Neetel Inside 文芸新都
表紙

和泉新斗物語
第十話「浴衣と林檎飴」

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「和泉君、遅いってば!」
「明、ちょっと早いって。待ってよ。」

明に連れられ、歩く。
少しひんやりとした風が心地よい、そんな夏の夜。

僕を含むいつもの四人は、新都神社の縁日に来ていた。

新都神社の縁日は決して大きなものでは無い。
だが、ずっと都会で育った僕にそれはとても新鮮なものだった。

「あ、あれ。もしかして射的じゃないの?」

僕が射的の屋台を指差してそう言うと、春日は呆れた様子で答えた。

「お前、どこのボンボンだよ。生で射的見たこと無いとかありえねえよ。」
「仕方無いだろ、僕の前住んでた街に縁日なんて無かったんだから。」

僕が物珍しそうに眺めていると、屋台のおじさんが話しかけてきた。

「お兄ちゃん、射的やったことないのかい?」
「え、はい。まぁ。」
「せっかくだからやって行きなよ、一回サービスしてあげるよ。」
「本当ですか?じゃあやってみようかな。」

気前の良いおじさんから銃を受け取ると、僕は銃を構えた。

「これって、景品を落とすと貰えるんだよな?」
「何当たり前のこと言ってるのよ。貰えなかったら撃つ意味無いじゃない。」
「まぁ、射的の景品なんてくだらないものしか無いけどな。」

明と春日は随分冷めた態度をしている。
明達からすれば珍しくも何とも無いのだから、仕方無いといえば仕方無いのだろうけど。

「い、和泉君、が、頑張って下さい!」

冷めた空気の中で神無さんだけが、僕にエールを送ってくれる。
浴衣も似合ってて可愛いし、私服で来ている明とは根本的にデキが違う。
女性としての根源的なデキが。

「何ジロジロ見てるのよ。あたしのことでも撃とうっての?」

明はイライラした目つきで僕を睨んでいる。
冗談じゃない、明なんて撃った日には僕が血祭りに挙げられてしまう。
明を撃ち殺す、いや撃ち落としたいのは山々なんだけど、後々めんどうなことになりそうなので実行はしない。

「別に見てないって。」

僕は明を軽くあしらうと、景品に狙いを定め、ぐっと引き金を引いた。

「おっ。」

僕の銃から飛び出した銃弾(といってもコルクの玉だが)は見事に狙った景品に命中した。
銃弾を受けた景品は、勢い良く棚から転げ落ちる。
すると屋台のおじさんは、僕の打ち落とした景品を拾い、僕に差し出して来た。

「初めてにしては上出来だな、お兄ちゃん。ほいよ。」
「あ、どうもありがとうございます。」

僕はおじさんから景品を受け取る。
だが、可愛い熊のぬいぐるみなんて間違っても僕には不似合いだ。

「ぷ、熊のぬいぐるみじゃん!いらね~。」

春日が笑いながら僕を冷やかしてくる。
確かに言っちゃあ悪いが、こんなぬいぐるみ要らない。

「・・どうしようか、これ。」

早い話が明にあげるか、神無さんにあげるか、なんだろうけど。
明に関しては、あいつがこんな可愛い熊のぬいぐるみを欲しがるとは思えない。
神無さんは、確かに可愛い物は好きかもしれないが、仮にももう高校生だ。
猫のぬいぐるみなら別だが、いくら神無さんでも流石にこれは要らないんじゃないだろうか。

「うーん・・。」

明と神無さんに視線を移してみるが、二人ともぬいぐるみが欲しいという表情はしていない。
僕は頭を抱え考えていると、ひとつの事を思いついた。
そして僕は、その手に抱える熊のぬいぐるみを差し出した。

「明、これ。」
「・・何?」

僕が明にぬいぐるみを差し出すと、明は驚いた表情で僕に言った。

「まさか、あたしにくれるとか?」
「ああ、うん。」
「何であたしにくれる訳?」
「この間のお礼のつもりなんだけどさ。」
「この間のお礼って何?」
「目覚まし買ってくれたじゃないか。それと帰りの電車代も貸してくれただろ、そのお礼だよ。」
「・・お礼ね。別にこんなぬいぐるみとか、要らないんだけどさ。」

