Neetel Inside ニートノベル
表紙

Z軸を投げ捨てて
大塚

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 「四谷……そろそろ諦めたら?」
 心配そうな声で神田が呟く。俺の精神が限界を迎えようとしているのをキャッチされてしまった様だ。
 「ああ……そうだな……」
 弱々しく曖昧な返事をする事しかできない俺。最近はストレスで体重が減り、白髪も少し見つかるようにまでなってきた。
 ストレスの主な原因は言うまでも無いが、池袋先生へのアプローチが悉くかわされてる事も少し理由に入る。いや、彼女のせいにするつもりはないが。
 あのとき俺が感じた運命は、やはり幻だったのだろうか……。
 池袋先生が言うことには、
 「私と進君は言葉を交わさなくても心が通じ合える仲なんですよ、運命的ですねぇ。ふふふ、体も通じてますよ……ああ、四谷君にはもっといい人が現れますよ、多分。来世辺りにでも」
 ……とのこと。
 
 ちくしょう、くそっ……。
 ああ……。
 何て、何て羨ましいんだ……。
 今俺が泣いたら、目からは涙ではなく血が流れ出ることだろう。
 
 「目白も……顔色悪いよ? 大丈夫?」
 「あの女マジ怖ぇぇ……何なんだよあれ……」
 教卓の下にもたれて死んだ魚のような目をしている目白へも神田は声をかける。
 「目白……お前あんなに美しい女性に怖いとは何だ怖いとは……」
 怒りたくても言葉に力が入らない。寝言のようなか細い口調で言う。
 「あいつ……俺の人生観を根本からひっくり返してくるんだよ……口調もいやらしいし……お前が引き取れ……」
 目白も負けじと低空飛行なテンションで返す。まるで通夜と葬式と借金相続が同時にやってきたような雰囲気だった。
 そこで死に損ない二人の会話に大塚が割って入ってくる。何故か異様に興奮していた。
 
 「でも俺はああいう雰囲気の人いいと思うぜ! すごく! それはもう放課後に個人授業受けたいレベル! 夕方の教室で二人っきりでさ、あの妖艶な笑みで、
 『駄目ですよ大塚君……一応私達は教師と教え子の関係なんですからぁ……んっ……(チュパ)……悪い子ですねぇ……仕方有りません、ここは一つ教師として指導をしないと……』
 そう言って彼女は上着のボタンを外し始めた……な!」

 「『な!』 じゃねーよ同意を求めんな。女声キモい発想キモい存在そのものがキモい」目白。
 「言い分は同意するがテンションがムカつく。あと池袋先生はそんなこと言わない」俺。
 「さすがにチュパ音は無いわー……頭おかしい」隣で聞いていた新橋。
 「クロメちゃんとちゅっちゅしたい」片手の指全部を使ってメールを打っている五反田。
 「うわー……あ、いや何でもないよ」気まずそうに神田。
 「台詞自体は悪くない。しかし女装ショタ以外の男が言っていい道理が見つからない。あまり調子に乗るなよ大塚」上野。何故か声に怒気が含まれている。
 「の……ノーコメントで……」渋谷は困ったように表情を動かすが、最終的には苦笑いになる。
 「そこまで言わなくたっていいだろ……」
 別方向からそれぞれ突っ込まれて大塚はぐうの音も出ずに落ち込む。結果、死体が一つ増えることになった。

 
 夕方と夜の間くらいの時刻。
 自宅でネットに勤しんでいた俺は今日が漫画の新刊の発売日だった事に気がついた。
 ここから一番近い書店でも走って二十分ほどかかる。
 自転車に跨ろうとしたが、今日は走りたい気分だ。
 なんせ最近運動不足だしストレスも溜まっているからな。健康のために軽くジョギングしながら書店へと向かう事に決める。
 
