Neetel Inside ニートノベル
表紙

ひつまぶし短編集
「オタク少女と俺」

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「おかえりなさいませ、ご主人様」
 メイド服を着た、いよいよ来年成人となる19歳の女の子が俺を出迎えた。
「はぁ?」
 開いた口がふさがらないというか、なんというか。

 最初に言っておくけれど、俺は断じて近年普及し始めたメイド喫茶とやらに行ったわけではなくて、だったら別の店に行ったのかと言えばそうでもない。二文字で書くなら、帰宅。それ以上でもそれ以下でもない。
 にもかかわらず何だこの状況。ていうか何やってんだお前。
「え、メイドさん」
 妹の葉月は当たり前じゃんみたいな顔で答えた。
 うん、それは見れば分かるんだけど。分かり過ぎるくらいまんまの恰好なんだけどさ!
「そうじゃなくて、何でメイドなんかやってんだお前」
 神龍やランプの魔神にメイドが欲しいという願いを言った覚えはない。そんな願いを持った記憶すらない。
「ん? 練習だよ」
「練習?」
「メイドさんの」
 いや、聞きたいのはそうでなく。
「うん、で、メイドさんしてるのは分かったから、一体何の練習をしてるんだ?」
「だ、か、ら、メイドさんの練習!」
 オーケイ、俺の聞き方が悪かった。いったん落ち着こう。このままだと永久に会話が終わらない。こいつは察することが滅法苦手なんだ。空気や行間を読めない。単純に言えばあほ。だからこいつとのコミュニケーションを成立させるには、それ以外解釈できないような言葉を使う必要がある。
「いや、だから、なんのためにメイドの練習してるかってこと」
 葉月はようやく俺の聞きたいことが分かったらしく、手をぽんと叩いた。
「高崎くんがメイドさん好きって言ってたから」
「ああ、なるほど」
 そこでようやく呑み込めた。……呑み込んでいいものかはさておいて。
 高崎くんってのは葉月の片恋相手で、同じアニメ研究会に所属するだけあって結構なオタクらしい。そしてイケメンだそうだ。同じくオタクである葉月からすればこれ以上の相手はいないだろう。しかし、やはり結構競争相手はいるみたいだ。その中身が例えオタクでも。
 いいねイケメンは。うらやましいね! 俺なんてモテたくてギター始めたけどさっぱりだからね!
 こほん。すまない、ちょっと取り乱した。本題に戻ろう。
 つまり葉月が家で何故こんなけったいな格好をしているかと言うと、高崎くんがメイド好きなのでそのコスプレをし、そして家でなりきる練習をしているということだ。
「んで、ちゃんとできるようになったのか?」
 何ができるようになれば果たしてコスプレとして完成するかは知らないが、とりあえず聞いてみる。葉月は自信満々と言った風に両手を腰につけて胸を張った。
「うん! 明日サークルで高崎くんに見せてくる!」
「そうか、それは良かった。上手くいくといいな」
 としか言えねぇよ、もう。
「うん!」
 満面の笑みを浮かべる葉月をあとにして、俺は自分の部屋に戻った。すると、なんだか全身の力が抜けていく感じがした。
 なんだろう、この疲労感。違う次元の奴を相手にすると結構疲れる。まぁこれは毎度のことだけど。多分、家に入った時の精神的ショックがでかかったんだろう。俺はその日、晩飯を食った後すぐに寝た。


