Neetel Inside ニートノベル
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sneg、始めました。
【終】14.傍に居る理由

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 夏はあまり好きじゃない。エアコンの冷房が苦手(暖房もだけど)な俺には、どう考えても地獄だ。
 部屋に閉じ篭って左クリックで物語りを進めたり、コントローラーで戦闘機を操縦したりしていたいが、扇風機だけで暑さに対抗するのは甚だ心許なく、そんな事をしていればそのうち俺は溶けて無くなるんじゃないだろうか。
 かといって外に出ればいいのかというとそういう訳でもなく、外では太陽が紫外線交じりの熱光線で俺の肌を少しずつローストしていくものだから、そのうち、上手に焼けました、なんていうシステムボイスと共にこんがりと焼きあがってしまうに違いない。
 そんな感じで、俺と夏、というテーマで暑さに対しての自己防衛案を考えていたのだが、気がつけば、一番涼しい場所を探して歩き回る猫のように、リビングに辿り着いていた。
 夏休みといえば、学生にとって、一年を通してのメインイベントの一つであり、その真っ只中なはずなのだが、そんなメインイベントで何があったのかといえば……何もない。
 本当に、何も。
 陽介とはそれなりに顔を合わせているが、あいつは金城先輩に何かと呼び出されているらしく、去年とは違い頻繁には遊んでいない。
 PC部も登校日を除いて休み。それを知らずに部室に行き、保健室で涼んで帰る羽目になった。
 部活が休みなのだから、部長は今頃勉強とゲームの両立で忙しいはずだ。
 そうえいば、倒れそうになりながら高校に辿り着いた時、部活動に励む折笠を見かけたな。相変わらずチアの衣装が良く似合っていた。……灼熱の屋外でよくやるよ。
 そして……八代さんは落ち込んでいたようだが、今は元通りのようだ。
 本当に伝えて良かったのだろうか。
 『運命の人』の真実を彼女はどう思い、どう処理したかは分からない。
 訊けば何かしらの答えが返ってくるのかもしれないけど、知ったところでそれでどうこうできる訳じゃない。
 俺の役目は『運命の人』ではなく、『伝える人』。
 だから……あれで良かったんだ。 