 夕闇を走る。
 一定のペースでアスファルトを蹴り、申し訳程度に腕を前後させ、車道と歩道の隙間を駆けてゆく。
 湿った空気が汗を流せと促すが、こんなペースでは息が切れることさえない。
 ほんの少しだけ回転数を上げて国道を横切っていく。
 途中、近道をするために路地へと突入し、閑散とした住宅街へと突入。
 人気も無ければ雑音もない。あるのは夜の闇を感知し始めた防犯灯の光のみだった。
 前方数十mに人が歩いている。もしあれが女の人で俺がこのまま走って行ったら、痴漢と間違えられないだろうか。そんな不安がよぎる。
 いや、そうなったらそうなったで多分運命的出会いになるな。間違いない。不安は期待へと色を変え、俺が加速する燃料となった。
 
 ……なんだ、男だな。そしてあの見覚えのあるシルエットは……。
 徐々に距離を詰めてく内に相手の正体を看破。確実にあいつだ。
 最後の十mほどは、幅跳びの要領で軽く奴を飛び越した。
 「ほっぷすてっぷじゃんぷの……かーるいす!」
 やや長い滞空時間の間に体重移動を済まし、着地寸前に反転する俺。ブレーキを効かせずに少し滑るとカッコ良いんだ、これが。
 ズザザ、と摩擦音をあげる愛用のスニーカー。靴裏が少し削れるのが難点だが詮無きことと知ろう。
 ……予想通り。ウチの学校の制服で色あせたキャップを被り、腰まで届く長髪の男子。そんな奴は一人しかいない。
 ややうつむき気味にしていた上半身を持ち上げながら、答えが決まっている問いを投げかける。

 「……大塚か?」

 「うおおおおびっくりした! なんだお前その登場方法!? カッコ良いし! え、て言うかどうしたの? なにやってんの四谷? つかそれ俺もやりたい。やべーマジかっけー」
 妄想(ロマン)溢れる中二系高校生、大塚嵐は興奮を隠そうともしなかった。


 「今帰りか? 随分遅いんだな」
 ジョギングを止め、大塚と並んで薄闇を歩く。
 「そ。ったく、図書委員は何もやる事ねーと思ってたら蔵書管理だってよ。しかも原付は弟が勝手に持って行きやがったし」
 委員会決めの時に大塚は、「楽そうだから」と言う理由で図書委員に立候補していた。
 相方の女子は目立たない眼鏡の子で、見るからに「読書好きだから立候補した」というような印象を与えていた。
 「むしろお前がどうしたんだよ。俺を誰と間違えたんだ? そんな必死で追いついてさ」
 「いや、本屋に行くついでにジョギングしてたらお前がいたから何となくやっただけで特に意味無し」
 「あ、そうなんだ」
 「つーか……ここっていつもこんな静かなのか? 車どころか人っ子一人通らないし……本当に痴漢とか出そうだな」
 人もいなけりゃ獣もいない。風も吹かなきゃ桶屋もいない。
 ここはまるで、隔絶された空間かなにかのような。そんな感覚さえ湧いてくる。
 女の子が一人で歩きでもしてたら大層不安になりそうだが、男二人で心細くなるようなことは当然、無い。
 「いや、今日はいやに静かだ。心なしか民家の明かりも少ないし……なーんか変な感覚なんだよな」
 と、大塚が言ったその時。後方から何者かが走ってくる、軽い音が耳に入ってきた。
 俺が振り向くのにつられ大塚も後ろを見る。
 走ってきたのは俺達と同じ高校の制服を纏った女子。セミロングの髪をたなびかせ、かなり急いだ様子でこちらに向かって来た。手には銃を持っている。
 
