しっぽのない猫、翼のない君
2. 『声』がきこえない
2. 『声』がきこえない
<ホシカワサン! と、オトコ? ダレ?>
僕は驚いた。あの子の『声』が聞こえない。
<声>は聞こえたが『声』が聞こえない。
動物ならまだしも人間相手に、こんなことははじめてだ。
どういうことだ。これはどういうことなんだ。
「にゃ、……にゃー」
面食らった僕は、とっさににゃーで返事をしていた。
すると彼女は立ち上がり、とてとてとこちらに近づいてきた。
「にゃーん」
<オマエ、ナニ?>
「えっと…カノン。
僕は、カノン。です。」
<カノン?>
「カノン」
「にゃーん。」
<カノン。
……わかった>
どうやら彼女は納得したようだ。
ぼくはなぜか、とても嬉しくなった。
彼女はというとくるり、きびすを返し、猫たちのもとへかえっていった。
そのとき看護士の<声>が聞こえた。
しまった、やってしまったか――
<すごい。ミヤちゃんがこんなに打ち解けた様子でいるなんて。
ひょっとしてこの人は本当に……>
とおもったらそれは杞憂だった。
彼女(ホシカワさんというんだとさっきはじめて覚えた)はむしろ、好意的な反応を示している。
いっそ言ってみようか。
『そうです、僕はウソはついてない。ほんとに心の<声>がきこえるんだ』
いや、やめておこう。変な方向に会話が転がると不快だ。そのパターンはこの一年で、もういい加減に懲りている。
だからその代わりに僕は言った。
「あの子と話をする際に、許可は、必要でしょうか?」
「いえ。許可とかは、特にいらないけれど……
最初のうちはわたしがご一緒します。
あの子は、かなり人見知りだし――」
ホシカワさんはそして僕をまっすぐに見た。
「ミヤちゃんは、幼い頃に言葉を教えられなかったんです。そのせいで、今でも言葉を話すことができないでいる。
それは彼女のせいではないし、彼女がわざとそうしているわけでもない。そのことだけは忘れないであげて下さい。それだけはお願いします」
「わかりました」
<人生の大事な時期を人間として育てられなかったなんてかわいそう……
狼少女の事例もあるし、ミヤちゃんはきっと一生あのまま、ここから出られない。
その一生だって……>
――そのとき聞こえてきたホシカワさんの<声>は、とても悲しそうだった。
<心の声を聞く力がもしも実在するなら。
きっとミヤちゃんを救けてあげられるのに……>
そして同時に、とてもとても優しかった。
僕は言っていた。
「役に立てるかどうか、やってみます」
ホシカワさんはきょとんと目を見開いた。
しかしすぐにふんわり笑って「ありがとうございます」と言った。
この人は、今どき珍しい、純真な心の持ち主なのだ。そう感じられた。
傷つくことも多いだろうな。
けれど折れず曲がらず生きている彼女のつよさはどこから来るのだろう。
ぼくは折れて曲がってオマケにつぶれてしまった。けして純真では、なかったのに。