Neetel Inside 文芸新都
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和泉新斗物語
第二十三話「繋がる声」

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あの喧嘩をして以来、明が学園に姿を見せることは無かった。
学園には風邪と伝えられている様だが、それを信じる事は出来なかった。
何度も携帯に電話したが、出てくれる気配は無い。
学校帰りに神無さんと家にも行ったが、母親に風邪がうつるといけないから、と門前払いを受けた。

そして結局、明と話も出来ないまま、金曜日の放課後を告げるチャイムが鳴り響いたのだ。
生徒たちが一斉に教室を飛び出す中、幾ら時間が経っても、僕は席を離れる事が出来なかった。

僕は明日、この街を離れる事となる。
明日になってしまえば、もう明に会う事は無いだろう。
いや、正確には半年後には会えなくは無いのだろうけれど。
だからって、仮にもお別れだと言うのに、喧嘩したままと言うのは避けたいものだ。

「和泉君。」

一人頭を抱えて唸っていると、心配そうな表情の神無さんに声を掛けられた。

「どうしたの、神無さん?」
「・・桜井さんの事なんですけど・・。」

来た。
やっぱり神無さんにも心配されていたようだ。
こんなに小さな女の子に心配されていると思うと、何だかとても切ない気持ちになってしまった。

「実は、和泉君に大事なお話があるんです。」
「どうしたの?急にあらたまって・・。」
「・・・。」

静まりかえる放課後の教室。
そこに居るのは僕と神無さんの二人だけ。
こんな場所で大事な話なんて、どうせ面倒な事に決まっている。
出来れば聞かずに逃げ出したいところだが、神無さんの様子を見るにそれは出来ないようだ。

「・・話って何?」

そう尋ねると、神無さんは少し言いにくそうに口を開いた。

「実は、昨日桜井さんに会ったんです。」
「えっ・・会ったって、どうやって・・?」
「昨日、栗原先生に頼まれてプリントを桜井さんの家に届けに行ったんです。
 そしたら、たまたまお母さんが出かけてたみたいで、桜井さんに直接会えたんですよ・・。」

まぁ、何だ。
あんなに電話は出ないのに、親が居ないときちんと客人に対応するのか。
実は意外と律儀なのかもしれないな。
・・まさか神無さんだとは思っても居なかったんだろうけど。

「それで、明と話したの?」
「はい、少しだけですけど・・。」
「どうだった?やっぱり怒ってた・・?」
「いえ、怒ってはいませんでした。」
「じゃあ、どうして電話に出ないの・・?」

本当に怒ってないのだろうか。
だったらわざわざ母親に風邪だなんて嘘ついて、僕らを避けなくても良いだろうに。

「・・えっと、何て言ったらいいのか分からないんですけど・・。」
「うん?」
「・・今日、桜井さんに電話してあげて下さい。」
「えっ、電話って・・何度掛けても出ないよ?」
「桜井さんに、和泉君の電話に出るようにお願いしておきました。」
「・・明は僕の電話に出てくれるって?」
「・・いえ、はっきりと返事は貰えませんでしたけど・・。
 一生懸命お願いしたんで、きっと桜井さんなら分かってくれると思いますから。」

何て気が利いて優しい子なんだ、君は。
僕らが仲直り出来るように、そんな事をしてくれていたなんて。
もう感謝感激で今にも涙が流れ出しそうだよ。

「そっか、ありがとう。」
「・・いえ、本当は桜井さんに学校へ来て貰いたかったんですけど・・。
 お役に立てなくてすいません、こんな事ぐらいしか出来なくって・・。」
「ううん、とんでも無い。本当に感謝してるよ、ありがとう。」
「和泉君にそう言って貰えると嬉しいです・・。」

僕は鞄を取ると、席から立ち上がる。

「じゃあ、家に帰って電話してみるよ。」
「はい、大切な事・・ちゃんと伝えてあげて下さいね。」
「ありがとう、神無さん。」

大切な事・・?
何だか引っかかる言い方だったが、仲直りを頑張れという事だろう。
心配そうな神無さんに見送られながら、僕は学園を後にした。
神無さんがここまでしてくれた以上、何としても仲直りするしか無い。

「・・よしっ!」

両手で頬を叩くと、一人気合を入れながら、足早に自宅へと向かった。


自室のドアを開けると、そこは荷造り途中のダンボールで一杯だった。
必死に足の踏み場を確保しつつ、ベッドの上に座り込む。
時計に目をやると、午後七時。
この時間なら、寝ているという事は無いだろう。
神無さんのお願いを聞いてくれているのなら、電話に出てくれるはずだ。
枕元に置かれていた携帯電話に手を伸ばし、リダイヤルから明へと電話を掛けた。

「・・頼む、繋がってくれ。」

ただそう願いながら、受話器に耳を当て続けた。

「・・・・。」

コール音だけが鳴り響く。
どれぐらい時間が経っただろうか。
きっと数十秒のはずなのに、僕には数時間かと思えるぐらいだ。
一生で一番重いコール音を聞いているかもしれないな。