 ……銃?
 女の子が持つには不釣り合いなほど大きい漆黒のオートマチックだ。
 まあモデルガンか何かだろうから別に大きくても問題はないか。
 「ハァ、ハァ、ハァ……ここまで、来れば、流石に……」
 息を切らせて足を止める女子。俺はこの子に見覚えがない。他学年の生徒だろうか?
 「どうしたの、大丈夫? 痴漢にでもあった?」
 紳士的に尋ねる俺。これがきっと一つの運命であることを信じて。
 「ハァ、ハァ……うっさいわね、アンタ達には関係ないでしょ……あと、わかってると思うけどこれモデルガンだから。あまり大事にしたら殺すわよ」
 今一人殺ってきたけど黙ってなさい、とでも言うような排他的な目つきと口調で脅しをかけられた。
 本当にモデルガンなんだろうな?
 近くで見ると、性格はキツそうだが見た目は申し分ない。男子の間で話題になってもおかしくない程の、というよりは、話題にならないのがおかしいくらいの美貌だった。
 転校生か何かか? 大塚もこの娘を知ってるようには見えない。
 立ち去る彼女をどういう風な口説き文句で釣ろうか考えている俺。すると、
 
 突如、横のコンクリ壁が轟音を上げながら砕け散った。

 「逃がさねーぜ『跳弾』ちゃんよぉ」
 粉塵から出てきたのはグラサンをかけたB系。片手の指全てに派手な指輪を装着している。
 「秘密を知ったからには生かして返すわけにはいきませんね」
 細目の優男が前からゆっくりと歩いてくる。
 「私達から逃げられる、とでも思ってたの? 全く持って浅はかね」
 中学生くらいの少女が憮然とした顔で塀に腰掛けていた。
 「死、確定」
 顔の下半分だけ隠すような仮面を付けた奴が電柱の陰から出てくる。
 「そういう事だ。悪く思うな」
 コツコツと靴を慣らして背後からやってきたのは大柄の黒服男。

 謎の五人組に、少女は包囲される形になった。

 「大塚」
 「何だ四谷」
 「これ撮影か何か?」
 「いや俺に聞くなよ」

 ついでに、俺達も包囲されていた。 

     

 パラパラ、と微かにコンクリートの欠片が崩れている音が聞こえる。
 緊張状態を保っているこの場には、三つの勢力があった。
 一つ目は、逃げてきた少女。一人っきり。
 二つ目は、少女を追ってきた謎の集団。五人。
 三つ目は、俺と大塚。二人。
 本来なら俺達は全く話に関係無いはずなのだが、少女と一緒に囲まれてしまっているので「あ、僕ら無関係なので帰ります」とも言いづらい雰囲気に飲まれてしまっている。
 
 「カメラ……あるか?」
 大塚は場の空気を読んでいるのか知らないが、小声で俺に尋ねる。
 「いや、どうやら無さそうだ。それに壁もハリボテじゃないらしい」
 俺は拳でコンクリの壁を軽く叩く。
 ここで思いっきり叩いたら目立ってしまうのであくまで軽く。
 
 コツ、と。

 その音が鳴った瞬間に少女は銃をB系の頭の『やや右上を』狙いトリガーを引く、引く。
 ゴウン、とモデルガンとは思えない重厚な銃声が静寂を引き裂く。それも、二回。
 「うおっ!」
 思わず声を上げてしまったのは撃たれたB系ではなく、大塚だった。
 一方の俺も声こそ出していないが、音に驚いて震えてしまう。
 おもちゃではないだろうなと薄々気がついてはいたが、銃声をまともに聞く機会など皆無だった俺達。自分自身の反射に抗う術は無かった。

 「……ったく、あっぶねぇガキだな。こりゃ確かに一対一だと厄介だわな」
 「ああ、やっぱり最初に狙うのは熊野でしたか。いやはや、間違ってたら大変でしたね」
 熊野、と呼ばれたB系は無傷。言葉から察するに、どうやら優男のサポートがあったらしい。
 「ちぃっ!」
 少女は忌々しげに優男を睨み付け、悪態をつく。

 「……ん? え、ちょっと。今あの兄ちゃんに狙い定まってなかったよな。当たるわけ無いだろそもそも」
 大塚が疑問を口に出した。どうやら見えてなかった様子だ。俺は人差し指を口に当て声のトーンを下げさせた後、自らも小声で説明する。
 「いや、弾はB系の後ろで急に跳ね返ったんだ。『何もないところで』な。んで、頭に当たるかと思ったところで……フッ、と消えたんだ。銃弾が。消える瞬間に少し光ったように見えたが……はっきりとは見て取れなかった。……どうなってるんだ、あっちもこっちも」
 「いやいやいやいや、どうなってるんだはお前だよ! 何さらっと銃弾視認してんの!? 」
 突っ込みを片手で制す俺。今はそれどころではない。
 大塚もそれを理解したようで、色々と言いたそうにしているのを堪えて黙り込む。
 