 汗が頬を伝い、また思う。夏はやっぱり好きじゃない。
 でも、夏場の陽が沈んでいく景色は、それなりに好きだったりする。橙色の光を発して世界を自分の色に染め上げる様は、古代にどこぞの国で信仰されていたというのも頷けるだけの神秘性があるような、ないような……。
 なんて、テレビで見聞きした程度の知識を思い出しつつ、コンビニ帰りに川原へ続く石で出来た階段の最上部に座って夕陽を眺めながらホームランバーを食べている俺の後ろを、浴衣を着た女性や子供が足早に通り過ぎていく。
 そういえば、少し足を伸ばせばすぐに行ける広場では、早めの盆祭りが行われているはずだ。
 結局前の祭りはあまり楽しめなかった。それは誰のせいでもなく、自分のせいなんだと重々承知している。
 あの時 胸が痛んだ意味は理解しているつもりだけど、それとどう向き合えば良かったのだろうか。
 『今更』。そんな理由をつけて再度蓋をする事が精一杯。
 でも、こうして祭りの季節が来る度にそれを思い出すのかも……しれない。
 溶けたアイスが棒を伝って手を濡らされて我に返ると、あれを買おう、これを食べよう、そんな雑談に混じって、
「こんなとこに居たんだ」
 と、待ち合わせ相手を見つけたような声も流れ込んでくる。
 一人虚しくこんなところで黄昏てるぐらいなら、陽介でも誘って男二人で虚しく散財覚悟で射的でもすればよかったか。
「無視すんな」
 すぐ近くからする声に振り返ると、昔とも、この前の時とも違う浴衣を着た杏子が居た。
 『また』か……。
 目下最大の悩みの種である杏子は、俺を色んな意味で置いてけぼりにして喋り始める。
「上田って昔から一人でどっか行っちゃうとこあったよね。……今日も寂しく一人で祭り?」
 なんという言われようだろうか。
「そもそも祭りに行く予定なんてなかった。ノートの補充ついでにアイスを買ってここで涼んでただけだ」
 ――と、答えるのも少々癪に触るので、
「そういうお前はこれから……デートか?」
「……そうだよ」
 嫌味の一つでも言ってみようとした結果は、傷に塩・コショウ。
 そりゃそうだろうな、一人で行くんなら浴衣で着飾る必要なんてないんだし。
 少しずれろと言いたげに置かれた足に促されて石段の縁に沿うように座り直すと、空いたスペースへ窮屈そうに杏子が座る。
 肩を寄せ合うような形になってしまい、さすがにお互いの腿と腿をすり合わせる訳にも行かないので、もう少し空間を作ろうと体を縮めたらば、俺もそれなりに窮屈な格好になった。
 お互いに窮屈になろうと体制を整えている様は、それは滑稽に違いない。
 杏子はどうして窮屈な思いをして横に座ったのだろうか。それに――
「誰か待たせてるんだろ? こんなとこで油売ってていいのか?」
 ――また感傷に浸りたい気分なんだ、一人にしてくれ。
「それはいいの。……ねぇ、『ああいう』ゲームって、小野に借りてるの?」
「『ああいう』ゲームって……なんで知ってんだ?」
 思い当たるのはDVDボックスのようなパッケージのPCゲーム。
「なんでもいいから答えて」
「買ったのも、あるな」
「ふーん」
 じとっとした、いつもの嫌な視線。
「でも、彼女とか欲しいって思うんでしょ?」
 俺は陽介のように向こうの世界へ行きたい訳ではない。
「誰か好きな人が居るとか?」
 浮かんでは消えていく三次元と二次元。……ここでニ次元を思い浮かべるのはヤバイか。
「じゃあさ……付き合ったげようか?」
 辺りは既に暗く、杏子の表情を隠すように、太陽は姿を消していた。
「何言ってるんだ?」
 当然のリアクションだと思う。
「何って。私があんたの彼女に――」
「お前さ、彼氏いるだろ? そういう冗談はやめてくれよ」
 からかわれてるような、同情されてるような……そんな惨めな気分になる。
「彼氏なんて……居ないよ」
 小さくなっていく語尾と同じように、杏子も少し小さくなった気がする。
「学園祭の時とか、祭りの時に一緒に居たのは?」
 確かに見た。ポニーテルの横に並ぶ、名前も知らない誰か。
「あの人は……告白されたけど、ちゃんと断った」
「そう、なのか……」
 早とちり、だったんだな。
 ちょっと待てよ。――と、疑問が浮かぶ。
「んじゃ、さっき言ってたデートは?」
「あれは……」
 前にも思ったように、やはり違和感がある。今の杏子は、俺の中では全くもって、らしくない。
 さっぱりしてて、即断即決。そんな性格だと思ってたのに、まるで言いたくない事を必死に隠そうとしている子供みたいじゃないか。昔は俺の前で好きな男子の事をベラベラ喋ってたのに――
「それは、あの時好きだった漫画の話」
 今頃教えられても……困る。
「皆で一緒に盆踊りに行った事、覚えてる?」
 今日やってる祭りだな。
「家を出た時にね――が浴衣で走っていくのが見えたの」
 御下がりだったけど、浴衣を着れる事が嬉しかったのも覚えている。
「だから、私も浴衣を着ていった」
 いつも陽介に本音で言いまくってるのに、今はそれ以上に思う。
「あの時からずっと……夏祭りに行く時は浴衣なんだよ」
 馬鹿なんだって。
「髪だってそうなんだよ。……――が似合うなんて言ったから」
 もうちょっと解りやすく伝えて教えてくれてれば……なんてのは言い訳がましいか。

       

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