明はそう言いながら、ぬいぐるみを受け取る。
本当に嬉しく無さそうな表情をしているところが、流石明である。
嘘でも良いから嬉しそうな演技をしてくれよ、とか思った。

「仕方無いから貰っとくけど、本当に嬉しくないからね?」
「・・ああ。見てたら解るから大丈夫。」
「そ?なら良いけどね。」

こんな事なら神無さんにあげたほうが良かっただろうか?
彼女なら嘘でも嬉しいと言ってくれた気がする・・。

僕は一応神無さんを気遣うつもりで彼女に視線を移す。
神無さんもその視線に気づいたのか、笑顔で僕に言った。

「あ、だ、大丈夫ですよ。別に私、ぬいぐるみとかは興味無いですから・・。」
「そ、そう?まぁもう高校生だし、そりゃそうだよね~。」

僕の読みは正しかったようだ。

「おい、和泉。」
「何だよ?」
「射的はもう良いだろ、そろそろ他も回ろうぜ。」
「あぁ、うん。そうだね。」

春日はそう言うと、僕を縁日の様々な所へ案内してくれた。
縁日が初体験な僕にとって、それは本当に新鮮な物ばかりだった。
綿菓子なんて、デパートの自動販売機で子供の頃に食べた切りだったし、
水風船釣りとか、金魚すくいに至っては本物を見ることすら初めてだった。
まぁ、どっちも上手くできなかったのは言うまでも無いが。

「春日は上手いんだな、こういうの。」
「あったり前だろ?俺は新都町では一、二を争う金魚すくいの腕だからな。」

ものすごく自慢げだが、割りとどうでも良い気がした。
春日は無駄に多くすくってしまった金魚をどうする気なんだろうか。

「あっ。」

その時、神無さんが声を上げた。
一体何を見つけたというのだろうか。

「神無さん、どうしたの?」
「あ、和泉君。あ、あれ。」
「ん・・?あれ何?」
「え、知らないんですか?林檎飴ですよ~。」

あぁ、何か聞いたことあるかも。
これも、見るのは初めてだが。

「林檎飴ね~、そういえば聞いたことはあるな。」
「え、え、和泉君食べた事無いんですか?」
「食べるも何も、見ることすら初めてだよ。」
「そ、そうなんですか?す、すっごく美味しいんですよ?」
「へぇ~、そうなんだ。」
「私、すっごく好きで。お祭りとかに来ると必ず食べるんですよ~。」

嬉しそうに林檎飴の話をする神無さんの笑顔を見て、僕はもっとその笑顔が見たいと思った。

「じゃあ、せっかくだし食べてみようかな。」

僕はそう言うと林檎飴を二本買い、神無さんに手渡した。

「はい。」
「・・え。」
「林檎飴好きなんでしょ?食べなよ。」
「・・・。」

神無さんはすっかり固まっている。
しまった、すこし格好つけすぎただろうか。
こういう場面だと、男が二本買って差し出すのがお決まりだと思っていたんだが。

「い・・要らない?」

僕がそう言うと、神無さんは何故か明へと視線をやった。

「・・何?」

明が訊ねると、神無さんはおどおどしながら話す。

「え、えーっと・・。」
「藍ちゃん、あたしに何か言いたいことあるの・・?」
「・・言いたいことって訳じゃないんですけど・・えっと、その・・。」
「何だか解らないけど、あたしに遠慮してる・・?」
「遠慮って訳じゃないんですけど・・。」
「・・何よ?」
「も、貰っちゃって良いんですか?り、林檎飴・・。」
「何であたしに確認する訳?それはどう見ても、和泉君が藍ちゃんに買ったものよ。」

二人のやり取りを見ていた僕だが、どういう話の流れなのかはさっぱり解らなかった。
というか、神無さんはどうして明に遠慮しているのだろう。
まさか、明も林檎飴が好きなのかな?
いや、そういう訳では無さそうだが。

「えーっとさ、神無さん、やっぱり要らない・・?」

僕がそう言うと、慌てた様子で彼女は明との会話を終え、僕の前に戻る。

「い、い、要ります!も、貰います・・。」
「あ・・あぁ、そう?じゃあ、はい。」
「・・あ、ありがとうございます・・。」

神無さんは林檎飴を受け取ると、とても慌てた動きで包みを剥がした。
僕も包みを剥がすと、林檎飴を舐めた。
口の中にほんのり甘い味が広がり、何とも言えない感覚を受ける。

「おいしいね、これ。」
「え、そ、そうですよ!お、美味しいですよね!」

神無さんもそう言いながら、林檎飴を舐め始めた。
一生懸命小さな口で林檎飴を舐める姿は、まるで幼い子供の様で。
あどけなさの残る少女の横顔は、とても可愛らしかった。

「桜井。」
「何?」

珍しく春日が明を呼ぶ。

「今日の花火って、何時からだっけ?」
「えーっと、確か八時半からじゃないかしら。」
「まだ時間あるな。」
「ん~、まぁそうね。」

春日は眉間にしわを寄せて、腕時計を見つめると明に向かって言った。

「そろそろ場所取りに行かねーと、良い場所で見られねえな。」
「まぁそうね。」
「場所取りに行くから、お前手伝えよ。」
「え~、あたしがぁ?」
「あいつら今飴食ってるし、てかあの二人トロイから。」
「うーん・・まぁあたしとあんた二人の方が早いかもね。」
「だろ?そういう訳だ。手伝え。」
「仕方無いわね。」