 「くっ……きゃ、あ、ああああああああああああ!」
 突如、少女が手首を押さえて悲痛な声を上げた。
 銃が手から滑り落ち、地面にぶつかって重い金属音を出す。
 そのまま彼女は崩れ落ち、尚も激痛に悶える。
 「何……だ!?」
 「アイツだ四谷!」
 大塚の指差す方を見ると、大柄の男が少女に両の手の平を向けて集中している。
 そして、その反対側では動けない彼女に歩み寄ってくるB系の男。
 
 
 ……さて、こういう時はどうする?
 大塚と俺は、一瞬の目配せを交す。

 俺も大塚も状況を今ひとつ把握しきれてない。
 だが、美少女が大ピンチだって事くらいは二人ともわかっていた。

 「放って置けはしねぇよなあ、大塚君よぉ」
 「ああ、当然だとも四谷君」

 傍観はここで終わりだ。
 俺は、落ちてる銃を掴み取り。
 大塚は、散乱してるコンクリートの破片を握りしめ。

 「くらえ!」
 「おらああああ!」
  
 発砲。
 投擲。

 それぞれの攻撃は奴等に当たる事無く、直線上の壁を穿つのみ。
 だが、それで十分だった。
 
 大柄の男は集中を切らし謎の攻撃を中断。
 B系は注意を完全にこちらに向ける。
 結果、少女はすんでの所で助かり、俺達が完全に巻き込まれる形になる。

 「邪魔ァ……する気か、ガキ共?」
 B系の熊野が苛立ちを抑えるように俺達を見据える。
 「邪魔する気MAXだよ悪党共。よってたかって女の子一人をいたぶりやがってッ! てめぇら全員朝まで正座させてやるぜッ!」
 大塚は足下のコンクリ片を蹴り上げ、右手でキャッチ。盛大に担架を切った。
 「ほい」
 俺はその右手からコンクリをもぎ取り、代わりに持っていた銃を握らせる。
 「ん?」
 頭に?マークを浮かべている大塚。
 「お前はその娘連れて逃げろ。こいつ等は俺が受け持つ」
 続けて頭に!?マークを浮かべる大塚。
 「はぁ!? どうしたお前、熱でもあんのか?」
 失礼な奴だ。これも苦渋の決断だというのに。
 「できることなら俺がその娘と一緒に逃避行したいが……女の子に万が一にも怪我させるわけにはいかねぇ、だろ?」
 「……そうだな。悪い、頼んだぞ四谷。殺すなよ」
 「ああ」
 言い終わるや否や、大塚は少女の手を引っ張って一目散に駆け出す。
 「ちょっ、アンタ何を……」
 「いいから! 行くぞ!」
 行く先に立っていた優男。俺はあいつにコンクリを投げつけて援護しようと思っていたが、意外にも奴はあっさりと二人を見逃す。
 包囲網を抜け、そのまま駆けてゆく二人。やがて足音も聞こえなくなった。

 「悪いね、待っててもらっちゃって……追わないんだ?」
 俺は滾る心を沈ませながら、静かに問いかけた。
 「ここら一帯は宮ノ前が『仕切って』いまして。どちらにせよ逃げられないんですよ、あなた方は」
 答えたのは優男だった。宮ノ前、というのはどうやら仮面を被った奴の名前らしい。
 「アハハ、笑えるわね。結局仲良く死んじゃう運命なんですもの。馬鹿みたい!」
 嗜虐的に笑う女子中学生。
 「首を突っ込まなければ見逃してやったと言うのに……愚かな」
 厳粛な面持ちで黒服は呟く。
 「大体何だ『殺すなよ』って? 『殺されるなよ』の間違いだろ?」
 熊野が馬鹿にしたように笑う。 
 俺はそれには答ず、この場にいる全員に聞こえるように喋る。
 
