Neetel Inside ニートノベル
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しっぽのない猫、翼のない君
9. 聞こえなくなった<声>

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9. 聞こえなくなった<声>

 それから僕の新しい生活が始まった。
 僕は月に一度程度、被験者としてNASAに通うことになった。

 NASAとしてはアメリカで、どこか近くにアパートとか借りて、自力で暮らしてほしかったんじゃないかと思う。
 往復の飛行機代だって滞在費用だって、馬鹿にならないはずだ。
 しかし、僕は英語がしゃべれない。仕事だってある。
 すくなくとも、今すぐにアメリカで暮らすのは無理だった。

 入所まで職なしだった僕に、なぜ仕事があるのか?
 それは、サクラダさんのご厚意のおかげだ。
 僕は(ヘルパー二級の資格を取ったあと)非常勤の特殊技術者として、このクリニックに採用してもらった。
 今は、言語表現がままならない入所者さんの通訳をつとめるかたわら、医療事務資格取得に向けて勉強し、それと英会話も少しずつ、勉強している。
 医療事務の資格を取得するか、NASAでの研究がひと段落すれば、忙しさも和らぐから常勤に、という約束だ。
 仕事との両立は正直けっこう大変だけれど、逆を言えば毎日がOJTだし、わからないところはみんな親切に教えてくれた。

 意外に、といったら失礼だけど……
 参考書貸してくれたり、ときには宿題みてくれたりと一番お世話してくれたのは、初日で苦手とおもったあのユキムラさんだった。
 ユキムラさん自身だって忙しいはずなのに、どうしてここまで、と聞いてみると、照れながら言ってくれた。

「実は俺もさ、働きながらガッコいって資格取ったんだよ。だからどーもほっとけなくてさ。だから…… ご、誤解すんなよ。別に、そういうシュミはないんだからなっ」
「そうですよね。勉強教えるのが趣味だったら先生になってるよね」
「いやだから……まあいいや。カノンはそれでいいから」
 そのとき、そばで聞いていた猫三匹がいっせいに僕のひざに(僕たちはお昼休みに、中庭の芝生にすわってしゃべっていたのだ)ぽんっと手を置いた。
「それじゃなに?“そういうシュ」「うわあああ」
 ミヤちゃんの問いを、ユキムラさんが大慌てでさえぎる。
「頼むやめてくれミヤちゃん!! 聞かれたら詳しく考えちまうだろ!!
 考えたらカノンにわかっちまう。
 人間今まで純真だった奴ほど悪影響を受けやすいんだから。
 万一これでカノンがそっちのシュミに目覚めたなんてことになったら……」
 そのとき一緒に話していたホシカワさんがだっと駆け出した。
 そして、僕に<声>が聞こえない距離までくると、くるっと振り向きほっぺたに手を当てた。
「……(ぽっ☆)」
「お、おいホシカワ、その妄想無理、頼むから帰って来い、いや帰ってきてください、俺が院長に殺されるっ」
「パパにころされるの? なんか悪いことしたの、ユキムラさん?」
「…………………(ぽっ☆☆)」
「ホシカワあ~……お願い勘弁して……俺にはほんともう無理だから……」
 泣き崩れる(?)ユキムラさんの肩に猫たちが、ニヤニヤしながら手を置く。
 そのとき僕には、ユキムラさんの<声>が聞こえてしまった。
 その内容のあまりの意外さに、僕は思わず聞いてしまった。
「あ、あの!
 ユキムラさんそれ、ほんとなんですか?!

 院長先生が僕をミヤちゃんのお婿さんにって……」

 ミヤちゃんが、だっと駆け出した。
 そのまま、中庭を飛び出していった。


 その日からミヤちゃんは僕を避けるようになってしまった。
 中庭で猫たちと遊んでいても、僕がくると帰ってしまう。
 廊下ですれ違っても、あえて何も考えないようにしているのだろうか、<声>も全く聞こえない。
 ためしに他のみんなにいろいろ考えてもらったけれど、それはふつうに聞こえる。
 ことがことだけに、サクラダさんには相談しづらい。
 チバさんに相談してみても『そればっかりはお前さんたちで解決するしかないぞ。がんばれよ若人。いやあ青春だなあ』なんていわれてしまうし。

 そんなときだった。
 NASA側から、中長期研究プロジェクト参加の打診があったのは。
 その間は職員として待遇される。生活を丸抱えし、もちろん通訳をつけても構わないという破格の条件。
 それもあるけれど、それより心を動かしたのはむしろ、このプロジェクトの位置づけだ。
 これが終われば、僕のチカラのメカニズムがほぼ解明できそうな見通しだという。
 つまり――研究がひと段落する。
 そうしたら、僕は常勤にしてもらえる。父さんと母さんも喜ぶだろう。
 そしてもし、あのことが本当なら………


 僕は意を決した。この話を受けよう。そしてミヤちゃんと話をしよう。
 面と向かっては話せないなら、メモを使ってでも。
 僕は短い手紙を書くと、猫たちに託した。

『ミヤちゃん
 こんにちわ、カノンです。
 おとといはびっくりさせてしまってごめんなさい。

 ミヤちゃんももう知っているかもしれないけれど……
 実は、NASAでの研究が大詰めに来たみたいで、今度はすこし長くアメリカにいてほしい、と言われました。
 僕はその話をお受けするつもりなんですが、その前にミヤちゃんと仲直りしたいです。
 はじめて友達になってくれたミヤちゃんと、こんな状態で離れ離れになるのは寂しい。
 メモでも伝言でもいいです。どうか、お返事ください。
 ミヤちゃんの都合のいい時間と場所を教えてくれれば僕がお話しに行きます。
 それもちょっと、というなら、もちろんメモや伝言でもいいです。

 カノン』


 果たして返事はきた。
 中庭の木にひっかけた、可愛いメモに小さい字で。

『もしもパパのあと継がされたらもっとはげちゃうかもよ?
 それはやだよね・・・?』

 ぼくは持ってきた便箋にその場で書いた。

『みんなのおかげで、十円はげは治りました。
 みんながいてくれたらきっと大丈夫です。
 でも、』

 そのときぼくには聞こえた。
 聞き覚えのある心の声が。
 ぼくは大きく息を吸い込んだ。
 そして言った。

「ミヤちゃんがいてくれるなら、もしもいっぱいはげても、きっと笑って頑張れます!」


 中庭に僕の声が響いた。
 窓からいくつかの顔がのぞく。
 ぼくの背中にぱふ、とやわらかいぬくもりが飛びついてきた。
 ふわり、草とお日様と風のにおい。
 ずっと聞きたかった、優しい可愛らしい声が耳をくすぐる。

「ごめんね、カノン」
<恥ずかしかった>
「うん」

「ありがと、カノン」
<でもうれしい>
「うん」

「だいすき、カノン」
<だいすき、カノン>
「……うん」


 拍手が沸き起こった。口笛を吹いている人もいた。
 ちょっとはずかしい。でもうれしい。

 ぼくは、首に回されたミヤちゃんの、可愛い両手を両手で包んだ。
「ミヤちゃんさえよければ、僕は頑張るよ。
 きっと、立派なお婿さんになる」
「うん! それじゃあミヤも、頑張って立派なお婿さん、じゃなかった、お嫁さんになる!
 やくそくだよ!!」


       

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