会話が終わったのか、春日は僕に言った。

「そういう訳だわ。花火の場所取りしてくるから。」
「え?ああ、うん。」
「八時半頃になったら、神社の裏手に来い。良い場所があるからさ。」
「うん、わかった。」

それだけ言うと、春日と明は神社の方へ消えていった。
僕も時計を見ると、まだ花火まで少し時間がある。

「まだ時間あるみたいだけど、どうする?」

僕が神無さんに問うと、非常に慌てた様子で話す。

「え・・あ、はい!そ、そうみたいですね・・。」

何だろう、今日の神無さんは非常に落ち着きが無い気がする。

「せっかくだし、どこか見て回って時間潰そうか?」
「え・・ふ、二人で、ですか?」
「あ、嫌?ごめん、嫌なら良いんだよ、ははは。」
「い、嫌じゃないです!全然嫌じゃないですよ!」
「・・そぉ?なら良いんだけどさ。」
「はい・・回りましょう・・。」
「うん、そうだね。じゃあ回ろうか。」
「はい!」

僕はそう言うと、神無さんと二人で縁日を回りだした。
着慣れないのか、浴衣で歩きにくそうに僕の後を付いてくる。
僕はそれに気づき、歩くペースを遅くすると、彼女は嬉しそうに僕の隣に並んだ。
歩くペースを彼女に合わせたまま、二人でいろんな所を回った。
焼きそばを食べたり、小さな露天で売られている小物を買ったり。
戦隊物のお面を被ってみたり、美少女魔法使いの杖で遊んでみたり。
とにかく、僕らは縁日を隅から隅まで、楽しく回った。

気が付くと、もうすぐ花火が始まる時間だった。

「そろそろ時間だね。」
「・・あ、はい。そうですね。」
「神社の裏手って言ってたよね。そろそろ行こうか?」
「そ、そうですね。」

神社の裏手を目指して歩く。
もう少しで到着するという辺りで、神無さんは足を止めた。

「・・どうしたの?」
「・・・。」
「神無さん・・?」

具合でも悪いのだろうか?
僕は急に足を止めた神無さんに近づく。

「どうしたの?大丈夫?」
「・・大丈夫です。」
「そ、そう?なら良いんだけど・・。そろそろ行かないと、始まっちゃうよ?」
「・・はい。」
「春日も明も、待ってると思うし。あんまり待たせちゃ悪いしね。」
「・・・和泉君は」
「ん?何?」
「・・い、和泉君は、桜井さんの事、好きなんですか?」

僕は耳を疑った。
神無さんの発した言葉の意味が理解出来なかったのだ。

「え・・?今、何て?」
「和泉君は、桜井さんの事が好きなんですか?」

神無さんは、いつもと違った様子で話す。
僕の目を真っ直ぐに見つめ、力強い声で。
いつもの大人しそうで、おどおどした彼女とは全く違う。

「・・僕が明の事を好きかって?」
「・・はい。」
「それは友達として、好きかってこと?」
「そうじゃありません・・。」
「・・一人の女性として、ってこと?」
「そうです。」

訪れる沈黙。
人気の無い神社の前で、聞こえるのは蜩達の声だけ。
僕ら二人は、数メートルの距離を挟み、向かい合っていた。
僕は沈黙を破る。

「・・別に好きじゃないよ・・。」
「・・本当ですか?」
「うん。友達としては好きだけど、女性として好きって感情は無いと思う。」

僕は自分に問いかけてみるが、明の事を女性として好きだという感情は存在しない。
友達としては好き、という感情は存在するが、その好きと神無さんが言っている好きは違う様だ。

「・・本当ですか?」
「ほ、本当だよ。僕が明の事好きなんて、そんな風に見えてたの・・?」
「はい、見えてました。」

彼女は真剣な表情で、僕を見つめる。
思わず目を逸らしてしまいそうになるが、今は目を逸らすことは出来ないと、僕の本能がそう告げた。

「本当に好きじゃないよ、大事な友達だとは思ってるけどね。」

僕がそう言うと、神無さんはすこし嬉しそうな表情をする。
だがその表情も一瞬で終わり、すぐに真剣な表情に戻して話を続けた。

「私・・」
「・・何・・かな?」
「私、和泉君に言いたいことがあるんです。」

嫌な予感がする。
僕の脳が、僕の心がそう告げる。

「言いたいことって・・何?」
「・・私・・。」

彼女は少し黙り込み、数秒後、口を開いた。



「私、和泉君の事が好きです。」


ひんやりとした風が吹く。
夏の終わりの心地よい、冷たい風だ。
さっきまでは五月蝿かった蜩達も、鳴くことを止めている。
完全なる静寂が、ここにある。

私、和泉君の事が好きです。

これは、きっと告白。
神無さんから、僕への告白だ。
神無さんが、僕の事を好き?僕なんかの事が好き?