 「ああ、馬鹿で愚かだな、俺。そんなんだから彼女もできない、ストレスも溜まる。
 最近じゃもう物に八つ当たりするくらいしか楽しみが無いんだよな……だからさ、






 殺されるなよ?」

 手に持っていたコンクリートは、いつの間にか砂塵へと形を変えていた。


 









     

 走る、走る、走る。
 見慣れた道の上を、不自然な感覚の中を。
 いつもなら顔を覚えている癖に俺に吠えかかってくる猛犬も、今日は姿も気配も見せない。
 まるで風景だけ残して、生物が全て消失してしまったかのようだった。
 その中でただ二人、俺と謎の女の子だけが逃げていた。
 追ってくるはずのない脅威から。

 「ちょっと、ねぇ! 友達を見捨てて逃げるつもりなの!? アンタそれでも男なわけ!?」
 少女は俺に手を引っぱられながらよたよたと走っている。握る手にも力が入っていない。
 「四谷はお前に怪我させないように一人で残ったんだ。俺はそれに同意しただけだよ」
 そう言って丁字路を曲がり、十歩進んで俺の家。これでとりあえずは一安心か。
 ……だが、門を開けようとするも取っ手が溶接されたように動かない。インターホンは何度押しても音を立てず、誰の気配もない我が家で室内灯だけが光っているのが不気味だった。
 「くそっ!」
 門をつま先で思いっきりキックする。ガシャンという乾いた音がむなしく響いただけで、辺りはすぐに静けさを取り戻した。
 「……一体アイツ等は何なんだ? どっかの馬鹿みたいに壁を破ったり銃弾を消したり……それにお前も何で追われてたんだよ? こんな物騒な物持って」
 俺は門前に座り込んで疑問を口に出す。
 物騒な物……大型のピストルを俺は片手でスピンさせようとするも、暴発が怖いので眺めるだけに留めた。

 「私の事を言うつもりは無いわ。あいつらは……非合法特殊異能組織『ケーリュケイオン』のメンバー。まあ、簡単に言えば超能力集団ね。奴等はその中でも上位の戦闘員クラス。
 私を『桂馬』だとすると、奴等は全員『金将』か『銀将』くらいの力の差があるわ。で、奴等を束ねるリーダーは『飛車』か『角行』。組織のボスは『竜王』……いや、『クイーン』ってとこかしら。それでアンタ達は銃持って更にオマケして『歩兵』がやっと。、少なくとも一人じゃ勝ち目はゼロね。
 そして不幸にも彼は組織の力を知らないばっかりに単身残った。……アンタの友達は今頃は生きちゃいないでしょうね。死体が残ってるかどうかを心配しなさい」
 ……確かに、俺は雑魚だ。格闘技を習ったと言っても、あの集団の前では小虫も同然だろう。
 だが。

 「その基準で言うと四谷は……『獅子』、だな」
 「はぁ? 何よそれ」
 こいつは四谷を知らない。
 あいつ等は不幸にも、四谷の力を知らない。

 
 俺はある理由から、力を欲するようになった。
 人を守る為の力を。もう二度と誰かを失わないで済む為の、力を。
 泣きながら兄貴にそう言ったら、兄貴は俺に日本拳法を教えてくれた。
 体を鍛えられ、技を叩き込まれ、心得を授かった。
 そんな兄貴も、俺が中学生の時に交通事故であっけなく死んでしまう。
 心の支えを、目指すべき目標を失った俺は自暴自棄になり誰彼かまわず喧嘩を吹っかけていたんだ。
 ゲーセン前で目があった奴にいちゃもんをつけ、中学名を問いただし、相手が乗り気なら殴りかかる毎日。
 
