しっぽのない猫、翼のない君
6. ある意味ボス戦
6. ある意味ボス戦
丁寧に撫で付けた髪のところどころに白いものが混じった、しかしそれがかえってダンディに見える、紳士。
でも、ものすごく、疲れている。
それが院長先生の第一印象だった。
院長先生は、丁重な物腰で僕にお辞儀をしてきた。
「はじめまして、サクラダ・フジノと申します。
聖蹟サクラダクリニックの院長をしております。
今日はお越しいただいてありがとうございます」
「いいえ……
あ、僕はカノン=マキナと申します。はじめまして。
カノンと呼んで下さい」
僕も大きくお辞儀をした。
「どうかおかけになってください。
そして、……
ここからは医師と患者さんとしてでなく、お話をさせてください。
一人の男として、猫になってしまった娘を持つ父親の話を、聞いてほしいのです」
「はい、ぜひ」
そのとき、ホシカワさんがお茶を運んできた。
<頑張ってくださいね、カノンさん>
心の声が僕を励ましてくれる。
僕は小さくうなずいて、深呼吸をした。
「カノンさん。
昼間は、チバを助けてくれてありがとうございます。
彼は、私の数少ない友人でもある。
心からお礼を言います」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「ご謙遜を。
心の<声>を聞く――などということは、誰にでもできることではない。
すくなくともそれを、口に出して言うことは。
率直に言いましょう。
あなたたちは何が目的なんですか?」
鋭い。さすがに院長先生であるだけ、ある。
だが、ここはチバさんのくれたアドヴァイスに従えば大丈夫だ。
僕のチカラはホンモノなのだ。だからただ、聞こえたままを口にすればいい。
「“クスリの件は自演でもありうる。チバの発作は演技かもしれない。
そこまでして話を聞かせようという目的は、ミヤのことか。
そこまでするほどミヤに恋慕しているのか。狂気を得ているからくみしやすいと踏んだのか。仮にその目的にチバが加担をするとしたら、理由は何だ”」
「……!!」
サクラダさんは大きく目をむく、一瞬表情に恐怖が走る。
しかし、それは一瞬だけ。サクラダさんは深呼吸した。
僕は続けた。
「“いいや、この程度なら推測でも言える。チバは長年の友人だ、わたしの思考パターンも熟知している”」
「………。よし。
ならばこれから、俺が考えることを当ててみたまえ、カノン=マキナ。
そうすれば俺は君を信じる」
それは僕には、造作もないことだった。
僕はゆっくりとそれを口にした……
するとサクラダさんは大笑いした。
「まったく、まっすぐな奴だな、君は!!
心の中のことだぞ。
俺が『いや違うそんなことは考えなかった』と言いぬけばそれで終わりだ。
しかしそれでもこれを口にした君を、俺は信じよう。
カノン君。
ミヤが人語をしゃべりたがらない理由を、聞かせてくれ」
よかった、信じてもらえた!
僕は思わず目頭が熱くなるのをこらえて、言った。
「あ、ありがとう、ございます。
ミヤちゃんは……自分を猫だと思ってるんです。
カラダは人間だけど、中味は猫だと。
なぜなら、ミヤちゃんのお母さんもそうだったから、と」
「――!!」
サクラダさんは、さっき心を読まれたときよりもさらに、驚愕したようだった。
立ち上がりかけて目を見開き、息を飲み、震える指を組みながら黒革のソファに沈み込んだ。
サクラダさんのショックは、僕らの想像以上に大きかったようだ。
気持ちを整理したいから、すまないがまた明日、朝一番で話をさせてくれないかと頼まれた。
僕はただうなずいた。
ミヤちゃんの外出禁止は一日でも早くといてもらいたかった、それはホントだ。
けれど、こんなに顔面蒼白になっているサクラダさんにそれを迫るのは、ちょっと可哀相すぎる気がしたからだ。
しかし院長室の外に出ると、そこに待っていたのは一杯の笑顔のチバさんとホシカワさん、そしてミヤちゃんだった。
ミヤちゃんはおもいっきり僕に飛びついてくる。
「ミヤちゃん! 出れたの? もういいの?!」
「にゃーん!」
<うん! チバさんがいいって。
これからみんなに会いにいくの。カノンもいこう?>
僕はおもわず、チバさんの方をみた。
「いやだいじょぶだいじょぶ、奴のことだ、ショックからさめたらあわててミヤちゃんを解放するだろ。んで、ホシカワに平謝り。それを代わりにやってやっただけのことじゃ。
いや~さすがはワシ、サクラダの数十年来の大親友じゃ!!」
なんだか口調のかわりまくっているチバさんはそして、ほっほっほっと笑った。なんだかまるで某人気ドラマのご老公のようだ。
その隣ではホシカワさんがまたしても涙ぐむ。
「カノンさん……ありがとうございます、ほんとにありがとう!
わたし……もう……わたし……」
チバさんはそんな彼女の背中を優しく叩いてあげている。
いいなあ。うん、なんか親子みたい。
そう思って和んでるとぐいっと首が引っ張られた。
みると僕の首には、ミヤちゃんの腕ががっちりとかけられていた。
<カノン! ほらいこ、はやく!!
あたしみんなと会えなくてすっごいさびしかった!!
みんなとカノンで遊びたくってたまらなかったんだから!!>
「…… 『で』?」
はたして僕はひなたの芝生に連行され、待ち構えていた猫たちと、ハイテンションの猫少女によって、すっかり気が済むまで遊ばれまくったのだった。