僕は何も言えないまま、その場に立ち尽くして居た。
彼女はそんな僕には構うことなく、続けた。

「和泉君が、初めて私に声を掛けてくれた時から、ずっと気になってました。」
「・・・。」
「猫少女なんて言われて、友達なんてずっと出来なくって、ずっと一人だった。」
「・・・。」
「でも、和泉君は違って、私なんかにも話しかけてくれて、とっても優しくて。」

優しくなんてない。
僕は彼女の思っているような人間じゃない。
彼女のことを快く思ってなんていなかった。
話していたのも、たんなる社交辞令だった。
今は違うけど、今は大事な友達だけど、当時はそんな事全く思っていなかった。
思っていなかったのに。

「私なんかに好きなんて言われて、きっと迷惑ですよね。」

迷惑なんかじゃないのに、僕は何故か言葉を発することが出来ない。
彼女に一言言えば良い、迷惑じゃないよって、言ってあげるだけで良いのに。

「・・・。」
「わかってます、私なんかじゃダメですよね。」

全身の血が引く感じがする。
息苦しくて、胸が苦しくなる。

「私なんかより、和泉君には、桜井さんの方がお似合いですよね。」

だんだん、彼女の表情から力強さが消え、悲しそうな表情に変わっていく。

「和泉君、ご、ごめんなさい・・。」
「・・え・・」
「和泉君が、桜井さんと楽しそうにしてるの見てると、とっても辛くって・・。」
「・・・。」
「わかってたんです、ダメってわかってたんですけど、どうしても伝えたくて。」

彼女の瞳から涙が流れる。
汚れを知らない純粋な涙は、キラッと光ると彼女の頬を伝って、落ちた。

「・・神無さん・・。」
「ごめんなさい、好きなんて言って!迷惑掛けちゃって、本当にごめんなさい!」

彼女はそう言うと、僕に背を向け走り出した。

「か、神無さん・・!」

僕は精一杯の声で叫ぶが、彼女に届く事は無く、彼女はそのまま闇へと消えていった。

「神無さん・・。」

僕は彼女が消えていった闇へ向かって、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
その時、小さな物音に気づき振り返る。
すると、木の陰から明が姿を現した。

「あ、明・・。」
「ごめん、別に聞くつもりは無かったんだけど。」
「・・。」
「そろそろ花火の時間だからさ。遅いから、気になって探しに来たら・・。」
「・・いつから聞いてたの?」
「・・和泉君は、桜井さんの事が好きなんですか?の辺りから・・。」
「・・殆んど最初からじゃん・・。」
「ご、ごめんってば・・。」

流石の明も気まずそうにしている。
別に、明は何も悪くないのに。

「わかってるから。」
「な、何が?」
「別にあんたがあたしの事好きじゃないって、わかってるからさ。」
「・・・。」
「大丈夫よ!あたしは変な誤解とかしないからさ。」

まさか明にフォローされるなんて思いもしなかったものだ。

「あたしは気にしないからさ。それより、追いかけなくていいの・・?」


明がそう言いかけた瞬間。
心に響くような大きな音と共に、夜空に閃光が現れた。

「・・あ・・。」
「・・花火、始まっちゃったね。」

花火は夜空を美しい色に染めた。
赤、黄色、緑、様々な色で、様々な形を作る。

「藍ちゃん、追いかけてあげなくていいの・・?」
「あぁ、わかってるよ・・。追いかけなくちゃいけないんだけど・・。」

わかっているけど。
僕は美しい花火に釘付けになり、この場を動くことが出来なかった。

「何よ、見とれちゃってる訳?」
「・・うるさいな。」
「はいはい、強がっちゃって。見とれてるなら素直に言いなさい。」
「・・悪かったな。」
「・・別に謝らなくても良いわよ。」

明はそう言うと、その場に腰掛けた。

「・・おい。明は春日の所へ行くんだろ?」
「別に春日なんて良いじゃない?どうせあんたも動く気無いんでしょ・・?」

動く気が無いと言うか、動けないと言うか。
複雑な感情のまま、僕もその場に腰掛け、夜空に輝く花火を見つめた。


「・・綺麗ね。」
「・・あぁ。」


幾つも花火が上がる。
夜空に輝く花火は、僕らを照らし続ける。
結局僕らは、花火が終わるまで動く事は出来なかった。
冷たい風と、蜩の声が、夏の終わりを告げていた。

       

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