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しっぽのない猫、翼のない君
5. とらわれの猫王女と仏顔の策士

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5. とらわれの猫王女と仏顔の策士

 パソコンを使う許可はすぐにもらえた。
 僕はある有名動画サイトにアクセスし、目的の画像を見つけ出した。
 おもわず小さくガッツポーズをした――よし。
 これを見ればミヤちゃんも、自分だってしゃべれる、と思ってくれるはず。
 しゃべれるようになったら、読み書きへの道が開ける。
 いったん文字を読めるようになったら世界はぐんと広がる。
 そうすれば、いくつもの知識を通じてミヤちゃんも、自分が人間である、ということを、認めることができるようになるはずだ。

 僕は心の中でその道筋を何度もシミュレーションしてから、眠りについた。


 翌朝庭に出てみると、芝生の上には猫たちがいた。
「おはよう」
<おーす!> 白黒ミーがにゃーんと鳴く。
<おっはー> 茶トラのナーナが軽く耳を動かす。
<おはよう、カノン。
 ミヤと一緒じゃないのかい?>
「え?」
 アメショのアメ姐さんは今日もしっぽで返事をすると思ったら、なんだか心配そうに体を起こしている。
「僕は一緒じゃないけど。まだ来てないの?」
<ああ。
 悪いがカノン、ホシカワの姐さんに聞いてみちゃくれないかい。
 なんだかいやな空気が漂ってる。悪い予感がするんだよ>
「わかった」
 ぼくは三匹に後を頼み、ホシカワさんを探してみることにした。


 30分くらい所内を歩き回ったが、ホシカワさんは見つからなかった。
 しかたない――職員詰め所にいってみよう。
 ひょっとしたら、初日に苦手意識を植え付けられてしまった、あの職員たちと会ってしまうかもしれない。けど今そんなことは言ってられない。
 僕は気合を入れて、詰め所のドアをノックした。
「失礼しま…す……」
 ドアを開けるとそこに立っていたのは、果たしてあの職員たちのひとりだった。
 しかも、よりによって誇大妄想、ていってたヒトだ。
 いや、いま大事なのはホシカワさんの、そしてミヤちゃんの行方をつきとめることだ。つまんない苦手意識に振り回されてる場合じゃない。
 ぼくは勇気を総動員し、大きく息を吸い込んで……
「あ、……あの! ホシカワさん、いてますかっ」
 あうあう。あわてて噛んだ。ぼくは関西人じゃないのにいてますかはない。
 しかしぼくのその言動は、なぜかその職員の心をいたく動かしたらしい。
<なんだこいつ、ふつーに面白いじゃん。
 やっぱ猫好きに悪いやつはいないな、うん!>
「ホシカワでしたらデスクにいますよ。おーいホシカワぁ」
「あ、あ、ぼくがいきます、悪いんで」
「あ、でしたらあの奥のデスクです」
 ユキムラ、という名札をつけた彼は、ちょっとびっくりするくらい綺麗な手でひとつのデスクを示す。
「ありがとうございます」
 ぼくは軽く一礼すると、今しも立ち上がろうとしているホシカワさんのもとに向かった。
「あ、…カノンさん、………」
 ホシカワさんはぼくにむけて、笑顔を作った。
 しかし次の瞬間、ぶわ、と涙をあふれさせた。


 ここで泣きながら話すのもなんだ。との主任さんの心遣いで、ぼくたちは詰め所の隣にある談話室へと移動した。
 ローテーブルをかこむソファは四つ。そのうち三つに、ぼくとホシカワさんと主任さんがそれぞれかけた。
 福福しいお顔をした初老の主任さん――チバさんは、手ずから僕たちにお茶を入れてくれた。
「す、すみません主任―― わたしが、しっかりしなくちゃいけないのに、……」
「ホシカワさんは充分よくやってくれていますよ。
 ミヤちゃんたちとカノンさんは、あなたのおかげで仲良しになれたんですから」
「で、でも……
 わたしの、せいでミヤちゃん、は………」
 ホシカワさんはすっかり嗚咽してしまって、満足にしゃべれない。
 しかしぼくには心の声が聞こえた。
<兄弟同然に育ってきたお友達と引き離すのは酷なことと思って、ミヤちゃんを猫ちゃんたちといっしょに遊ばせていたのに……
 それこそが、ミヤちゃんの認識を、ゆがめていたなんて……
 猫たちとつねに一緒にいることが、自分を猫だと思わせる要因だったなんて。
 ミヤちゃんにも院長先生――ミヤちゃんのお父様にも、もう合わせる顔がないわ……
 わたしは職員失格だわ。もう、ここには>
 ぼくは立ち上がっていた。
「ちっ、違います!!
 ミヤちゃんは――『ミヤちゃんのお母さんも、猫だった』って!!
 猫たちと一緒にいたから“そう”思ったなんて――そんなの違います!!
 だから、ホシカワさんのせいなんかじゃないです。それは絶対違います!!!
 僕、院長先生に会ってきます。そしてそのことを……!」
「落ち着いてください、カノンさん」
 チバさんは柔らかな声と笑顔で、ぼくに語りかけた。
「ミヤちゃんは、現在ほとんど、言語を口にすることができません。
 聞くことはできるようですが、書くことはできない。
 そんな今、ミヤちゃんがそう言ったと、証明することはきわめて困難です」
「そんな、……」
「もちろんわたしは、あなたの<力>を疑ってはいません。
 ホシカワとわたしが院長からこの件を知らされたのは、あなたの就寝時間のあとです。そしてこのことはまだ他の職員には公表されていない。
 あなたがこのことを知ったのは、きわめて異例な方法、すなわち<声>をきくチカラで、と推測するのが自然です。
 しかし反証は可能です。あなたがこのことについて立ち聞きをしたのではないか、そう考えることもできてしまう。
 その状態では、あなたの<力>の存在も、ひいてはそれによって得たとする情報の正しさも、立証することはできないでしょう。
 まして、そうしたものを信じたくない者相手には」
「そんな、………」
「カノンさん。
 正攻法では陥落できない。そういうときは奇策です。
 ここはひとつ、芝居を打ちましょう。
 さいわい、わたしは心臓に持病があります」
 そういって、チバさんは仏様のような顔で微笑んだ。


 ミヤちゃんは現在、外出禁止の状態で部屋にいるという。
 生命に危険がある状態ではない。
 精神的な負荷はあるけれど。
 だがそれは、愛娘を(悪い言い方をすれば)軟禁している父親にも発生する。いや、娘を愛していればむしろ、彼の方がそれは大きいくらいだ。
 僕たちはそこをつく。
 その間ミヤちゃんには、ホシカワさんやチバさんからこっそり、このことを話してもらって、心を支えてもらった。
 ときには携帯電話で撮った猫たちの動画をこっそり見せたりして。
(猫たちには僕から説明した。そしてホシカワさんが撮ったミヤちゃんの動画を見せてあげたのだが、やつらは意味ありげににやりと笑ってきた。まったく、若者をからかうにもほどがある(笑))


 一週間後、チバさんは厳かに作戦決行の合図を出した。


 チバさんが廊下で発作を起こし(もちろん演技だ)倒れる。
 一緒にいた職員がとっさにチバさんの胸ポケットを探るが、入っているはずの薬はない。
 パニック状態になったところへ僕がやってきて、チバさんの<声>をきいてみると申し出る。
 そして僕の報告どおり、チバさんのデスクから、置き忘れられた薬が見つかる。


 果たしてその日のうちに、僕は院長先生に呼び出された。


       

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