・・何度コールしても、電話が繋がる気配は無い。

「・・やっぱり駄目だよな。」

改めて後で掛けなおそう。
そう思って電話を切ろうとした瞬間、コール音が止まった。
液晶を見ると、そこには通話中の文字が表示されている。
とっさの事なので一瞬戸惑ったが、電話が繋がった事を理解し、僕は受話器を再び耳に当てた。

「あ、明!?」

僕がそう叫ぶと、それから数秒した後、小さい声が聞こえた。

「・・うるさいわね、急に大きな声出さないでよ。」

声に元気は無いものの、間違いなく明の声だ。

「ご、ごめん・・。驚いちゃって。」
「自分から掛けてきて驚くってどういう意味よ?人を化け物みたいに言わないでくれない?」
「ごめん・・。」
「・・それで、何の用なの?」

元気が無くとも、何故だか威圧的に聞こえるのは流石だ。
仲直りしようと電話しているのに、この攻撃的な態度はどういう事なのだろう。
やっぱり本当は怒ってるんじゃないのか・・。

「明に話があって電話したんだよ。」
「話って何?下らない事なら聞きたく無いわ。」
「最初にこの前の事、謝っておきたいと思って。
 急に引っ越す事になって本当ごめん、旅行も行けなくなっちゃってさ・・。」
「お父さんの仕事の都合でしょ?仕方無い事じゃない、別に謝らなくても良いわよ。」

いや、まぁそうだけれども。
だったらどうしてこの間は僕に怒ったんだ?
と問い詰めたい衝動に駆られたが、話がややこしくなりそうなので自粛した。

「本当に怒ってないの・・?」
「しつこいわね、あたしが和泉君に怒る理由なんて無いでしょ?」
「・・そうなのかな・・。」
「そうなのよ。」

早くも明のペースに飲まれてしまっている。
僕は明の尻に敷かれるために、電話を掛けた訳では無い。
何とか話を戻さなければ。

「もうひとつ、明に話があるんだけど。」
「・・何?」
「僕が明日引っ越すことは知ってるよね?」
「知ってるわ。」
「じゃあ、明にお願いがあるんだけど。」
「聞くかどうかは置いておいて、話してみなさいよ。」

不機嫌な明にこんな事を言うのはあれかもしれないけど。
僕は、どうしてもきちんと仲直りをしてからお別れがしたかった。

「明日の朝、この町を出るんだ。
 それで、皆が見送りに来てくれるんだけど・・。」
「それが、どうかしたの?」
「良かったら、明も来てくれないかな?」
「っ・・!」

僕がそう言った瞬間、受話器の向こうで息を呑む音が聞こえた。

「駄目かな?」
「・・・。」
「きちんと仲直りしたいんだ。喧嘩したままのお別れなんて・・そんなの嫌だからさ。」
「・・どうして?」
「え?」
「どうして、あたしに見送りに来てほしいの?」

こいつは日本語が理解できないのだろうか。
喧嘩したままのお別れは嫌だ、とたった今伝えたばかりなのに。
一体こいつは僕に何を言わせたいのだろう・・。

「どうして、って言われても困るんだけど・・。」
「・・そんなの駄目よ、きちんと和泉君の口から、仲直りしたい理由を聞きたいの。」
「仲直りしたい・・理由・・?」

仲直りしたい、という気持ちに理由なんて必要なのか?
僕には、わからない。

「そんな事聞かれても困るよ・・。そもそも質問の意味がわからないし・・。」
「どうして仲直りしたいの?って聞いてるのよ。」
「仲直りしたい、って思う気持ちに理由が必要なのか?」
「・・必要よ。」

え?

「・・どうして、気持ちが必要なんだ?」
「・・あたしの質問に先に答えて。」

何だか明の様子が変だ。
いや、いつも変な奴だったけれど。
ここまで意味のわからないことを言う奴ではなかったのに。

「答え、出ない?」
「・・答えって言われても・・。」

そう言うと、明は少し呆れたようにため息を漏らした。
そして、こう言った。

「じゃあ・・質問を変えるわ。」

一体今度はどんな事を聞かれるのか。
いや、むしろ問い詰められると言った方が正しいか。


「和泉君は、あたしの事どう思ってるの・・?」


・・は?

思いもよらない質問だった。

「え・・明、それってどういう意味?」
「・・そ、そのままの意味よ。べ、別に変な意味なんて無いわよ!?」
「へ、変な意味って・・?」
「だ、だから変な意味は無いって言ってるでしょ!?さっさと答えないと承知しないんだからっ!」

何だ、全く質問の意味がわからない。
僕が明の事をどう思っているか?だって?
そもそも、どうしてそんな事を聞いてくるのか、わからない。

「明、落ち着いてよ・・。」
「あたしは十分落ち着いてるわ・・。」
「落ち着いてないだろ・・?そんな寝ぼけたような事聞いて来るなんて・・。」
「あ、あたしは真剣に聞いているのよ!」
「・・え?」
「あたしは真剣に今の質問をしてるの!あんたも真剣に答えなさいよ!!」

し、真剣に?
今の質問が真剣なのか?

