Neetel Inside ニートノベル
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 俺……四谷 孝文(よつや たかふみ)は至って平凡な人生を過ごしてきた。
 特別幸運でもなく、不幸でもなく。
 人並みに恵まれた環境の中で、
 人並みに努力をして、
 人並みな「異性と運命的な出会いをしたい」と言うやや乙女チックな夢を持つごく普通の高校生。
 そんな思いとは裏腹に、転校生と十字路でぶつかるなんて出来事は俺には起こらなかった。
 物置から出てきた本から悪魔の女の子が出てくるなんて事も。
 トラックに轢かれそうだった猫を助けたら女の子になって恩返しに来たなんて事も。
 偶然会った占い師の女性に運命の相手だと告げられるなんて事も。
 悪人達に追われていた女の子を助けてお近づきになるなんて事も。
 未来から美少女メイドロボがやってきて自宅に居座るなんて事も。
 事故で死んで吸血鬼になり女の子二人にどっちが面倒を見るかで揉められる事も。
 俺には、起こらなかった。

 そして――これから起こることも、無い。


 
 長いようで短かった夏休みも終わり、今日から登校日だ。
 9月になったからすぐに気温が下がることなんて事は当然無く、日差しの強さはまだまだ夏は終わらないとでも言いたげであった。
 「あのさ……四谷」
 「どうした?」
 「あまり池袋先生の言ってた事、気にすんなよ。本当だって証拠も無いしさ」
 新橋は随分と気を遣ってくれている。素直にありがたいと思う、が。
 「ああ、あの事か……別に、もう気にしちゃいないよ」

 
 あの日、池袋先生から告げられた事実に俺は打ちのめされ、俺の精神は存在意義ごと粉砕された。
 と言うのは言い過ぎだが、本格的に自殺を図ろうかと考える程度にはショックだった。
 ふらふらと家に帰り、風呂にも入らずベッドに潜って、寝た。
 夢なんて、何も見なかった。現実でも夢でも、俺はからっぽだった。
 次の日も飯も食わずに一日寝て過ごし、このまま死ねればいいのにと思ってたら母に叩き起こされた。
 無理矢理食わされた飯を口に入れたら、腹は減っているはずなのに、あまり味がしないように感じられた。それでも、全部食べた。
 我が家は三人家族で俺には兄弟がいない。俺が女の子と結ばれない事を考えると、我が一族は俺の代で途絶えてしまうわけだ。
 結婚して安心させてやることも孫の顔を見せてやることも、俺は両親にしてやれない。ひどい親不孝者だ。
 しかし、だからと言ってここで自殺するなんて事は愚の骨頂だろう。どう足掻いても親を泣かせる大馬鹿息子だ。
 
 
 これから先、未来永劫……俺に光り輝く未来は来ない。闇中の階段を上り続け、頂上にある奈落の穴から落ちるだけ。そしてまた生まれ変わって暗い階段を上り続けるのだろう。
 賽の河原で石を積み上げる子供のように。
 これまで千年続いてきたし、これから先何億年も何兆年もずっとずっと続くのだろう。
 それが俺の……運命なのだから。

 
 「……ならいいけどさ」
 「ああ、いいんだ」
 それっきり、俺達は何も喋らないまま学校の門をくぐった。
 こんな笑顔で、新橋を騙すことができたのだろうか。
 できてないんだろうな、きっと。こいつとは一年二年の付き合いでは無い。
 それでも新橋は、何も言わなかった。

 久しぶりに来る教室も、形容しづらいが……なんだかいつもと違って見える。
 色が無くなった、と言うわけでも無いが、どこかがぼやけているような。現実と夢の境界にいるような感覚だった。
 まるで、水中からのぞき込んでるような、ビデオカメラ越しに見ているような。前の場所とは、どこかが違う。
 直感的に、俺はもう前とは同じ学校生活を送れないだろうと言う事を理解する。

 「四谷」
 後から声をかけてきたのは目白だった。表情を見ると、何やら申し訳無さそうな顔をしている。
 「あー……その、すまなかったな。電波に変な事聞いちゃってよ。その・・…ありゃただの冗談だと。本人に伝えといてくれってさ」
 実に、わかりやすい嘘だった。俺はさっき新橋にこんな風に答えたんだろうか。
 目白の後ろでは、心配そうにしている神田と渋谷の姿が見える。
 「ああ、あの事か。全然気にしてねーって」
 そう答える俺の顔は、一体目白にどんな風に映ったのだろう。
 「…………っ」
 目白の言葉が詰まった。
 ああ、理解させてしまったようだ。互いに相手を気遣って嘘を言い合っていることを。俺がそれに気付いていることを。
 「……わりぃ」
 目白は下を向き、沈痛な面持ちで席へと戻っていった。
 「……ああ」
 その気持ちだけでもありがたいのに。謝りたいのはこっちの方なのに。上手く言葉が出てこなかった。
 優しさが痛い。心配をかけているのが情けない。ここから消えて無くなってしまいたかった。
 だが、本当に消えたら俺の友人達はどう思うだろうかと考えると、そんなことできるはずがない。
 
 そうだ。
 生きていても死んでも駄目なんだ、俺は。
 俺には一切の価値が無い。存在する事もしない事も許されない、純粋な負の存在なんだ。
 何が神だ。何が……

 気付けば、俺は泣いていた。机に突っ伏して、人目も憚らずに嗚咽していた。
 
 俺を、心配しないでくれ。
 俺を、気にしないでくれ。
 俺を、忘れてくれ。
 俺を、最初からいなかった事にしてくれ。 
 俺を、もう生まれ変わらないようにしてくれ。
 俺を――
 
 
 
 ――助けてくれ。

 
 
 「おい」
 乱暴に肩を揺する男が、一人。
 「屋上」
 大塚の顔に、俺への遠慮は一切無かった。

       

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