言っているのかわからない様子の神田。
 「神様……だったんだ」素直に驚いている渋谷。
 「童貞神様じゃ……」五反田。死ね。
 「千年童貞様じゃ……」上野。殺す。
 「……何で無神論者の俺の友人に神が混じってやがんだよ……」頭を抱える目白。
 「神かよ……どうりで強いわけだ……ははっ」顔を引きつらせて笑う大塚。

 大袈裟に驚きほどしないものの、やはり全員にとって予想外だったようだ。
 勿論俺も、自分が神など考えたことすら無かった。 
 神って……神だよな。
 ざわめく俺達に構わず池袋先生は続ける。

 「四谷君が原因で出会いが発生するのは、恐らくその体から放出されている神秘性が人を引き付けるからでしょう。無意識下に人の出会いを誘発しているのです」
 そんな……事があったのか。
 「人じゃないのも混じってるけど」
 新橋が聞こえないように呟く。
 「待てよ……じゃ、何で四谷には出会いが無いんだ? その理屈で行くと、真っ先に誰か女の子と出会うはずなのに」
 五反田の疑問に俺ははっとする。
 そうだ。何で俺の周りだけ女の子が引き寄せられて俺だけ……?
 「簡単です。四谷君が女の子と結ばれる事になったら、その神秘性は失われることになる。四谷君の神秘性そのものが、それを許そうとしないのでしょう。
 だから、四谷君の周りには引き寄せられた君たち男の子が集まり、四谷君の代わりに出会いが訪れるわけです。私と進君のように、ね」
 池袋先生がそう話を結ぎ視線を投げるも、目白は目を顔ごと逸らす。
 「あー……まあ大体わかりました」
 大塚が肩を落とす。
 しかし、ここで疑問が一つだけ残る。
 もっとも、これが気になるのは俺だけかもしれないが。
 「じゃ……じゃあ、俺が女の子と出会う方法は」
 俺が尋ねると、池袋先生は僅かに哀れみの表情を見せる。
 
 「四谷君の神秘性は己の増幅を求めています。君はいわば、依り代。ただの生贄に過ぎないのでしょう。つまり――」

 ああ、俺は――

 「――女の子と出会い、結ばれる方法など……存在し得ないでしょう」  

       

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Neetsha