しっぽのない猫、翼のない君
4. 彼女の理由
4. 彼女の理由
僕は現在療養のためにここにいる。
さしあたっては、なにかノルマがあるわけではない。
所内はもう案内してもらったし、予定も決めていない。
僕は猫たちと一緒に、ひなたの芝生の上でごろごろしていた。
そうして小一時間したころ、ミヤちゃんが戻ってきた。
<ただいま>
<おかえり~> ナーナがにゃあと鳴く。
<おつかれさん!> ミーもぶちもようの身体を起こしてミヤちゃんを迎える。
「お帰り、ミヤちゃん」 これは僕。
<どうだった?> そう聞いてあげるのはアメ姐さん。
<べつにいつもどおり。
あたしはネコなのでしゃべれませんっ。
あーもーばっからしい>
「ミヤちゃん、しゃべる練習してるの?」
<パパがどうしてもっていうからね。付き合ってるのよ。
パパはあたしをニンゲンだと思いこんでるの。ありえない>
「ミヤちゃん…は…人間じゃないの?」
<ないない。ありえない。
だってあたしのママはネコだもん!
ヒトからネコは生まれない。ネコからヒトも生まれない。
そのくらいの常識はネコにだってあるわよ。
カノンだってそうでしょ? カノンのママもニンゲンのカラダでネコでしょ?>
「…… わからない」
<え………>
僕の知る限り、父と母は“普通”の人間、だった。
なぜなら僕の『声』を聞く力を知ったとき、ひどく驚いていた。
そして、他人には言うな、怖がられるから、と釘を刺してきた。
その前日、ふたりは夜遅くまで話し合っていたのを僕は知っている。
これがふたりにとって普通の能力だったら、相談なんかいまさら必要ないだろう。
<声>を聞くチカラを知ったときは、零信全疑で。
面接がうまくいかないのを、そういう妄想でこじつけているだけ、と言われた。
そのしばらく後、僕は入院させられていた。
気づくとベッドの上にいて、なぜか手首には包帯が巻かれ、ベッドサイドの椅子で父さんと母さんが泣いていた。
そしてぼくは、ここにいる。
「母さんや父さんは、猫じゃなかったみたい。
ぼくは“鬼っ子”だったんだ、きっと」
<“鬼っ子”……?>
「イタズラな妖精がね、ときどき赤ちゃんを取り替えちゃうんだ。
人間の赤ん坊をさらって、かわりに自分の赤ん坊を置いていく。
その子は見た目は普通でも、だんだん不思議な力を発揮するようになっていく。
たいてい、イタズラしたり迷惑かけるばかりみたいだけど」
ぼくは自嘲して笑った。迷惑ばかりなんてまったく、イコールぼくのことじゃないか。
しかしミヤちゃんは目を輝かせていった。
<へぇー面白い!!
じゃ、カノンはネコの妖精の赤ちゃんだったのかもね!>
<俺たちの妖精か。だったらカノンがいいやつなのもわかるな!> 盛り上がるミー。ちょっと照れくさい。
<ネコの妖精なのになんでつるっとしてるんだ~?> ナーナがぼくの顔をにくきゅうでぺしぺしする。やわらかくてちょっときもちいい。
そんなナーナにアメ姐さんが、しっぽで突っ込みを入れる。
<おばかだねえ、ネコだからってみんなふさふさじゃないんだよ。カノンはきっと『すふぃんくす』って連中の妖精なのに違いないさ>
<おお! そういわれるとカノン、なんか神々しいぜ!! そのハゲっぷりがありがたく思えてきたぞ!!>
「はげ……」
ミーの奴、目を輝かせてなんつうことを。ちょっとうれしかったけどすごくうれしくないよ。
左アタマの十円ハゲはうまく隠れてるよな。それにしたってそう大きくないし。
<なに、頭ハゲてんのかカノン? どこだ舐めてやるからちょっと見せろ>
<おやめ、ナー。おまえがやったら広がるよ!
ミヤにやってもらいなよ。カノンだって野郎より女の子の方が嬉しいだろ。
それともアメ姐さんがしてあげようか、ん?>
「だ、だいじょうぶですっ。ダメ、薬塗ってあるから舐めちゃダメ!」
遊ばれている。僕は絶対に、この猫たち(プラス猫少女)に遊ばれている。
しかし、かれらはぼくを怖がらない。陰口を言わないしつまはじきにもしない。
見せ掛けの笑顔で、うそをついたりしない――
ぼくは猫と少女に遊ばれながら、それでもたしかにこの時間に、シアワセを感じていた。
ひととおり僕をもてあそぶ(笑)と、やつらはごろーんと芝生に寝転んだ。
風が吹く。
猫たちのわき腹のふさふさした毛が、ミヤちゃんの細く繊細な髪が、日差しに透けてふわふわ光る。
見とれていると、アメ姐さんが僕に<言った>。
<しっかし面白いねえカノンは。人間のクセに言葉はわかるし、妖精がどう、なんてレアなハナシもできるし。
そうだ。お前人間やってるなら、本とかパソコンとかいけるんだろ。
それで面白い話仕入れてきておくれよ。
ここでの暮らしは平和だけど、どうも世界が狭くってねえ。
職員たちの話だけじゃいまいちものたりないのさ>
アメ姐さんはそして、ぼくの肩に頭をもたせかけ小声でささやいた。
<あたしはさ、ミヤの親父さんの気持ちもわかるんだ。
たった一人の娘と満足に意思疎通ができないなんて、悲しいじゃないか。
ミヤは人間だ。それを受け入れられるか、猫という認識のままでも、コトバを話すことができると思えるような、そんなハナシを仕入れちゃくれないか>
<わかった。ぼくに心当たりがあるよ。
パソコン使える許可がもらえたらやってみる>
<よーし。それじゃごほうびに姐さんが>
アメ姐さんは僕にのしかかるようにして、意味ありげににやり、と笑った。
「だ、ダメ!! 何するつもりかわからないけどとりあえずダメ!!」
<なにやってんのお前ら?>
<ボクもボクも~>
<アメずるーい。あたしも~>
そしてぼくたちは、食事の時間までそうしてじゃれあっていたのだった。