しっぽのない猫、翼のない君
3. 猫的歓迎。
3. 猫的歓迎。
その翌日。
朝食を終えた僕は、ホシカワさんに付き添われて中庭に来ていた。
ミヤちゃんは猫たちと一緒に、もうそこにいた。
「おはようミヤちゃん。おはようミー、ナーナ、アメちゃん」
「にゃーん」
「みー」
「なー」
「(しっぽパタパタ)」
ホシカワさんは胸毛の長い白黒ぶち、短毛種の茶トラ、しっぽの長いアメショを順に撫でる。
そしてミヤちゃんに微笑みかけ、立ち上がろうとした。
「待って」
そのとき僕は彼女をひきとめていた。
僕にはミヤちゃんの<声>が聞こえたのだ。
<ミヤもしてほしい……>
「……あの、えっと、ミヤちゃんも頭撫でてほしいみたいです」
「え? そうなの?」
ミヤちゃんは、ちょっとだけ寂しそうな目でじいっとホシカワさんを見上げている。
ホシカワさんはおそるおそる、ミヤちゃんの顔を見ながら、つやつやした髪に手を置いた。
そして、そうっと撫でると、ミヤちゃんは満足げに目を細めた。
ホシカワさんの胸に頭を摺り寄せる。
「にゃーん」
「ごめんねミヤちゃん。もう15歳のあなたには失礼かと思ったの。
でも、そうよね。ひとりだけ仲間はずれなんてやっぱり寂しいわよね。
これからはミヤちゃんにもちゃんといいこいいこしてあげるね」
「にゃー」
ミヤちゃんの甘える声は、そしてしぐさは本当に猫のようで、僕は何かの幻を見ている気持ちになった。
ひとしきり甘えるとミヤちゃんは、ホシカワさんの腕を抜け出した。
僕の服の袖をつかみ、下の方にく、と引く。
<カノン、アイサツする>
「あ、うん」
僕は導かれるまま、芝生に腰を下ろす。
そこにはすでに三匹の猫がスタンバイしていた。
<みんな。シンイリ。カノン。
見た目はニンゲンだけど、コトバがわかるの。
わるいヤツじゃないみたい>
<ホシカワのオトコか?>
「ぶっ」
白黒ぶち――ミーといったな――のコトバに僕は絶句した。
「ち、違う違う。僕とホシカワさんは昨日あったばかりで」
<うん、違うくさいゾ。
ソトのニオイ。“シンイリ”ダナ>
小柄な茶トラのナーナがふんふんと僕のにおいをかいで<言う>。
て、待て待て。奴のかいでいる場所は。
「ちょ、どこかいでるのダメそこはっ」
<悪いヤツじゃなさそうさね。おとなしいしあったかいわあv>
あっという間に、僕は三匹の猫たちにたかられて、ふんふんとにおいをかがれていた。
しまいにはおなか経由で上に乗られるし、耳元に息がかかってくすぐったいし、しっぽでぺしぺしされたし、一体どういうプレイ(爆)ですかこれは。
「ミ、ミヤちゃん、たすけて、食べられる」
<食べないよ。カノン怖がり。まだコネコなのね>
「カノンさんてほんと猫好きなんですね♪ こんな方が来てくれてよかったわ♪♪」
ミヤちゃんも、たのみのホシカワさんも、てんで助けてくれそうにない。
しまいにはミヤちゃんまでもが僕に抱きつくようにして、においをかぎはじめた。
<うん、ソトのニオイ。シンイリね>
そういうミヤちゃんからはいいにおいがした。
風と、草と、お日様のにおい。
<カノン、ニオイわかるの?
ニンゲンみたいなのに、えらいね>
<それじゃオレのニオイもかいどけ>
<ボクのも>
<アメ姐さんのもね>
ミヤちゃんが僕から身体を離すと、わらわら顔に猫が集まってきたので、僕は一匹ずつ毛並みに鼻先をうずめてにおいをかいだ。
猫たちからも、ミヤちゃんににたにおいがした。
しかし三匹全員確認し終わって僕は、もう一度ミヤちゃんのにおいがかげたらいいな、などと思ってしまった。
いけないいけない、相手は年下の女の子だぞ。これじゃまるで変なおじさんだ。
気づくと猫たちがそろってニヤニヤ笑っていた(僕にはそう見えた)。
「ちょ……なし! 今のなし!! みんな、今のはなしだから!!」
そのとき、眼鏡をかけた、まだ若い男性職員がひとり、やってきた。
「サクラダさん、ここでしたか。
そろそろお勉強の時間ですよ。
さ、参りましょう」
サクラダさんと呼ばれたさきには、ミヤちゃんがいた。
彼女はどこか不服そうな顔になる。
そしてホシカワさんと、僕を見る。
<イキタクナイナ……>
「ミヤちゃん、勉強嫌いなの?」
<イミないもん。できないし。
でもいかなきゃ、イサキとパパが泣くから。
いってくる>
ミヤちゃんは、そう<言う>と立ち上がり、イサキというネームプレートをつけた男性について建物の中に消えていった。