 ――そんな時に出会ったのが、四谷だった。
 奴と一回対決し(て手加減した軽い裏拳で10mほど宙を舞っ)た事で、俺はあることを理解した。
 
 目の前で眠そうにしている中学生は、まさに俺が理想とするような単純明快で強大無比な『力』を持っていたのだ。
 と言うよりはむしろ、奴は『力』の塊のような人間だった。
 俺は四谷に尋ねた。
 「お前……何でそんなに強いんだ? どこかで鍛えたのか?」
 四谷は俺に答えた。
 
 「いや、なんか生まれつきみたいだ。別に俺は力なんて強くなくてもいい。そんなもんより彼女が欲しい」

 生まれつき。
 その一言は俺に多大な衝撃を与えた。 
 俺が必死に力を求めてもがいてる反対側で、こいつは何の努力もせずに、何の研鑽も積まずに神懸かりで悪魔的な力を手に入れたと言うのだ。
 「人類は皆平等である」などとのたまう輩は四谷を見て何とぬかすだろうか。

 奴の力は天賦の才で片付けられるような話ではない。無論、努力でも説明がつかない代物だが。
 俺はそれを羨み、嫉妬した。そして、知りたいと強く願った。
 本人すら知り得ない強さの秘訣を知るために四谷と共に行動するようになり……
 気付けば、奴と友達になっていた。 


 「たかが超能力集団の戦闘員ごときが束になってかかったところで、四谷はやられはしないだろうよ」
 俺は持ち主に銃を返し、付着した服のゴミを摘み取る。
 あのとき散らばったコンクリートの粒子が、服の隙間に入り込んでしまっていたのだ。
 「あんな寝てばっかの男に何を期待してるの? 馬鹿言ってるんじゃないわよ、全く」
 憎まれ口を叩きながら少女は銃をひったくる。そのまま、何やら安全装置らしき物を操作し始めた。
 俺が寝てばっかの男にしてるのは期待じゃなくて、安心と信頼だ。
 

 ……寝てばっか?

 
 「こんな所にいたのか、脱走者ちゃん」
 
 中性的な高い声。
 その声と同時に門が金切り音を立てながら開く。
 振り向くと、そこには俺よりやや低いくらいの何者かが立っていた。当然、俺の家族ではない。
 長髪は銀色で目は紅色。他校の制服の袖からは真っ白い肌が見えていた。
 「最ッ悪……!」
 再び銃の安全装置を外すが、その仕草はどこか形式的だ。諦めが入っているのが目に見える。
 俺も立ち上がってすぐさま距離を取る。武器を持っていないので、とりあえず彼女を守るように割り込んだ。
 「……クイーンか?」
 「ん、僕は男だよ?」
 いや、そう言う事を言っているのではなくて。
 
 「飛車の方よ。四天王の一人……『重圧』の飛鳥山」
 「どうも♪」
 
 飛車は、片手を上げて微笑んだ。
 
 ……四天王、ときましたか。
 こっちは歩未満に、桂馬が一枚。四谷がいない今、状況はかなり絶望的だ。
 最悪、彼女だけでも逃がさなくてはならない。
 どうにか時間さえ稼げばあるいは四谷が……

 ……情けねぇ。

 俺は小さく、薄く、細い。……全くの、無力だ。
 俺に、俺にあいつのような力さえあれば――

 「ねぇ、ここ君の家?」
 殺意など微塵も見せずに、飛鳥山は唐突に俺に話題を振ってきた。
 思わぬ時間稼ぎのチャンス……なのだが、素直に謎の組織に住所をバラしていいものだろうか。
 ……いや、下手な嘘はつかない方がいいだろう。今はこの場を切り抜けるのが先決だ。
 「ああ……そうだけど」
 落ち着いて答えると、飛鳥山は表札と俺の帽子を二、三度見比べた。
 「大塚、それに帽子……もしかして君、大塚光の弟だったりする?」
 奴の口から出てきた名前、大塚光。それは確かに俺の兄貴の名前だ。
 「兄貴を……知っているのか?」
 何を今更、と飛鳥山は顔を綻ばせる。
 