「明・・もう冗談は良いから。僕は君と仲直りがしたくて・・。」
「じょ・・冗談なんかじゃ無いわよ・・。」

受話器の向こう、急に明の声はしおらしくなってしまった。

「あ、明・・?」

「し、真剣に・・答えてよ・・。」

一体どういう事だろう。
明の声は、はっきりと涙ぐんでいた。

「ぐすん・・。」

理由は分からない。
けれど、彼女は僕に真剣に問いかけているのだ。
よく考えてみろ、新斗。
明は真剣な時にふざけるほど、馬鹿な奴じゃなかったはずじゃないか。

とにかく、明は真剣に聞いている。
僕が、明の事をどう思っているかを────。


「僕は・・。」

「和泉君は・・?」

「僕は、明のことを───。」


僕は、冷静に自分に問いかけてみた。
受話器の向こうの少女、桜井明の事を。


明の事を、どう思っているかを。


瞳を閉じると、色んな思い出が蘇ってきた。


転校初日、一番に僕に絡んできた。


桜井明、最初は嫌な奴だと思った。


黙ってれば顔は可愛いくせに、口が悪くて、手が早くて、自己中で。


こいつに目を付けられたせいで、散々な目にあった。


夜の学校に連れ回されたり、海で殴られて気絶させられたり。


こいつのせいで、嫌な思い出はたくさん出来た。


でも、良い思いでもたくさん出来たんだ。


最初は嫌だったこの町での暮らしが、だんだん楽しくなった。


明が、学園の皆が居たから、僕はこの町で楽しい時間を過ごせたのかもしれない。


そうだ、いつの間にか、『田舎の迷惑な変人』から、『友達』に変わっていたんだ。


僕の中で、掛け替えの無い大切な存在に───。


それを、きちんと伝えなければいけない。


感謝の気持ちを込めて。


恥ずかしい気もするけど・・。


「僕は、明の事を・・。」


「・・和泉君は、あたしの事を・・?」


ちゃんと声に出して、伝えるんだ!!



「大事な友達だと思ってるよ!!」



言った。
いつもウジウジしていた僕にはありえないぐらい、ハッキリと伝えた。
これで明も納得してくれるはずだ!!


「・・は?」


え?
いや、は?って聞き返されても困る。


「そ、それだけなの・・?」
「それだけ・・ってどういう意味?明は大事な友達だよ?」
「あー・・うん、それは良いんだけど・・ほ、他に言いたいことは・・?」
「他に・・言いたいこと?」
「う、うん。今言っておかなきゃならないような事、無い・・?」

僕は冷静に考えてみた。

「あ、あるよ!」
「ね、やっぱりあるでしょ!?」
「うん、どうして今まで忘れてたんだろう・・。」
「本当よ・・そんな大事な事忘れるなんて。でも、和泉君らしいわ。」

そうだ、僕は明に伝えなければならない事がもうひとつあったんだ!



「前借りた電車の交通費!!返してなかったね!!」

                       ※第九話「ある晴れた日に」参照


「・・は?」
「ごめんね、すっかり忘れてて!別府街からの電車賃返して無かったね~!
 最低だよね~、人に借りたお金返さないまま引っ越そうとしてたなんて・・。
 そりゃあ明が怒るのも無理無いよね・・。」
「・・・。」
「あ、明?聞いてる?」

受話器の向こうから、大きく息を吸い込む音。
そして一瞬の沈黙が流れた後、大地がざわめくような巨大な咆哮が響いた。

「和泉君の馬鹿ぁっ!!この鈍感男!!もう・・もう知らないんだからぁっ!!」

そして、電話の切れる音が聞こえた。

「え、あ、明!?もしもし、もしもし!!?」

携帯電話に目をやると、そこにはさっきまでとは変わって切断中の文字が表示されていた。

え、切られたのか?
どうして?
僕はきちんと明の問いかけに答えたし、忘れていた大事な話も思い出したのに。

「何だよ・・わけわかんないって・・。」

僕は携帯電話を投げつけると、そのまま枕に顔をうずめた。

「・・仲直り・・結局出来なかったし・・。」

わざわざ明と話すチャンスを作ってくれた神無さんに申し訳が無い。
いや、それもだが結局喧嘩したままのお別れになるのか。
僕が何をしたって言うんだ?
どうしてこうなるんだ?

「くそ・・訳がわからん!!」

そう叫んだ後、僕は瞳を閉じた。
夜が明ければ、この町を出る。
半年後、日本へ帰って来るにしても、この町に戻るとは限らないじゃないか。
だったらもう、明には会わないかもしれないじゃないか。

よく考えろ。

だったら、別に仲直りなんてしなくても良いんじゃないのか───。

そんな事を考えながら、僕は最後の夜を一人ベッドの上で終えた。

       

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