 翌日。
 家に帰ってみると、リビングの隅っこで体育座りをしている葉月の姿があった。いじけてる小学生みたい。服装については今日は普通の恰好だ。良かった良かった。いや、本当に。
「え、何やってんだお前」
「……うるさい」
 反抗期? って19になってそれはないか。それに俺、親じゃないし。ん? でも俺何か悪いこと言ったっけ? そんな記憶は無いんだけど。
 それよりも葉月の声が震えてる風に聞こえたのが気にかかった。まるで、泣いている時のような。
「そうだ、メイドはどうなった?」
「……うる、さい」
「ああ、なるほどね」
 どうやら俺がどうということではなく、メイドの件が上手くいかなかったらしい。うーん、こう言うとシスコンと間違われる気があるけれど、葉月は見た目についてはそんなに悪くない。と言うよりは素直にかわいい部類に入ると思う。
 告白となると上手くいかない可能性もあるが、単純に見せるだけなら褒められるだろうと思っていた。
「なんでリビングなんかにいるんだよ。自分の部屋行けばいいだろ」
「……寂しい」
「ふぅん」
 分からないわけはなかった。一人でへこんだままというのは結構辛いものだ。葉月は少し涙で濡れた顔を上げてこちらをみると、再び伏せて何か喋りだした。
「……なんかね、高崎くんが好きなのはね、二次元のね、メイドさんなんだって。……だからね、三次元のね、メイドさんにはね、興味がね、無いんだって。……でね、メイドさんがね、穢れるからね、もうね、着るなだって。うぅ……、ひっく」
 泣いているからなんだか文節分けみたいなしゃべり方になっている。
「……もう、サークル、行かない。……コスプレも、もう、しない。」
 すごいな、高崎くんのオタク根性……。こんなにバッサリ人の心を斬れるとは。兄という立場としては怒るべきなんだろうけど、なんかそういう気にはなれなかった。アニメのキャラクターと結婚するための署名活動があるとは携帯のニュースで読んだ気がするけれど、そこまで行くか。すげぇ。これは更に少子化が進みそうだ。
 ちなみに泣いている妹を放置するほど俺も悪いやつじゃない。
「あー、まぁ気にするな。高崎くんだってついちょっとメイドに対する愛情が溢れちゃっただけでさ。きっと今頃は言いすぎたなーって思ってるよ! だからさ、気にするなって」
 確証はないが、大体かっとなった後は冷静になって後悔するもん、だと思う。
「……ほん、と?」
「え?」
 伏せた顔が少しだけ上がる。
「……言い過ぎたなって、思って、くれてる、かな? ……じゃあ、また、明日、から、仲良く、できる?」
 涙はもう止まりつつあるらしいが、しゃべり方はまだ直っていない。確かに好きな人にひどいことを言われたらみんなこうなるか。それに葉月は確かにオタクだが、コスプレは今回が初めてだった。もちろん俺の知りうる限りの話ではあるが。きっと恥ずかしかったのだろう。しかし今回それでも踏み切ったのはそれだけ高崎くんに好かれたかったということ。勇気を振り絞ってしたことだった分、反動は更にでかくなってしまったようだ。
「あ、ああ。とりあえず、明日、高崎くんに謝っとけ。そしたらきっとあっちもごめんって言ってくれるはずだ」
「……うん」
 なんだ、と俺は気付いた。今まで葉月は次元の違うやつだと思っていたけれど、結局みんなと一緒だ。その行為に特殊性というのか一般から外れたところはあるにしても、今回のコスプレは好きな人に好かれたいがため。好きな人に好かれるように、嗜好を合わせたり相手の好きなことをしたりするのって普通じゃないか。そして葉月の場合、半ば頭が空っぽなだけに好意は更に素直に出てしまう。こいつだって結局、ただの人間でただの俺の妹なんだ。
「それにさ、俺は悪くないと思ったよ、メイド。うん、なかなか似合ってた。お前は土台が悪くねぇんだから他のも似合うだろ。まぁ、俺は高崎くんじゃねぇから葉月としちゃあどうでもいいことだろうけど」
 そこでようやく葉月が笑顔になった。
「ううん、嬉しいよ。ありがとう、おにいちゃん」
「あ、ああ」
「私、一番好きなのは高崎くんだけど、二番目はおにいちゃんだから、とっても嬉しい」
「あ、そ」
 なんだか気恥ずかしくなって、適当に濁して俺はリビングを出ていった。

 
「おにーちゃーん!」
「なんだ? て、げへっ!」
 リビングでソファーに座っていると後ろから葉月に飛びつかれた。それは嬉しいんだけど、腕を回したのが首。ちょ、待て、締まってる、締まってるって。締ま……。
「仲直りできた! 高崎くんもごめんねって言ってくれた! それでね、これ見て!」
 葉月は腕を解く。危なかった。ふぅ、まさか日常に危険が潜んでいようとは。足りなくなった酸素を補うべく息を一度吸いなおして、葉月の方を振り向いた。
「えっ、なっ!」
「どう? 似合ってる?」
 振り向くと、なにやら神社にでもいそうな服を着ていた。今度は驚きで息が詰まる。
「お前……もうコスプレしないんじゃなかったのか?」
 昨日確かにそう聞いたはず。
「いや、高崎くんがね、メイドは二次元じゃないと駄目だけど、巫女は三次元がいいんだって言うから」
 え、いやいやいや。何その二次元と三次元の使い分け! メイドと巫女でどう違うのか分からないし!
 と、それ以前に。
「神聖な服を弄ぶんじゃないッ! 罰当たるぞ!」
 メイドも本職の方に怒られそうだけれども。
 葉月はにんまりと笑う。
「でも、高崎くんは似合ってるって言ってくれたよ? おにいちゃんも昨日、他の着ても合うって言ってくれたよね?」
 目の前でファッションショーのようにポーズを決める葉月。
 いや、まぁ確かにそうは言ったけどさ。あれはそういう状況だったわけで。ていうか今思うとなんか恥ずかしいセリフ言ったんだな、俺!
「……うん、似合ってる」
 そう言うしか、無かったよ。一応事実だし。
「やった! じゃあ着替えてくんね! あ、それとね、高崎くん他にも色々衣装持ってて今度色々貸してもらうの! 楽しみにしててね!」
 そう言うとリビングを出て自分の部屋に戻って行った。
 高崎くん、まさか自分で女用の服着たりしてないだろうな? そういう人々がいるというのは知っているんだけれど。

 ああ、なんか、葉月を新しい道へ導いてしまった。良かった、のかな? 
 無性に誰かに謝りたい気分……。本当、スンマセン……。
「はぁ」
 ため息が出る。
 葉月は確かにただの俺の妹だが、やっぱり別次元の住人だ。

 ちなみに、個人的なことを言わせてもらえれば。

 次はナースがいいなぁ! ……なんちゃって。

       

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Neetsha