 「知っているも何も、有名人じゃないか。『火鬼』の大塚は」
 
 かき? 
 有名人?
 ……一体、何の話をしているんだ?
 「ひょっとして、今家にいたりする? ちょっと話があるんだけどさ」
 こいつは、兄貴と知り合いなのか?
 それとも、一方的に知っているだけなのか?
 ……わからない。
 しかし、どっちにしろ会うのは不可能だ。
 「いや、交通事故で兄貴は死んだ」
 「はぁ? 交通事故? そんなんで『火鬼』が……」
 そこまで言ったところで飛鳥山の胸ポケットが光り、同時にチープなピコピコ音が流れてきた。
 奴は「……っと、失礼」と言いながらポケットをまさぐり携帯を耳に当てる。

 「はい、こちら飛鳥山。
 ……ああ、どうした?
 ……へ、もう一回言って?
 ……はぁ? 全滅したぁ!? 血染め小隊(ブラッドトルーパーズ)が?
 え、ちょっと何、本気で言ってんの? ドッキリ?
 うん……うん……壁と地面に? 全員? はい、小台だけ外傷無し?
 はいはい……うん、わかった。戻ってていいよ」

 通話は飛鳥山が切って終了した。
 ……気の毒な奴等だ。
 「……君たちがやったの?」
 飛鳥山の目つきが変化する。
 先程のフレンドリーな雰囲気とは程遠い、捕食者の目をしていた。
 イエスともノーとも言い難い質問。
 俺が返答に困っていると飛鳥山は勝手に話を続ける。

 「ふーん……まあいいや。ちょっと僕用ができたから失礼するよ。
 その前に三つほど。
 荒川ちゃん、秘密については言っちゃ駄目だよ。とりあえずは見逃してあげるけどさ。
 で、弟君。君のお兄ちゃんは交通事故で死ぬような人間じゃない。確実にどこかで生きている。
 あと、君の家を攻撃したりする事は無いから安心していいよ。後が怖いからね。じゃね」
 そう言って、飛鳥山は宵闇に消えていった。

 「助かった……の?」
 荒川と呼ばれた少女は無気力的に呟く。
 「どうやら、そう言う事らしいな」
 答えた俺。その思考は奴の言葉の一部分に集中していた。
 
 兄貴が、生きている?

 まさか、そんなはずは無い……と思うが。
 それに、奴は何で兄貴の事を知っていたんだ。有名人? 何の?
 ……わからないことだらけだ。

 「アンタ達、一体何者なの?」
 荒川が俺に困惑の目を向けている。お前が言うか。
 「俺はしがない一般高校生。四谷は……ありゃ宇宙人かなんかだ」
 知らない部分は適当な答えで紛らわした。しがない一般高校生よりかは遙かに近いだろう。
 「それよりもお前だ、お前! 何で四谷が授業中寝てばっかだって知ってるんだよ?」
 何を今更、と言った顔で荒川は眉間に皺を寄せる。
 
 「何でって、あんなに凄い勢いでチョークが飛んでくるのに微動だにしないんだもの。嫌でも印象に残るわよ」
 
 ……。
 えーっと、荒川、荒川……。
 うちのクラスに荒川は……二人。
 一人は男。野球部。
 もう一人の荒川は確か、女で……
 
 
 ……図書委員。

 「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? お前荒川!? マジで!? あり得ねぇぇぇぇ!!」
 「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? 今気付いたの!? アンタ目おかしいんじゃないの!?」 
 だってお前荒川って言ったらアレだぞ、眼鏡で本ばっか読んでて化粧控えめで……いやあっちも不細工じゃないけどお前、これは詐欺だろ……。
 「大塚ー、かるーく捻っといたぞー」
 四谷が何故か上機嫌でこちらに走ってきた。
 何はともあれ、全員無傷で生存できたようだ。ほっと一安心。

 
 だが、この出来事は始まりに過ぎなかった。
 俺はここから非日常に巻き込まれる事になる。

 ……四谷の存在が既に非日常と言ったら、それまでだが。

       

表紙

はまらん 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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